○で×な△関係(まるでだめなさんかくかんけい)

やなぎ怜

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※三角関係のお話ですが、最終的にどちらかを選ぶというような展開にはなりません。無理! という方は当作品の閲覧をお控えください。


 ***


 わたしとハルちゃんは幼馴染。

 同じ時期にニュータウンと名付けられた地区に引っ越して来て、たまたま家が向かい合わせだった。最初は単純に、それだけの関係。同じ年に生まれただけの男女。

 そういう関係は歳を重ねるにつれて疎遠になるのが定番と言ったところかもしれないが、わたしとハルちゃんは違った。

 わたしは、美しいハルちゃんが好きだ。なんでもそつなくこなせて、けれども決して驕らないハルちゃんが好きだ。

 だから、わたしは一般に思春期と呼ばれるような時期に入っても、ハルちゃんと離れるようなことはなかった。

 クラスの女子たちが「男子って」って顔をしている中にあっても、わたしはハルちゃんといっしょにいた。

 それをよく思わない女子もいたけれど、わたしはなんのその。

 だって、そこには明らかな嫉妬もあったから、むしろわたしは弱ってしまうどころか強くなれた。

 ハルちゃんは美しく、かしこく、やさしい。だから女子たちの「男子って」という言葉の中に、いつもハルちゃんはずる賢く入っていなかった。

 きゃあきゃあと女子から黄色い声を上げられる方にいる。それがハルちゃんだった。

 わたしはそんなハルちゃんを誇らしく思うと同時に、ますます好意の情を深めて行った。

 ハルちゃんとわたしの間には友情があった。相手のことを一番理解しているという驕りがあった。

 おばさん――ハルちゃんのお母さんはそれを良くは思っていないみたいだけれど、わたしたちはなんのその。

 だって、個人間の友情に家族は関係ない。わたしと、ハルちゃん。相対するふたりだけの関係。ふたりだけの世界。それを邪魔する手立ては、家族と言えどもないものなのだ。

 おばさんはハルちゃんが付き合うべきなのは、もっとハイクラスの女の子なんだと思っているフシがある。

 なるほど。たしかにわたしはおばさんのお眼鏡には適わないだろう女の子だ。

 身長は一五〇センチ未満のちんちくりん。手足が長いわけでもないし、中学二年生になっても胸はぺったんこ。スマートと言うよりは、やせぎすな体。

 おばさんのお眼鏡に適うのは、たぶんのちのちモデルなんかしちゃう女の子なんだと思う。

 わたしはもちろん、自分の容姿のことは気になる。できるだけ、かわいく、美しくなりたいとだって思う。

 けれども現状、そうではない自分を恥じて、ハルちゃんと釣り合わないとかは言いたくなかった。

 いや、言えなかった。

 だって、わたしはハルちゃんが好きだから。

 ハルちゃんも、わたしのことを好ましく思ってくれているから。だから、いくらおばさんがいい顔をしなくたって、黙って離れるようなマネだけはしない。

 それは他人からすれば意固地になっているとも取られるかもしれない。

 けれどもわたしは、ハルちゃんがどうしようもなく好きで、好きで。

 だからやっぱり自分のスペックに落ち込む日はあるけれど、最終的に「離れられないなあ」というところに落ち着く。

 わたしとハルちゃんの関係は小学校のあいだ、ずっとそうだった。

 いつだってふたりきりってわけではないけれど、性別なんて関係なくいっしょにいることは多かった。

 けれどもそこに割って入る……というか、混ざってくる人間が現れた。

 進学した先でハルちゃんを気安げに「ハル」と呼ぶ彼は、ヨシくんと言う。

 勘違いしないで欲しいのは、別にわたしは親しみを持って「ヨシくん」などと呼んでいるわけではない、ということだ。

 単に彼の小学校時代の友人たちがそろって「ヨシくん」と呼んでいたから、流れで、自然と、そう呼ぶようになった感じである。

 ハルちゃんも「ヨシくん」と呼ぶから、わたしもそれに倣った、という部分もある。

 ヨシくんはだれにでも気楽に話せる、コミュ力の高いタイプって感じだ。

 そんな風に友人なんてよりどりみどりなタイプなら、ハルちゃんに固執しなくてもいいのに……とわたしは思う。

 そう、ヨシくんは明らかに最初からハルちゃんにだけやたらと親しげ……というか、なれなれしかった。

 ハルちゃんと仲良くなりたいと考えるのは別に不思議な話ではないと思う。

 ハルちゃんは美しくて勉強もできる。物腰柔らかで大人っぽい。あんまりこういう風に言いたくないけれど、友人とするには「ステータスが高い」と考える人間がいても、おかしくはない。

 ヨシくんはどう思っているかは知らない。

 けれども純然たる事実として、ヨシくんはハルちゃんになれなれしい。

「ふたりで遊びに行こうぜ」みたいなことを言っていたのも一度や二度じゃない。

 でもハルちゃんはそのたびにわたしのことも誘ってくれるので、わたしはヨシくんに向かって心の中で舌を出した。

 わたしはちょっとだけヨシくんはハルちゃんのことを恋愛対象として好いているのかな、と思ったことはある。

 でも別にたとえそうだとしても、だからと言っても、ハルちゃんの隣の席をヨシくんに「譲る」などということは絶対に「ナシ」だった。

 翻って、わたしはどうなのかなと思う。

 わたしはハルちゃんといっしょにいたいと思っている。この先もずっと、おばあさんとおじいさんになるまで、仲良くしたいと思っている。

 けれどもそこに「恋」みたいなものはあるのか?

 ……わたしには、わからなかった。

「恋」があるのなら、たぶんキスやセックスとかがしたい、みたいな気持ちになるものなんだろうけれど、わたしはそうじゃなかった。

 だから、たぶん、これは「恋」じゃないんじゃないか。

 わたしが出した結論はそうだった。

 ヨシくんはあからさまではないにせよ、わたしをライバル視しているフシがある。

 ハルちゃんとをめぐるライバル。目の上のたんこぶってところなんだろう。

 ヨシくんはハルちゃんと秘密――みたいなもの――を持ちたがっているところがあったが、だいたいそれは失敗している。

 たとえば先に言ったように、ふたりだけで出かける、みたいな提案は、いつだって失敗した。

 ハルちゃんがわたしもいっしょがいいと言うからだ。

 ヨシくんは「遠慮しろよ」みたいな目でわたしを見るけど、わたしはいつだってそれを無視する。

 素知らぬフリして「わたしも行きたーい」って、ことさら無邪気を装って言うのだ。

 ハルちゃんはわたしの心情を知らないはずはないけれど、いつもニコニコしている。

 わたしもハルちゃんのことをよく知っているから、それは不快ではない。

 ハルちゃんがヨシくんのことを嫌ってはいないことも、わたしは知っている。

 けれどもそれはそれとして、ハルちゃんはわたしとの友情も大事なのだ。

 だからハルちゃんはヨシくんの誘いを完全には受け入れないし、わたしもそうはさせない。そしてヨシくんはそれで妥協を見せる。

 ハルちゃんを中心にしたパワーバランスは概ねそのような感じだった。

 そんなことをしていたら、いつのまにかクラス――わたしたち三人はクラスメイトなのだ――では「そういうこと」が当たり前の風景になっていた。

「そういうこと」とは、つまり、ハルちゃんを巡る一連の水面下での争いのことだ。

 わたしとヨシくんがハルちゃんを挟んで言葉穏やかにやりあっていると、みんな「まただよ」みたいな顔をする。

 なんとなく不本意だが、まあクラス公認という言葉に代えられるのならば、あまりイヤな気もしない。

 わたしの友人――わたしにだってハルちゃん以外の友達はいる――には「小姑かよ」と呆れられているけれど、わたしはまったく気にしていない。


「うあー、ハルちゃんとヨシくんが同じ班になっちゃったよー」
「いい加減、蔦原つたはらくんに譲ってやったら?」
「それはない!」

 先ほどのホームルームの時間に文化祭の班分けが行われた。

 それが、よりにもよってハルちゃんと別の班になってしまったのだ。

 それだけならまだ仕方ないと言えるが、なんとヨシくんはハルちゃんと同じ班になったのである。

 今ごろヨシくんは勝ち誇っているのだろうと思うと、わたしはどうにも悔しかった。

 これから文化祭が終わるまで、その準備作業は班ごとに行われるわけで……そのあいだにヨシくんがハルちゃんにいつものようになれなれしくすることは、想像するまでもなく必至だ。

 というようなことを掃除の時間中に友人であるマコちゃんたちに愚痴ると、いつものようにからかわれる。

 わたしが「絶対にイヤ」というのをわかっていて、マコちゃんたちはたまに面白がってヨシくんにハルちゃんをくれてやったら? みたいなことを言うのだ。

 わたしからすれば冗談でも絶対にイヤなので、毎回ノーを突きつけている次第である。

「じゃあもうトーコが茨目いばらめくんと付き合っちゃえよ。それなら盗られる心配もないじゃん」
「いやいや、蔦原くんに寝盗られるかもしれんよ?」
「トーコ……胸ぺったんこだもんねえ……」
「貧乳なのはほっといて! これから大きくなるし!」
「いやどうかな」
「巨乳のトーコは想像できないかな……」
「ひどい!」

 そのときのわたしはひたすら文化祭までどうやってヨシくんからハルちゃんを守れるか考えていた。

 ……のだが、しかし、このあと、わたしの想像を超えた厄介な出来事が起こってしまう。

 けれどもこのときのわたしは、まったくそんなことを考えず、ひたすらヨシくんが明日入院しないかとか、物騒なことを願っていたのであった。
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