この三人交際にマニュアルは存在しない。

やなぎ怜

文字の大きさ
13 / 40

(13)

しおりを挟む
 女性も多く入居している高層マンションの上階、夜更け前のリビングルームにて。朔良は、千世と隣り合って座り、今日のことを端的に話した。

 朔良は、千世が「土岐四郎とは会いたくない」と言えば、だれになにを言われようとも会わせないつもりだった。

 千世は人見知りというほどではないにしても、長いあいだ父親とふたりきりでの生活を強いられていた。そのこともあってか、あまり親しくない人間と同じ空間にいっしょにいることは、苦手に思っている様子もある。

 もちろん恋人である朔良や、担当官の七瀬に対してはそういった風には感じてはいないようだが、ひとりのほうが気楽に思えるときもあるようだ。

 そういうわけで朔良は、千世がすぐに土岐四郎と会うことを了承するかどうかは五分五分だと思っていた。

 少なくとも、返答をするまでしばらく考え込むくらいはするだろうと思った。

 だが朔良の予想に反し、千世が考え込むような仕草を見せたのは一瞬だけで、四郎と会うことを了承したのだった。

 朔良は、「千世も子供が欲しいのだろうか」と思った。

 あるいは久しく離れていた社会に適応したいがために子供を儲けたいだとか、複数の夫を持ちたい――現在の社会では女性は複数の夫を持つことが当たり前だ――と考えたのかもしれないと危惧をした。

 千世はそれまでの父親との生活の影響で、精神面では実年齢不相応な未熟さを見せることはあるものの、聡明なほうであった。

 しかしあれこれと勝手に考えすぎるきらいがある。たとえば、先の囮計画などがそうだ。ときに自分を犠牲にすることを厭わない選択をする。

 朔良は、それを心配していた。

「千世は、土岐さんに会いたいんだね?」

 しかしこちらが気遣っていることをストレートに告げても、千世は萎縮してますます感情を隠すことになるだろう。

 それに、妊娠能力の低さゆえに最低ランク女性に格付けされている千世を思うと、「子供が欲しいのか」と問うのは――朔良の視点からすると――少々デリケートがすぎる話題だ。

 土岐四郎は、千世に恋愛感情を抱いているわけではないらしいと、一応朔良は判断していた。

 ならば、千世と面会してもストレートに結婚や子供の話になったりはしないだろうと予想する。

 だがそうであれば、土岐四郎が千世と面会したがる理由が、朔良には心当たりがない。

 しかしいずれにせよ、朔良は土岐四郎と千世の面会に、彼女の現担当官である七瀬と共に同席するとハナから決めていた。

「会ってみたいと……おっしゃられているなら」

 どこかたどたどしい口調で千世が答える。

「それに、この前の様子だと……一度会っておいたほうがいいのかなって。……なにかわたし、勘違いとかしていませんか?」

 不安げな顔をして問う千世を見て、朔良は安心させるように微笑んだ。

 千世がそうやって、自分が間違っていないかどうか細かに確認をしてくること自体には、朔良は憂慮の念を覚えるものの、一方でほの暗い優越感をも覚える。

 胸中に生じた薄ら暗いそれを振り払うように、朔良は千世の髪にそっと触れた。

「ああ、その通りだよ千世。土岐さんは……なんというか、粘り強いひとだからね」

 千世は朔良の言葉の意味が上手く汲めなかったらしく、わずかに首をかしげた。

「まあ……一筋縄ではいかないひとなんだ。千世に会うためだったら色々と――してくるかもね」
「……わたしが会わなかったら、朔良さんや七瀬さんは怒られますか?」
「そんなことはないさ」

 間違いなく上司の京橋にお小言を貰うだろうが、他でもない女性である千世自身が面会を拒絶したのであれば、大きな問題にはならないはずだった。

 最低ランクとは言えども、千世は現在の社会では希少な女性なのだ。

 一応、その意思は男性のものよりも優先される。

 だから朔良はそう答えたのだが、千世にきちんと伝わったのかどうかは怪しいところだった。

「土岐さんと面会したくない気持ちが少しでもあるなら、会わなくてもいいんだ。みんな、千世の気持ちを優先するから」

 朔良がそう言葉を重ねたが、千世の答えはやはり「土岐四郎と会う」というものだった。

 朔良から見て、千世は無理にその答えをひねりだしたわけではない、ということはわかった。

 しかしわずかな迷いが生じていることも感じ取った。

 だが千世が「会う」と決めたのならば、その意思を妨害する気持ちは朔良にはない。

 ただ、土岐四郎が千世を傷つけるような言葉を口にしないことだけを願った。

 そしてもちろん、土岐四郎がそのようなことを口にしたときは、朔良は大人しく黙っているつもりもなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される

絵麻
恋愛
 桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。  父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。  理由は多額の結納金を手に入れるため。  相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。  放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。  地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。  

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

処理中です...