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後編
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「ユエリア、どうしよう。ザーグも魅了されちゃってない……?」
「落ち着いてアニカ。そんなことは絶対にないから。絶対に」
アニカがザーグのつぶやきを拾えたということは、ユエリアも当然そうだ。
アニカはあせった声でユエリアに懸念を伝えたが、彼女は意外にもそれを一蹴した。いつも穏やかで、思慮深い彼女には珍しい、強い言葉で。
「遅れて申し訳ありません」
「駆けつけてくれただけでもじゅうぶんよ。ザーグ、アニカを部屋に返してあげて。それから、さっきのわたくしたちのやり取りは聞こえていたでしょう? なぜわたくしが『絶対』と言ったのか、ちゃんとアニカに説明してあげてね」
「そ、それは――」
「わたくしの『お願い』が聞けないのかしら?」
「いえ……」
ザーグはどこか落ち着きを失っているように、アニカには見えた。
そしてユエリアが否定したとおりに、ザーグは魅了の効能によって正気を失っているようには見えないどころか、その逆で、いつも通りの理知的で冷静な様子が垣間見える。
ならば、先ほどの言葉はなんだったのか。アニカの中に、そんな疑問が生まれる。
「行きましょう、アニカ嬢」
しかしアニカが疑問を差し挟む前にザーグに部屋へ帰ることを促されてしまう。
ユエリアも、先ほどの魔獣との戦闘で怪我を負った神官たちを手当てするために、アニカたちのそばを離れていた。
この場で、アニカにできることは本当になにもない。ユエリアや神官たちのように、治癒魔法をアニカは使えないのだ。そのことを理解したアニカは、ザーグの言葉に大人しく従う以外の選択をしなかった。
与えられていた部屋に戻って、アニカは迷ったが結局ザーグに問うた。
「それで、その、ユエリアの言葉はどういうことなの? あ、ザーグが言いたくなかったら特別聞きたいとは思わないんだけれども……」
「……私が、アニカ嬢の呪いが効かないという話でしたね」
「ええ。あ、もしかしてザーグは武神の末裔だから神の呪いも効かないとか……そういう話だった?」
そうだとすれば早とちりしてしまって恥ずかしいとすらアニカは思った。
しかしそれはすぐにザーグによって否定される。
「いえ、効くんじゃないでしょうか。実際のところはわかりませんが……武神の血を引いていると言えども、一応はひとの身ですから」
「でも、あの大きな聖剣を扱えたじゃない」
「あれは私の、なんというか、実力ではありません。武神が力を貸してくれたのです。大切なひとを守りたいと願ったからでしょうか。私の願いを聞き、ひとときだけ叶えてくれたのでしょう」
「そうだったの。ユエリアは武神の加護を体現する聖女だし、ザーグは武神の末裔だから、きっと力をお貸しになってくださったのね。お陰で助かったわ。本当にありがとう……」
「大切なひと」。ザーグの口からその言葉を聞いて、アニカは多少動揺した。けれどもわかりきっていたことだとも思い、その動揺を顔に出すようなことはしなかった。
「大切なひと」……それはユエリアのことだ。ザーグが守る対象。敬愛を捧げる聖女。ハナからわかりきっていた。ザーグがきっと、一番に望んだのはユエリアを助けることだ……。
もちろん、ザーグがアニカのことをユエリアの代わりに死んでもいいだとか思う冷血漢だと思ったわけではない。
ただ、一番に願ったのはユエリアを助けることに違いないと、アニカは確信していた。
しかしザーグを見れば、彼はなにか物言いたげな顔をしている。それどころか珍しく、いつもは凛々しい視線を向ける瞳を泳がせているではないか。
アニカは、ザーグの珍しい一面を見たと少しうれしくなると同時に、彼のそんな態度の理由に思い当たらず、内心で首をかしげた。
「……勘違いしている様子なので、言っておきますけれど」
「『勘違い』?」
アニカは今度は本当に、首を少しだけかしげてザーグを見た。その黒っぽい瞳には、たしかな決意が宿っているように見えた。
「私が父祖の聖剣を扱えたのは、アニカ嬢への思いがあったからです。貴女を守りたいと……あの魔獣の爪牙にかかる前に、魔獣を打ち倒す力が欲しいと願ったからこそ、聖剣を扱えたのです」
「――え? ザーグ、もしかして、やっぱり……」
「魅了されてはいません。いえ……こう言うと語弊がありますが、魅了されては、います。ずっと以前から、貴女がユエリア様をかばって呪いを受ける以前からずっと、アニカ嬢、私は貴女に魅了されている」
「え? え? ――え?」
アニカは、ようやくザーグの言葉を呑み込めた。そして呑み込むと同時に、顔どころか耳や首までもがカッカと熱を持ったようになる。実際に、アニカの顔はロウソクの灯りが照らす暗がりの中にあっても、真っ赤になっているところが見て取れた。
一方ザーグも、その浅黒い肌に赤みが差していた。けれどもアニカにはそれを認められるほどの余裕はなかった。
「……初めは、誤解を恐れずに言うのであれば、ただの甘い令嬢だと思っていました。けれどもすぐにそれは貴女の強さなのだと知りました。だれにでも優しく、身分に関係なく分け隔てなく接することができるアニカ嬢を見ているうちに……目が離せなくなっていて、気がつけば私は貴女に魅了されていた」
「あ、うう……」
アニカは処理できる許容量を超えた情報をぶち込まれて、間抜けなうめき声をひねり出すことしかできない。
それでもなお、ザーグは攻勢をやめなかった。
「アニカ嬢、愛の女神の呪いが『真実の愛』で解けると言うのであれば――どうか、その栄誉を私にお与えいただきたい」
「し、『真実の愛』……」
「私の一方的な恋を双方向性の愛に変えて、真実にして欲しいのです」
ザーグの言葉で頭がいっぱいになって、アニカはなにも言えなかった。
だから、代わりにザーグの胸に飛び込んで答えた。
ザーグはそんなアニカに一瞬おどろいたような顔をしたが、次にはすぐに瞳をとろけさせて、微笑んでアニカをやわく抱きしめた。
――こうして、伝承の通りにアニカの受けた呪いは「真実の愛」により解けたらしく、以降アニカに魅了されるものが押しかけてくるということはなかった。
ただし、ザーグは以前にも増してアニカに魅了されて、ユエリアは呆れた目で己の護衛騎士を見ることも増えたが、それはまた別のお話。
「落ち着いてアニカ。そんなことは絶対にないから。絶対に」
アニカがザーグのつぶやきを拾えたということは、ユエリアも当然そうだ。
アニカはあせった声でユエリアに懸念を伝えたが、彼女は意外にもそれを一蹴した。いつも穏やかで、思慮深い彼女には珍しい、強い言葉で。
「遅れて申し訳ありません」
「駆けつけてくれただけでもじゅうぶんよ。ザーグ、アニカを部屋に返してあげて。それから、さっきのわたくしたちのやり取りは聞こえていたでしょう? なぜわたくしが『絶対』と言ったのか、ちゃんとアニカに説明してあげてね」
「そ、それは――」
「わたくしの『お願い』が聞けないのかしら?」
「いえ……」
ザーグはどこか落ち着きを失っているように、アニカには見えた。
そしてユエリアが否定したとおりに、ザーグは魅了の効能によって正気を失っているようには見えないどころか、その逆で、いつも通りの理知的で冷静な様子が垣間見える。
ならば、先ほどの言葉はなんだったのか。アニカの中に、そんな疑問が生まれる。
「行きましょう、アニカ嬢」
しかしアニカが疑問を差し挟む前にザーグに部屋へ帰ることを促されてしまう。
ユエリアも、先ほどの魔獣との戦闘で怪我を負った神官たちを手当てするために、アニカたちのそばを離れていた。
この場で、アニカにできることは本当になにもない。ユエリアや神官たちのように、治癒魔法をアニカは使えないのだ。そのことを理解したアニカは、ザーグの言葉に大人しく従う以外の選択をしなかった。
与えられていた部屋に戻って、アニカは迷ったが結局ザーグに問うた。
「それで、その、ユエリアの言葉はどういうことなの? あ、ザーグが言いたくなかったら特別聞きたいとは思わないんだけれども……」
「……私が、アニカ嬢の呪いが効かないという話でしたね」
「ええ。あ、もしかしてザーグは武神の末裔だから神の呪いも効かないとか……そういう話だった?」
そうだとすれば早とちりしてしまって恥ずかしいとすらアニカは思った。
しかしそれはすぐにザーグによって否定される。
「いえ、効くんじゃないでしょうか。実際のところはわかりませんが……武神の血を引いていると言えども、一応はひとの身ですから」
「でも、あの大きな聖剣を扱えたじゃない」
「あれは私の、なんというか、実力ではありません。武神が力を貸してくれたのです。大切なひとを守りたいと願ったからでしょうか。私の願いを聞き、ひとときだけ叶えてくれたのでしょう」
「そうだったの。ユエリアは武神の加護を体現する聖女だし、ザーグは武神の末裔だから、きっと力をお貸しになってくださったのね。お陰で助かったわ。本当にありがとう……」
「大切なひと」。ザーグの口からその言葉を聞いて、アニカは多少動揺した。けれどもわかりきっていたことだとも思い、その動揺を顔に出すようなことはしなかった。
「大切なひと」……それはユエリアのことだ。ザーグが守る対象。敬愛を捧げる聖女。ハナからわかりきっていた。ザーグがきっと、一番に望んだのはユエリアを助けることだ……。
もちろん、ザーグがアニカのことをユエリアの代わりに死んでもいいだとか思う冷血漢だと思ったわけではない。
ただ、一番に願ったのはユエリアを助けることに違いないと、アニカは確信していた。
しかしザーグを見れば、彼はなにか物言いたげな顔をしている。それどころか珍しく、いつもは凛々しい視線を向ける瞳を泳がせているではないか。
アニカは、ザーグの珍しい一面を見たと少しうれしくなると同時に、彼のそんな態度の理由に思い当たらず、内心で首をかしげた。
「……勘違いしている様子なので、言っておきますけれど」
「『勘違い』?」
アニカは今度は本当に、首を少しだけかしげてザーグを見た。その黒っぽい瞳には、たしかな決意が宿っているように見えた。
「私が父祖の聖剣を扱えたのは、アニカ嬢への思いがあったからです。貴女を守りたいと……あの魔獣の爪牙にかかる前に、魔獣を打ち倒す力が欲しいと願ったからこそ、聖剣を扱えたのです」
「――え? ザーグ、もしかして、やっぱり……」
「魅了されてはいません。いえ……こう言うと語弊がありますが、魅了されては、います。ずっと以前から、貴女がユエリア様をかばって呪いを受ける以前からずっと、アニカ嬢、私は貴女に魅了されている」
「え? え? ――え?」
アニカは、ようやくザーグの言葉を呑み込めた。そして呑み込むと同時に、顔どころか耳や首までもがカッカと熱を持ったようになる。実際に、アニカの顔はロウソクの灯りが照らす暗がりの中にあっても、真っ赤になっているところが見て取れた。
一方ザーグも、その浅黒い肌に赤みが差していた。けれどもアニカにはそれを認められるほどの余裕はなかった。
「……初めは、誤解を恐れずに言うのであれば、ただの甘い令嬢だと思っていました。けれどもすぐにそれは貴女の強さなのだと知りました。だれにでも優しく、身分に関係なく分け隔てなく接することができるアニカ嬢を見ているうちに……目が離せなくなっていて、気がつけば私は貴女に魅了されていた」
「あ、うう……」
アニカは処理できる許容量を超えた情報をぶち込まれて、間抜けなうめき声をひねり出すことしかできない。
それでもなお、ザーグは攻勢をやめなかった。
「アニカ嬢、愛の女神の呪いが『真実の愛』で解けると言うのであれば――どうか、その栄誉を私にお与えいただきたい」
「し、『真実の愛』……」
「私の一方的な恋を双方向性の愛に変えて、真実にして欲しいのです」
ザーグの言葉で頭がいっぱいになって、アニカはなにも言えなかった。
だから、代わりにザーグの胸に飛び込んで答えた。
ザーグはそんなアニカに一瞬おどろいたような顔をしたが、次にはすぐに瞳をとろけさせて、微笑んでアニカをやわく抱きしめた。
――こうして、伝承の通りにアニカの受けた呪いは「真実の愛」により解けたらしく、以降アニカに魅了されるものが押しかけてくるということはなかった。
ただし、ザーグは以前にも増してアニカに魅了されて、ユエリアは呆れた目で己の護衛騎士を見ることも増えたが、それはまた別のお話。
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