溺愛からは、逃げられない!

やなぎ怜

文字の大きさ
9 / 15

(9)

しおりを挟む
 月羽きらりにはヒロインの役を担ってもらう――。

 突如吹き荒れた月羽きらりという風を、追い風とみなしたかおると花。しかし追い風と見えたのは錯覚であった。

 今、かおると花は月羽きらりという名の風に、レズビアンの噂を流されているのであった……。

「――いや、どーしてこうなるの?!」

 花が思わず叫ぶのも無理からぬことだとかおるは目を伏せた。

 なぜ月羽きらりが、かおると花がレズビアンでデキているなどという噂を流しているのかまではわからない。いや、正確には「わかりたくない」といったところだろう。

 なぜならヒロインの座を狙っているらしい月羽きらりからすれば、『ダブル・ラブ』に酷似した世界において本物のヒロインと推定されるかおると花は邪魔者なのだ。

 その、邪魔者を排除するべく迷惑な噂を流しているのだということは、ふたりにだって容易に予測できる。

 けれども月羽きらり本人から聞き出せない限り、その予測を事実と確定することはできないと、ふたりは最後の抵抗をしているだけなのであった。

 一方、月羽きらりが迷惑な噂の出どころであること自体は既に確定事項であった。

 にわかにかおると花がレズビアンで恋人同士などという噂が流れ出した時点で、ふたりを溺愛する男たちが半ばキレて、出どころを追跡したからだ。

 その結果、噂を流しているのが六人の中では今――悪い意味で――ホットな月羽きらりだった……というわけである。

 噂を聞いてから半日で追跡を終えた彼らの手腕に、かおると花は感心しつつ内心では震え上がった。

 味方でいるうちは心強い人間は、絶対に敵には回したくないものである。

 かおると花は億が一にもあり得ないが、月羽きらりがヒロインに成り代わったときは、絶対に自分たちが敵に回るようなことはしないでおこうと誓い合っていた。

 しかし先に敵に回ったのは月羽きらりだった。

 かおると花の事実と相違ある噂を流した時点で、アオイとイズミ、建と樹の、月羽きらりに対する好感度はダダ下がりである。

「なんでそんな余計なことするかな~?!」

 まるで花は「余計なことさえしなければ月羽きらりはヒロインになれたのに」とでも言いたげに嘆く。

 しかしかおるは花のそんな言外の意見には賛同できそうになかった。

 月羽きらりは既にいくらか「やらかし」ている。

 転校早々、チンピラ風の樹に開口一番勉強を乞う行為も、怪我をした際に大して親しくない建に保健室へ連れて行って欲しいとねだる行為も、かおるには彼らの好感度を上げるどころか下げるものにしか見えなかった。

 ひとことで言ってしまえば「浅はか」。

 上述の行為は、幼馴染で現在も親しい間柄であるかおるがやれば不自然ではないだろう。そう、花曰く「正規のヒロイン」である「藤島かおる」がすれば。

 けれども月羽きらりは「藤島かおる」のような設定も、アドバンテージも持たない。そんな中でイベントを乗っ取ろうというような行為をしたとしても、上手く行かないのは道理であった。

 そして花の記憶が確かであれば、月羽きらりは『ダブル・ラブ』には影も形も存在しない。

 まったくのイレギュラーな存在である、月羽きらり。そんな彼女に急に馴れ馴れしくされて、喜ぶ人間は変人と言わざるを得ないだろう。

 ……今のところ、月羽きらりは同学年である建や樹を重点的に攻略しようとしているようだが、それがいつ一年先輩のアオイや、後輩のイズミにまで及ぶかはわからない。

 打てる手があるのであれば、早急に打たなければならない――。

 ふたりはない知能を絞って、うんうん唸りながら考えた挙句、月羽きらり本人に接触することにした。

 もう、それしかないと思ったのだ。

『ダブル・ラブ』の知識があるならば渡りに船。ヒロインになってもらいたい、というのがふたりの意見だった。

 しかし月羽きらりはどうもかおると花以上におつむがよろしくないらしい。ふたりがレズビアンであるという、ありもしない噂を流すところを見ても、性格もよろしくないようだ。

 そんな月羽きらりに接触するのはリスキーと言わざるを得ないことは、ふたりも承知していた。

 しかしもう、これしかないというのも確かで……。


「なんであたしがあんたたちの言うこと聞かないといけないのっ!?」

 どうか穏便にことが済んでくれ……というふたりの願いは、わずか数分で木っ端みじんに砕け散った。

 校舎裏というひと気のない定番の場所に月羽きらりを呼び出すことには成功した。しかし説得には失敗した。今の状況を一文で言い切るならば、そうだ。

 やはり月羽きらりに『ダブル・ラブ』の知識があることは確かであり、ヒロインの座を狙っていることも確かだった。

 しかしそんな月羽きらりからすれば、本来のヒロインであるかおると花は邪魔者以外の何者でもないのだ。

 そんな月羽きらりは最初から敵愾心バリバリで、こちらの提案と呼べるような、穏便な意見にも耳を貸す気配がない。

「そんなの罠に決まってる!」

 というのが彼女の意見であった。

 確かに、とかおると花は納得してしまう。月羽きらりからすれば、正式なヒロインであるかおると花は、ヒロインの座を手に入れる過程で倒すべき――倒さなければならない――敵。

 だから、かおると花の言葉を信用できないという月羽きらりのセリフには、ふたりも納得せざるを得ないのであった。

 月羽きらりの中では、ヒロインの座はなにがなんでも手に入れたいものらしい。だからこそ、それは他人も同じだと投影してしまう。

 現実にはそんなことはないのだが、おつむが足りない月羽きらりにはそれがわからない。

 かおると花――実際にはかおるより社交性のある花が主だっていたが――は、手を変え品を変え、どうにかこうにか月羽きらりに納得してもらおうとしたが、それらはすべて無駄に終わった。

 それでもかおると花もあきらめられない。ここで月羽きらりと友好的な関係を結べなければ、彼女はどんどんと自滅して行って、最終的にはヒロインレースから脱落し、かおると花はシナリオ通りに進めばエロ展開。

 けれどもヒロインになりたいらしい月羽きらりが、かおると花という協力者を得られれば、エロ展開は彼女のものになり、ふたりは望まぬ未来から解放される。

 しかし月羽きらりはどう言葉を変えてなだめすかしても、岩のように意思を変えようとはしない。てこでも動かないとはこのことであった。

 そしてしまいにはこんなことを言い出した。

「あたしにヒロインの座を譲ってくれるって言うんだったら、今すぐ建と樹を解放して! いつまでもあのふたりを縛りつけるようなことをしてて、恥ずかしくないの?」

 月羽きらりの言葉に、かおるは思わず息を呑んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~

紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。 毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。

星名柚花
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。 引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。 見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。 つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。 ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。 しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。 その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…? 果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!? ※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。

処理中です...