13 / 19
(13)
しおりを挟む
一日、二日と経っても俺の心は浮ついていた。あれは先生なりの慰めなのだ、とは思っても、口と口のキスである。浮つかない方がどうかしている。相手が思い人であれば、なおさらのこと。
先生も俺のことを少なからず思っているからこそ、ああしてキスをしてくれたのだと――そう思いたかった。
「やめておきなさいな。あなたにはもっと若い娘が似合っていると思うのよ」
またしてもセヴリーヌに呼び出されて彼女とテーブルを囲むハメになった俺に、またしても「大きなお世話」を焼こうとする。しかしそのときの俺はやはり浮ついた気分でいたので、いつもよりセヴリーヌの言葉にイラ立つようなことはなかった。
セヴリーヌがあーだこーだと口を挟んでも、結局のところ結婚相手は俺が選ぶことになるだろう。そして父は俺がだれを伴侶としようが気にはしないはずだ。よほど王室に取って禍となる人物でなければ、結婚の許可は出るだろうと俺は睨んでいる。
先生の歳は知らないが、見た目からしてそう俺と離れているようには見えない。そして先生は父に招聘されてこの国にやってきたのだ。反対される要素は思い当たらなかった。
そうやって先生とキスをしただけで結婚まで飛躍して考えているあいだにも、セヴリーヌは遠回しに「年増はやめろ」だの「仕事を持っている女はロクでもない」などと、彼女の方がロクでもないようなことをぶつぶつと説教する。しかしそれを右から左へと流して、俺は「妻くらいは自分で決められます」と釘を刺す。
「それよりも……今日はマリルーのことで『どうしても頼みたいことがある』と聞いてきたのですが?」
「ああ、そうよ、そうよ。あなたがいつまでも恋人のひとりも見つけられやしないから話がそれたわ。それで、あの子のことなんだけれどね……」
そう、俺が素直にまたセヴリーヌの元へと顔を出したのにはそういう理由があった。
マリルーはセヴリーヌの娘なので、つまるところ俺の腹違いの妹ということになる。マリルーはお世辞にも性格がいいとは言えない。おまけに言わなくてもいいことを口にするので、デビュタントを済ませてからは度々舌禍に巻き込まれて、新聞に書き立てられたことは一度や二度の話ではない。
ハッキリ言って、王室のお荷物と言って差し支えない。同じミソッカスでも俺が戦争で功を立てられたのに対し、マリルーは女ということもあって、先の戦争では銃後にいた。戦場にも女兵士はいたが、それはバケモノであった俺の仲間四人しか知らない。
王女であるがゆえに王位継承権も俺より低く、舌禍を繰り返すお荷物王女。マリルー自身にもそういう自覚はあるのか、近頃は大人しくしていたのだが……。
「なんでも、また問題を起こしたとか?」
先日、ある帰還兵が近所の子供に怪我をさせた。子供と言ってもたいそうな悪ガキだそうで、帰還兵であった男の家に爆竹を投げ込むような輩だ。そんな悪ガキの腕の骨を男が折った――。そういう事件だ。
巷にあふれる帰還兵たちの問題は深刻だ。戦場で不具となり、再就職がままならないような者もいる。五体満足で帰ってこれても、精神に問題を抱えることになった者もいる。俺はそういう帰還兵たちを支援していたが、それでも限界はあった。事件は、そんな中で起こった。
事件を起こした帰還兵は、戦前は明るく気のいい男だったとある人は言う。それが戦争から帰ってきてからは偏屈になって引きこもり、物音へ過度に反応するようになった。それを面白がった悪ガキが爆竹を投げ入れて――事件は起こった。
マリルーはそんな子供を過剰に擁護し、逆に帰還兵を揶揄するような発言をした。どこでの話かは知らない。近頃は発言には気をつけていたようだから、もしかしたらプライベートな空間でのことかもしれない。……が、その発言がどこからか流出した。
国のために戦ったのに、当の王女は精神を病んだ兵を庇わず悪ガキを擁護する……。それは帰還兵たちの怒りに火を点けるのにはじゅうぶんで、新聞もまたセンセーショナルに「王女、またしても失言!」などと書き立てるのであった。
プライベートな場での発言が取り立たされたのであれば、可哀想だなとは思う。しかし言ったものは仕方がない。一度口にしたことは二度とその口へと返すことは叶わないのだ。
マリルーの無神経さは母親であるセヴリーヌに似ている気がする。それでも女というだけで父に顧みられることのない妹だと思うと、なんとなく無碍にはできないのであった。……甘いという自覚はある。あるが、心情的にも立場的にも無視を決め込むことができないのが現実だった。
「ええそうなの。子供に怪我をさせる大人なんてロクでもないに決まってるのに、新聞が大げさに書き立てて……マリルーが可哀想だわ」
「それで……チャリティーバザーに出るという話に?」
「バザーに出ること自体は前々から決まっていたことよ。けれど、あんなことのあったあとでしょう? マリルーが心配なのよ。わかるでしょう?」
こんな状況下でチャリティーバザーに出れば、それは点数稼ぎにしか映らないのではないかと思う。一方、以前から出ることが決まっていたのに、失言騒動でそれを取りやめたとなれば、それはそれで新聞は面白おかしく書き立てるだろう。……八方ふさがりとはこのことである。
「マリルーに発言には気をつけろと言っておいてください」
「あの子はちょっとお転婆なだけよ。素直ないい子なの。それを俗悪な新聞記者とかいう連中が面白おかしく書き立てているだけなのよ」
「……わかりました、わかりました」
セヴリーヌにとっては王になる可能性が限りなくない女であっても、自分の娘はたいそう可愛いらしい。親としての愛を持っているという点において、セヴリーヌは夫である父よりも立派だろう。立派だろうが、着地するところは親馬鹿な馬鹿親なのであるから、救いようがない。世の中、なかなか上手く行かないものだ。
「あの子が怪我をしたりしないように、バザーのあいだ守ってあげてちょうだい。あなたは腹違いとは言え兄であるんですから。お願いね?」
仕方がない。もう何度自分にそう言い聞かせたかはわからないが……憂鬱なのは確かだった。
先生も俺のことを少なからず思っているからこそ、ああしてキスをしてくれたのだと――そう思いたかった。
「やめておきなさいな。あなたにはもっと若い娘が似合っていると思うのよ」
またしてもセヴリーヌに呼び出されて彼女とテーブルを囲むハメになった俺に、またしても「大きなお世話」を焼こうとする。しかしそのときの俺はやはり浮ついた気分でいたので、いつもよりセヴリーヌの言葉にイラ立つようなことはなかった。
セヴリーヌがあーだこーだと口を挟んでも、結局のところ結婚相手は俺が選ぶことになるだろう。そして父は俺がだれを伴侶としようが気にはしないはずだ。よほど王室に取って禍となる人物でなければ、結婚の許可は出るだろうと俺は睨んでいる。
先生の歳は知らないが、見た目からしてそう俺と離れているようには見えない。そして先生は父に招聘されてこの国にやってきたのだ。反対される要素は思い当たらなかった。
そうやって先生とキスをしただけで結婚まで飛躍して考えているあいだにも、セヴリーヌは遠回しに「年増はやめろ」だの「仕事を持っている女はロクでもない」などと、彼女の方がロクでもないようなことをぶつぶつと説教する。しかしそれを右から左へと流して、俺は「妻くらいは自分で決められます」と釘を刺す。
「それよりも……今日はマリルーのことで『どうしても頼みたいことがある』と聞いてきたのですが?」
「ああ、そうよ、そうよ。あなたがいつまでも恋人のひとりも見つけられやしないから話がそれたわ。それで、あの子のことなんだけれどね……」
そう、俺が素直にまたセヴリーヌの元へと顔を出したのにはそういう理由があった。
マリルーはセヴリーヌの娘なので、つまるところ俺の腹違いの妹ということになる。マリルーはお世辞にも性格がいいとは言えない。おまけに言わなくてもいいことを口にするので、デビュタントを済ませてからは度々舌禍に巻き込まれて、新聞に書き立てられたことは一度や二度の話ではない。
ハッキリ言って、王室のお荷物と言って差し支えない。同じミソッカスでも俺が戦争で功を立てられたのに対し、マリルーは女ということもあって、先の戦争では銃後にいた。戦場にも女兵士はいたが、それはバケモノであった俺の仲間四人しか知らない。
王女であるがゆえに王位継承権も俺より低く、舌禍を繰り返すお荷物王女。マリルー自身にもそういう自覚はあるのか、近頃は大人しくしていたのだが……。
「なんでも、また問題を起こしたとか?」
先日、ある帰還兵が近所の子供に怪我をさせた。子供と言ってもたいそうな悪ガキだそうで、帰還兵であった男の家に爆竹を投げ込むような輩だ。そんな悪ガキの腕の骨を男が折った――。そういう事件だ。
巷にあふれる帰還兵たちの問題は深刻だ。戦場で不具となり、再就職がままならないような者もいる。五体満足で帰ってこれても、精神に問題を抱えることになった者もいる。俺はそういう帰還兵たちを支援していたが、それでも限界はあった。事件は、そんな中で起こった。
事件を起こした帰還兵は、戦前は明るく気のいい男だったとある人は言う。それが戦争から帰ってきてからは偏屈になって引きこもり、物音へ過度に反応するようになった。それを面白がった悪ガキが爆竹を投げ入れて――事件は起こった。
マリルーはそんな子供を過剰に擁護し、逆に帰還兵を揶揄するような発言をした。どこでの話かは知らない。近頃は発言には気をつけていたようだから、もしかしたらプライベートな空間でのことかもしれない。……が、その発言がどこからか流出した。
国のために戦ったのに、当の王女は精神を病んだ兵を庇わず悪ガキを擁護する……。それは帰還兵たちの怒りに火を点けるのにはじゅうぶんで、新聞もまたセンセーショナルに「王女、またしても失言!」などと書き立てるのであった。
プライベートな場での発言が取り立たされたのであれば、可哀想だなとは思う。しかし言ったものは仕方がない。一度口にしたことは二度とその口へと返すことは叶わないのだ。
マリルーの無神経さは母親であるセヴリーヌに似ている気がする。それでも女というだけで父に顧みられることのない妹だと思うと、なんとなく無碍にはできないのであった。……甘いという自覚はある。あるが、心情的にも立場的にも無視を決め込むことができないのが現実だった。
