この三人交際にマニュアルは存在しない。

やなぎ怜

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「宮城朔良の姿見えないのはなぜだ? 飛ばされたか?」

 四郎も一応、常識というものを知っている。

 知っているので、担当していた女性と恋仲になったとあれば、宮城朔良が懲戒ないし最低でも厳重注意や減給処分等を受けているだろうと考えて、そういう言葉が出てきたわけである。

 そこには四郎なりの、多少の冗談も含まれてはいたが。

「以前担当していた女性の件――千世さんとは別ですよ――で、ちょっと離島まで行ってたんで。今はもうこっちに帰ってきてます。今いないのは千世さんのケアを優先して休みを取っているからです」
「そういう意味ではなかったんだが」
「ああ……。……宮城先輩は別に懲戒とかは受けてないですよ。まあたしかに絞られたとは聞きましたけどね」
「絞られただけで済んでよかったじゃないか」

 また好青年のごとく微笑んだ四郎を見て、七瀬は「このひとは絞られてもぜんぜん効かなさそうだなあ」と思った。

「しかしそんなに軽く済むのか」
「……ちょっと、千世さんにちょっかい出すのはやめてくださいよ?!」
「宮城朔良は縁故でもあるのか? それともランクが高いのか?」
「……話、聞いてます?」

 四郎は思案顔を作ったあと、再びイスに座ったままの七瀬を見下ろした。

 四郎の口にしたランク、というのは行政による格付けそのもののことを指す。

 格付けの方法については不透明な部分も多いものの、概ね男性はその身体能力や知能レベルなどを総合して算出されるという。

 そして女性は――

「あるいは、瓜生千世のランクが低いのか」

 ……男性同様に、身体能力や知能レベルに加えて――妊娠能力の高低で格付けされる。

 不妊の女性やそれに近しい女性は、いくら身体能力が優れていようが、知能レベルが高かろうが、問答無用で最低ランクに格付けされる。

 一応、加齢に伴って妊娠能力が低下した場合は、最低ランクには格付けされないという暗黙の救済処置のようなものは存在している。

 四郎の推察は当たっていたようで、たちまちのうちに七瀬は渋い顔になった。

「……妊娠能力がないわけじゃないんです。ただ成長期に栄養失調状態が長く続いたせいで……」
「それで、低ランク女性だからあまり問題にならなかったということか」
「……そうですけど」

 四郎は、その話を聞いても特に思うところはなかった。

 ただ単に己の推察が当たったことにだけ、満足する。

 瓜生千世はその妊娠応力の低さゆえに女性としての価値が低く、それゆえに宮城朔良は懲戒などを免れ、ただ担当を外されて絞られただけで済んだ、ということであった。

 そして先の無茶な囮計画が、案外と障害なく通った理由を理解する。

「水を差すようなことはしないでくださいよ、本当に。千世さんは今年で一九だから、たぶんもう少ししたら宮城先輩と籍入れると思うんで」
「低ランク女性だからといって、ふたり以上の夫を持ってはいけないという法はないな」
「ちょっと……」
「冗談だ。瓜生千世に興味はあるが、そういう興味ではない」
「ハア……。タチの悪い冗談はやめてくださいよ、もう……。宮城先輩には『三連ストーカー騒ぎの色男』から脱却して欲しいんですから……」
「……なんだそれは」

 土岐四郎という人間は、女にも男にも興味を持たない――。

 前者についてはつい先日破られたばかりだったが、後者についても今日嘘になった。

 腕っぷしの強さで認めている宮城朔良が、「三連ストーカー騒ぎの色男」などというインパクトのある呼び方をされていると知れば、さすがの四郎も多少の好奇心は刺激される。

「知らないんですか?!」
「知らない」
「女性保護局に勤めていてこの話を知らない人間がいるとは……」

 七瀬はなにやら四郎を見て、呆れるやら、その徹底した無関心ぶりに逆に感心するやらで忙しそうな顔をする。

「担当した女性三人に、連続でストーカー行為を働かれたんですよ」
「……それはすごいな」
「びっくりしますよね? まあたしかに宮城先輩って優男風のイケメンで、でもなよっちすぎない細マッチョ系だから女性ウケよさそうですけど……『魔性の男』ってことなんですかね?」
「それは知らん」
「催眠術師疑惑とかかけられてたんですよ……まあこっちは大概冗談ですけど」

 四郎は好奇心を持って七瀬に聞きはしたものの、「こいつ意外とべらべらしゃべるな」と思った。

 七瀬も、四郎に対して少ししゃべりすぎたと思ったのか、わざとらしく咳払いをして仕切りなおす。

「……まあ、とにかく僕が話せることはもうないんで、警護課に帰ってください。あと! 絶対に千世さんにちょっかいかけないでくださいね?!」
「教えてくれてありがとう」
「絶対絶対、やめてくださいね?」

 四郎は念押ししてくる七瀬の言葉に、例の好青年のごとき微笑で答えた。

 決して、「そんなことはしない」とは言いもしなかったし、約束もしなかった。

 七瀬は嫌な予感を覚えたが、彼には現時点ではどうすることもできないのだった。
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