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「……冷たい態度を取ったことは謝るよ」
ヘンリーの顔にはもう、心ない微笑はなかった。
代わりに、愛おしい者を見る目を向けるが、やはりそこにはいくばくかの悲しみが見て取れた。
「けど、君が物語の主人公で、私は主人公の伴侶になり得ないだなんて聞かされて……心穏やかならざる気持ちになったことは、知って欲しい。それに、まるで私の言葉には耳を貸さない君を見て、私は怖くなったんだ。……君の、その本心を知ることが怖くなって『距離を置こう』と言ったんだ」
ヘンリーの本心に触れたモードは、言葉に詰まって、呆然と彼を見ることしかできない様子だった。
「――ねえ、君は私を見ている? 私にかけた言葉の数々は、君の心から出てきたもの? それとも、その物語に最初からあった言葉なのかな」
「わ、わたしは……!」
モードは声を詰まらせる。けれども今度はうつむかなかった。モードはまっすぐに、ヘンリーを見ていた。
「わたしも……最初は物語通りに動けばいいと思っていました。それは動かざる事実です。でも、その……その小説は短編なんです。だからというわけではないのですけれど、その小説の中でわたしとヘンリーがどういう付き合い方をしていたのか、どういう態度でいたのか、どうやって仲を育んでいたのか……具体的な描写はなくて……」
モードの横顔は必死だった。
必死だったけれど、イズーには彼女のその横顔は、なによりも輝きを放って、尊く見えた。
「……ヘンリーにかけた言葉のすべては、間違いなくわたしの心から出たもの……。だから、だからわたし、まだ会ってもいない『お話の中の真のヒーロー』じゃなくて、たくさん言葉を交わしたヘンリーのことが好きになった……ヘンリーとの関係を踏み台にしたくなかった。もしヘンリーが心変わりしたのなら、わたしのことが好きじゃなくなったのなら――きっとわたしは耐えられない。だから……。……いえ、ごめんなさい。言い訳をするつもりじゃなくて――」
モードは涙をこらえるように目を細めた。
「あのね、モード。今一度きちんと言葉にするから、ちゃんと聞いて欲しいんだけれど」
「はい……」
「私は君を愛している。ちょっと思い込みが激しくて、自分に自信がないところには困らされることもあるけれど……。君と一時的にせよ距離を置いて、確信したんだ。私は、君を愛している。……ただイズー嬢への行いは看過できないと思ったから、ああいう態度を取ったのだけれど……少し、やりすぎたと思っている。モード、君は……許してくれる?」
「許すも、なにも……悪いのはわたしだし、ヘンリーは王子として公正な態度を取ったと思っているから……」
モードは泣くまいとするように、素早くまばたきをする。
「――ああ、これで仲直りですね!」
湿っぽい空気に、アラスターのからっとした大きな声が割って入る。
そんなアラスターへ、ヘンリーはじっとりとした視線を送った。だが、そんなヘンリーの目を見て、あわてているのはイズーだけのようだ。
「これ以上無益な謝罪合戦は見たくありませんので、これで仲直りということで」
「アラスター……もっと言い方には気を配ってくれないか? モードが気にしてしまうだろう」
「今ここで砂を吐いてもいいんですよ?」
「吐けるなら吐いてみろ」
「おやおや」
身分に頓着した様子のないヘンリーとアラスターのやり取りを見て、イズーはプライベートな空間にいるときのふたりに思いを馳せた。
「仲直り、できてよかったですね」
イズーがモードにそう話しかければ、モードは白目の部分を赤く充血させて、何度かうなずいた。
「ありがとう……貴女たちの助力のお陰ね……」
モードが重ねて謝罪をしようとしている気配を察知し、イズーは待ったをかける。
「このあいだの通り、謝罪は既に受け取っていますから、これ以上は受け付けません!」
イズーがきっぱりとそう言い切れば、モードは口元をもごもごとさせたあと、居心地悪そうにしつつも、もう一度「ありがとう」と言って微笑んでくれた。
「それでいいんです。笑いあってハッピーエンド。それに越したことはありません」
長い話し合いをしていたせいで、ティーカップに注がれた紅茶はすっかり冷めきっていた。
けれども頭上に広がる晴れ晴れとした青空と同じように、イズーの心は清々しい気持ちでいっぱいだった。
