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「あの、ご主人様」
「思ったんだけど」
「はい」
「その、ご主人様というのはやめてくれないか」
「では、なんとお呼びすれば?」
「……名前で」
「では、トレイシー様と」
トレイシーは「うむ」と重々しくうなずくや、満足げに微笑んだ。人形を思わせる顔をゆるめて浮かべた笑みにウィルフは目を奪われた。花がほころんだかのような麗しい面持ちに心臓が波打つ。今までに感じたことない感覚にウィルフは動揺する。
どこか居心地の悪い思いを振り切るかのように、ウィルフはこれからのことを考えた。今晩か、あるいはいつかはこの主人に性奴隷として抱かれるのだと。もしかしたら抱くのはウィルフの役目かもしれない。
いずれも男を相手にすると思えばトレイシーへのよくわからない思いも鎮まるかと思いきや、浮かぶのはまたしても彼の頬笑みで、ウィルフは少し混乱した。
トレイシーはウィルフがそのような思いに陥っているなど知る由もなく、彼をリビングに当たる散らかった大部屋に残して扉から出て行こうとした。
トレイシーの背を見て我に返ったウィルフが彼に声をかける。
「あの、ご……トレイシー様。どちらへ?」
「ん。夕食を作ろうと思って」
主人に手ずから……とウィルフは思うも、彼には料理などできない。料理は飯炊き女の役割である。しかしトレイシーの家には通いの女中などもいないようで、結局ウィルフはトレイシーが夕食の支度をするのを見ているほかなかった。
支度をしているあいだにもトレイシーはウィルフに「くつろいでいてくれ」など、まるで客人をもてなすような口ぶりであったから、ウィルフは大いに面食らった。奴隷を持ったことがないというのは本当らしいが、それにしても奴隷への態度のおかしい主人である。
更に夕食の席では同じ机で食事を摂ろうとするのだからウィルフは慌てた。主人と奴隷が同じ机で食事をするなど聞いたことがない。それを説明してもトレイシーは納得がいかないらしく、結局はウィルフが折れるはめになり、なにを食べているのかわからない夕食を過ごすことになった。
ウィルフはようやくどうもおかしいと確信したのは夜になってからだ。
トレイシーに命じられて裏手の井戸で身を清めたあとは、いよいよかと思ったのもつかの間、彼の口から出たのは「添い寝」であった。
石造りのしっかりとした部屋の中で、草花をかたどった精密な象嵌が目を惹く天蓋つきの寝台は少々浮いていた。見て回った限りでは、トレイシーは調度品の類いにあまり気を配る性質ではないとウィルフは思っていたので、これには少しだけ面食らう。
ベールのような薄絹の幕が寝台を覆い、敷き詰められた布団は綿がじゅうぶんに入れられた絹作り。枕代わりのクッションも刺繍が美しい作りの良いものばかりであった。こちらも見るからに柔らかそうで綿を惜しむことなく使っていることがうかがえる。
トレイシーの邸の中にあって、寝室だけは雰囲気が違ったのだ。ここだけは彼が丹精込めて仕立てあげたのだとわかるほど、贅沢な品であふれ返っていた。
その贅を尽くした寝台の上にトレイシーは横たわっている。まとう寝間着は絹仕立ての肌触りの良さそうなゆったりとした作りだ。
服のあわせ目からのぞく肌はやはり染みひとつなく美しい。喉仏の目立たぬ首に、すべらかな鎖骨の曲線を見れば、ともすると女のように見えなくもない。ウィルフは知らずつばを飲み込んでいた。
トレイシーは夜の影が降りて紺色に見える目をウィルフに向ける。眠いのか、その瞳は潤みとろりと蕩けてしまいそうであった。
「ウィルフ」
天幕の隙間からトレイシーが手招くままにウィルフは寝台に膝を突く。ぎしり、と寝台が音を立てた。トレイシーは上半身を浮かせると掛け布を上げるや、ウィルフに布団の中へ入って来るよう命じた。
「失礼します」
ウィルフは覚悟を決めて天幕をかき分け、寝台へと上がる。トレイシーに近づくとふわりと花の匂いがした。香油だろうか。ウィルフはこの美しい主人を前にして、柄にもなく昂って来るのを感じた。
そんなウィルフにトレイシーが命じたのが「添い寝」である。
ウィルフは当然困惑した。「性奴隷」だと宣言されたのだから、することはひとつだろうと思い込んでいたのだ。それが、添い寝。呆気に取られるのもいたし方ないことである。
しかしそんなウィルフの心中に構う様子はなく、トレイシーは寝台に寝そべった彼の胸元に顔を寄せる。まるで母親のそばで眠る子供のような格好でトレイシーはウィルフに体を寄せて目を閉じてしまった。
ウィルフはと言えば、聞きたいことはたくさんあったものの、そのようなトレイシーの姿を見てはなにも言えず、身じろぎもせずに彼の寝姿を見守るのみだ。
トレイシーの長い髪が寝台に広がる。それらは月光を受けてきらきらと輝いていた。月明かりに縁取られたすべらかな輪郭も、絹の布団に広がる髪も、なにもかもがウィルフの感覚を刺激する。
触れてみたい。そんな衝動に駆られるがもちろんそんなことはできもしない。
トレイシーの静かな寝息がウィルフの鼓膜をかすかに揺さぶる。薄い掛け布の上からトレイシーの体の線がはっきりとわかった。男にしてはいささか丸みを帯びた体が、トレイシーの女めいた容姿に拍車をかける。
そこでふと思い出したことがあった。たしか、魔法使いというのはほとんどが女だと言う。
ウィルフはもしやトレイシーは女なのではと考えたが、彼の体つきをみるとどうしても女にしては骨ばった線が目立つ。やはり、「女のような男」という印象であった。
しばしトレイシーを見ていたウィルフであったが、そのうちに睡魔に襲われる。一日のうちに様々なことがありすぎた。このまま寝てしまってもいいのかは甚だ疑問ではあるものの、かといって辞せる様子ではない。仕方なくウィルフは体を寄せて来るトレイシーから距離を取って瞼を閉じた。
*
先に起きたのはウィルフである。空が白み始める夜明けの時刻に起床したウィルフは、目と鼻の先にいる白皙の麗人を見て昨日のことが夢ではないのだとようやく飲み込むことができた。
思い返してもとかくおかしな御仁である。「性奴隷に」などと言いながら命じられたのは他愛もない夜伽で、奴隷であるウィルフと食卓を共にしようとする主……。奴隷として過ごして来た年月の方が長いウィルフにとっては、どうにも居心地の悪い思いをしてしまうのはいたし方ないことであろう。
トレイシーはウィルフが目覚めてから半刻ほどあとに起きた。
「そういえば、手……」
目が覚めての第一声がそれだった。
ウィルフが得心のいかない顔をしていると、トレイシーの指が彼の右手に走る赤茶色の線に触れる。そこでようやくトレイシーの言わんとしていることを理解したウィルフは、自身の手を撫でるトレイシーの指を取って離した。主人が奴隷に長く触れているのはあまりよくないことだからだ。――性奴隷、という用途を考えるのであれば特に問題ないのかもしれないが。
トレイシーの魔法によってつけられた傷口は、とっくの昔にふさがっていた。手当てするまでもなく、綺麗な赤い線を描く傷口を手で押さえたらすぐに止血できたのである。
「痛い?」
ウィルフはすぐにトレイシーの指を解放する。すると彼は行き場を失った手を宙に浮かせたまま、ウィルフにそう問うた。ウィルフに向けられた、その青の瞳は明け方の空のように晴れやかな色をしている。時間や場所によって鮮やかに色を変える青の瞳にウィルフはどうしようもなく惹かれる己の心を感じた。
「……いいえ。お気になさらずに」
ようやくそれだけ吐き出すように言えば、トレイシーが小さく息を吐いた。心配していてくれたのだろうか、とウィルフは考える。そんなわけがないと奴隷として扱われることに慣れた頭は言うのだが、心のどこかでそうであればいいと思う。
トレイシーが奴隷らしい扱いをしないことに奇妙な居心地の悪さを感じはするものの、当然ながらウィルフは粗末に扱われて喜ぶような性癖は持ち合わせていない。だから、まるで普通の人間のように接して来るトレイシーの態度は嫌ではなかった。
猜疑の心が罠かもしれないとささやきはするものの、ウィルフの心はすでにトレイシーへと傾き始めていた。
朝食の席も当然ながらトレイシーと同じくすることになる。ここまで来るとウィルフは腹を括った。主であるトレイシーがそうしたいと言うのだ。従わない道理はない。たとえそれが、どう考えたって奴隷への態度ではないにしても。
奴隷の身分であるウィルフにとって、トレイシーが唯一絶対の正義なのである。ウィルフはどうしようもない違和を払拭しようと自身に強くそう言い聞かせた。
「ウィルフはしたいこと、ある?」
トレイシーが相変わらず人形めいた無表情のままだ。しかしウィルフの今までに培った観察眼では、どうにか彼の表情らしきものを見極めることができ始めていた。
つっけんどんにも聞こえるトレイシーの言葉であるが、どこか地面を確かめるような、おそるおそる足を踏み出すような雰囲気がそこにはあった。
奴隷の顔色をうかがうなんておかしな人だ。そう思いながらもウィルフは慎重に言葉を選ぶ。主の機嫌を損ねたくないというのもあったが、単純にトレイシーを幻滅させたくないという欲求もあった。
それはここから放り出されたら行く先がないからだろうか? いや、剣闘に戻ればいいだけだ。なら、どうして? ……今はまだ、答えは出そうにない。
「私は奴隷です。……ですから、なにか仕事をいただけたら」
「うん……そうか」
空になった皿を前にしているとトレイシーがさっさとそれを片づけてしまう。剣闘奴隷として過ごしてきたせいか、そういった行動に移るのはどうしても遅れてしまうウィルフは身を縮こまらせてトレイシーの所作を見送るのみだ。
ここでまた口を挟んでもいいのだが、先に「なにか仕事を」と言った手前、また口を開くのは憚られる。結局トレイシーが厨台に食器を置くのをウィルフはじっと眺めているしかなかった。
「……じゃあ、水浴びするの手伝って」
「思ったんだけど」
「はい」
「その、ご主人様というのはやめてくれないか」
「では、なんとお呼びすれば?」
「……名前で」
「では、トレイシー様と」
トレイシーは「うむ」と重々しくうなずくや、満足げに微笑んだ。人形を思わせる顔をゆるめて浮かべた笑みにウィルフは目を奪われた。花がほころんだかのような麗しい面持ちに心臓が波打つ。今までに感じたことない感覚にウィルフは動揺する。
どこか居心地の悪い思いを振り切るかのように、ウィルフはこれからのことを考えた。今晩か、あるいはいつかはこの主人に性奴隷として抱かれるのだと。もしかしたら抱くのはウィルフの役目かもしれない。
いずれも男を相手にすると思えばトレイシーへのよくわからない思いも鎮まるかと思いきや、浮かぶのはまたしても彼の頬笑みで、ウィルフは少し混乱した。
トレイシーはウィルフがそのような思いに陥っているなど知る由もなく、彼をリビングに当たる散らかった大部屋に残して扉から出て行こうとした。
トレイシーの背を見て我に返ったウィルフが彼に声をかける。
「あの、ご……トレイシー様。どちらへ?」
「ん。夕食を作ろうと思って」
主人に手ずから……とウィルフは思うも、彼には料理などできない。料理は飯炊き女の役割である。しかしトレイシーの家には通いの女中などもいないようで、結局ウィルフはトレイシーが夕食の支度をするのを見ているほかなかった。
支度をしているあいだにもトレイシーはウィルフに「くつろいでいてくれ」など、まるで客人をもてなすような口ぶりであったから、ウィルフは大いに面食らった。奴隷を持ったことがないというのは本当らしいが、それにしても奴隷への態度のおかしい主人である。
更に夕食の席では同じ机で食事を摂ろうとするのだからウィルフは慌てた。主人と奴隷が同じ机で食事をするなど聞いたことがない。それを説明してもトレイシーは納得がいかないらしく、結局はウィルフが折れるはめになり、なにを食べているのかわからない夕食を過ごすことになった。
ウィルフはようやくどうもおかしいと確信したのは夜になってからだ。
トレイシーに命じられて裏手の井戸で身を清めたあとは、いよいよかと思ったのもつかの間、彼の口から出たのは「添い寝」であった。
石造りのしっかりとした部屋の中で、草花をかたどった精密な象嵌が目を惹く天蓋つきの寝台は少々浮いていた。見て回った限りでは、トレイシーは調度品の類いにあまり気を配る性質ではないとウィルフは思っていたので、これには少しだけ面食らう。
ベールのような薄絹の幕が寝台を覆い、敷き詰められた布団は綿がじゅうぶんに入れられた絹作り。枕代わりのクッションも刺繍が美しい作りの良いものばかりであった。こちらも見るからに柔らかそうで綿を惜しむことなく使っていることがうかがえる。
トレイシーの邸の中にあって、寝室だけは雰囲気が違ったのだ。ここだけは彼が丹精込めて仕立てあげたのだとわかるほど、贅沢な品であふれ返っていた。
その贅を尽くした寝台の上にトレイシーは横たわっている。まとう寝間着は絹仕立ての肌触りの良さそうなゆったりとした作りだ。
服のあわせ目からのぞく肌はやはり染みひとつなく美しい。喉仏の目立たぬ首に、すべらかな鎖骨の曲線を見れば、ともすると女のように見えなくもない。ウィルフは知らずつばを飲み込んでいた。
トレイシーは夜の影が降りて紺色に見える目をウィルフに向ける。眠いのか、その瞳は潤みとろりと蕩けてしまいそうであった。
「ウィルフ」
天幕の隙間からトレイシーが手招くままにウィルフは寝台に膝を突く。ぎしり、と寝台が音を立てた。トレイシーは上半身を浮かせると掛け布を上げるや、ウィルフに布団の中へ入って来るよう命じた。
「失礼します」
ウィルフは覚悟を決めて天幕をかき分け、寝台へと上がる。トレイシーに近づくとふわりと花の匂いがした。香油だろうか。ウィルフはこの美しい主人を前にして、柄にもなく昂って来るのを感じた。
そんなウィルフにトレイシーが命じたのが「添い寝」である。
ウィルフは当然困惑した。「性奴隷」だと宣言されたのだから、することはひとつだろうと思い込んでいたのだ。それが、添い寝。呆気に取られるのもいたし方ないことである。
しかしそんなウィルフの心中に構う様子はなく、トレイシーは寝台に寝そべった彼の胸元に顔を寄せる。まるで母親のそばで眠る子供のような格好でトレイシーはウィルフに体を寄せて目を閉じてしまった。
ウィルフはと言えば、聞きたいことはたくさんあったものの、そのようなトレイシーの姿を見てはなにも言えず、身じろぎもせずに彼の寝姿を見守るのみだ。
トレイシーの長い髪が寝台に広がる。それらは月光を受けてきらきらと輝いていた。月明かりに縁取られたすべらかな輪郭も、絹の布団に広がる髪も、なにもかもがウィルフの感覚を刺激する。
触れてみたい。そんな衝動に駆られるがもちろんそんなことはできもしない。
トレイシーの静かな寝息がウィルフの鼓膜をかすかに揺さぶる。薄い掛け布の上からトレイシーの体の線がはっきりとわかった。男にしてはいささか丸みを帯びた体が、トレイシーの女めいた容姿に拍車をかける。
そこでふと思い出したことがあった。たしか、魔法使いというのはほとんどが女だと言う。
ウィルフはもしやトレイシーは女なのではと考えたが、彼の体つきをみるとどうしても女にしては骨ばった線が目立つ。やはり、「女のような男」という印象であった。
しばしトレイシーを見ていたウィルフであったが、そのうちに睡魔に襲われる。一日のうちに様々なことがありすぎた。このまま寝てしまってもいいのかは甚だ疑問ではあるものの、かといって辞せる様子ではない。仕方なくウィルフは体を寄せて来るトレイシーから距離を取って瞼を閉じた。
*
先に起きたのはウィルフである。空が白み始める夜明けの時刻に起床したウィルフは、目と鼻の先にいる白皙の麗人を見て昨日のことが夢ではないのだとようやく飲み込むことができた。