「ええそうなの。子供に怪我をさせる大人なんてロクでもないに決まってるのに、新聞が大げさに書き立てて……マリルーが可哀想だわ」
「それで……チャリティーバザーに出るという話に?」
「バザーに出ること自体は前々から決まっていたことよ。けれど、あんなことのあったあとでしょう? マリルーが心配なのよ。わかるでしょう?」
こんな状況下でチャリティーバザーに出れば、それは点数稼ぎにしか映らないのではないかと思う。一方、以前から出ることが決まっていたのに、失言騒動でそれを取りやめたとなれば、それはそれで新聞は面白おかしく書き立てるだろう。……八方ふさがりとはこのことである。
「マリルーに発言には気をつけろと言っておいてください」
「あの子はちょっとお転婆なだけよ。素直ないい子なの。それを俗悪な新聞記者とかいう連中が面白おかしく書き立てているだけなのよ」
「……わかりました、わかりました」
セヴリーヌにとっては王になる可能性が限りなくない女であっても、自分の娘はたいそう可愛いらしい。親としての愛を持っているという点において、セヴリーヌは夫である父よりも立派だろう。立派だろうが、着地するところは親馬鹿な馬鹿親なのであるから、救いようがない。世の中、なかなか上手く行かないものだ。
「あの子が怪我をしたりしないように、バザーのあいだ守ってあげてちょうだい。あなたは腹違いとは言え兄であるんですから。お願いね?」
仕方がない。もう何度自分にそう言い聞かせたかはわからないが……憂鬱なのは確かだった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結/番外追加】サリシャの光 〜憧れの先へ〜
ねるねわかば
恋愛
彼女は進む。過去に囚われた者たちを残して──
大商会の娘サーシャ。
子どもの頃から家業に関わる彼女は、従妹のメリンダと共に商会の看板娘として注目を集めていた。
華々しい活躍の裏で、着実に努力を重ねて夢へと向かうサーシャ。しかし時には心ないことを言う者もいた。
そんな彼女が初めて抱いた淡い恋。
けれどその想いは、メリンダの涙と少年の軽率な一言であっさり踏みにじられてしまう。
サーシャはメリンダたちとは距離をおき、商会の仕事からも離れる。
新たな場所で任される仕事、そして新たな出会い。どこにあっても、彼女が夢を諦めることはない。
一方、光に囚われた者たちは後悔と執着を募らせていき──
夢を諦めない少女が、もがきながら光を紡いでいく軌跡。
※前作「ルースの祈り」と同じ世界観で登場人物も一部かぶりますが、単体でお読みいただけます。
※作中の仕事や制作物、小物の知識などは全てフィクションです。史実や事実に基づいていないことをご理解ください。
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。
あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。
宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。
対極のような二人は姉妹。母親の違う。
お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。
そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。
天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。
生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。
両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。
だが……。運命とは残酷である。
ルビアの元に死神から知らせが届く。
十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。
美しい愛しているルビア。
失いたくない。殺されてなるものか。
それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。
生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。
これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻が通う邸の中に
月山 歩
恋愛
最近妻の様子がおかしい。昼間一人で出掛けているようだ。二人に子供はできなかったけれども、妻と愛し合っていると思っている。僕は妻を誰にも奪われたくない。だから僕は、妻の向かう先を調べることににした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる