魚人イゥヤと龍人ヒタラウカ

あせき

文字の大きさ
2 / 4

龍人ヒタラウカ

しおりを挟む
「イゥヤイゥヤ。今日は私と一緒に過ごせる時間はないか?」
「仕事よ仕事。邪魔をしないで」
「残念だ。魚人は毎日とても忙しいのだな。身体を壊さないか心配だ」

 今日も今日とてヒタラウカは愛しのイゥヤに会いに来ていた。

「じゃあまた近くを泳いでいていいか?」
「邪魔、しないのならいいわ」

 ヒタラウカは嬉しくて嬉しくてぐるぐると辺りを泳ぎまわった。
 そんなヒタラウカをイゥヤは呆れ交じりの目見ている。
 それだけでヒタラウカはまた嬉しくなってにまにまと笑みが零れる。
 イゥヤは美しい青を持った娘だ。
 龍人ヒタラウカにとって、彼女はまだまだ若く美しい娘に見える。
 初めて会った時の衝撃はまだ記憶に新しく、海に溶けた彼女の青の近くを泳げる喜びは日々深みを増している。
 イゥヤは喜び舞い上がっているヒタラウカを置いてすいすい群れに戻っていった。
 ヒタラウカはその海に溶けるような尾鰭を見てまた幸せな気持ちに浸る。
 イゥヤに出会ってからというもの、ヒタラウカにとって新しい発見ばかりの毎日だ。
 日が出て落ちるまでのことを一日と数えることも彼女と出会うまでハッキリと意識したことはないが、今は違う。
 毎日毎日、同じようで違っていることが今の彼にはよくわかった。
 付かず離れず彼女が所属する群れに付いていく。
 ヒタラウカの役目は世界の海を駆けることだ。
 役目を三度終えた彼は、もちろんこの海域も三度は通っている。
 しかしその時はきっとこんなにものんびりと泳いでいなかっただろう。
 いや、のんびりと泳いだところで気付かなかったに違いない。
 海がキラキラと輝いている。
 沢山の生き物たちが生きている。
 そんな中を、イゥヤたち魚人たちがすいすいと泳ぎ、狩りをして、時に大型の魚に襲われて必死に生きている。
 一度、手助けしようと龍の姿をとって大型の魚を追い払った時は怒られた。
 龍の姿は大きすぎて、急に変身した余波で彼女たちの群れを崩してしまったのだ。
 幸い散り散りになった魚人たちを探すのにはそれほど時間はかからなかったのだが、イゥヤたちは全員が無事とわかるまで暗い顔で、時には泣き、ヒタラウカを罵倒し責めもした。
 一日も経っていないはずなのに、その時間は恐ろしく長く感じた。
 いつも優しい彼女たちの怒りを受けて、今後は役目の時も魚人や魚たちの群れを無闇に泳がないようにしなければとヒタラウカは心に誓った。
 小さいものに気を使って駆けるのは非常に神経を使い、役目を終えるのに時間が掛かって大変だろうとも思ったが、イゥヤを含めた誰かが悲しむ姿は見たくも想像したくもないという気持ちの方が強かった。

「若様、水の噂でわたしたちは龍人様と番になるものは精霊様や魔人たちのように魔力の強い者だと聞いたことがあります。どうして魚人、イゥヤなのでしょう。彼女よりももっと若く、魔力も高く、御しやすい者もわたしたちの群れにはいます。他の群れにももちろんいるでしょう。恐れながらイゥヤは過去の不幸な出来事から番いを持つことを恐れております。どうかイゥヤのことはお忘れください」

 時折群れから離れて、ヒタラウカにそっと恐る恐る話しかけてくる魚人がいた。
 イゥヤの事を諦めてくれないかと聞いてくる魚人たちに、ヒタラウカは笑って答える。

「確かに、精霊の方が龍に近く、魚人よりも魔人の方が魔力も高く強い。過去魚人を番に迎えた龍人はいない。イゥヤより魔力の高い魚人も多くいる。彼女は若くないと君たちは言うが、それがどうした。私にはイゥヤが一番輝き、美しく見える。理由なんてそれで十分ではないか。そもそも私はまだ大してイゥヤの事を知らない。私は彼女をもっと知りたい。彼女ともっと一緒に居たい。彼女にもっと近く寄り添いたい。彼女ともっと仲良くなりたいと思っているだけだ。心配しなくともイゥヤに無体な真似はしないし、するつもりもない」

 愛おしいとは思っている。ゆくゆくはとも思っている。しかし今すぐ番をとは考えていない。
 ヒタラウカの知る限り、水の噂の元も知っているがそもそも龍人の中でも番を得た者は数少ない。
 だから別に急がなくてもいいと思っている。

「それでは駄目です若様。イゥヤは振り向きません。イゥヤは待てません」

 魚人はヒタラウカとイゥヤが番になることを望んでいるのか、望んでいないのか、よくわからない。
 皆揃って残念だと言うが、どこがどう駄目なのかは教えてくれない。

「イゥヤ、私は君と話がしたいんだ。毎日少しでいいから一緒に話をしよう。君の美しい青が広がる海で、君の話が聞きたいんだ。仕事熱心で、群れを守るためにいつも一生懸命に海を泳ぎまわる君。小さい子が苦手なのか、少し距離を置いている君。肉よりも海藻の方が好きで、食べるより触れて戯れる瞬間の方が好きな君。わたしと目を合わせた時に眉間にしわを寄せた君。口を可愛らしく尖らせた君。今日の君は眉間にしわのない君だった。今は見ないが前の君は目も眉も吊り上がっていた。まだまだ私の知らない君は沢山いるだろう。もっと君を教えて欲しい。もっと君を知りたい。もっと君と一緒にいたい。もっと君と―――」

 毎日、飽きずに話しかけるヒタラウカは毎日ささやかに変化するイゥヤのその顔を見るだけでも満足していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...