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梶塚家にご挨拶4
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郁真くんは――梶塚家は父子家庭だ。
それがいつからなのかなどというデリケートな話はまだ聞いていない。
風の噂好きの同僚絵美里先生によると、事故死で死別してから十年以上。ついでに言えば梶塚家の後妻に納まりたい人もかなりいるそうだがまだいないらしい。
年齢はなんとわたしと二歳違いという郁真くんのお父さんはつまり、長い間男手一つで郁真くんと幸音さんを育ててきた人だ。
きっと、恐らく、それはそれは手塩にかけて育ててきただろうことは伺える。
いつの日か行った三者面談の場でも思ったものだ。
わたしとたった二歳違いだとは思えないほど大人だと。
クラスメイトからも教師陣からも当たり障りのない評価を得ている子供がいて、進路についてはその子供の意思を尊重する。そう言い切り、子供ではなくむしろ教師であるわたしの心配をしているくらい子供――郁真くんのことを信頼していた姿がとても眩しく見えたのを覚えている。
他の家族とはまた違う、太く硬い、他人には入り込めない絆が見えたような気がした。
いい家族だなと、感心していた過去の自分に教えてあげたい。
その家族の輪に、お邪魔せざるを得ない状況が訪れることを。
「はっ……初めましてか、金森祥子ですっ、この度は誠にもうすわけありません!」
「祥子さん落ち着いてください。父に会うのは初めてではないでしょう」
――開口一番酷い失態……しかも噛んだ。
郁真くんに手を引かれ、居間まで案内されて、ついに郁真くんのお父さんを前にしてすぐ、頭を深々と下げながら言ってしまった発言を取り消したい。
しかもブツブツと小声で何度も練習していた時点から挨拶を間違えていたことが発覚。
あまりの恥ずかしさに顔を上げられない。いっそ泣きたい。無理だけど。
そんなわたしの肩をそっと叩いて、郁真くんはわたしが最後まで悩んでいた部分にもツッコミを入れた。
「それにもう祥子さんは梶塚祥子ですよ?間違えないでください。ほら、ここにも書いてありますよ。あ、父さんたちも是非見てください。昨日ようやく手に入れたんです」
カサカサという乾いた紙の音と、心なしか弾んでいる郁真くんの声に慌てて顔を上げる。
「ちょ、ちょっと郁真くんまさかそれ見せるために持ってきてたの!?」
昨日も、先ほどの玄関前でも、広げて見せられた戸籍謄本はそのためだったのかと納得しそうなできないような展開に、しかし郁真くんは否定した。
「いいえ?でも、せっかくですから見てもらいましょうよ。今までは受理証明でしたからね。これで正式に、誰からも、なんの文句のつけられない夫婦になったんですよ?家族にも見届けてもらいたいじゃないですか」
「えっ」
――そ、そういうものなのかしら?
それとも、自分の父には既に二人で挨拶を済ませた後だからわたしは考え付かなかったのだろうか?
まぁ、しかしそういった理由もあって見せたいのなら、そもそも止めるようなことでもないかもしれないと思い直し、微妙に冷えた頭でわたしは改めて郁真くんのお父さんに向き直った。
「えっと、改めまして……すみません、ご挨拶が遅れまして……」
「……あっ、ああっ、いえ。こちらこそすみません祥子さん。うちの息子が……」
わたしがいろいろ言いたいことがあったはずなのに、うまく出て来ず言葉を濁していると、はっとしたように声を上げた郁真くんのお父さんがちらりと郁真くんを見ては視線を外し、見ては視線をさまよわせ、
「息子が……えー……、その……」
「立ち話もなんですから、座りましょう。祥子さん、こちらへどうぞ」
何か言いたげにしているところを、郁真くんが切り上げて、テーブルを囲うことになった。
それがいつからなのかなどというデリケートな話はまだ聞いていない。
風の噂好きの同僚絵美里先生によると、事故死で死別してから十年以上。ついでに言えば梶塚家の後妻に納まりたい人もかなりいるそうだがまだいないらしい。
年齢はなんとわたしと二歳違いという郁真くんのお父さんはつまり、長い間男手一つで郁真くんと幸音さんを育ててきた人だ。
きっと、恐らく、それはそれは手塩にかけて育ててきただろうことは伺える。
いつの日か行った三者面談の場でも思ったものだ。
わたしとたった二歳違いだとは思えないほど大人だと。
クラスメイトからも教師陣からも当たり障りのない評価を得ている子供がいて、進路についてはその子供の意思を尊重する。そう言い切り、子供ではなくむしろ教師であるわたしの心配をしているくらい子供――郁真くんのことを信頼していた姿がとても眩しく見えたのを覚えている。
他の家族とはまた違う、太く硬い、他人には入り込めない絆が見えたような気がした。
いい家族だなと、感心していた過去の自分に教えてあげたい。
その家族の輪に、お邪魔せざるを得ない状況が訪れることを。
「はっ……初めましてか、金森祥子ですっ、この度は誠にもうすわけありません!」
「祥子さん落ち着いてください。父に会うのは初めてではないでしょう」
――開口一番酷い失態……しかも噛んだ。
郁真くんに手を引かれ、居間まで案内されて、ついに郁真くんのお父さんを前にしてすぐ、頭を深々と下げながら言ってしまった発言を取り消したい。
しかもブツブツと小声で何度も練習していた時点から挨拶を間違えていたことが発覚。
あまりの恥ずかしさに顔を上げられない。いっそ泣きたい。無理だけど。
そんなわたしの肩をそっと叩いて、郁真くんはわたしが最後まで悩んでいた部分にもツッコミを入れた。
「それにもう祥子さんは梶塚祥子ですよ?間違えないでください。ほら、ここにも書いてありますよ。あ、父さんたちも是非見てください。昨日ようやく手に入れたんです」
カサカサという乾いた紙の音と、心なしか弾んでいる郁真くんの声に慌てて顔を上げる。
「ちょ、ちょっと郁真くんまさかそれ見せるために持ってきてたの!?」
昨日も、先ほどの玄関前でも、広げて見せられた戸籍謄本はそのためだったのかと納得しそうなできないような展開に、しかし郁真くんは否定した。
「いいえ?でも、せっかくですから見てもらいましょうよ。今までは受理証明でしたからね。これで正式に、誰からも、なんの文句のつけられない夫婦になったんですよ?家族にも見届けてもらいたいじゃないですか」
「えっ」
――そ、そういうものなのかしら?
それとも、自分の父には既に二人で挨拶を済ませた後だからわたしは考え付かなかったのだろうか?
まぁ、しかしそういった理由もあって見せたいのなら、そもそも止めるようなことでもないかもしれないと思い直し、微妙に冷えた頭でわたしは改めて郁真くんのお父さんに向き直った。
「えっと、改めまして……すみません、ご挨拶が遅れまして……」
「……あっ、ああっ、いえ。こちらこそすみません祥子さん。うちの息子が……」
わたしがいろいろ言いたいことがあったはずなのに、うまく出て来ず言葉を濁していると、はっとしたように声を上げた郁真くんのお父さんがちらりと郁真くんを見ては視線を外し、見ては視線をさまよわせ、
「息子が……えー……、その……」
「立ち話もなんですから、座りましょう。祥子さん、こちらへどうぞ」
何か言いたげにしているところを、郁真くんが切り上げて、テーブルを囲うことになった。
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