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龍人ヒタラウカ
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「イゥヤイゥヤ。今日は私と一緒に過ごせる時間はないか?」
「仕事よ仕事。邪魔をしないで」
「残念だ。魚人は毎日とても忙しいのだな。身体を壊さないか心配だ」
今日も今日とてヒタラウカは愛しのイゥヤに会いに来ていた。
「じゃあまた近くを泳いでいていいか?」
「邪魔、しないのならいいわ」
ヒタラウカは嬉しくて嬉しくてぐるぐると辺りを泳ぎまわった。
そんなヒタラウカをイゥヤは呆れ交じりの目見ている。
それだけでヒタラウカはまた嬉しくなってにまにまと笑みが零れる。
イゥヤは美しい青を持った娘だ。
龍人ヒタラウカにとって、彼女はまだまだ若く美しい娘に見える。
初めて会った時の衝撃はまだ記憶に新しく、海に溶けた彼女の青の近くを泳げる喜びは日々深みを増している。
イゥヤは喜び舞い上がっているヒタラウカを置いてすいすい群れに戻っていった。
ヒタラウカはその海に溶けるような尾鰭を見てまた幸せな気持ちに浸る。
イゥヤに出会ってからというもの、ヒタラウカにとって新しい発見ばかりの毎日だ。
日が出て落ちるまでのことを一日と数えることも彼女と出会うまでハッキリと意識したことはないが、今は違う。
毎日毎日、同じようで違っていることが今の彼にはよくわかった。
付かず離れず彼女が所属する群れに付いていく。
ヒタラウカの役目は世界の海を駆けることだ。
役目を三度終えた彼は、もちろんこの海域も三度は通っている。
しかしその時はきっとこんなにものんびりと泳いでいなかっただろう。
いや、のんびりと泳いだところで気付かなかったに違いない。
海がキラキラと輝いている。
沢山の生き物たちが生きている。
そんな中を、イゥヤたち魚人たちがすいすいと泳ぎ、狩りをして、時に大型の魚に襲われて必死に生きている。
一度、手助けしようと龍の姿をとって大型の魚を追い払った時は怒られた。
龍の姿は大きすぎて、急に変身した余波で彼女たちの群れを崩してしまったのだ。
幸い散り散りになった魚人たちを探すのにはそれほど時間はかからなかったのだが、イゥヤたちは全員が無事とわかるまで暗い顔で、時には泣き、ヒタラウカを罵倒し責めもした。
一日も経っていないはずなのに、その時間は恐ろしく長く感じた。
いつも優しい彼女たちの怒りを受けて、今後は役目の時も魚人や魚たちの群れを無闇に泳がないようにしなければとヒタラウカは心に誓った。
小さいものに気を使って駆けるのは非常に神経を使い、役目を終えるのに時間が掛かって大変だろうとも思ったが、イゥヤを含めた誰かが悲しむ姿は見たくも想像したくもないという気持ちの方が強かった。
「若様、水の噂でわたしたちは龍人様と番になるものは精霊様や魔人たちのように魔力の強い者だと聞いたことがあります。どうして魚人、イゥヤなのでしょう。彼女よりももっと若く、魔力も高く、御しやすい者もわたしたちの群れにはいます。他の群れにももちろんいるでしょう。恐れながらイゥヤは過去の不幸な出来事から番いを持つことを恐れております。どうかイゥヤのことはお忘れください」
時折群れから離れて、ヒタラウカにそっと恐る恐る話しかけてくる魚人がいた。
イゥヤの事を諦めてくれないかと聞いてくる魚人たちに、ヒタラウカは笑って答える。
「確かに、精霊の方が龍に近く、魚人よりも魔人の方が魔力も高く強い。過去魚人を番に迎えた龍人はいない。イゥヤより魔力の高い魚人も多くいる。彼女は若くないと君たちは言うが、それがどうした。私にはイゥヤが一番輝き、美しく見える。理由なんてそれで十分ではないか。そもそも私はまだ大してイゥヤの事を知らない。私は彼女をもっと知りたい。彼女ともっと一緒に居たい。彼女にもっと近く寄り添いたい。彼女ともっと仲良くなりたいと思っているだけだ。心配しなくともイゥヤに無体な真似はしないし、するつもりもない」
愛おしいとは思っている。ゆくゆくはとも思っている。しかし今すぐ番をとは考えていない。
ヒタラウカの知る限り、水の噂の元も知っているがそもそも龍人の中でも番を得た者は数少ない。
だから別に急がなくてもいいと思っている。
「それでは駄目です若様。イゥヤは振り向きません。イゥヤは待てません」
魚人はヒタラウカとイゥヤが番になることを望んでいるのか、望んでいないのか、よくわからない。
皆揃って残念だと言うが、どこがどう駄目なのかは教えてくれない。
「イゥヤ、私は君と話がしたいんだ。毎日少しでいいから一緒に話をしよう。君の美しい青が広がる海で、君の話が聞きたいんだ。仕事熱心で、群れを守るためにいつも一生懸命に海を泳ぎまわる君。小さい子が苦手なのか、少し距離を置いている君。肉よりも海藻の方が好きで、食べるより触れて戯れる瞬間の方が好きな君。わたしと目を合わせた時に眉間にしわを寄せた君。口を可愛らしく尖らせた君。今日の君は眉間にしわのない君だった。今は見ないが前の君は目も眉も吊り上がっていた。まだまだ私の知らない君は沢山いるだろう。もっと君を教えて欲しい。もっと君を知りたい。もっと君と一緒にいたい。もっと君と―――」
