突然結婚したわたしの話

あせき

文字の大きさ
5 / 15

梶塚家にご挨拶5

しおりを挟む
 案内されたソファーに座り、隣には郁真くん。
 テーブルを挟んで向かいにはソファーとお揃いの椅子に腰かけた郁真くんのお父さん。

「……」
「……」

 そして迎える沈黙。
 
 わたしから切り出していいものなのか、少し窺ってみると郁真くんのお父さんと視線が合った。

「あ、その……」
「え、あっ……」

「「お、お先にどうぞ……」」

 完全に被さっているお互いの発言にどうすればいいのかと手に汗握っていると、隣から不意に声が掛けられた。

「祥子さん、そろそろ帰りますか?」
「……えっ?」

 ……また急に、なにを言っているのかしら郁真くんは。
 先ほど来たばかりで、席に着いたばかりで、まともな挨拶もなにもしていないというのに「帰る」という選択肢が出てきたことに驚いていると、郁真くんはにこやかに続けた。

「一応挨拶もしましたし、二人とも話したいことがあると言っていたのに黙ってるので、それだったら家でゆっくりしませんか?緊張のし過ぎで倒れないかと心配です。ここにはまた来ればいいだけですし、ね?」
「えっ……え、いや、待って郁真くんっ、それは……」

 にこにこと笑いながら言われた言葉に待ったを掛けると、少し寂しそうな、不満そうな顔を見せて「しょうがないですね」なんて困ったように言った。
 そしてまたすんと、どんな感情が込められているのかわかりにくい顔つきになって父親に向かった。

「で、父さん。祥子さんがせっかく来てくれたんですよ。折角の休日に。もう入学式も目前で日々忙しい中、久々の休日です。祥子さんに悪いと思うなら早く言ってくださいよ。なにを言うつもりだったんですか?」
「あ、ああ……すまない、父さんちょっと目がおかしくなってたみたいで……」

 眉間を軽く揉んだ後、わざとらしい咳払いを一つすると、郁真くんのお父さんは深く息を吸って吐いた。

「ふぅ……。えー、あの、すみません祥子さん。折角ご足労頂いたのに大したもてなしもできなくて」
「本当に失礼です。なんでまだお茶も用意してないんですか」
「……郁真は黙っているかお茶でも入れてきてくれないか?」
「なんで俺が?幸音、お願いします」
「えっ、わたしに振るの?まぁいいけど……」

 今更のように幸音さんが同じテーブルを囲っていたことを認識したわたしは、第一印象ってやっぱり当てにならないのだなと失礼ながら思った。
 静かに同じ席に着いていたことも、年頃の彼女にとっては兄の理不尽な命令とも取れそうな頼みに反発することなく大人しく従ったことも、意外に思ったからだ。
 ――仲、良いのかしら?
 先ほどとは真逆の感想を抱きながらその背中をつい見送っていると。再び聞こえた咳払いにピンと背筋を伸ばす。

「あー……すみません祥子さん」
「いえっ!わたしのことはお構いなく……」
「いえいえ、そういうわけには行きませんよ」
「きょ、恐縮です」

 ぺこりと頭を下げたわたしに、同じく頭を下げる郁真くんのお父さん。
 お互いにそのままお辞儀合戦を繰り広げつつの会話になってしまった。

「いえいえ本当に、そう畏まらないでください」
「いえそんな、その、この度のことは本当に申し訳なく、その、本当に申し訳ございません……」
「いえいえこちらこそ、うちの息子がご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ない」
「そんなっ、郁真くんには本当に良くしていただいていて……あの、郁真くん?」
「?」

 首を傾げるというちょっと可愛い仕草をする郁真くんに少しばかりきゅんと胸が高鳴った気がしたけれど、そんなことよりもだ。

「この手はなにかしら……?」

 何度目かの下げようとした頭を止めるように、郁真くんの掌がわたしの額に触れている。

「ああ、すみません、つい。……でも、別にお辞儀なんてしなくても会話はできるでしょう?父さんもいい加減にしてください。父さんが頭なんか下げるから可愛い祥子さんがつられちゃってるんですよ。そもそも話したかった事って今の会話で話せてます?さっさと本題に移ってください」
「ご、ごめんなさい……」

 確かに郁真くんの言う通りまるで話が進んでないし、折角のこの機会に言おうと思っていたこと、伝えたいことがなにも伝えられていない。
 途中なにかさらりと恥ずかしいことを言われた気もして、居たたまれなさから反射的に謝ると、郁真くんは一段と優しい声と笑顔で、わたしの額に掛かった少し乱れた髪を払いながら言う。

「祥子さんは良いんですよ祥子さんは。慣れない場所と人の目の前ですからね。でももう頭は下げないでくださいね。こんなくだらないことで祥子さんの首や腰になにかあったら大変ですから」
「わ、私だってそうなんだが……」
「父の威厳でどうにかしてください」
「ぐぅ……」
「な、なんだかすみません……」

 自分だけやけに特別扱い……いや、甘やかされているようで、年下の彼にそんな気遣われて、しかもその彼の親の前と言う恥ずかしさに恥ずかしさを上塗りしている状況に、郁真くんのお父さんへの申し訳なさと居たたまれなさが際立ち、ついまた口にした謝罪を郁真くんに指摘される。

「祥子さん、謝り癖が付いちゃいますよ。もっと堂々してください。なんといっても梶塚祥子になったんですからね。謝ることは何一つありません」
「え、そんなことは……」

 一連の流れには自分にも問題があったはずという漠然とした思いから否定しようとするが、言い淀んでいる間に郁真くんのお父さんに話が振られる。

「ねぇ父さん。祥子さんが謝ることなんて何一つないと思いませんか?そうですよね?」
「……そうだな。むしろお前が謝るべきだと父さんは思う」
「ほらね」
「え、えぇ……?」

 なんだかとても気を使われているのはわかるのだけれど、微妙に噛み合っていないような会話に困惑していると、 

「兄さんが三分ぐらい何も言わずに聞いてくれれば父さんも言いやすいんじゃない?」

 はいどうぞとお茶を持ってきてくれた幸音さんがそんなことを言いながら席に着いた。

「よし、それだ。郁真、今からなにがあっても何を言われても黙ってるんだ」
「さっきも黙ってあげてたんですけど?」
「いいからいいから」

 幸音さんも交えた親子の会話はテンポがよく、やはり仲の良い親子で兄妹なのだろうと思いながら、改めて咳ばらいをされたタイミングで姿勢を正す。

「えー……、祥子さん」
「は、はいっ!」

 先ほどよりも、いつの日か聞いたことのある声色よりも、一段低く問いかけられた言葉に、わたしの心臓は緊張のせいか、それとも別のなにかのせいか、一際大きく跳ねた。

「郁真と結婚して、本当に良かったんですか?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...