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主人公視点(4)
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……ミコトは思った。
――やっぱりここって、マトモなやつはいないんじゃないか、と。
というのも今しがたミコトは取引をしてきたところであった。
相手はネス。つい先ほど初体面を終えたばかりの、ほとんどひととなりを知らぬ相手とミコトは取引をした。
ミコトがネスに求めたのは、この永遠校舎とやらにいる永遠生徒たちの情報である。
その情報を無償で提供してもらう、という選択肢もあっただろうが、ミコトは自らも相応のものを差し出す――取引にこだわった。
「タダより怖いものはない」と言う。ミコトも、その金言には大いに賛成であった。
それになにより、きちんとトレードをしないという状況はミコトに不安をもたらす。
ネスに不利益を与えないためというよりは、ミコト自身の精神の安定という利益のための提案だった。
とは言え、ミコトに差し出せるものはほとんどない。
しいて挙げるのであればミコトのその肉体であろうが、ミコトは未だ純潔で、痛いことは嫌だった。
惚れた腫れたや、俗に言う初体験に過度な夢を持っているわけではなかったものの、一度一線を越えればひとは際限をなくしてしまうこともまた、ミコトはよくよく承知していた。
だからそれは最終手段にしておくつもりだった。
「僕は別にタダで教えてもいいんだけれど……樹さんが嫌だと言うのなら、対価を差し出してもらおうかな」
ほぼ目が見えないというネスの、常であればその介助をしている怒涛は教室の外に出てもらっている。
夕暮れの色に染まる教室でふたりきりというシチュエーションであったが、夕日の色は血のように赤く、落ちる影は異様に濃い。平素喚起されるであろうロマンチックな空気からは、ほど遠い。
ネスは微笑む。それはミコトを安心させるためのものだろうが、どこか異質だった。
ネスの微笑を見て、ミコトはニビが微笑んだ顔を思い出した。
「そんなに身構えないで? 僕はSっ気とかはないし……僕たちを助けてくれた樹さんに無体を働くなんてこともしない」
「私はみなさんの知る『樹ミコト』とは別人ですが……」
「ああ、そうだったね。ごめん。今目の前にいる樹さんと、僕の知る樹さんにあまりに差異がなさすぎるから……つい」
「いえ……それよりも対価の話をしましょう」
「そうだね」
ミコトとしては永遠生徒たちの知る「樹ミコト」と己は別人であることはハッキリとしておきたかった。
しかし一方で、あまりこの件について拘泥し、強固に「樹ミコト」と別人物であることを主張しすぎるのもよくないとの肌感を得ていた。
場合によっては「樹ミコト」と瓜ふたつであることを利用するのも、ミコトとしてはやぶさかではない。
だがそうするのはまだいささか早計だろう。具体的な身の振り方を考えるのは、ネスから情報を得たあとでいい。
「……僕の目はほとんどなにも見えないという話はしたよね?」
「はい」
「だからかな……僕は他人の鼓動に触れるのが好きなんだ。そうすると、相手のことをより深く知れたような気持ちになれて、すごく心地いい」
ミコトはネスに凝視されているような気になった。
その瞳は光をなんとなく感知することぐらいしかできないらしいというのに、だ。
「……具体的に、言いますと?」
「樹さんの首に触れたい。触らせてくれるのなら、他の永遠生徒たちの情報を提供するよ」
ミコトは思わずゆっくりとまばたきをした。
それだけ? という気持ちになり、若干拍子抜けする。
「それは取引として釣り合っていますか……?」
「おや、樹さんからすると安い対価だったかな?」
「ええ、まあ、率直に言えば」
「でも僕からすると貴重な機会なんだよ。他人の首に触れて、皮膚の上から頸動脈をたしかめる……。なかなか、そんなことはできないでしょう?」
ネスは相変わらず柔らかく微笑んでいた。
「僕が樹さんの首に触れる。そのあと、情報を提供する……という順番でいいかな?」
「……わかりました。それでいいです」
「それじゃあ申し訳ないけど僕の前まで来てくれるかな」
教卓の奥に置かれたパイプイスに腰かけるネスへ、ミコトは足先を向ける。
古めかしい作りの教室の床が、ミコトが一歩足を置くごとにみしみしと音がするようだった。
「……来ました」
「それじゃあ、僕の手を樹さんの首まで持って行ってくれる? 僕から手を伸ばすと、変なところに触っちゃいそうだから……」
「……わかりました」
ミコトの手とは違う、二次性徴後の男性の手をしたネスの左手を、自らの首へと導く。
ネスの左手の親指の先が、ミコトの喉に触れた。
すると次の瞬間、ぐ、とミコトの首の皮膚にネスの指先が沈み込むような圧迫感が襲う。
「――ぁ゛っ!!!」
両の手じゃない。左手だけだ。それはわかっている。
それでも――ミコトが首を絞められている、という事実に相違はない。
「ああ、これが樹さんの鼓動……!」
目の前のネスから、感極まった様子の声が漏れ出る。
同時に、ミコトの首を絞めるネスの左手の力が増したように感じられた。
これが――ミコトが差し出すべき対価。
こうなることを、ミコトが予想しなかったわけではない。
だから、ミコトはしばらく圧迫された喉でどうにか呼吸を繰り返しながら、ネスが満足するまでの時間を耐え抜いた。
「ありがとう、樹さん」
満足したように、悦に入った吐息を漏らし、ネスはミコトの首からようやく左手を放した。
「約束通り、他の永遠生徒の情報を教えてあげるね」
……こうして、ミコトはネスとの取引を経て、永遠生徒たちの情報を手に入れたのであった。
――やっぱりここって、マトモなやつはいないんじゃないか、と。
というのも今しがたミコトは取引をしてきたところであった。
相手はネス。つい先ほど初体面を終えたばかりの、ほとんどひととなりを知らぬ相手とミコトは取引をした。
ミコトがネスに求めたのは、この永遠校舎とやらにいる永遠生徒たちの情報である。
その情報を無償で提供してもらう、という選択肢もあっただろうが、ミコトは自らも相応のものを差し出す――取引にこだわった。
「タダより怖いものはない」と言う。ミコトも、その金言には大いに賛成であった。
それになにより、きちんとトレードをしないという状況はミコトに不安をもたらす。
ネスに不利益を与えないためというよりは、ミコト自身の精神の安定という利益のための提案だった。
とは言え、ミコトに差し出せるものはほとんどない。
しいて挙げるのであればミコトのその肉体であろうが、ミコトは未だ純潔で、痛いことは嫌だった。
惚れた腫れたや、俗に言う初体験に過度な夢を持っているわけではなかったものの、一度一線を越えればひとは際限をなくしてしまうこともまた、ミコトはよくよく承知していた。
だからそれは最終手段にしておくつもりだった。
「僕は別にタダで教えてもいいんだけれど……樹さんが嫌だと言うのなら、対価を差し出してもらおうかな」
ほぼ目が見えないというネスの、常であればその介助をしている怒涛は教室の外に出てもらっている。
夕暮れの色に染まる教室でふたりきりというシチュエーションであったが、夕日の色は血のように赤く、落ちる影は異様に濃い。平素喚起されるであろうロマンチックな空気からは、ほど遠い。
ネスは微笑む。それはミコトを安心させるためのものだろうが、どこか異質だった。
ネスの微笑を見て、ミコトはニビが微笑んだ顔を思い出した。
「そんなに身構えないで? 僕はSっ気とかはないし……僕たちを助けてくれた樹さんに無体を働くなんてこともしない」
「私はみなさんの知る『樹ミコト』とは別人ですが……」
「ああ、そうだったね。ごめん。今目の前にいる樹さんと、僕の知る樹さんにあまりに差異がなさすぎるから……つい」
「いえ……それよりも対価の話をしましょう」
「そうだね」
ミコトとしては永遠生徒たちの知る「樹ミコト」と己は別人であることはハッキリとしておきたかった。
しかし一方で、あまりこの件について拘泥し、強固に「樹ミコト」と別人物であることを主張しすぎるのもよくないとの肌感を得ていた。
場合によっては「樹ミコト」と瓜ふたつであることを利用するのも、ミコトとしてはやぶさかではない。
だがそうするのはまだいささか早計だろう。具体的な身の振り方を考えるのは、ネスから情報を得たあとでいい。
「……僕の目はほとんどなにも見えないという話はしたよね?」
「はい」
「だからかな……僕は他人の鼓動に触れるのが好きなんだ。そうすると、相手のことをより深く知れたような気持ちになれて、すごく心地いい」
ミコトはネスに凝視されているような気になった。
その瞳は光をなんとなく感知することぐらいしかできないらしいというのに、だ。
「……具体的に、言いますと?」
「樹さんの首に触れたい。触らせてくれるのなら、他の永遠生徒たちの情報を提供するよ」
ミコトは思わずゆっくりとまばたきをした。
それだけ? という気持ちになり、若干拍子抜けする。
「それは取引として釣り合っていますか……?」
「おや、樹さんからすると安い対価だったかな?」
「ええ、まあ、率直に言えば」
「でも僕からすると貴重な機会なんだよ。他人の首に触れて、皮膚の上から頸動脈をたしかめる……。なかなか、そんなことはできないでしょう?」
ネスは相変わらず柔らかく微笑んでいた。
「僕が樹さんの首に触れる。そのあと、情報を提供する……という順番でいいかな?」
「……わかりました。それでいいです」
「それじゃあ申し訳ないけど僕の前まで来てくれるかな」
教卓の奥に置かれたパイプイスに腰かけるネスへ、ミコトは足先を向ける。
古めかしい作りの教室の床が、ミコトが一歩足を置くごとにみしみしと音がするようだった。
「……来ました」
「それじゃあ、僕の手を樹さんの首まで持って行ってくれる? 僕から手を伸ばすと、変なところに触っちゃいそうだから……」
「……わかりました」
ミコトの手とは違う、二次性徴後の男性の手をしたネスの左手を、自らの首へと導く。
ネスの左手の親指の先が、ミコトの喉に触れた。
すると次の瞬間、ぐ、とミコトの首の皮膚にネスの指先が沈み込むような圧迫感が襲う。
「――ぁ゛っ!!!」
両の手じゃない。左手だけだ。それはわかっている。
それでも――ミコトが首を絞められている、という事実に相違はない。
「ああ、これが樹さんの鼓動……!」
目の前のネスから、感極まった様子の声が漏れ出る。
同時に、ミコトの首を絞めるネスの左手の力が増したように感じられた。
これが――ミコトが差し出すべき対価。
こうなることを、ミコトが予想しなかったわけではない。
だから、ミコトはしばらく圧迫された喉でどうにか呼吸を繰り返しながら、ネスが満足するまでの時間を耐え抜いた。
「ありがとう、樹さん」
満足したように、悦に入った吐息を漏らし、ネスはミコトの首からようやく左手を放した。
「約束通り、他の永遠生徒の情報を教えてあげるね」
……こうして、ミコトはネスとの取引を経て、永遠生徒たちの情報を手に入れたのであった。
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