魔女様は素直になりたい(けど、なかなかなれない)

やなぎ怜

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 バシャバシャと足元で水しぶきが上がる。突然空からドッと降りだした大雨は、地面に当たって跳ね返り、ララタのブーツとアルフレッドのズボンを多いに汚した。

 ふたりはあわてて東屋に避難したものの、そのときにはもうびっちょびちょのぐっちょぐちょになっていた。

 なにせ、普通の雨ではない。自然魔法現象と呼ばれる、空気中に混じった魔力の偶然によって生み出された雨なのだ。こういった雨はとにかく近くの魔力を使い切るまで大いに雨を降らせる。そのあいだ、人間は傘を差して外に出ることすらままならなくなるため、「雨檻」などと呼ばれている。

「本当に檻みたいだ」

 大雨のカーテンを前に、アルフレッドはそうため息をつくように言った。

 ララタとアルフレッドが避難してきた東屋の周囲には霧のようなしぶきが立ち込めて、二メートルも先になると景色がけぶっていて見えない。

 ララタとアルフレッドはしばしぼんやりと雨のカーテンを眺めていた。

 東屋に備えつけられたイスに腰を下ろしたふたりの服からは、ぽたぽたと雫が落ちて木で組まれた床を濡らす。

 ララタは大いにテンションを下げていた。うねうねと収まりどころのない己の赤毛が、今日は珍しくセットが決まったと思ったのだ。

 なのに、雨。

 頭のてっぺんから足の先までびっちょびちょになってしまっては、髪のセットがどうのこうの、という話ではないのだが、ララタにとって己の素直ではない赤毛がどうであるかはもっとも気になるトピックなのだ。

 クシのように赤毛に指を通せば、ポタポタポタッと雫がどんどんと落ちて行く。

 ――あーあ……今日は珍しく決まったと思ったのになあ……。

 アルフレッドの隣にいるからには、キレイに「決まった」自分を見てもらいたいと思うのがララタの乙女心。

 しかし今やその乙女心は雨でべちょべちょになってしまっていた。

「世界でふたりしかいないみたい」
「え?」
「だってひとの気配はしないし……なーんにも見えないから……」

 詩的なことを口にしたアルフレッドの、その言葉の意味を理解し始めたララタは、妙に気恥しくなった。

 ふたりっきり。それは別に珍しいことではない。

 ララタの家は立地の都合上ふたりきりにならざるを得ないし、魔法書を解読するときはたいていふたりきりだ。

 けれども今はそれとは違う――特別感、のようなものをアルフレッドは感じているらしかった。

 ドキドキとトキメク心臓を抑えながら、ララタはアルフレッドから目線をそらし、ついでに話の矛先をもそらす。

「そう言えばさ、わたしって『お試し妃』でしょう?」
「うん。そうだね」
「お妃様ってお茶会とか開かなくていいの? サロンとか……」

 ララタの言葉にアルフレッドは何度か瞬きをした。

 その空気になんだか耐えられなくて、ララタは誤魔化すように言葉を続ける。

「『お試し』だからそういうのはナシって話?」
「うーん……ララタは普段通りにしているだけでいいんだよ?」
「いや、でも、『お試し妃』って要するに……その……男性機能の確認とかさあ……そういう意味で始まった慣習なわけでしょ?」
「まあ、ありていに言ってしまえばそうだね」
「わたしは本物のお妃様にはなれないから頑張る必要はないっぽいけど、なんか、まあ、このままでいいのかなって……」

 お茶を濁しに濁したララタは、最終的に自分がなにを言おうとしていたのか、言いたかったのか、わからなくなった。

 それはアルフレッドも同じだったらしい。頭上にクエスチョンマークを浮かべている様子がありありとわかる。

 急激にララタはその場から消えたくなった。しかし雨のカーテンが晴れる様子はない。ドドドドッと滝のごとく空から水を降らせているばかりだ。

「ララタもお妃様になれるよ」
「え?」
「気分が悪くなるかもしれないけど……魔法使いの血を王室に取り込むことには相応の価値があるから」
「別にそれくらいで気分悪くなんないよ。……なるほどね。アルは先祖返りで魔法使い、で、わたしも魔法使い。仮に子供が生まれたとすれば魔法使いの可能性は高いもんね」

