復讐したいけどそんな力がなくて泣く泣く逃亡して別の地で幸せになったら相手が不幸になっていた話

やなぎ怜

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 かつて親友だったアイカと再び顔を合わせることになったものの、わたしは罠を疑っていた。

 実は「今は超幸せで、今度結婚しま~す☆」などと不意打ちを食らったとしても不思議ではない。

 それくらい、わたしのアイカへの信頼は失墜していた。たとえどれだけ時間が経とうとも、失われた信頼が回復することは永久にないと言い切れる。

 つまりアイカとススムは、わたしにそれくらいのことをしたのだ。

 しかしそれを本人たちが理解しているかは残念ながらわからない。なぜならそんな仕打ちをしたわたしに今さら「謝りたい」だなんて連絡をしてくる神経があるのだから。その神経は大変図太いと察せられる。

 もし、もしも仮に素直に「あのときはゴメンナサイ」と謝られたとしても――

「絶対に許さんぞ貴様ら! 地獄の果てまで追い詰めて、死ぬまで後悔させたるからな! 覚悟しとけや!」……くらいのことを言えたらいいんだけれども、まあ、ヘタレなわたしには無理だろう。

 なにより、そこまでの情熱――いや、情念が今のわたしには、ない。

 そう、かなりキレイにすっかり忘れ去っていたのだ、ふたりのことは。

 今のわたしにとって大事なのはささやかだけれど充実している仕事と、大好きなキリヤさん。そのふたつ。

 そこにススムとアイカという存在が入る余地はなく、またそれなりに時間が経ったことで、思い返してもふたりのことはどうでもよくなっていた。

 たしかにふたりのことは冷静に考えても許せそうにないが、はらわたが煮えくりかえるような怒りに駆られることもない。

「好きの反対は無関心」などと言うが、まさにそんな感じだ。

 気持ちはどこまでもフラット。今さらアイカと会っても復讐しようだなんてことは考えられない。

 なによりわたしが法に触れるような復讐なんてしたりしたら、キリヤさんが悲しむ。

 穏やかで優しいキリヤさんが悲しんでいる姿は、なぜか明確にイメージできる。

 一方で、アイカがしおらしくわたしに謝ってくる姿は思い浮かばない。というか、アイカの顔が思い出せない。

 わたしと違って華やかな顔をしていたのはたしかなハズなんだけれども……。

 よっぽどふたりのことを思い出したくなかったんだろうな、たぶん。その果てに中学からずっと見てきた顔を忘却してしまったようだ。

 恐らくはアイカと顔を合わせれば、「ああこんな顔だった」と思い出せるに違いない。

 ……と、わたしは軽く考えていたのだが――

「あの、今日は会ってくれてありがとう……」

 若干ムーディーな雰囲気のある曲がやんわりと流れ、ふたつ隣のボックス席にいる高校生の声が騒がしい、喫茶チェーン店内。

 張りのない声を出すアイカと机を挟んで相対する形となったわたしは、彼女の顔を見て「こんな顔だったっけ?」と思っていた。

 まず、痩せこけている。頬に張りがない。顔色も悪く土気色という言葉がふさわしい。

 服装だけは往時を思わせる流行りのファッションに身を包んでいたが、露出した二の腕の皮膚はややたるんでいるように見える。

 わたしとアイカは同い歳で、まだ二〇代の後半。皮膚がこんなにたるむような年齢ではないはずだ。

 それにどう見てもアイカはわたしと同じ歳には見えなかった。

 歳の離れた姉です――と言ったら絶対にみんな信用してしまうだろう。それくらい、アイカは目に見えて老け込んでいた。

 わたしはあまりにも変貌激しいアイカを前にして、静かに動揺する。

 あんまりにもアイカが、「あたしは不幸でございます」といった顔をしていたせいもある。

 たしかにアイカには不幸になって欲しいと学生時代は願っていた。しかしいざそんな思いまで忘却した今になって、まさにそういう顔をして現れられても、困惑以外の感情が浮かばなかった。

「今日はいったいどんなご用でお会いしたいと? 電話ではジュンに話されなかったそうですが」

 わたしの隣に座るキリヤさんの冷静な声に、ハッと我に返る。

 キリヤさんに昔の友人が会いたいと急に言ってきて、実際に会うことになったと告げると、彼は絶対に着いて行くと言って聞かなかったのだ。

 キリヤさんは宗教やマルチ商法の勧誘だと、複数人で来て席に閉じ込め、どうにかこうにか勧誘しようとしてくるかもしれない、といつになく怖い顔をして言った。

 そうか、そういう展開もありうるのか、と平和ボケ甚だしい脳みそで思ったわたしは、キリヤさんの言葉に甘えて同行してもらうよう頼んだのだ。

 それに、もしかしたらアイカを前にすれば、わたしはまた激しい怒りを覚えるかもしれない。

 そうなったときに第三者であるキリヤさんがいれば、冷静に話ができるかもしれないとも思ったのだ。

「謝りたくて……」
「なぜ今さら?」

 伏せがちの目をさらに泳がせて、アイカは言い淀む。

 わたしは隣に座るキリヤさんを、なぜか不機嫌になっている、と思った。

 表面上はいつも通り穏やかな彼は、今、不機嫌だとなぜか思った。

 そして自分が責め立てられているわけでもないのに、わたしは居心地の悪さを感じてしまう。

 おかしい、当事者はわたしのハズ。なのに、なぜか部外者のような気になってしまう。

 わたしは気を取り直してアイカを見た。……やっぱり、面と向かっても彼女がアイカだという気がしない。

 もしかしたらアイカを名乗る別人ではないかという、荒唐無稽な考えまで飛び出してくる始末だ。

 しかし別人であればわたしに謝る理由がない。

 このまま宗教だかマルチだかの勧誘でも始めてくれた方が、さっさとこの居心地の悪い場を切り上げられるのに。

 わたしがそんな取り留めのない思考に囚われているあいだに、アイカはついに観念したのか、重い口を開いた。

「ジュンが、わたしたちのこと呪ってるって……」

 ――はあ?
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