この三人交際にマニュアルは存在しない。

やなぎ怜

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 瓜生千世は――今となっては希少な――女性として生まれついたので、その人生がおおよそ一般的な――大多数である――男性とは違うものになることは、初めから決まっていた。

 生みの親である母のもとでなに不自由なく育って行く――はずだった。

 その人生に大きな影を落とすことになったきっかけは、母親が夫のひとりに殺されたことだ。

 無論、その一件は大事件として扱われたし、散々ニュースにもなった。四郎はまったく覚えがなかったが。

 犯行の動機は嫉妬心だった。つまらない感情だと、一時の激情に身を任せた犯行だと言ってしまえるものではあった。

 警察は他の夫たちや、あるいは無関係な人間からの報復などを恐れて、すぐに犯人を隔離してしまった。

 千世の父親――瓜生透也は、始めは残された娘の千世の世話をするなどして、平静を保っているように見えた。

 しかしそれは、表面上だけのものだった。

 あるいは、そのときを迎えるまでは、まだいくらかの理性は残っていたのだろう。

 だがどこかの地点で、瓜生透也は完全に――発狂した。

 そして千世を連れて完全に行方をくらませたのだった。

 瓜生透也が連れて行った千世が、男児であればまた事情は変わったかもしれなかったが、女児であったのでその捜索は大規模に及んだ。

 それでも目撃証言はいくつか上がれど、結局瓜生透也も千世も、その行方はハッキリとしないまま、それなりの年月が経った。

 警察内部では、瓜生透也は娘の千世と無理心中をした――つまりは千世を殺して自殺したのではないかと推測されていた。

 そうやって世間がふたつの事件をほとんど忘却してしまったころ、唐突に瓜生透也と千世はまた世間を騒がせることになる。

 山菜採りのために山へ入った地元民が、他殺体で発見された。

 警察は当然、山狩りを行った。

 地元の消防団なども加わった大規模な検索の末――潜伏していた瓜生透也と千世が発見された。

 山菜採りに山へ入った地元民を絞殺したのは、瓜生透也だった。

 負傷者をいくらか出しながらの大捕り物の末、瓜生透也は逮捕されることとなる。

 無論、始めはだれもその小汚い中年男性が瓜生透也だとは思わなかったし、連れていたのも息子だと思われた。

 けれどもふたりの身元が明らかになると、これまでを上回る、上を下への大騒ぎとなった。

 瓜生透也は黙秘権を行使して貝のように押し黙ったままだったが、一方千世は明らかにしゃべり慣れていない、たどたどしい口調ながら、事件の全容を話し出した。

 瓜生透也の目的は、復讐だった。

 愛する妻を奪った、他の夫への復讐――。

 そこまでであれば、賛同はできずともその心情を理解することは、それなりに容易くはある。

 しかし瓜生透也の考えた復讐の方法は、異様だった。

 それは千世に犯人を殺害させる、というものだった。

 瓜生透也は発狂したからそのような計画を立てるに至ったのか、あるいは発狂する前からその考えを持っていたのか。

 そこまでは、娘である千世にもわからなかったし、当人たる瓜生透也はなにもしゃべらなかったので、今をもってわからないままだ。

 いずれにせよ瓜生透也によって半ば拉致された千世は、ひとの出入りがほとんどない山中で、軍歴があり、PMC民間軍事会社で働いていた経歴もある父親から、ほとんど虐待と同じ訓練を受けさせられた。

 山菜採りの地元民が瓜生透也の手にかかったのは、偶然だった。しかしその地元民にとっては、不運そのものだった。瓜生透也は千世に「手本」を見せるためだけに、その地元民を殺したのだから。

 千世は明らかに情緒の薄そうな表情で、淡々と語った。

 幸いにも千世は、人間は殺していなかった。瓜生透也に拉致同然に連れ去られるまでに培われた倫理観が、それだけは拒否した。

 それでも逃げ出さなかったのは、長期間、父親である瓜生透也から「訓練」を受けさせられたからだろう。

 学習性無気力。ほとんど虐待と同じ、「訓練」という強いストレスにさらされ、千世はうつ病にも似た症状を発症していた。

 瓜生透也の逮捕後、千世は女性保護局の預かりとなり、現在に至る。

「……今は投薬やカウンセリングのお陰でかなり安定してますけど。千世さんにいらないストレスをかけるようなマネはしないで欲しいんですよ。そんなことになったら、僕が宮城先輩に恨まれるんで」
「『宮城』……?」
「宮城朔良さくら。千世さんの最初の担当官で、今は恋人です」

 四郎は、その名前に覚えがあった。

「『宮城朔良』……。……左の目元に泣きボクロがあって、垂れ目の男か?」
「あれ? 知り合いでしたっけ」

 七瀬が意外そうな顔をする。

 四郎は、女に興味がなければ、男にも興味を持たない。そういう風に七瀬は認識していたので、意外に思ったのだ。

 四郎はそんな七瀬に対し、どこか満足そうに微笑んだ。

「ああ――一度だけ仕事が一緒になったことがある。そのときに、護衛官でもないのに思ったより腕っぷしが強いなと思ったんだ」

 七瀬はその返答を聞いて、少し呆れた。
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