思い返してもとかくおかしな御仁である。「性奴隷に」などと言いながら命じられたのは他愛もない夜伽で、奴隷であるウィルフと食卓を共にしようとする主……。奴隷として過ごして来た年月の方が長いウィルフにとっては、どうにも居心地の悪い思いをしてしまうのはいたし方ないことであろう。
トレイシーはウィルフが目覚めてから半刻ほどあとに起きた。
「そういえば、手……」
目が覚めての第一声がそれだった。
ウィルフが得心のいかない顔をしていると、トレイシーの指が彼の右手に走る赤茶色の線に触れる。そこでようやくトレイシーの言わんとしていることを理解したウィルフは、自身の手を撫でるトレイシーの指を取って離した。主人が奴隷に長く触れているのはあまりよくないことだからだ。――性奴隷、という用途を考えるのであれば特に問題ないのかもしれないが。
トレイシーの魔法によってつけられた傷口は、とっくの昔にふさがっていた。手当てするまでもなく、綺麗な赤い線を描く傷口を手で押さえたらすぐに止血できたのである。
「痛い?」
ウィルフはすぐにトレイシーの指を解放する。すると彼は行き場を失った手を宙に浮かせたまま、ウィルフにそう問うた。ウィルフに向けられた、その青の瞳は明け方の空のように晴れやかな色をしている。時間や場所によって鮮やかに色を変える青の瞳にウィルフはどうしようもなく惹かれる己の心を感じた。
「……いいえ。お気になさらずに」
ようやくそれだけ吐き出すように言えば、トレイシーが小さく息を吐いた。心配していてくれたのだろうか、とウィルフは考える。そんなわけがないと奴隷として扱われることに慣れた頭は言うのだが、心のどこかでそうであればいいと思う。
トレイシーが奴隷らしい扱いをしないことに奇妙な居心地の悪さを感じはするものの、当然ながらウィルフは粗末に扱われて喜ぶような性癖は持ち合わせていない。だから、まるで普通の人間のように接して来るトレイシーの態度は嫌ではなかった。
猜疑の心が罠かもしれないとささやきはするものの、ウィルフの心はすでにトレイシーへと傾き始めていた。
朝食の席も当然ながらトレイシーと同じくすることになる。ここまで来るとウィルフは腹を括った。主であるトレイシーがそうしたいと言うのだ。従わない道理はない。たとえそれが、どう考えたって奴隷への態度ではないにしても。
奴隷の身分であるウィルフにとって、トレイシーが唯一絶対の正義なのである。ウィルフはどうしようもない違和を払拭しようと自身に強くそう言い聞かせた。
「ウィルフはしたいこと、ある?」
トレイシーが相変わらず人形めいた無表情のままだ。しかしウィルフの今までに培った観察眼では、どうにか彼の表情らしきものを見極めることができ始めていた。
つっけんどんにも聞こえるトレイシーの言葉であるが、どこか地面を確かめるような、おそるおそる足を踏み出すような雰囲気がそこにはあった。
奴隷の顔色をうかがうなんておかしな人だ。そう思いながらもウィルフは慎重に言葉を選ぶ。主の機嫌を損ねたくないというのもあったが、単純にトレイシーを幻滅させたくないという欲求もあった。
それはここから放り出されたら行く先がないからだろうか? いや、剣闘に戻ればいいだけだ。なら、どうして? ……今はまだ、答えは出そうにない。
「私は奴隷です。……ですから、なにか仕事をいただけたら」
「うん……そうか」
空になった皿を前にしているとトレイシーがさっさとそれを片づけてしまう。剣闘奴隷として過ごしてきたせいか、そういった行動に移るのはどうしても遅れてしまうウィルフは身を縮こまらせてトレイシーの所作を見送るのみだ。
ここでまた口を挟んでもいいのだが、先に「なにか仕事を」と言った手前、また口を開くのは憚られる。結局トレイシーが厨台に食器を置くのをウィルフはじっと眺めているしかなかった。
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