ヘンリーの顔にはもう、心ない微笑はなかった。
代わりに、愛おしい者を見る目を向けるが、やはりそこにはいくばくかの悲しみが見て取れた。
「けど、君が物語の主人公で、私は主人公の伴侶になり得ないだなんて聞かされて……心穏やかならざる気持ちになったことは、知って欲しい。それに、まるで私の言葉には耳を貸さない君を見て、私は怖くなったんだ。……君の、その本心を知ることが怖くなって『距離を置こう』と言ったんだ」
ヘンリーの本心に触れたモードは、言葉に詰まって、呆然と彼を見ることしかできない様子だった。
「――ねえ、君は私を見ている? 私にかけた言葉の数々は、君の心から出てきたもの? それとも、その物語に最初からあった言葉なのかな」
「わ、わたしは……!」
モードは声を詰まらせる。けれども今度はうつむかなかった。モードはまっすぐに、ヘンリーを見ていた。
「わたしも……最初は物語通りに動けばいいと思っていました。それは動かざる事実です。でも、その……その小説は短編なんです。だからというわけではないのですけれど、その小説の中でわたしとヘンリーがどういう付き合い方をしていたのか、どういう態度でいたのか、どうやって仲を育んでいたのか……具体的な描写はなくて……」
モードの横顔は必死だった。
必死だったけれど、イズーには彼女のその横顔は、なによりも輝きを放って、尊く見えた。
「……ヘンリーにかけた言葉のすべては、間違いなくわたしの心から出たもの……。だから、だからわたし、まだ会ってもいない『お話の中の真のヒーロー』じゃなくて、たくさん言葉を交わしたヘンリーのことが好きになった……ヘンリーとの関係を踏み台にしたくなかった。もしヘンリーが心変わりしたのなら、わたしのことが好きじゃなくなったのなら――きっとわたしは耐えられない。だから……。……いえ、ごめんなさい。言い訳をするつもりじゃなくて――」
モードは涙をこらえるように目を細めた。
「あのね、モード。今一度きちんと言葉にするから、ちゃんと聞いて欲しいんだけれど」
「はい……」
「私は君を愛している。ちょっと思い込みが激しくて、自分に自信がないところには困らされることもあるけれど……。君と一時的にせよ距離を置いて、確信したんだ。私は、君を愛している。……ただイズー嬢への行いは看過できないと思ったから、ああいう態度を取ったのだけれど……少し、やりすぎたと思っている。モード、君は……許してくれる?」
「許すも、なにも……悪いのはわたしだし、ヘンリーは王子として公正な態度を取ったと思っているから……」
モードは泣くまいとするように、素早くまばたきをする。
「――ああ、これで仲直りですね!」
湿っぽい空気に、アラスターのからっとした大きな声が割って入る。
そんなアラスターへ、ヘンリーはじっとりとした視線を送った。だが、そんなヘンリーの目を見て、あわてているのはイズーだけのようだ。
「これ以上無益な謝罪合戦は見たくありませんので、これで仲直りということで」
「アラスター……もっと言い方には気を配ってくれないか? モードが気にしてしまうだろう」
「今ここで砂を吐いてもいいんですよ?」
「吐けるなら吐いてみろ」
「おやおや」
身分に頓着した様子のないヘンリーとアラスターのやり取りを見て、イズーはプライベートな空間にいるときのふたりに思いを馳せた。
「仲直り、できてよかったですね」
イズーがモードにそう話しかければ、モードは白目の部分を赤く充血させて、何度かうなずいた。
「ありがとう……貴女たちの助力のお陰ね……」
モードが重ねて謝罪をしようとしている気配を察知し、イズーは待ったをかける。
「このあいだの通り、謝罪は既に受け取っていますから、これ以上は受け付けません!」
イズーがきっぱりとそう言い切れば、モードは口元をもごもごとさせたあと、居心地悪そうにしつつも、もう一度「ありがとう」と言って微笑んでくれた。
「それでいいんです。笑いあってハッピーエンド。それに越したことはありません」
長い話し合いをしていたせいで、ティーカップに注がれた紅茶はすっかり冷めきっていた。
けれども頭上に広がる晴れ晴れとした青空と同じように、イズーの心は清々しい気持ちでいっぱいだった。
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