すれちがい、かんちがい、のち、両思い

やなぎ怜

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「な、なにって――彼女のために結婚の話を……」
「は?」

 幼馴染のわたしだって今まで聞いたことのない、絶対零度の「は?」だった。

 その衝撃にぽろぽろとこぼれ落ちていたわたしの涙はぴたりと止まった。

 ガーネットが他人を威圧することはない。いや、つい先日ベリラに対して脅しをかけていたが、あれは例外中の例外だ。

 わたしはあわてた。わたしはともかくも、ガーネットには地位や名声といったものがすでにある。そんな彼を醜聞になどまみれさせたくなかった。

 たしかに男子生徒はなぜか独りよがりな自論を展開し、ちょっと、いや、だいぶ気持ち悪かったが、学園の一生徒に因縁をつけたような形となってはガーネットの分は悪いだろう。

 わたしはガーネットを止めようとにわかに立ち上がりかけた――が。

「ローザは俺と結婚するから。心配しなくて結構」

 わたしは動きを止めて、それからまたもぞもぞとベンチに着席した。

 おどろきすぎて、そうするしかできなかった。

「俺とローザはたしかに占いで決められた仲だけれど、愛し合っているんだ。だから、『彼女のため』なんてことを考える必要はないよ」

 男子生徒は泡を食った様子で目を剥いた。そのあと、もごもごと「話と違う」とかなんとか言いながら、つむじ風のように逃げて行った。つい先日見たベリラのようで、それがちょっとおかしかった。

「ローザ、大丈夫?!」

 ベンチに座り込んでぼんやりとガーネットを見ていれば、彼があわてた様子で駆け寄ってくる。

「なんか、変な輩に絡まれてたね?」
「う、うん。なんだろう。よくわかんないけど」
「あ、ローザもそんな感じなんだ」
「うん。授業で顔を合わせることは多かったけど、親しくしていたわけじゃないし……」

 本当になんだったんだろう。ちょっとした初夏の嵐が過ぎ去ったような気分だ。しかし爽快感はなく、ただ「あれはなんだったのだろう?」という釈然としない気持ちだけが残される。

「そんなことよりも――」

 そうだ、そんなことよりもわたしは言わなければならないことがたくさんある。

「そんなことよりも?」

 ガーネットが不思議そうにちょっとだけ首をかしげた。そんなちょっとした仕草を見ても、わたしは彼のことが好きなのだと実感するばかりだ。

 でも、好きなら、愛しているなら、わたしはなおさらきちんとしなければならない。

「……わたしと結婚するなんて、軽々しく言っちゃだめだよ」
「……え?」
「噂になったらどうするの? ううん、それよりもし将来に障りがあったら――」

 ガーネットは目を丸くして、ぽかんとした顔をしていたが、わたしが話を進めるとなぜかあわてだした。

 わたしはなぜガーネットがそんな表情をするのかわからず、訝しげな目を向けてしまう。

 それでも弾みがついていたので、言うべきことを言わなければと話を続ける。

「ガーネットは今は好きなひととかいないのかもしれないけど、将来できるかもしれないし。そのときにわたしと結婚の約束をしてたとかありもしない噂が立ったら困るでしょ? わたしを助けてくれたのはうれしいけど、でも、軽々しく『愛してる』とか『結婚する』とか言わないほうがいいと思う」

「――え? ローザは俺と結婚したくないの?」

「……え?」
「え?」

 わたしはガーネットがなにを言ったのか、本気で一瞬わからなくなった。一時的な記憶喪失に陥ったみたいに、つい先ほどガーネットが口にした言葉が正確に思い出せなくなった。

 困惑していたのはガーネットも同じだったが、そこはさすがに一足先に社会人をしているだけのことはあるのか、冷静さを取り戻すのは彼が先だった。

「なにかお互いに誤解があるみたいだね」
「そうだね……」

 ガーネットの意見には同意だった。しかしわたしは未だ混乱のさなかにいた。

 ――ガーネットはわたしと結婚したいの?

 それはとっても都合のいい夢を見ているような気がした。

「まず……俺はローザのことを愛してる」
「そうなの?」
「そ、そこから? ……ローザだって俺に愛されてるって言ってたじゃん。ベリラに高々と言ってたのに……」

 やっぱり、そこの部分はしっかりと聞かれていたんだと、遅まきながら非常に恥ずかしい思いをする。

「あれは……ベリラの言葉にムカついて、ベリラをやり込めたい一心で言っちゃった言葉で……」
「え? じゃあ、完全な嘘のつもりで言ったってこと?」
「うん……。だって、別にわたしたち好き合っていっしょにいるわけじゃないじゃん」
「ローザは俺のこと好きじゃないの?」
「……す、す、好きだけどさあ……」
「なんかすれ違ってるね? 俺はローザのことが好きで、ローザも俺のことが好きっていう認識だったんだけど、ローザはそうだと思ってなかったんだ」

 どこかガーネットに責められているような気持ちになって、そして彼の言うことがその通りだったので、わたしはぐうの音も出せなかった。

「俺は……ローザと一緒にいられるまとまった時間が欲しくて一生懸命働いてたし」
「そうなんだ?」
「そうなんだよ。……ローザにはちゃんと気持ちが伝わってると思ってた。ベリラにああ言ってたの聞いたし」
「ガーネットは……なんでわたしがガーネットのこと好きだって知ってるの……?」
「え? だってあんな全身で好き好きオーラ出してたらだれだって気づくと思うけど」
「『好き好きオーラ』?!」

 なにそれ。

 わたしは絶句するしかなかった。

 そうやって言葉を失っているわたしに追い打ちをかけるようにガーネットのひとこと。

「そう……じゃあ妊娠したこと黙ってたのもサプライズのためとかじゃないんだ……」
「な、なんで知ってるの?!」
「そりゃ……病院から報告が上がるから。うちの部署では全員が知っているってわけじゃないけど……少なくとも俺の上司は把握しているよ」
「えええ……」

 再度絶句した。

 穴を掘って埋まりたい。今はそういう気持ちだった。

 わたしは思わず頭を抱えたくなった。

「なんかすごい誤解があったみたいだね。……もうここで言っちゃうけどさ。ローザから妊娠の話を聞いたらプロポーズしようと思ってて。っていうかもう、あの、なんか舞い上がってて俺とローザの実家には言っちゃってて……。多分、今ごろ親族中に知れ渡ってると思うんだけど。その、ごめん。浮かれてた……」
「ううん。わたしも、なんか、ごめん……ひとりで完結しすぎてた……」
「いや、俺もなんか大事なこと言わなさすぎてるなって……」
「いやいや、わたしもさ……」

 申し訳なさそうな顔をしているガーネットを見ていると、変な笑いが込み上げてくる。笑う場面ではないのに笑ってしまいそうになるのは、もしかしたら安堵感からきているのかもしれない。

「わたし、ガーネットの赤ちゃん産みたいってずっと思ってた」
「そ、そうなんだ」

 ガーネットが照れた顔をする。はにかんだみたいなその表情を見ていると、彼のことが好きなんだという気持ちが、際限なく湧いてくるようだった。

「うん、あの、だから……ガーネットと一緒に、赤ちゃん育てたいって思ってる」

 わたしの言葉を聞いたガーネットの顔。それを見て、わたしはこのひとと、このひとの子供と、ずっといっしょにいたいと思ったのだった。

「もちろん、俺も。……ローザ、俺と結婚してくれますか?」
「――うん!」
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