毎日、飽きずに話しかけるヒタラウカは毎日ささやかに変化するイゥヤのその顔を見るだけでも満足していた。
「仕事よ仕事。邪魔をしないで」
「残念だ。魚人は毎日とても忙しいのだな。身体を壊さないか心配だ」
今日も今日とてヒタラウカは愛しのイゥヤに会いに来ていた。
「じゃあまた近くを泳いでいていいか?」
「邪魔、しないのならいいわ」
ヒタラウカは嬉しくて嬉しくてぐるぐると辺りを泳ぎまわった。
そんなヒタラウカをイゥヤは呆れ交じりの目見ている。
それだけでヒタラウカはまた嬉しくなってにまにまと笑みが零れる。
イゥヤは美しい青を持った娘だ。
龍人ヒタラウカにとって、彼女はまだまだ若く美しい娘に見える。
初めて会った時の衝撃はまだ記憶に新しく、海に溶けた彼女の青の近くを泳げる喜びは日々深みを増している。
イゥヤは喜び舞い上がっているヒタラウカを置いてすいすい群れに戻っていった。
ヒタラウカはその海に溶けるような尾鰭を見てまた幸せな気持ちに浸る。
イゥヤに出会ってからというもの、ヒタラウカにとって新しい発見ばかりの毎日だ。
日が出て落ちるまでのことを一日と数えることも彼女と出会うまでハッキリと意識したことはないが、今は違う。
毎日毎日、同じようで違っていることが今の彼にはよくわかった。
付かず離れず彼女が所属する群れに付いていく。
ヒタラウカの役目は世界の海を駆けることだ。
役目を三度終えた彼は、もちろんこの海域も三度は通っている。
しかしその時はきっとこんなにものんびりと泳いでいなかっただろう。
いや、のんびりと泳いだところで気付かなかったに違いない。
海がキラキラと輝いている。
沢山の生き物たちが生きている。
そんな中を、イゥヤたち魚人たちがすいすいと泳ぎ、狩りをして、時に大型の魚に襲われて必死に生きている。
一度、手助けしようと龍の姿をとって大型の魚を追い払った時は怒られた。
龍の姿は大きすぎて、急に変身した余波で彼女たちの群れを崩してしまったのだ。
幸い散り散りになった魚人たちを探すのにはそれほど時間はかからなかったのだが、イゥヤたちは全員が無事とわかるまで暗い顔で、時には泣き、ヒタラウカを罵倒し責めもした。
一日も経っていないはずなのに、その時間は恐ろしく長く感じた。
いつも優しい彼女たちの怒りを受けて、今後は役目の時も魚人や魚たちの群れを無闇に泳がないようにしなければとヒタラウカは心に誓った。
小さいものに気を使って駆けるのは非常に神経を使い、役目を終えるのに時間が掛かって大変だろうとも思ったが、イゥヤを含めた誰かが悲しむ姿は見たくも想像したくもないという気持ちの方が強かった。
「若様、水の噂でわたしたちは龍人様と番になるものは精霊様や魔人たちのように魔力の強い者だと聞いたことがあります。どうして魚人、イゥヤなのでしょう。彼女よりももっと若く、魔力も高く、御しやすい者もわたしたちの群れにはいます。他の群れにももちろんいるでしょう。恐れながらイゥヤは過去の不幸な出来事から番いを持つことを恐れております。どうかイゥヤのことはお忘れください」
時折群れから離れて、ヒタラウカにそっと恐る恐る話しかけてくる魚人がいた。
イゥヤの事を諦めてくれないかと聞いてくる魚人たちに、ヒタラウカは笑って答える。
「確かに、精霊の方が龍に近く、魚人よりも魔人の方が魔力も高く強い。過去魚人を番に迎えた龍人はいない。イゥヤより魔力の高い魚人も多くいる。彼女は若くないと君たちは言うが、それがどうした。私にはイゥヤが一番輝き、美しく見える。理由なんてそれで十分ではないか。そもそも私はまだ大してイゥヤの事を知らない。私は彼女をもっと知りたい。彼女ともっと一緒に居たい。彼女にもっと近く寄り添いたい。彼女ともっと仲良くなりたいと思っているだけだ。心配しなくともイゥヤに無体な真似はしないし、するつもりもない」
愛おしいとは思っている。ゆくゆくはとも思っている。しかし今すぐ番をとは考えていない。
ヒタラウカの知る限り、水の噂の元も知っているがそもそも龍人の中でも番を得た者は数少ない。
だから別に急がなくてもいいと思っている。
「それでは駄目です若様。イゥヤは振り向きません。イゥヤは待てません」
魚人はヒタラウカとイゥヤが番になることを望んでいるのか、望んでいないのか、よくわからない。
皆揃って残念だと言うが、どこがどう駄目なのかは教えてくれない。
「イゥヤ、私は君と話がしたいんだ。毎日少しでいいから一緒に話をしよう。君の美しい青が広がる海で、君の話が聞きたいんだ。仕事熱心で、群れを守るためにいつも一生懸命に海を泳ぎまわる君。小さい子が苦手なのか、少し距離を置いている君。肉よりも海藻の方が好きで、食べるより触れて戯れる瞬間の方が好きな君。わたしと目を合わせた時に眉間にしわを寄せた君。口を可愛らしく尖らせた君。今日の君は眉間にしわのない君だった。今は見ないが前の君は目も眉も吊り上がっていた。まだまだ私の知らない君は沢山いるだろう。もっと君を教えて欲しい。もっと君を知りたい。もっと君と一緒にいたい。もっと君と―――」
毎日、飽きずに話しかけるヒタラウカは毎日ささやかに変化するイゥヤのその顔を見るだけでも満足していた。
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