14 / 40
(14)
しおりを挟む
女性保護局が入っているビル内にある応接室のひとつ。
ローテーブルを挟んで対面する長方形のソファの片側に、千世を挟むようにして朔良と七瀬が腰を下ろしている。
もう片側のソファの、そのど真ん中に座っているのはもちろん四郎だった。
四郎は大変にご機嫌な様子であったのに対して、千世の担当官である七瀬はそのベビーフェイスに警戒心をにじませている。
千世の恋人である朔良は、七瀬ほどには露骨ではなかったにしても、さながら番犬のごとし。
四郎は、もし自分が朔良の気分を害せば、番犬か――あるいは猟犬のごとく飛びかかってきそうな、そんな気迫を朔良から感じ取った。
肝心の千世はというと、恩義ある七瀬や朔良が四郎をよく思っていないことを明察し、わずかに戸惑いを見せていた。
それでも、四郎に会うと決めたのは千世だったから、今さら「取りやめたほうがいいか」などとも聞けない状況だった。
四郎は、対面する三人の心の機微を野生の勘にも似た部分で感じ取っていたが、彼からすれば「それがどうした」という話だった。
そして四郎がそんな風に、三人の微妙な心情を察しながら、一切慮ることはないだろうということは、朔良も七瀬もよくわかっていた。
この場でわかっていないのは千世だけだろう。
それでも千世は千世なりに、朔良と七瀬がまとう雰囲気から、四郎がやはり一筋縄ではいかない人物であることを察していた。
「面会を受諾してくれたことにまず感謝を。ありがとう」
自己紹介を経た四郎は、完全無欠の好青年にしか見えない微笑を浮かべて、そう言い放った。
それを七瀬はうさんくらいものを見る目を作る。
朔良には七瀬ほどの、表面上の変化はなんら見られないものの、警戒しているなと四郎は思った。
「いえ……。それで、あの、土岐さんは、どうしてわたしに会いたいと?」
千世は四郎のことをよくは知らない。
朔良も七瀬も四郎の厄介さを知っていたが、しかし千世に余計な先入観を与えるのも憚られて、最低限のことしか教えていなかった。
千世の恐る恐る、といった手探りの様子に、四郎はまるで微笑ましい物でも見るような顔をした。
「色々と聞きたいことがあってな」
「聞きたいこと、ですか……」
「ああ。――普段はどんなものを食べているんだ?」
「医者のセリフか」と、朔良と七瀬の心がひとつになった。
千世も「聞きたいことがある」と言われたあとについてきた言葉がそれだったので、少しだけ面食らったように瞠った。
「ええと……ふつうですよ。朝は基本的にパンで、夜は白米で……。でも刺激物とか脂っこいものは苦手で……」
戸惑った様子を隠せない、千世のどこかたどたどしい声を聞いて、四郎は微笑を浮かべたまま「そうか」と言った。
朔良も七瀬も、四郎の思惑を読むことはかなわなかった。
七瀬は、四郎が千世の生活習慣について尋ねているのであれば、わりと真剣に求婚を検討しているのかもしれない、と思った。
しかし一方で、あの土岐四郎が結婚を検討することなどあるのだろうかとも疑問符が浮かぶ。
「普段はどういう運動をしている?」
「普段は……部屋で普通に筋トレとか……マンションに入っているジムを利用したりしますけど……」
七瀬が四郎の真意を掴めず戸惑っているように、千世もなぜこのような質問をされているのかよくわからず、やはり手探りといった様子の返答が続く。
四郎は微笑を浮かべたまま、また「そうか」と言った。
千世が戸惑っていることを、微塵も気にしていない声だった。
朔良も、四郎がなにを目的にそういった質問をしているのか、理解が及ばなかった。
千世のことを知りたいらしいということだけはなんとなく理解できたものの、四郎は千世に恋愛感情はないと、他でもない本人がそう言っていたのだ。
だから朔良も七瀬も、四郎の心中を測りかねていた。
「それじゃあ――人間を殴ったとき、どう思った?」
四郎の瞳が、剣呑な光を帯びたように見えた。
それでも口元は微笑を浮かべて、目はうっすらと弧を描いている。
そんな中で、目玉だけがぎらぎらと、鈍く光っているように見えた。
「ちょ、ちょっと――」
「……土岐さん」
七瀬と朔良の声が重なる。
四郎を咎め立てる声だった。
けれども四郎からすればそのようなふたりの声など、子猫に引っかかれるのにも等しいどころか、それよりもさらに劣る、弱々しいものだ。
「お前がなにを思って暴力を振るったのか、そのときどう思ったのか、どう感じたのか、今どう考えているのか――。俺は、それが知りたい」
ローテーブルを挟んで対面する長方形のソファの片側に、千世を挟むようにして朔良と七瀬が腰を下ろしている。
もう片側のソファの、そのど真ん中に座っているのはもちろん四郎だった。
四郎は大変にご機嫌な様子であったのに対して、千世の担当官である七瀬はそのベビーフェイスに警戒心をにじませている。
千世の恋人である朔良は、七瀬ほどには露骨ではなかったにしても、さながら番犬のごとし。
四郎は、もし自分が朔良の気分を害せば、番犬か――あるいは猟犬のごとく飛びかかってきそうな、そんな気迫を朔良から感じ取った。
肝心の千世はというと、恩義ある七瀬や朔良が四郎をよく思っていないことを明察し、わずかに戸惑いを見せていた。
それでも、四郎に会うと決めたのは千世だったから、今さら「取りやめたほうがいいか」などとも聞けない状況だった。
四郎は、対面する三人の心の機微を野生の勘にも似た部分で感じ取っていたが、彼からすれば「それがどうした」という話だった。
そして四郎がそんな風に、三人の微妙な心情を察しながら、一切慮ることはないだろうということは、朔良も七瀬もよくわかっていた。
この場でわかっていないのは千世だけだろう。
それでも千世は千世なりに、朔良と七瀬がまとう雰囲気から、四郎がやはり一筋縄ではいかない人物であることを察していた。
「面会を受諾してくれたことにまず感謝を。ありがとう」
自己紹介を経た四郎は、完全無欠の好青年にしか見えない微笑を浮かべて、そう言い放った。
それを七瀬はうさんくらいものを見る目を作る。
朔良には七瀬ほどの、表面上の変化はなんら見られないものの、警戒しているなと四郎は思った。
「いえ……。それで、あの、土岐さんは、どうしてわたしに会いたいと?」
千世は四郎のことをよくは知らない。
朔良も七瀬も四郎の厄介さを知っていたが、しかし千世に余計な先入観を与えるのも憚られて、最低限のことしか教えていなかった。
千世の恐る恐る、といった手探りの様子に、四郎はまるで微笑ましい物でも見るような顔をした。
「色々と聞きたいことがあってな」
「聞きたいこと、ですか……」
「ああ。――普段はどんなものを食べているんだ?」
「医者のセリフか」と、朔良と七瀬の心がひとつになった。
千世も「聞きたいことがある」と言われたあとについてきた言葉がそれだったので、少しだけ面食らったように瞠った。
「ええと……ふつうですよ。朝は基本的にパンで、夜は白米で……。でも刺激物とか脂っこいものは苦手で……」
戸惑った様子を隠せない、千世のどこかたどたどしい声を聞いて、四郎は微笑を浮かべたまま「そうか」と言った。
朔良も七瀬も、四郎の思惑を読むことはかなわなかった。
七瀬は、四郎が千世の生活習慣について尋ねているのであれば、わりと真剣に求婚を検討しているのかもしれない、と思った。
しかし一方で、あの土岐四郎が結婚を検討することなどあるのだろうかとも疑問符が浮かぶ。
「普段はどういう運動をしている?」
「普段は……部屋で普通に筋トレとか……マンションに入っているジムを利用したりしますけど……」
七瀬が四郎の真意を掴めず戸惑っているように、千世もなぜこのような質問をされているのかよくわからず、やはり手探りといった様子の返答が続く。
四郎は微笑を浮かべたまま、また「そうか」と言った。
千世が戸惑っていることを、微塵も気にしていない声だった。
朔良も、四郎がなにを目的にそういった質問をしているのか、理解が及ばなかった。
千世のことを知りたいらしいということだけはなんとなく理解できたものの、四郎は千世に恋愛感情はないと、他でもない本人がそう言っていたのだ。
だから朔良も七瀬も、四郎の心中を測りかねていた。
「それじゃあ――人間を殴ったとき、どう思った?」
四郎の瞳が、剣呑な光を帯びたように見えた。
それでも口元は微笑を浮かべて、目はうっすらと弧を描いている。
そんな中で、目玉だけがぎらぎらと、鈍く光っているように見えた。
「ちょ、ちょっと――」
「……土岐さん」
七瀬と朔良の声が重なる。
四郎を咎め立てる声だった。
けれども四郎からすればそのようなふたりの声など、子猫に引っかかれるのにも等しいどころか、それよりもさらに劣る、弱々しいものだ。
「お前がなにを思って暴力を振るったのか、そのときどう思ったのか、どう感じたのか、今どう考えているのか――。俺は、それが知りたい」
11
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
絵麻
恋愛
桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。
父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。
理由は多額の結納金を手に入れるため。
相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。
放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。
地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。
イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。
楠ノ木雫
恋愛
蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる