2 / 15
梶塚家にご挨拶2
しおりを挟む
そう。
記憶は朧気なものの、わたしの両親には梶塚くんの導きで既に挨拶を終えている。
けれど、梶塚くんのご家族にわたしはまだ挨拶をしていない。
三日も前に結婚したというのにだ。
「……祥子さん」
「ひえっ!かかかかかじつかくっ!」
不意に耳元で話しかけてきた梶塚くんに動揺する。
こんな至近距離に他人の顔があるという状況になるのは数えるほどしかない。
そのうちの一回はつい昨夜のことで、先ほどまで回想していたためかつい連鎖的にそんな恥ずかしいことを思い出してしまい顔に熱が集まる。
上擦る声を止めたのはわたしの耳に向かって来た吐息混じりの声。
「いくま」
「~~~~っ」
「ちゃんと郁真って、呼んでください」
「わわわわわかったから!わかってるから!ちょっと離れて!」
別にわざと息を吹きかけられているわけでもなく、ただかじ……郁真くんは自分の要望を口にしているだけだと言うのに、耳に掛かってしまう吐息やらなにやらがなんだか変に恥ずかしく、こそばゆく、変な声が出てしまいそうになる。
郁真くんはおとなしく離れてくれたというのに、わたしは未だぞわぞわしている自分の耳を押さえて呼吸を整えているという状態がとても恥ずかしく悔しい。
「別に気にしなくて大丈夫ですよ。あ、名前のことじゃなくて挨拶のことですからね?名前はちゃんと郁真って呼んでくださいね?」
「わ、わかってるわ……郁真くん」
「はい」
名前を呼ぶと嬉しそうににこにこと笑う梶塚くんの笑顔が眩しく感じる。
漫画とかの表現だけかと思ったけれど現実にも眩しい笑顔は存在するみたい。
「でも、気にしないのは無理よ……」
なにせ、二十歳も年の離れた、しかも元担任だ。
それがお宅の息子さんと結婚させていただきましたなんて……付き合ってもないし、予告もなく、卒業したら突然結婚したのだ。いったい何があって、なんでそうなったと責められてもおかしくはない。
申し訳ないやら恥ずかしいやら申し訳ない気持ちやらが溢れてどうにかなりそうだ。
「父は知ってますよ。前から、証人欄書いて貰う時にも祥子さんと結婚するって言いましたし」
「そうだけど……」
……なにか今、聞き捨てならないなにかを聞いた気もするけれど気のせいだろうか。
確かに婚姻届けの証人欄には郁真くんの父親の名前が記載されていた。
だからこそ、余計きちんと挨拶しなければならないと思っている。
まだ未成年の子供が通っていた学校の教師、しかも一時は担任であったわたしと結婚したいと父親に伝えた時の反応はとてもじゃないが想像できない。
絶対に、間違いなく、反対されたはずだ。
もしかしなくとも悪い女(わたし)に騙されているんじゃないかとか、ものすごく心配されているはずだ。
しかもその悪い女(わたし)は三者面談だってした面識ある教師。
三者面談の場で「これからもよろしくお願いします」と言ったのはそんな意味ではなかったと言われても正にその通りで、わたし自身欠片もそんなことは思ってなかった。しかし現実こうなってしまったため黙って頭を下げるしかない。
わたしに対するなにかとんでもない誤解――例えば校内での不特定多数の生徒に対する不純異性交遊だとか、したことはないしするつもりのないようなことの邪推など――さえなければ、どんな暴言も受け止める覚悟をした上で会わなければ失礼だろう。
それは郁真くんの家族に対してだけでなく、郁真くん自身にだって思うことだ。
絶対に、確実に反対されていたであろう婚姻に対して、父親をどう説得したのかを彼は詳しく教えてくれない。
わたしを心配させまいとしているのか「普通に頼んで、普通に署名してもらいましたよ」なんて言っているけれど、そんなことは無いはずだ。
それでも郁真くんは、特に取柄なんてないわたしなんかと結婚したいと望んで、こうして今隣にいてくれている。
「ちゃんと挨拶して……わたしを認めてもらわないと……」
郁真くんにも、ご家族の方にも、きちんと挨拶をして後悔させないように、この結婚に対して、わたしに対して、大人として、できる限り尽し、責任を取らなければならない。
あの時、プロポーズをしてもらった時、責任を取ってもらうと言ったがとんでもない。
冷静に考えれば考えるほど、大人であるわたしが全責任を負うべき問題なのだ。
いくら動揺して混乱していたとしても、結婚なんて人生の重大な分岐点をあの一瞬で決めてしまった責任は大きく、重い。
「大丈夫ですよ祥子さん」
にこにこと笑う郁真くんに、肩をぽんと軽く叩かれ一枚の紙を見せつけられる。
「こうして戸籍にも書いてあるじゃないですか。もう誰か個人が認めようと認めまいと関係ないんですよ。だって国が承認してますから。それにそもそも何度も言ってますがうちの父にも証人になってもらってるんです。もう祥子さんは認められてるんです。だからそんなに気を負わなくたっていいんですよ」
「そんなこと言ったって……」
……というか、どうして戸籍謄本を持ち歩いているんだろう?
昨日から不思議に思いながらも、聞きそびれてしまった。
「……祥子さん、今日はやめておきますか?」
「ふわっ!」
そっと手を掬われ、優しく握られたその手をもう片方の手でこれまたそっと撫でられて、びっくりしたのだ。
いや、びっくりというか、ぞわっというか、なんと言うか、とにかく驚いて戸惑っている間ににこやかな笑顔から一転、眉を下げて心配そうに見つめてくる梶塚くんの視線に思考が霧散したのだ。
「本当に、うちの家族のことなら大丈夫ですから。いつ挨拶したって平気です。むしろ、もう少し後のほうがお互いにいいと思います。なにしろ急な話でしたからね。祥子さんだってまだ色々と落ち着いてないじゃないですか。俺も、できればうちの家族と会う時間を作るより祥子さんと二人の時間を楽しみたいです。なんと言っても新婚ですよ?許されると思いませんか?許されますよね?それにまだ色々と二人で話し足りないと思いませんか?今後のことについてゆっくり、二人で。せっかくの休日ですよ?それに久々の全休でしたよね?やっぱり後日の方がいいと思うんです。祥子さんもお疲れでしょう?あ、そうだ。家に帰ったら俺、マッサージしますよ。祥子さん、どうですか?いいですか?」
「えっ、あ、う、あのっ、かじ」
「あ――、あ~、ごほんっ」
「!」
「チッ」
わざとらしい咳払いが聞こえ、顔を向けるとそこには美少女が立っていた。
記憶は朧気なものの、わたしの両親には梶塚くんの導きで既に挨拶を終えている。
けれど、梶塚くんのご家族にわたしはまだ挨拶をしていない。
三日も前に結婚したというのにだ。
「……祥子さん」
「ひえっ!かかかかかじつかくっ!」
不意に耳元で話しかけてきた梶塚くんに動揺する。
こんな至近距離に他人の顔があるという状況になるのは数えるほどしかない。
そのうちの一回はつい昨夜のことで、先ほどまで回想していたためかつい連鎖的にそんな恥ずかしいことを思い出してしまい顔に熱が集まる。
上擦る声を止めたのはわたしの耳に向かって来た吐息混じりの声。
「いくま」
「~~~~っ」
「ちゃんと郁真って、呼んでください」
「わわわわわかったから!わかってるから!ちょっと離れて!」
別にわざと息を吹きかけられているわけでもなく、ただかじ……郁真くんは自分の要望を口にしているだけだと言うのに、耳に掛かってしまう吐息やらなにやらがなんだか変に恥ずかしく、こそばゆく、変な声が出てしまいそうになる。
郁真くんはおとなしく離れてくれたというのに、わたしは未だぞわぞわしている自分の耳を押さえて呼吸を整えているという状態がとても恥ずかしく悔しい。
「別に気にしなくて大丈夫ですよ。あ、名前のことじゃなくて挨拶のことですからね?名前はちゃんと郁真って呼んでくださいね?」
「わ、わかってるわ……郁真くん」
「はい」
名前を呼ぶと嬉しそうににこにこと笑う梶塚くんの笑顔が眩しく感じる。
漫画とかの表現だけかと思ったけれど現実にも眩しい笑顔は存在するみたい。
「でも、気にしないのは無理よ……」
なにせ、二十歳も年の離れた、しかも元担任だ。
それがお宅の息子さんと結婚させていただきましたなんて……付き合ってもないし、予告もなく、卒業したら突然結婚したのだ。いったい何があって、なんでそうなったと責められてもおかしくはない。
申し訳ないやら恥ずかしいやら申し訳ない気持ちやらが溢れてどうにかなりそうだ。
「父は知ってますよ。前から、証人欄書いて貰う時にも祥子さんと結婚するって言いましたし」
「そうだけど……」
……なにか今、聞き捨てならないなにかを聞いた気もするけれど気のせいだろうか。
確かに婚姻届けの証人欄には郁真くんの父親の名前が記載されていた。
だからこそ、余計きちんと挨拶しなければならないと思っている。
まだ未成年の子供が通っていた学校の教師、しかも一時は担任であったわたしと結婚したいと父親に伝えた時の反応はとてもじゃないが想像できない。
絶対に、間違いなく、反対されたはずだ。
もしかしなくとも悪い女(わたし)に騙されているんじゃないかとか、ものすごく心配されているはずだ。
しかもその悪い女(わたし)は三者面談だってした面識ある教師。
三者面談の場で「これからもよろしくお願いします」と言ったのはそんな意味ではなかったと言われても正にその通りで、わたし自身欠片もそんなことは思ってなかった。しかし現実こうなってしまったため黙って頭を下げるしかない。
わたしに対するなにかとんでもない誤解――例えば校内での不特定多数の生徒に対する不純異性交遊だとか、したことはないしするつもりのないようなことの邪推など――さえなければ、どんな暴言も受け止める覚悟をした上で会わなければ失礼だろう。
それは郁真くんの家族に対してだけでなく、郁真くん自身にだって思うことだ。
絶対に、確実に反対されていたであろう婚姻に対して、父親をどう説得したのかを彼は詳しく教えてくれない。
わたしを心配させまいとしているのか「普通に頼んで、普通に署名してもらいましたよ」なんて言っているけれど、そんなことは無いはずだ。
それでも郁真くんは、特に取柄なんてないわたしなんかと結婚したいと望んで、こうして今隣にいてくれている。
「ちゃんと挨拶して……わたしを認めてもらわないと……」
郁真くんにも、ご家族の方にも、きちんと挨拶をして後悔させないように、この結婚に対して、わたしに対して、大人として、できる限り尽し、責任を取らなければならない。
あの時、プロポーズをしてもらった時、責任を取ってもらうと言ったがとんでもない。
冷静に考えれば考えるほど、大人であるわたしが全責任を負うべき問題なのだ。
いくら動揺して混乱していたとしても、結婚なんて人生の重大な分岐点をあの一瞬で決めてしまった責任は大きく、重い。
「大丈夫ですよ祥子さん」
にこにこと笑う郁真くんに、肩をぽんと軽く叩かれ一枚の紙を見せつけられる。
「こうして戸籍にも書いてあるじゃないですか。もう誰か個人が認めようと認めまいと関係ないんですよ。だって国が承認してますから。それにそもそも何度も言ってますがうちの父にも証人になってもらってるんです。もう祥子さんは認められてるんです。だからそんなに気を負わなくたっていいんですよ」
「そんなこと言ったって……」
……というか、どうして戸籍謄本を持ち歩いているんだろう?
昨日から不思議に思いながらも、聞きそびれてしまった。
「……祥子さん、今日はやめておきますか?」
「ふわっ!」
そっと手を掬われ、優しく握られたその手をもう片方の手でこれまたそっと撫でられて、びっくりしたのだ。
いや、びっくりというか、ぞわっというか、なんと言うか、とにかく驚いて戸惑っている間ににこやかな笑顔から一転、眉を下げて心配そうに見つめてくる梶塚くんの視線に思考が霧散したのだ。
「本当に、うちの家族のことなら大丈夫ですから。いつ挨拶したって平気です。むしろ、もう少し後のほうがお互いにいいと思います。なにしろ急な話でしたからね。祥子さんだってまだ色々と落ち着いてないじゃないですか。俺も、できればうちの家族と会う時間を作るより祥子さんと二人の時間を楽しみたいです。なんと言っても新婚ですよ?許されると思いませんか?許されますよね?それにまだ色々と二人で話し足りないと思いませんか?今後のことについてゆっくり、二人で。せっかくの休日ですよ?それに久々の全休でしたよね?やっぱり後日の方がいいと思うんです。祥子さんもお疲れでしょう?あ、そうだ。家に帰ったら俺、マッサージしますよ。祥子さん、どうですか?いいですか?」
「えっ、あ、う、あのっ、かじ」
「あ――、あ~、ごほんっ」
「!」
「チッ」
わざとらしい咳払いが聞こえ、顔を向けるとそこには美少女が立っていた。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる