これがおれの運命なら

やなぎ怜

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エピローグ

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 おれたちのあいだで決めたこと。高校を卒業するまでは、はしない――。

 今どき古風が過ぎるという意見は両者のあいだで一致してはいたけれども、おれたちはそういう関係であろうということもまた、ふたりで決めたことだ。

 そこには過剰なまでの「第二の性」に対する忌避感だとかがあったことも否定はしない。それに振り回されることをおれたちは恐れていた。それによって相手を傷つけたり、自分が後悔したりすることも。

 そういうためらいや、恐れを共有しながら、おれたちはおよそ三年かけて、最終的につがいになることを決めた。

 時期的にもそれで良かったように思う。おれの発情期の周期は安定し始めると同時に、より誘引性の高いフェロモンを出すようになっていた。

 そんな中で大学への入学を控えた三月、つがいになろうと言い出したのは祐一からだった。

 祐一は包み隠さず己の中にある不安を吐露した。大学へ入学すればまた違った人間関係が形成される。そんな中で新たなアルファと接触されるのが不安だと。

 それは受け取りようによっては「信用していない」と解釈されても仕方のないセリフではあった。けれどもおれはそうは思わなかった。なぜならおれの中にも、同様の不安がくすぶっていたから。

 本能で惹かれることは、どうしようもない。そこに理性や自制心を働かせることは出来るけれども、本能を消せるわけではない。

 つがいについては散々話し合った。もっとも、つがいが破綻することによって受けるデメリットは、ほぼおれのみにしか存在しなかったが。それでも祐一がその話し合いを無駄だと感じている様子は、一度もなかった。

 そんな祐一だから、おれは彼に愛情を向けることへの恐れを、抱くことはなかった。

 大学入学までのわずかなモラトリアム。おれは祐一とつがいになることを決めた。

 熱を共有するように抱き合ってくちづけを交わす。まだ肌寒さが残る中では、相手の体温がひどく心地良い。

 角度を変え、味わうように触れあうだけのキスを繰り返す。祐一がおれの下唇をついばむ。それを合図にそっと閉じていたくちびるを開けば、性急な舌が口内を暴くように入り込む。

 舌を絡め合うキスは何度もしていたけれど、未だに慣れない。

 おれとは別の体温を持った分厚い肉が、口内で好き勝手に動き回る。歯列をなぞり、上顎の裏をくすぐる。そのくすぐったさに反射的に頭をうしろへ引いたが、すぐに祐一の手が後頭部にまわって、口づけが深くなった。

 下品な水音がやけに大きく響いて、耳まで犯されているような気分になる。互いの唾液がまざりあい、とうとうおれの顎を伝った。

 舌が絡まる。愛撫される。たったそれだけでおれの頬には熱が集まり、腰がずんと重くなって、陰茎はわずかにち上がる。

 祐一のもう片方の手がおれの胸の突起に伸びる。中心には触れず、その周囲の薄い皮膚をなぞるように指の腹が優しく動く。それだけでたまらなくなって、ぷくりと乳頭が勃起するのがわかった。

 祐一の舌が離れるころには、おれはもう息も絶え絶えに彼を見上げるしかなくなっていた。期待に満ちた目を、彼に向けずにはいられない。

「透……すごいエロい顔してる」

 そう言って笑う祐一の表情こそ妙に艶っぽくてどきりとする。うれしそうに目を細めておれを見る姿は捕食者そのもので、おれは彼に支配される側の人間なのだと本能的にわかった。

 けれどもそこに嫌悪感は、ない。祐一にならすべてを委ねられるし、なにをされても構わない。むしろ思うがままに暴いて、食い散らかして欲しいとさえ思った。

 祐一はおれを愛してくれているから。だから、どうなってもいいと、恐れもなく思えた。

 三ヶ月に一度訪れる、オメガの発情期。ちょうど昨日の夕方ごろから発情期に入って、恐らく今がもっとも性的興奮が高まり、アルファを誘引するフェロモンを垂れ流している状態だろう。

 どうしようもない熱と欲求が、おれの子宮のあたりでぐるぐると渦を巻いているようだった。

 体がアルファを求めている。発情期が始まったころは、その感覚が嫌で仕方なかった。

 けれども今は違う。これは祐一とつがいになるために必要なもの。――祐一の子供を産むために必要なもの。

「んっ……ゆう、いち」

 祐一の手がおれの腰を撫でる。たったそれだけの動作で、おれの興奮は高まって行く。

「あっ……」

 まだキスをしただけで、服も脱いでいない。なのにおれの陰茎は完全に勃ち上がって、鈴口から先走りを垂れ流している。そしてこれから祐一を受け入れる場所も、すでに期待にひくつき、濡れそぼっていた。

「ゆ、ゆういち……」
「ん? なあに?」
「あ、は、はや……」

 ――早く。

 その言葉を舌に乗せる前に、耳たぶをまれて変な声が出た。

 祐一の指がおれの腹を下から上へなぞる。それと同時に耳の穴に舌をねじこまれ、ぐちゅぐちゅという水音で脳を犯されているような気になった。

「透……カワイイ」
「あっ、あぁ……祐一……っ」

 下腹部から上がって来た祐一の指が、おれの胸の突起を引っかく。すでに服の上からでもわかるほど勃起していたそこは敏感に反応し、おれの脳に快楽を伝える。

 普段出て来ないような高い声が勝手に喉からこぼれ出て来る。思わず背をそらせばまるで「もっと」とねだっているようになって、祐一の指がいじわるになった。

「ひぁっ、やっ、ゆ、ゆういちぃっ」
「敏感だね。こうされるの好き?」
「あっ、ひゃぅ……す、すきじゃっ……」

 ざらざらとした服越しの刺激には抗い難く、体は貪欲に快楽を求めたが、口からは否定の言葉が漏れ出る。けれども快感を捉えていることは丸わかりで、祐一は引っかいたり、爪を立てたりするのをやめてくれない。

「だ、だめっ、あ、やっ……あっ、あ、あ、あ――!」

 背骨を快楽が駆け抜けて行く。腰から立ち上って、脳にぶつかって、甲高い声が喉から発せられる。

 体中に倦怠感が広がって、すぐにでもベッドに転がってしまいそうな虚脱感に体が支配される。

 パンツどころかジーンズまで濡れているかもしれないと思うほど、股間部がぐちゃぐちゃになっているのがわかった。

 ぼうっとしているうちに、おれは祐一にベッドへ押し倒される。シーツの冷たさが心地よくて、わずかにみじろぎする。

 祐一はなにも言わずにさっさと自分の服を脱ぎ捨てると、性急な手つきでおれの衣服をはぎ取って行った。

「あー、ぐちゃぐちゃだ」

 どこか楽しげな祐一の声にはっと我に返る。おれの腰の横に手を突いて覆い被さっている祐一の視線の先は、おれの足のあいだ。いつの間にか大きく左右に開かされ、男性器も後ろの穴も祐一の眼前にさらけ出されていた。

 先走りと放出した精液で陰茎は汚れ、後ろの穴もこれからの行為に期待するように収縮し、愛液を垂れ流している。

 それらをすべて祐一に見られていると思うと、気恥しさと同時に興奮を覚えた。

「ひゃっ……」
「ん……じゅうぶん濡れてるけど、ちゃんとほぐしておこうか」

 肛門の周囲の筋肉をほぐすように、祐一の指が円を描く。たったそれだけの愛撫とも言えないような行為で、また奥から愛液がどろりと流れ出た。

「んっ、ゆういち……」

 甘えるように祐一の名を呼ぶ。

 腹と太ももの筋肉に妙に力が入って、それから荒い呼吸が止まらない。顔が熱くて仕方がなくて、その熱のせいか瞳も潤んでいた。

 祐一の指が後ろの穴に入る。思ったよりも冷たいその感触に、びくりと下腹部の筋肉が反応する。

 もどかしいほどにゆっくりと、その指は奥へと進んで行く。肛門のひだがわななくように収縮するのが止められない。

 熱を持った直腸の壁は無意識のうちに、進入して来た祐一の指を締め上げる。

 腰が重くなり、もやもやとした感覚が下腹部に溜まって行く。気がつけばおれの陰茎は再び芯を持って勃ち上がっていた。

 祐一の指が二本に増える。おれの呼吸も浅く、速くなる。

 それらはしばらく探るように動いたあと、ゆっくりと穴を拡げるように、指と指のあいだを開けて行く。

「大丈夫?」

 祐一のこちらを気づかうような声に答えるほどの余裕は、おれには残されていなかった。かろうじて首を縦に振って意思表示をする。

 無意識のうちに腰は浮いていて、穴の奥からまた愛液がこぼれ出て尻たぶを濡らした。

「あっ、ああっ――!」

 ずるりと急に祐一の指が引き抜かれて、その感覚に落胆と喜色の声を上げる。

 思わずすがるように祐一を見てしまった。

 祐一の目は、情欲一色に塗りつぶされていて、おれの体を舐めるように見ているのがわかった。目を細める仕草が妙に色っぽく、おれの興奮をかき立てる。

 おれよりも大きな祐一の陰茎は完全に勃起していて、それを見ただけでおれの期待ははちきれんばかりになる。

 今から祐一と――するんだ。

「透――いいよね?」

 祐一はコンドームに包まれた充血した亀頭をおれの肛門に擦りつけながら、取ってつけたような確認の言葉を口にする。答えるまでもなく、すでにおれの後ろの穴は祐一を待ち望んではくはくと口を開けている。

「透」

 祐一の上擦った声が降って来る。興奮しているのは、待ち望んでいるのは――おれだけではないのだ。

 まだ答えを返していないのに、待ち切れないのか祐一の亀頭の先端が、おれの中に押し付けられる。

 顔は熱いし、目も潤んで祐一がよく見えない。体中が性感帯にでもなったようになって、強い快楽を待ち望んでいて、この先に進めばどうにかなってしまいそうだった。

 けれどもおれは答えなければならない。

 震え、かすれた、ささやくような声が、おれの意思を言葉にする。

「おれを――祐一のつがいにして」

 熱く、硬いものが、一度におれの中に入って来た。快楽の声は音にもならず、祐一が押し入ると同時にほとばしったおれの白濁が胸を濡らした。

 暴力的なまでの快楽に脳は焼き切れそうになる。

 のしかかるようにしておれの穴を犯す祐一の姿にまた、おれは興奮した。

 祐一の形に後孔は押し拡がって、まるでそれを味わうかのように蠕動する。

 祐一に求められることにおれは喜び、おれのオメガ性はアルファとの生殖行為に喜んでいる。

 発情期の性交を経てアルファがオメガのうなじを噛むことでつがい関係が成立すると言う。

 けれどもおれはそれがどの瞬間に訪れたのかわからなかった。

 祐一に貫かれただけで発情期中のおれの脳は快楽一色に塗りつぶされていたのに、彼はそうしているあいだ、その手で、口で、おれの全身を愛撫した。

 そうなるともう、おれはなにがなにやらわからなくなってしまう。何度射精したかもわからないし、何度後ろの穴で絶頂したかもわからない。

 気がつけば――というか、目覚めたら行為は終わっていて、首筋を触れば小さなかさぶたが出来ているのがわかった。そこでおれは初めて、祐一とつがいになったのだとわかったのだ。

 意外にも、そのことに感激したりはしなかった。ただ、あるべき場所に収まったという充足感が、おれの中に生まれた。

 祐一の寝顔を見下ろす。健やかに寝息を吐く姿に、自然と笑みがこぼれた。

 ふたりで選んだ運命は、きっと幸福の姿をしている。

 そんな気持ちを噛み締めながら、おれは気だるい体を祐一の隣に横たえた。
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