21 / 40
(21)
しおりを挟む
「浮かない顔をしているな」
四郎にそう指摘されて、千世は我に返った。
四郎との、再度の面会の時間。四郎にだって当然ながら仕事はあるし、千世も長くはしゃべれず、また他人といるとすぐに気疲れしてしまう性質ゆえに面会の時間は無限とはいかない。
四郎がわざわざ割いてくれた貴重な時間を無駄にしたと、千世は罪悪感を抱いた。
「ごめんなさい……」
「別に、謝罪はいらん。それよりもうわの空とは珍しい。なにかあったのか?」
「いえ……」
千世は「なにもない」と言おうとしたが、なぜかその言葉は口から出てこなかった。
なぜだろうかと思案すれば、脳裏に朔良の顔がよぎる。困ったような微笑みを浮かべている。昨夜、見た顔だ。
朔良の顔を思い浮かべると、千世は胸の奥がまたざわめくのを感じた。
けれどもまるで白い霧が立ち込めているように、その正体は見えない。
「なんだ。あいつと喧嘩したのかとでも思った」
「『あいつ』……朔良さんと、ですか?」
「ああ。もしそうだったらどちらが勝つのか気になったのでな」
「喧嘩は、してないです。ただ」
「ただ」……その先にどんな言葉を続ければいいのか、千世はわからなくなった。
そんな千世の姿は、四郎からすると迷子の子供のように見えた。
しかし千世が迷子のように戸惑っているのは、両親が見えないからではない。今、隣に恋人の姿がないからだろう。
四郎はそのように感じた。
「……朔良さんが」
ややあってから、千世が口を開いた。
千世の黒目がちの瞳は、無意識なのだろうが、苦しむようにわずかに細められている。
「お見合いを……」
「ん? 男は複婚できないだろう」
「はい。今日、断りに行くって、言ってました」
そこまで言われれば、四郎にも千世の心情は理解できた。
千世は今、不安でいっぱいなのだ。
四郎に朔良が見合いをするという話を言って、千世はタガが外れたのか、あるいはだれかに胸の内に秘めていた苦悩を吐露したかったのか、先ほどまでの、なにやら言葉に窮していた様子から一転、話し出す。
「……土師っていう家のひとと会うって言ってました。このビルに近いホテルで会って、断ってくるって……」
たどたどしい千世の言葉を聞いた四郎は、器用に片眉だけを動かした。
「土師、ね。――お前はその女と宮城が会うのが不安なのか」
「『不安』……」
四郎から今の心情を表せる言葉のひとつを与えられた千世は、ゆっくりとまばたきをした。
「不安、なんでしょうか。なんだか、落ち着かないんです。それに、少し……これは、怖い気持ちもします」
「じゃあ行くか」
「……え?」
四郎はおもむろにソファから立ち上がるや、対面する千世とのあいだにあるローテーブルを迂回し、彼女のそばへと近づいた。
千世はまたおどろいたようにまばたきをする。
そんな千世を見下ろして、四郎はそのまま彼女の二の腕をつかんだ。
それから強引に引っ張って、千世をソファから立たせる。
千世は四郎にされるがまま立ち上がって、まん丸くさせた目で、自分よりも高い位置にある四郎の顔を見上げた。
四郎は千世の二の腕から手を放すと、今度は片手首を捉えた。
「そんなに気になるなら、宮城のところに行けばいい」
「え……」
「すぐそこのホテルなんだろう」
「はい。そう聞いています」
「じゃあ行こう」
四郎は、千世の腕を引っ張って歩き始める。
千世は呆気に取られ、やはりされるがまま応接室を出た。
運がいいのか悪いのか、ちょうど担当官の七瀬が少し離席しているあいだの出来事だった。
「宮城に恩を売りに行くか」
千世は、四郎の言葉が理解できず、腕を引っ張られながら彼の広い背中を見た。
しかし四郎はそれ以上なにも言わなかったし、千世も四郎について行くのに必死で、それ以上なにも問えなかった。
四郎にそう指摘されて、千世は我に返った。
四郎との、再度の面会の時間。四郎にだって当然ながら仕事はあるし、千世も長くはしゃべれず、また他人といるとすぐに気疲れしてしまう性質ゆえに面会の時間は無限とはいかない。
四郎がわざわざ割いてくれた貴重な時間を無駄にしたと、千世は罪悪感を抱いた。
「ごめんなさい……」
「別に、謝罪はいらん。それよりもうわの空とは珍しい。なにかあったのか?」
「いえ……」
千世は「なにもない」と言おうとしたが、なぜかその言葉は口から出てこなかった。
