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丸腰のティーナは、銃で脅しつけられればそれに従うしかない。
「……なんのつもりですか?」
冗談でも許されるような行いではなかったが、今のティーナはそう言って欲しい気持ちでいっぱいだった。
そんなティーナをエンニオはどう受け取ったのか、鼻で笑うと奇妙に顔をゆがめる。
「いい御身分だよなあ。どこの野良猫とも知れない薄汚れたガキのくせに。今じゃお姫様だ」
ティーナはいくらかの想像をしていた。
ひとつはティーナを手篭めにしてボスの座を得ようとすること。
もうひとつは単純にティーナの存在が気に入らないこと。そこから発展して、ティーナを排除したいという思いでこのような事態を引き起こしたこと。
エンニオの口ぶりからすると、両方の理由がありそうだったが、その比重は後者のほうが重いらしい。
エンニオはぐいとティーナに向かって銃口を寄せる。運転席から後部座席へ身を乗り出すようにして、エンニオはティーナの額へと銃を向ける。
「このクソガキの男をボスに据える? 冗談も休み休み言って欲しいぜ」
エンニオの口元にはゆがんだ笑みが浮かんでいたが、その声はひとつも面白いことなどないと言っているようだった。
「おい、黙り込んでないでなにか言えよ」
エンニオが銃口の先を揺らす。
「それとも、漏らしちまったか? ははは」
ティーナは左右に揺れる銃口を見つめながら口を開いた。
「……これは、アルチーデさんは知っているんですか?」
「んなわけねえ。ゴマすりしか能のねえやつが知ってるわきゃねえだろ」
アルチーデが関与している可能性は五分五分と見ていたティーナは一度安堵する。
そしてエンニオは別に「アルチーデのため」とかいう殊勝な理由でこの暴挙に出たわけでもないらしい。アルチーデに対してずいぶんな言いようだった。
「ああ、そうだ、あのゴマすり野郎が幹部になれて、オレがなれねえのはおかしい」
エンニオはずいぶんと鬱憤を溜めていたのだろう。ティーナが促さずともべらべらと話し出す。
そして興奮ゆえか、ときどきつばを飛ばしながらしゃべるくらいの勢いだったので、ティーナへ向けられた銃口はときおりゆらゆらと左右に揺れる。
「レオンツィオのカマ野郎もだ。ガキにまでウリやらせて稼いでるクソ野郎が幹部だなんてふざけてやがる」
レオンツィオの名前が出たので、ティーナはドキリとした。そしてエンニオが言った内容を聞いて、どうも今世でもレオンツィオは筋金入りの腐れ外道のようだとティーナは思った。
エンニオにはエンニオの美学があるらしい。売春の元締めなんてものは「本当の男」ってやつがやるものではない、という認識が彼にはあるのだろう。しかしなし得ていない人間がそうやって美学を語っても、どこか上滑りして聞こえる。
エンニオは己が幹部になるにふさわしいと思い込んでいるらしかった。けれども実力は伴っていないようだし、そもそもティーナを誘拐するという短絡的な手段に出た時点で、彼を幹部に選ばなかったガエターノの判断は正しいとしか言えないだろう。
もっとも厄介なのは無能な働き者。そんな言葉をティーナは思い出す。
「で、どうする?」
エンニオはティーナに向かってほとんど独り言のような愚痴をぶちまけたあと、またティーナの額に向かって銃口を向けた。ティーナその丸い穴をじっと見つめる。
「どうする……とは?」
「……血の巡りの悪ぃガキだな。オレを選ぶのと、選ばないでヤられるのとどっちにするって聞いてるんだ」
そもそもティーナがガエターノの子飼いの幹部連中以外を夫に選んだとして、ガエターノはそれを受け入れるのだろうか?
ティーナはそんな疑問を抱いたが、エンニオはまったくそんな予想をしていないのか、あるいはティーナがワガママを言えば通ると考えているのか、まったく口にはしない。
そしてエンニオの言う通りにしなければティーナの予想通りのことが起こるようだ。
ティーナはエンニオが持つ銃口の黒い穴から視線を一度外したあと、再び銃口を見つめる。
「……ガエターノは了承するのでしょうか」
「お前がさせるんだよ。あの爺、だいぶ耄碌してるからな。クソガキでも唯一の孫の言うことなら聞くだろ」
エンニオにはどうもガエターノを説き伏せるだけの能力もバックもないのだろう。なるほど幹部になれないのも納得だと、ティーナは心の中でため息をつく。
「ガエターノにだってプライドはあります。一度口にした条件を撤回するとは思えません」
「――ああ? ガタガタうるせえな。そんなにヤられてえのか? え? スキモノか?」
なかなかティーナが了承しないからか、エンニオはあからさまにイラ立ちを募らせている。
ゆらゆらと左右にブれる銃口からティーナは視線を外し、また戻す。
「いいか?! てめえみてえなクソガキはオレに従ってりゃ――」
ぐいとエンニオの持つ銃口がティーナに近づく。
ティーナはその銃を思い切り掴んで銃口を上向きにさせる。
耳をつんざく銃声。車内にマズルフラッシュが瞬き、火薬のにおいがティーナの鼻をかすめた。
ティーナは銃の半身を握り締めたまま、エンニオを見る。エンニオは側頭部に開いた穴から血を垂れ流し、絶命していた。
車に近づいてくる影を見て、ティーナは銃を捨てる。音を立てて床に落ちた拳銃をそのままに、ティーナはエンニオの死体を助手席のほうへ押し込むと、後部座席から運転席へと身をくねらせながら移動する。
ドアロックを解除してようやく外に出れば、そこには舎弟のミルコを連れたレオンツィオが立っていた。
彼のほうへと向かわない理由もなかったので、仕方なくティーナは足を進める。レオンツィオの前で歩を止めると、彼は困ったような笑みを浮かべてティーナを見た。
「よかった……無事で」
心底心配していたのだ、と言いたげなレオンツィオの金の瞳を見て、心動かされる自分に気づいて、ティーナは心の中でまたため息をついた。
「……なんのつもりですか?」
冗談でも許されるような行いではなかったが、今のティーナはそう言って欲しい気持ちでいっぱいだった。
そんなティーナをエンニオはどう受け取ったのか、鼻で笑うと奇妙に顔をゆがめる。
「いい御身分だよなあ。どこの野良猫とも知れない薄汚れたガキのくせに。今じゃお姫様だ」
ティーナはいくらかの想像をしていた。
ひとつはティーナを手篭めにしてボスの座を得ようとすること。
もうひとつは単純にティーナの存在が気に入らないこと。そこから発展して、ティーナを排除したいという思いでこのような事態を引き起こしたこと。
エンニオの口ぶりからすると、両方の理由がありそうだったが、その比重は後者のほうが重いらしい。
エンニオはぐいとティーナに向かって銃口を寄せる。運転席から後部座席へ身を乗り出すようにして、エンニオはティーナの額へと銃を向ける。
「このクソガキの男をボスに据える? 冗談も休み休み言って欲しいぜ」
エンニオの口元にはゆがんだ笑みが浮かんでいたが、その声はひとつも面白いことなどないと言っているようだった。
「おい、黙り込んでないでなにか言えよ」
エンニオが銃口の先を揺らす。
「それとも、漏らしちまったか? ははは」
ティーナは左右に揺れる銃口を見つめながら口を開いた。
「……これは、アルチーデさんは知っているんですか?」
「んなわけねえ。ゴマすりしか能のねえやつが知ってるわきゃねえだろ」
アルチーデが関与している可能性は五分五分と見ていたティーナは一度安堵する。
そしてエンニオは別に「アルチーデのため」とかいう殊勝な理由でこの暴挙に出たわけでもないらしい。アルチーデに対してずいぶんな言いようだった。
「ああ、そうだ、あのゴマすり野郎が幹部になれて、オレがなれねえのはおかしい」
エンニオはずいぶんと鬱憤を溜めていたのだろう。ティーナが促さずともべらべらと話し出す。
そして興奮ゆえか、ときどきつばを飛ばしながらしゃべるくらいの勢いだったので、ティーナへ向けられた銃口はときおりゆらゆらと左右に揺れる。
「レオンツィオのカマ野郎もだ。ガキにまでウリやらせて稼いでるクソ野郎が幹部だなんてふざけてやがる」
レオンツィオの名前が出たので、ティーナはドキリとした。そしてエンニオが言った内容を聞いて、どうも今世でもレオンツィオは筋金入りの腐れ外道のようだとティーナは思った。
エンニオにはエンニオの美学があるらしい。売春の元締めなんてものは「本当の男」ってやつがやるものではない、という認識が彼にはあるのだろう。しかしなし得ていない人間がそうやって美学を語っても、どこか上滑りして聞こえる。
エンニオは己が幹部になるにふさわしいと思い込んでいるらしかった。けれども実力は伴っていないようだし、そもそもティーナを誘拐するという短絡的な手段に出た時点で、彼を幹部に選ばなかったガエターノの判断は正しいとしか言えないだろう。
もっとも厄介なのは無能な働き者。そんな言葉をティーナは思い出す。
「で、どうする?」
エンニオはティーナに向かってほとんど独り言のような愚痴をぶちまけたあと、またティーナの額に向かって銃口を向けた。ティーナその丸い穴をじっと見つめる。
「どうする……とは?」
「……血の巡りの悪ぃガキだな。オレを選ぶのと、選ばないでヤられるのとどっちにするって聞いてるんだ」
そもそもティーナがガエターノの子飼いの幹部連中以外を夫に選んだとして、ガエターノはそれを受け入れるのだろうか?
ティーナはそんな疑問を抱いたが、エンニオはまったくそんな予想をしていないのか、あるいはティーナがワガママを言えば通ると考えているのか、まったく口にはしない。
そしてエンニオの言う通りにしなければティーナの予想通りのことが起こるようだ。
ティーナはエンニオが持つ銃口の黒い穴から視線を一度外したあと、再び銃口を見つめる。
「……ガエターノは了承するのでしょうか」
「お前がさせるんだよ。あの爺、だいぶ耄碌してるからな。クソガキでも唯一の孫の言うことなら聞くだろ」
エンニオにはどうもガエターノを説き伏せるだけの能力もバックもないのだろう。なるほど幹部になれないのも納得だと、ティーナは心の中でため息をつく。
「ガエターノにだってプライドはあります。一度口にした条件を撤回するとは思えません」
「――ああ? ガタガタうるせえな。そんなにヤられてえのか? え? スキモノか?」
なかなかティーナが了承しないからか、エンニオはあからさまにイラ立ちを募らせている。
ゆらゆらと左右にブれる銃口からティーナは視線を外し、また戻す。
「いいか?! てめえみてえなクソガキはオレに従ってりゃ――」
ぐいとエンニオの持つ銃口がティーナに近づく。
ティーナはその銃を思い切り掴んで銃口を上向きにさせる。
耳をつんざく銃声。車内にマズルフラッシュが瞬き、火薬のにおいがティーナの鼻をかすめた。
ティーナは銃の半身を握り締めたまま、エンニオを見る。エンニオは側頭部に開いた穴から血を垂れ流し、絶命していた。
車に近づいてくる影を見て、ティーナは銃を捨てる。音を立てて床に落ちた拳銃をそのままに、ティーナはエンニオの死体を助手席のほうへ押し込むと、後部座席から運転席へと身をくねらせながら移動する。
ドアロックを解除してようやく外に出れば、そこには舎弟のミルコを連れたレオンツィオが立っていた。
彼のほうへと向かわない理由もなかったので、仕方なくティーナは足を進める。レオンツィオの前で歩を止めると、彼は困ったような笑みを浮かべてティーナを見た。
「よかった……無事で」
心底心配していたのだ、と言いたげなレオンツィオの金の瞳を見て、心動かされる自分に気づいて、ティーナは心の中でまたため息をついた。
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