 もしかしたら王宮内にはそういったメリットを目的に、ララタを妃にと推し進める勢力が存在しているのかもしれない。アルフレッドの口ぶりからするとそんな感じではないかとララタは察した。

 ララタはアルフレッドの妻になれるとは思っていなかった。赤毛の冴えない、ひねくれものの女の子。おまけに異世界人。秀でているのは魔法が使えることだけ。それがララタの自身に対する認識のすべてだった。

 だからアルフレッドの口から彼の妻になれるかもしれないという可能性を聞かされて、ララタはちょっとドキッとしたのだ。イヤな感じのドキッではなかった。期待を含んだ鼓動だ。

 素直じゃないララタが、それをアルフレッドに言えるはずもなかった。彼が自分のことを想っているらしいということを知っていても。

「でもアルフレッドもいつか本当に結婚するんだよねー。それでお妃様をたくさん迎えるんだ」
「そうだね。順当に行けばそうなる。……でもお妃様はたくさんはいらないかな」

 アルフレッドの顔がどこか悲しげだったので、ララタは「しまった」と思った。

 アルフレッドの父親――現国王には当たり前のように複数の妻がいる。アルフレッドは第一子だが、当然のように下に弟妹がいる。……その弟妹とは仲が悪いわけではないのだが、いいわけでもない。

 しかしアルフレッドは弟妹に関して普段は関心がなさそうな顔をしているが、内心では違うということをララタは知っていた。

 もしアルフレッドが王室なんかじゃなくて、市井のごく普通の庶民の家庭に生まれていれば、弟妹たちとはうまく行っていた可能性もある。……しょせんは「たられば」でしかない、虚しい空想であったが。

 ララタはアルフレッドの弟妹たちが兄のことをどう思っているかは知らない。単純に、会う機会がないのだ。

 けれども仮に弟妹たちもアルフレッドと距離を縮めたいと考えたとしても――周囲がそれを許すかはわからなかった。いや、本当はわかっている。いずれ王室を背負って行くアルフレッドにはしがらみが多すぎるのだ。

 アルフレッドが心から弟妹たちを思って、弟妹たちもそうであっても、周囲の有象無象はそうは行かない。アルフレッドはそれをわかっているから、弟妹たちに関心のないフリをするのだ。

 こちらの世界では「魔女様」などと呼ばれつつも、実態はドがつくほどの庶民であるララタからすれば、色々ともどかしいことこの上ない。

 しかし王宮内のことについてはララタは門外漢に近かった。アルフレッドがあまりララタを関わらせたがらないのだ。

 そう考えると、自分はアルフレッドにとってしがらみとは関係のない、「避難所」のようなものなのかもしれない――。うぬぼれでなければ、そうなんだろうとララタは考える。

 雨のカーテンに目を向けるアルフレッドの視線は、おどろくほどに穏やかだった。

 こうしてララタとふたりきりでいるときだけは、ただのアルフレッドとして、そうしていられるのかもしれない。

 それを思うと、ララタはなんだか胸が締めつけられる思いだった。

「――あ」
「あ?」
「晴れてきた」
「ホントだ」

 しばらくふたりのあいだに言葉はなかった。けれど、居心地の悪さは感じられない。

 波が引くように雨雲が雲散霧消したあとの空には、立派な虹の橋がかかっていた。

 それを見るアルフレッドの目がいつものようにきらめいたので、ララタはちょっと安堵した。

 それと同時にララタはアルフレッドのそばにいたいと思った。彼のままならない日々の、ちょっとした息抜きになれるのならば……。

 それならば、彼を救った「魔女様」でもいいし、面倒な慣習をやり過ごすための「お妃様」でもいいのかもしれない。

 ララタは、このときばかりは素直にそう思った。
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