4 / 6
(4)
しおりを挟む
アラスターはわけ知り顔で言った。「これはボタンの掛け違いのようなもの」だと。
「その口ぶりからすると、勝算はあるのね?」
ここでイズーがなにをもって「勝ち」とするかと言えば、もちろんヘンリーとモードの関係修復を指す。
「もちろん。あー……、ただ、殿下も大人びておられるとは言えどもまだ一五だ。それに、大人だってときに意地を張ってしまうことはある」
「それは、わかるわ。でもアラスターから見て希望はあるのでしょう?」
「そうだね。モード嬢にも言ったけれど……殿下はただヘソを曲げられていて、それでいてモード嬢に冷たい態度を取ってしまったことで引っ込みがつかなくなっているだけなんだよ。だから、なにかきっかけさえあればおふたりの仲も元通りになるだろう」
イズーは、アラスターの主張にどこまで妥当性があるのかはつかめなかった。
イズーとヘンリーは友人同士ではあったが、アラスターとほどには心を許し合えている関係性ではない。
ただ、モードの本心は知っている。
もしかすれば、イズーがモードの気持ちを知っているように、アラスターもヘンリーの本心を知っているのかもしれない。ヘンリーはアラスターには全幅の信頼を置いている。単なる乳兄弟ではなく、本当の兄のようにアラスターを慕っていることはイズーも知るところであった。
「まずは、私がなんとかして殿下とモード嬢が顔を合わせるように段取りをつける」
「手紙は? 文章のほうが正確に気持ちを伝えられるときもあるし、冷静に受け取めることもできると思うのだけれど」
「殿下はモード嬢からの手紙は受け取らないようにしているんだ」
「……逃げを打っているということね?」
「手厳しいね。まあ……事実だけれども」
「公爵家からの手紙も?」
「モード嬢の軽はずみな所業について、公爵家が関知しているかは微妙なところかな。学園内に出回っている噂については知っているだろうけれどね。今のところ、殿下はこの一件をおおごとにして騒ぎ立てたいわけではないから、公爵家としても今は様子見に徹するしかないだろう」
さすがに冷静さを失っていたモードも、衆人環視の中でイズーを糾弾するという行動には出ておらず、結果としてその判断のお陰でモードの正確な醜聞が出回ることは防がれている状況だ。
それでも即日ヘンリーとモードが喧嘩をしたらしい、仲が冷え込んでいるらしいという、真実に限りなく近い噂が学園内に出回るあたり、ひとの口に戸を立てるのは無理なことだとイズーは痛感する。
当事者のひとりであるイズーが頑なに口をつぐんでも、どこかしらから洩れてしまったのだろう。
「どうしても顔を合わせるしか道はないということね」
「そういうこと。それに殿下もモード嬢も、今は色々と厄介なことにこじれてしまっている。手紙では不幸なすれ違いが深まってしまうような気がするよ」
「……たしかに、対面よりも嘘をついたりするのは簡単でしょうね」
「イズーがそう考えるように、殿下もモード嬢もそう考えるだろうから……やっぱり今一度顔を合わせたほうがいいと思うんだ」
「それで、アラスターがヘンリー殿下を引っ張ってくるの?」
「そういうことになるね」
アラスターは芝居がかった仕草で軽く肩をすくめた。けれどもその顔には「めんどくさい」とか「馬鹿らしい」などとは書いていないことは、イズーにはよくわかった。
恐らく、イズーがモードを心配している以上にアラスターはヘンリーを慮っている。イズーとモードは、ありていに言ってしまえば浅い仲であるが、アラスターとヘンリーは違う。きっとヘンリーがアラスターを実の兄のごとく慕っているように、アラスターもヘンリーのことを――畏れ多くも――手のかかる弟くらいには思っているのだろう。
それに、アラスターの口ぶりからしてヘンリーはモードが悲観するほどに彼女を厭っているわけではなさそうだと、イズーには感じられた。
アラスターが明言を避けているのは、みだりにヘンリーの気持ちを代弁するような真似をしたくないという、彼の誠実さの表れなのかもしれない。
あるいは、ヘンリーはアラスターにすら直接的な表現を用いてモードに対する思いを吐露していないか。
……なんとなく、後者はなさそうかなとイズーは思った。
「わかったわ。じゃあモード様の説得はわたしに任せて」
「モード嬢は、説得に応じそう?」
「……言い切ってしまったけれど、正直に言ってどうなるかはわからないわ。わたしはモード様じゃないもの」
「ごもっとも」
「けれども、モード様が心の底からヘンリー殿下を――愛しておられることは伝わってきたわ。わたしにも伝わるのだから、きっとヘンリー殿下もお会いして、お言葉を交わされればご理解されるはずよ。モード様は……仲直りできる機会があると聞いても飛びつくようには思えないけれど……まあ、どうしても説得できなくても、引っ張って行くわ」
「だからアラスターもそうしてちょうだいね?」。イズーがそう茶目っ気を見せれば、アラスターは微笑んで「そうする」と約束してくれたのだった。
「その口ぶりからすると、勝算はあるのね?」
ここでイズーがなにをもって「勝ち」とするかと言えば、もちろんヘンリーとモードの関係修復を指す。
「もちろん。あー……、ただ、殿下も大人びておられるとは言えどもまだ一五だ。それに、大人だってときに意地を張ってしまうことはある」
「それは、わかるわ。でもアラスターから見て希望はあるのでしょう?」
「そうだね。モード嬢にも言ったけれど……殿下はただヘソを曲げられていて、それでいてモード嬢に冷たい態度を取ってしまったことで引っ込みがつかなくなっているだけなんだよ。だから、なにかきっかけさえあればおふたりの仲も元通りになるだろう」
イズーは、アラスターの主張にどこまで妥当性があるのかはつかめなかった。
イズーとヘンリーは友人同士ではあったが、アラスターとほどには心を許し合えている関係性ではない。
ただ、モードの本心は知っている。
もしかすれば、イズーがモードの気持ちを知っているように、アラスターもヘンリーの本心を知っているのかもしれない。ヘンリーはアラスターには全幅の信頼を置いている。単なる乳兄弟ではなく、本当の兄のようにアラスターを慕っていることはイズーも知るところであった。
「まずは、私がなんとかして殿下とモード嬢が顔を合わせるように段取りをつける」
「手紙は? 文章のほうが正確に気持ちを伝えられるときもあるし、冷静に受け取めることもできると思うのだけれど」
「殿下はモード嬢からの手紙は受け取らないようにしているんだ」
「……逃げを打っているということね?」
「手厳しいね。まあ……事実だけれども」
「公爵家からの手紙も?」
「モード嬢の軽はずみな所業について、公爵家が関知しているかは微妙なところかな。学園内に出回っている噂については知っているだろうけれどね。今のところ、殿下はこの一件をおおごとにして騒ぎ立てたいわけではないから、公爵家としても今は様子見に徹するしかないだろう」
さすがに冷静さを失っていたモードも、衆人環視の中でイズーを糾弾するという行動には出ておらず、結果としてその判断のお陰でモードの正確な醜聞が出回ることは防がれている状況だ。
それでも即日ヘンリーとモードが喧嘩をしたらしい、仲が冷え込んでいるらしいという、真実に限りなく近い噂が学園内に出回るあたり、ひとの口に戸を立てるのは無理なことだとイズーは痛感する。
当事者のひとりであるイズーが頑なに口をつぐんでも、どこかしらから洩れてしまったのだろう。
「どうしても顔を合わせるしか道はないということね」
「そういうこと。それに殿下もモード嬢も、今は色々と厄介なことにこじれてしまっている。手紙では不幸なすれ違いが深まってしまうような気がするよ」
「……たしかに、対面よりも嘘をついたりするのは簡単でしょうね」
「イズーがそう考えるように、殿下もモード嬢もそう考えるだろうから……やっぱり今一度顔を合わせたほうがいいと思うんだ」
「それで、アラスターがヘンリー殿下を引っ張ってくるの?」
「そういうことになるね」
アラスターは芝居がかった仕草で軽く肩をすくめた。けれどもその顔には「めんどくさい」とか「馬鹿らしい」などとは書いていないことは、イズーにはよくわかった。
恐らく、イズーがモードを心配している以上にアラスターはヘンリーを慮っている。イズーとモードは、ありていに言ってしまえば浅い仲であるが、アラスターとヘンリーは違う。きっとヘンリーがアラスターを実の兄のごとく慕っているように、アラスターもヘンリーのことを――畏れ多くも――手のかかる弟くらいには思っているのだろう。
それに、アラスターの口ぶりからしてヘンリーはモードが悲観するほどに彼女を厭っているわけではなさそうだと、イズーには感じられた。
アラスターが明言を避けているのは、みだりにヘンリーの気持ちを代弁するような真似をしたくないという、彼の誠実さの表れなのかもしれない。
あるいは、ヘンリーはアラスターにすら直接的な表現を用いてモードに対する思いを吐露していないか。
……なんとなく、後者はなさそうかなとイズーは思った。
「わかったわ。じゃあモード様の説得はわたしに任せて」
「モード嬢は、説得に応じそう?」
「……言い切ってしまったけれど、正直に言ってどうなるかはわからないわ。わたしはモード様じゃないもの」
「ごもっとも」
「けれども、モード様が心の底からヘンリー殿下を――愛しておられることは伝わってきたわ。わたしにも伝わるのだから、きっとヘンリー殿下もお会いして、お言葉を交わされればご理解されるはずよ。モード様は……仲直りできる機会があると聞いても飛びつくようには思えないけれど……まあ、どうしても説得できなくても、引っ張って行くわ」
「だからアラスターもそうしてちょうだいね?」。イズーがそう茶目っ気を見せれば、アラスターは微笑んで「そうする」と約束してくれたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。
王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。
そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。
これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。
⚠️本作はAIとの共同製作です。
「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした
しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」
十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。
会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。
魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。
※小説家になろう様にも投稿しています※
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
前世で私を捨てた皇太子が、今世ではなぜか執着してきます。でも私は静王妃なので『皇叔母様』と呼ばせます
由香
恋愛
沈薬は前世、皇太子の妃だった。
だが彼の寵愛は側室へ移り、沈薬は罪もなく冷宮へ送られ――孤独の中で死んだ。
そして目を覚ますと、賜婚宴の日に戻っていた。
二度目の人生。
沈薬は迷わず皇太子ではなく、皇帝の弟である静王を選ぶ。
ただしその夫は、戦で重傷を負い昏睡中だった。
「今世は静かに生きられればそれでいい」
そう思っていたのに――
奇跡的に目覚めた静王は、沈薬を誰よりも大切にしてくれた。
さらにある日。
皇太子が前世の記憶を思い出してしまう。
「沈薬は俺の妃だった」
だが沈薬は微笑んで言う。
「殿下、私は静王妃です」
今の関係は――
皇叔母様。
前世で捨てた女を取り戻そうとする皇太子。
それを静かに守る静王。
宮廷を揺るがす執着と溺愛の物語。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
行き遅れ令嬢の再婚相手は、ダンディな騎士団長 ~息子イケメンの禁断の守護愛~
柴田はつみ
恋愛
貧乏貴族の行き遅れ令嬢リアナは、28歳で社交を苦手とする大人しい性格ゆえに、結婚を諦めかけていた。
そんな彼女に王宮から政略結婚の命令が下る。再婚相手は、妻を亡くしたダンディな騎士団長ギルバート。
クールで頼れる40代のイケメンだが、リアナは「便利な道具として選ばれただけ」と誤解し、切ない想いを抱く。
さらに、ギルバートの息子で爽やかイケメンのエリオット(21歳)が義理の息子となる。
悪魔が泣いて逃げ出すほど不幸な私ですが、孤独な公爵様の花嫁になりました
ぜんだ 夕里
恋愛
「伴侶の記憶を食べる悪魔」に取り憑かれた公爵の元に嫁いできた男爵令嬢ビータ。婚約者は皆、記憶を奪われ逃げ出すという噂だが、彼女は平然としていた。なぜなら悪魔が彼女の記憶を食べようとした途端「まずい!ドブの味がする!」と逃げ出したから。
壮絶な過去を持つ令嬢と孤独な公爵の、少し変わった結婚生活が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる