やらかしヒロイン救済記!

やなぎ怜

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 どんよりとした曇りばかりのこの国にしては珍しい青空が覗いているというのに、お茶会の場には強張った空気が滞留しているようだった。

 白い雲が散る晴れやかな空の下。学園内に設けられた庭園内部にある、ちょっとしたお茶会を開ける場。美しい花々もつぼみをほころばせているが、ヘンリーは明らかに心のこもっていない微笑を浮かべ、モードはそんな婚約者を出迎える前からずっと顔を引きつらせていた。

 頭上に広がる空の様子とは対照的に、イズーの胸中に重い不安の雲が立ち込める。

 アラスターはヘンリーとモードが顔を合わせれば、このぎくしゃくとした空気が解消されると言わんばかりであったが、果たしてそこに妥当性はどれほどあったのだろうか。

 イズーは落ち着かない気持ちながら、それを表に出すことなくモードに向かって適度に話題を振る。

「このフルーツサンドイッチは絶品ですわね」

 薄く切った二枚の白パンのあいだに、ホイップクリームとみずみずしいフルーツを挟んだそれは、帰国したモードがお茶会の場で振舞ってからというもの、この国の社交の場ではちょっとした流行りの品だった。あえて鮮やかな断面を模様のように並べて見せる手法が新鮮と受けたのだ。

「ええ、そうなの。このオレンジは我が家で品種改良した品で――」

 モードは如才なく答えていくが、やはりどこか声が固い。ヘンリーは微笑んで聞いているが、その心がこの場にあるようにはイズーには思えなかった。

 イズーは、どうするべきかと気を揉む。

 そこに、大きなため息が落ちた。

 ため息の主は、ヘンリー同様に微笑を浮かべているアラスターだった。

「いい加減にしませんか?」

 アラスターの物言いに、イズーは仰天する。同時に、表面上は穏やかだったお茶会の場の空気が、張り詰める。

 けれどもイズーが場を取りなそうとする前に、アラスターが言葉を続けた。

「殿下も、モード嬢も暇な身ではないでしょう。ここでだらだらと無為な時間を過ごされるのがおふたりにとって良いこととは思えません」

 今度は、ヘンリーが小さくため息をついた。

 イズーは大慌てだ。けれども肝心なときに限って、上手い言葉が出てこない。

 そうこうしているうちに、モードは青白い顔をしてうつむきがちになってしまった。

「……わたしが、くだらない思い込みに身をゆだねてしまった結果です。アラスター様もモード様も、そんなわたしを憐れに思ってこうしてわざわざ場を設けてくださったのです。ヘンリー、ふたりは――」
「――ねえ、モード。モードはどうしてフルーツサンドイッチを作ったの?」
「え?」

 意気消沈した様子のモードだったが、しかしヘンリーから意図の読めない質問を投げかけられたからだろう。思わずうつむけていた顔を上げて、まっすぐにヘンリーを見る。

「それは……。それは、ヘンリーにふさわしい伴侶になりたかったから……」

 モードは、ヘンリーの視線に促されるようにして、とつとつとしゃべる。

「……わたしは恋愛なんてわかりません。社交もよくわかりません。殿方の気を引く方法なんてとても。けれど、ヘンリーにふさわしい伴侶でありたいと思ったから……。前世の記憶の中にあった、この世界では珍しい一品を出せば、長いこと不在だった王国の社交界にもわたしの居場所ができると思って……それでフルーツサンドを」

 イズーは、モードがそのような切実な思いからフルーツサンドイッチなるものを出していたことを知り、おどろいた。

「わかった。それで――」

 ヘンリーはいつの間にやらその顔から微笑を消していた。

 イズーとアラスターはあえて口を出さず、ヘンリーとモード、ふたりのやり取りを見守る。

「君は、私を見ている?」
「それは、どういう――」
「……モード、君は――私の心がイズー嬢に傾くと決めつけていた」
「それは、本当にヘンリーにも、イズー様にも申し訳ないことをしました……」
「急に『前世の記憶がある』と言われて、私はびっくりしてしまった。それどころか、君はぜんぜん私の言葉に耳を貸さなくなってしまった」

 ヘンリーの口調は、さながらモードを糾弾しているようだった。

 けれどもその瞳に批難の色合いはなく――むしろ、悲しみに沈んでいるようにイズーには見えた。

 しかしすっかり萎縮しきっているモードは、そんなヘンリーの目を見る余裕はないらしく、またうつむきがちになって「ごめんなさい」と言うだけになってしまう。

「どうして、急に前世の話を私にしたの? これまでずっと、そんな話はしなかったじゃないか」
「……どう思われるか、わからなかったからです。それに、イズー様が留学してくるかどうかも、そのときにならなければわからないことでしたから。……わたしが、外国の女学校に入れられていた理由はご存じですか?」
「祖母君の意向だと」
「そうです。……祖母は心配性で、わたしに前世の記憶があると知られれば婚姻に差し障りがあるんじゃないか、と言っていました。わたしは祖母に言われるがまま、全寮制の女学校に長いこといました。『花嫁学校』と呼ばれるようなところです。……祖母は悪くないんです。わたしの将来を心配してのことだと、わたしもわかっていましたから。けれど、ヘンリーが、わたしが前世の記憶を持っていると知ればどう思うのかは、わからなくて……。神に誓って、欺くつもりはありませんでした。ただ、わたしが臆病だったのがいけないんです」
「……わかった。――モード、顔を上げて」

 ヘンリーに促され、モードは今や完全にうつむいてしまっていた顔を恐る恐る上げた。

 ヘンリーは微笑んでいた。

 悲しげな微笑みだった。

「それじゃあもう一度聞くけれど――君は、私を見ている? ……モード、君のことを愛している私を」
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