なぜだろうかと思案すれば、脳裏に朔良の顔がよぎる。困ったような微笑みを浮かべている。昨夜、見た顔だ。
朔良の顔を思い浮かべると、千世は胸の奥がまたざわめくのを感じた。
けれどもまるで白い霧が立ち込めているように、その正体は見えない。
「なんだ。あいつと喧嘩したのかとでも思った」
「『あいつ』……朔良さんと、ですか?」
「ああ。もしそうだったらどちらが勝つのか気になったのでな」
「喧嘩は、してないです。ただ」
「ただ」……その先にどんな言葉を続ければいいのか、千世はわからなくなった。
そんな千世の姿は、四郎からすると迷子の子供のように見えた。
しかし千世が迷子のように戸惑っているのは、両親が見えないからではない。今、隣に恋人の姿がないからだろう。
四郎はそのように感じた。
「……朔良さんが」
ややあってから、千世が口を開いた。
千世の黒目がちの瞳は、無意識なのだろうが、苦しむようにわずかに細められている。
「お見合いを……」
「ん? 男は複婚できないだろう」
「はい。今日、断りに行くって、言ってました」
そこまで言われれば、四郎にも千世の心情は理解できた。
千世は今、不安でいっぱいなのだ。
四郎に朔良が見合いをするという話を言って、千世はタガが外れたのか、あるいはだれかに胸の内に秘めていた苦悩を吐露したかったのか、先ほどまでの、なにやら言葉に窮していた様子から一転、話し出す。
「……土師っていう家のひとと会うって言ってました。このビルに近いホテルで会って、断ってくるって……」
たどたどしい千世の言葉を聞いた四郎は、器用に片眉だけを動かした。
「土師、ね。――お前はその女と宮城が会うのが不安なのか」
「『不安』……」
四郎から今の心情を表せる言葉のひとつを与えられた千世は、ゆっくりとまばたきをした。
「不安、なんでしょうか。なんだか、落ち着かないんです。それに、少し……これは、怖い気持ちもします」
「じゃあ行くか」
「……え?」
四郎はおもむろにソファから立ち上がるや、対面する千世とのあいだにあるローテーブルを迂回し、彼女のそばへと近づいた。
千世はまたおどろいたようにまばたきをする。
そんな千世を見下ろして、四郎はそのまま彼女の二の腕をつかんだ。
それから強引に引っ張って、千世をソファから立たせる。
千世は四郎にされるがまま立ち上がって、まん丸くさせた目で、自分よりも高い位置にある四郎の顔を見上げた。
四郎は千世の二の腕から手を放すと、今度は片手首を捉えた。
「そんなに気になるなら、宮城のところに行けばいい」
「え……」
「すぐそこのホテルなんだろう」
「はい。そう聞いています」
「じゃあ行こう」
四郎は、千世の腕を引っ張って歩き始める。
千世は呆気に取られ、やはりされるがまま応接室を出た。
運がいいのか悪いのか、ちょうど担当官の七瀬が少し離席しているあいだの出来事だった。
「宮城に恩を売りに行くか」
千世は、四郎の言葉が理解できず、腕を引っ張られながら彼の広い背中を見た。
しかし四郎はそれ以上なにも言わなかったし、千世も四郎について行くのに必死で、それ以上なにも問えなかった。
11
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
絵麻
恋愛
桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。
父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。
理由は多額の結納金を手に入れるため。
相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。
放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。
地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。
イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。
楠ノ木雫
恋愛
蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる