突然結婚したわたしの話

あせき

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梶塚家にご挨拶2

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 そう。
 記憶は朧気なものの、わたしの両親には梶塚くんの導きで既に挨拶を終えている。
 けれど、梶塚くんのご家族にわたしはまだ挨拶をしていない。
 三日も前に結婚したというのにだ。

「……祥子さん」
「ひえっ!かかかかかじつかくっ!」

 不意に耳元で話しかけてきた梶塚くんに動揺する。
 こんな至近距離に他人の顔があるという状況になるのは数えるほどしかない。
 そのうちの一回はつい昨夜のことで、先ほどまで回想していたためかつい連鎖的にそんな恥ずかしいことを思い出してしまい顔に熱が集まる。
 上擦る声を止めたのはわたしの耳に向かって来た吐息混じりの声。

「いくま」
「~~~~っ」
「ちゃんと郁真って、呼んでください」
「わわわわわかったから!わかってるから!ちょっと離れて!」

 別にわざと息を吹きかけられているわけでもなく、ただかじ……郁真くんは自分の要望を口にしているだけだと言うのに、耳に掛かってしまう吐息やらなにやらがなんだか変に恥ずかしく、こそばゆく、変な声が出てしまいそうになる。
 郁真くんはおとなしく離れてくれたというのに、わたしは未だぞわぞわしている自分の耳を押さえて呼吸を整えているという状態がとても恥ずかしく悔しい。

「別に気にしなくて大丈夫ですよ。あ、名前のことじゃなくて挨拶のことですからね?名前はちゃんと郁真って呼んでくださいね?」
「わ、わかってるわ……郁真くん」
「はい」

 名前を呼ぶと嬉しそうににこにこと笑う梶塚くんの笑顔が眩しく感じる。
 漫画とかの表現だけかと思ったけれど現実にも眩しい笑顔は存在するみたい。

「でも、気にしないのは無理よ……」

 なにせ、二十歳も年の離れた、しかも元担任だ。
 それがお宅の息子さんと結婚させていただきましたなんて……付き合ってもないし、予告もなく、卒業したら突然結婚したのだ。いったい何があって、なんでそうなったと責められてもおかしくはない。
 申し訳ないやら恥ずかしいやら申し訳ない気持ちやらが溢れてどうにかなりそうだ。

「父は知ってますよ。前から、証人欄書いて貰う時にも祥子さんと結婚するって言いましたし」
「そうだけど……」

 ……なにか今、聞き捨てならないなにかを聞いた気もするけれど気のせいだろうか。
 確かに婚姻届けの証人欄には郁真くんの父親の名前が記載されていた。
 だからこそ、余計きちんと挨拶しなければならないと思っている。
 まだ未成年の子供が通っていた学校の教師、しかも一時は担任であったわたしと結婚したいと父親に伝えた時の反応はとてもじゃないが想像できない。
 絶対に、間違いなく、反対されたはずだ。
 もしかしなくとも悪い女(わたし)に騙されているんじゃないかとか、ものすごく心配されているはずだ。
 しかもその悪い女(わたし)は三者面談だってした面識ある教師。
 三者面談の場で「これからもよろしくお願いします」と言ったのはそんな意味ではなかったと言われても正にその通りで、わたし自身欠片もそんなことは思ってなかった。しかし現実こうなってしまったため黙って頭を下げるしかない。
 わたしに対するなにかとんでもない誤解――例えば校内での不特定多数の生徒に対する不純異性交遊だとか、したことはないしするつもりのないようなことの邪推など――さえなければ、どんな暴言も受け止める覚悟をした上で会わなければ失礼だろう。
 それは郁真くんの家族に対してだけでなく、郁真くん自身にだって思うことだ。
 絶対に、確実に反対されていたであろう婚姻に対して、父親をどう説得したのかを彼は詳しく教えてくれない。
 わたしを心配させまいとしているのか「普通に頼んで、普通に署名してもらいましたよ」なんて言っているけれど、そんなことは無いはずだ。
 それでも郁真くんは、特に取柄なんてないわたしなんかと結婚したいと望んで、こうして今隣にいてくれている。

「ちゃんと挨拶して……わたしを認めてもらわないと……」

 郁真くんにも、ご家族の方にも、きちんと挨拶をして後悔させないように、この結婚に対して、わたしに対して、大人として、できる限り尽し、責任を取らなければならない。
 あの時、プロポーズをしてもらった時、責任を取ってもらうと言ったがとんでもない。
 冷静に考えれば考えるほど、大人であるわたしが全責任を負うべき問題なのだ。
 いくら動揺して混乱していたとしても、結婚なんて人生の重大な分岐点をあの一瞬で決めてしまった責任は大きく、重い。

「大丈夫ですよ祥子さん」

 にこにこと笑う郁真くんに、肩をぽんと軽く叩かれ一枚の紙を見せつけられる。

「こうして戸籍にも書いてあるじゃないですか。もう誰か個人が認めようと認めまいと関係ないんですよ。だって国が承認してますから。それにそもそも何度も言ってますがうちの父にも証人になってもらってるんです。もう祥子さんは認められてるんです。だからそんなに気を負わなくたっていいんですよ」
「そんなこと言ったって……」

 ……というか、どうして戸籍謄本を持ち歩いているんだろう?
 昨日から不思議に思いながらも、聞きそびれてしまった。

「……祥子さん、今日はやめておきますか?」
「ふわっ!」

 そっと手を掬われ、優しく握られたその手をもう片方の手でこれまたそっと撫でられて、びっくりしたのだ。
 いや、びっくりというか、ぞわっというか、なんと言うか、とにかく驚いて戸惑っている間ににこやかな笑顔から一転、眉を下げて心配そうに見つめてくる梶塚くんの視線に思考が霧散したのだ。

「本当に、うちの家族のことなら大丈夫ですから。いつ挨拶したって平気です。むしろ、もう少し後のほうがお互いにいいと思います。なにしろ急な話でしたからね。祥子さんだってまだ色々と落ち着いてないじゃないですか。俺も、できればうちの家族と会う時間を作るより祥子さんと二人の時間を楽しみたいです。なんと言っても新婚ですよ?許されると思いませんか?許されますよね?それにまだ色々と二人で話し足りないと思いませんか?今後のことについてゆっくり、二人で。せっかくの休日ですよ?それに久々の全休でしたよね?やっぱり後日の方がいいと思うんです。祥子さんもお疲れでしょう?あ、そうだ。家に帰ったら俺、マッサージしますよ。祥子さん、どうですか?いいですか?」
「えっ、あ、う、あのっ、かじ」

「あ――、あ~、ごほんっ」

「!」
「チッ」

 わざとらしい咳払いが聞こえ、顔を向けるとそこには美少女が立っていた。
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