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カイが魔導石を手にしているのを見た、ソガリに絡んでいた男は、目を白黒させていたところから一転、また鼻の穴を大きくして一瞬、憤った様子だった。
けれども――
「え、銀級……?!」
カイの胸元に下げられた、手のひらに収まるほどの小さな、しかし見間違えようもなく銀色のプレートを認めて、わかりやすく顔色を変える。
「落としてたぜ?」
カイが嫌味っぽく笑って魔導石を差し出せば、リーダー格の男は黙ってそれを両手で受け取った。
リーダー格の男も、その周りにいる男女も、なにか言いたげな顔をしてカイと、それからソガリとを見比べるように何度も視線を往復させる。
「で――《六本指》がなんだって?」
カイがソガリに絡んでいた男女に視線を送る。
「えっと……」
男女は途端に歯切れ悪くなって、互いに視線を交わし合う。
彼らはこれ見よがしに、冒険者であることを示すプレートをおしなべて首から下げていたが、それはカイの胸元にあるような金属製のものではなく、木製だった。
男女が自慢していた、「冒険者ギルド《熊羽織り》の公認パーティ」という肩書きは、たしかにカイの知る限りでは狭き門ではあった。
だが《熊羽織り》では慣習として、経験の浅い冒険者には銅級の称号すら与えず、木でできたプレートを渡しているというのは、よく知られた事実だった。
つまり、ソガリに絡んできたこの冒険者パーティと、カイとのあいだには明白に経験の差が――そして実力の差が存在している。
冒険者の等級はギルドごとではなく、迷宮都市全体で一応統一されてはいるから、たったプレート一枚でも、両者のあいだに横たわるその差を理解することは容易だった。
そしてリーダー格の男は、プレートの種類で明示されずとも、カイの実力を理解した。
腰元の鞄から魔導石を――魔法で盗み出したのがカイであると、男は直感的に理解したのだ。
だが、他のパーティメンバーはまったく気がついていない。
リーダー格の男は、他のメンバー以上になにか物言いたげにカイを見たが、結局、カイが盗んだという証拠も提示できないと思ったのか、「こいつが盗んだんだ」と糾弾することはしなかった。
「もう行こうぜ! こいつに絡むなんて時間の無駄だし!」
リーダー格の男がきびすを返せば、他の男女はおどろいたり、あわてたりした様子でそれを追いかけて行く。
カイは、思ったよりもソガリに絡んできた男女が腰抜けであったことに呆れ返った。
「盗みはよくないよー」
カイが振り返れば、「お使い」として頼まれていた荷物を手にしたソガリが、咎め立てるように言う。
けれども言葉の内容に反して、ソガリの口調は能天気なまでに軽い。
ソガリは当然のようにカイのスリ行為に気づいていたが、しかしそれを本気で咎める気はない様子だった。
「間抜けな『落とし物』を親切に教えてやっただけだ」
「……いつもはプレート、服の下に隠してるのに」
「うるせえ」
カイは「調子づいた新米冒険者」ではないので、銀色のプレートはいつも首から下げてはいるが、ソガリの言う通り服の下に隠している。
だが先ほどソガリに絡んでいた男女の前へ現れる前に、わざわざ服の上へと引っ張り出していたのだ。
その「わざわざ」の手間をソガリに指摘されて、カイは気まずい恥ずかしさからぶっきらぼうに言う。
それでもソガリはにこにこと、いつも通りの笑みを浮かべていた。
「ありがとね」
ソガリに礼を言われて、カイはますます恥じ入るような気持ちになったが、一方で不思議と悪い気はしなかった。
それでもその場の空気を変えたい気持ちに駆られて、裏腹にソガリを責めるように言ってしまう。
「……なんで言われっぱなしだった」
あんなにもあげつらうように、悪意のこもった言葉をぶつけられたというのに、ソガリはなぜか呆けた様子で反論などはしなかった。
カイはそんなソガリの様子が心に引っかかっていたので、「なんで」と問うたのだ。
カイの問いに対し、ソガリはやや間を置いてから「ああ」と言う。
「懐かしさに浸ってた? みたいな」
「……ハア?」
「あの子たちね、元同級生なんだー。王都の学校に行ってたときの。通ってたときからあんな感じだったから、学生時代を思い出して『懐かしいなあ』って思って」
カイはもう一度「ハア?」と言った。
ソガリの言葉は、まったく強がりだとかには聞こえなかった。
己が感じたままに、その言葉を口にしただけ――。
カイはそんなソガリが理解できなかったし、実際に困惑した。
ソガリはそんなカイを置いて、ただつらつらと己の思ったままの言葉を口にして行く。
「物好きだよね。『血が繋がってない』とか事実をわざわざ並べ立てられてもね。そういった行為がいちいちいじらしいというか」
「……ムカつかねえの」
「まあ悪意満点なのはわたしにだってわかるよ。それにわたしなら……サクッと殺しちゃうこともできる」
カイはなんでもないことのように言うソガリに、少しだけドキリとした。
「でも、殺すのって簡単だからさ。少なくとも、わたしはそう教えられた」
「だから、そうはしない」――。ソガリはそこまで言葉にはしなかったものの、言いたいことは明瞭にカイにも伝わった。
カイがなにかを口にする前に、今度はソガリが場の空気を変えるように「そういえば」と言う。
「《熊羽織り》ってここのところ悪い噂しか聞かないけど……あの子たち、騙されてるのかな?」
「……代替わりしてからいい噂聞かねえけど、新人を食い物にするようになったら終わりだな」
「まあ、貴重らしい魔導石は貰ってるみたいだし……噂は噂、なのかなあ?」
「ま、《熊羽織り》がどうなろうが《六本指》には関係ねえ。さっさと帰るぞ」
けれども――
「え、銀級……?!」
カイの胸元に下げられた、手のひらに収まるほどの小さな、しかし見間違えようもなく銀色のプレートを認めて、わかりやすく顔色を変える。
「落としてたぜ?」
カイが嫌味っぽく笑って魔導石を差し出せば、リーダー格の男は黙ってそれを両手で受け取った。
リーダー格の男も、その周りにいる男女も、なにか言いたげな顔をしてカイと、それからソガリとを見比べるように何度も視線を往復させる。
「で――《六本指》がなんだって?」
カイがソガリに絡んでいた男女に視線を送る。
「えっと……」
男女は途端に歯切れ悪くなって、互いに視線を交わし合う。
彼らはこれ見よがしに、冒険者であることを示すプレートをおしなべて首から下げていたが、それはカイの胸元にあるような金属製のものではなく、木製だった。
男女が自慢していた、「冒険者ギルド《熊羽織り》の公認パーティ」という肩書きは、たしかにカイの知る限りでは狭き門ではあった。
だが《熊羽織り》では慣習として、経験の浅い冒険者には銅級の称号すら与えず、木でできたプレートを渡しているというのは、よく知られた事実だった。
つまり、ソガリに絡んできたこの冒険者パーティと、カイとのあいだには明白に経験の差が――そして実力の差が存在している。
冒険者の等級はギルドごとではなく、迷宮都市全体で一応統一されてはいるから、たったプレート一枚でも、両者のあいだに横たわるその差を理解することは容易だった。
そしてリーダー格の男は、プレートの種類で明示されずとも、カイの実力を理解した。
腰元の鞄から魔導石を――魔法で盗み出したのがカイであると、男は直感的に理解したのだ。
だが、他のパーティメンバーはまったく気がついていない。
リーダー格の男は、他のメンバー以上になにか物言いたげにカイを見たが、結局、カイが盗んだという証拠も提示できないと思ったのか、「こいつが盗んだんだ」と糾弾することはしなかった。
「もう行こうぜ! こいつに絡むなんて時間の無駄だし!」
リーダー格の男がきびすを返せば、他の男女はおどろいたり、あわてたりした様子でそれを追いかけて行く。
カイは、思ったよりもソガリに絡んできた男女が腰抜けであったことに呆れ返った。
「盗みはよくないよー」
カイが振り返れば、「お使い」として頼まれていた荷物を手にしたソガリが、咎め立てるように言う。
けれども言葉の内容に反して、ソガリの口調は能天気なまでに軽い。
ソガリは当然のようにカイのスリ行為に気づいていたが、しかしそれを本気で咎める気はない様子だった。
「間抜けな『落とし物』を親切に教えてやっただけだ」
「……いつもはプレート、服の下に隠してるのに」
「うるせえ」
カイは「調子づいた新米冒険者」ではないので、銀色のプレートはいつも首から下げてはいるが、ソガリの言う通り服の下に隠している。
だが先ほどソガリに絡んでいた男女の前へ現れる前に、わざわざ服の上へと引っ張り出していたのだ。
その「わざわざ」の手間をソガリに指摘されて、カイは気まずい恥ずかしさからぶっきらぼうに言う。
それでもソガリはにこにこと、いつも通りの笑みを浮かべていた。
「ありがとね」
ソガリに礼を言われて、カイはますます恥じ入るような気持ちになったが、一方で不思議と悪い気はしなかった。
それでもその場の空気を変えたい気持ちに駆られて、裏腹にソガリを責めるように言ってしまう。
「……なんで言われっぱなしだった」
あんなにもあげつらうように、悪意のこもった言葉をぶつけられたというのに、ソガリはなぜか呆けた様子で反論などはしなかった。
カイはそんなソガリの様子が心に引っかかっていたので、「なんで」と問うたのだ。
カイの問いに対し、ソガリはやや間を置いてから「ああ」と言う。
「懐かしさに浸ってた? みたいな」
「……ハア?」
「あの子たちね、元同級生なんだー。王都の学校に行ってたときの。通ってたときからあんな感じだったから、学生時代を思い出して『懐かしいなあ』って思って」
カイはもう一度「ハア?」と言った。
ソガリの言葉は、まったく強がりだとかには聞こえなかった。
己が感じたままに、その言葉を口にしただけ――。
カイはそんなソガリが理解できなかったし、実際に困惑した。
ソガリはそんなカイを置いて、ただつらつらと己の思ったままの言葉を口にして行く。
「物好きだよね。『血が繋がってない』とか事実をわざわざ並べ立てられてもね。そういった行為がいちいちいじらしいというか」
「……ムカつかねえの」
「まあ悪意満点なのはわたしにだってわかるよ。それにわたしなら……サクッと殺しちゃうこともできる」
カイはなんでもないことのように言うソガリに、少しだけドキリとした。
「でも、殺すのって簡単だからさ。少なくとも、わたしはそう教えられた」
「だから、そうはしない」――。ソガリはそこまで言葉にはしなかったものの、言いたいことは明瞭にカイにも伝わった。
カイがなにかを口にする前に、今度はソガリが場の空気を変えるように「そういえば」と言う。
「《熊羽織り》ってここのところ悪い噂しか聞かないけど……あの子たち、騙されてるのかな?」
「……代替わりしてからいい噂聞かねえけど、新人を食い物にするようになったら終わりだな」
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