突然結婚したわたしの話

あせき

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梶塚家にご挨拶6

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 高まった気のせいだろう、やけにしんと場が静まったように、そこに落とされる言葉はそこまで低くないはずなのにとてつもなく重く感じた。

「あー、いえ、すみません」

 のも束の間、梶塚くんのお父さんはその空気を払うように両手と首を振った。

「いきなりこんなこと聞くつもりはなかったんです。失礼しました」

 それから、表情を緩めてお茶に手を付けた。

「祥子さんも是非、遠慮せずにどうぞ」
「あ、ありがとうございます。いただきます……」

 勧められたからにはと、お茶を手にして一口飲む。つもりが、ごくごくと半分ほど飲んでしまった。
 どうやら、思っていたより喉が渇いていたようだ。
 一息ついてコトリと茶器が置かれたのに気付き、わたしも下ろす。

「まずはその……改めて、ありがとうございます」
「えっ」
「息子と結婚してくださり、こうしてわざわざ挨拶に来てくださり、ありがとうございます」

 まさか感謝されるとは思わず、間抜けな声をあげてしまう。
 いやだって、おかしいだろう。
 この結婚で、郁真くんの父親に感謝されるようなことはなにもない。
 なにも思いつかないし、そもそもあるはずがないのだ。

「それから、大変ご迷惑をおかけしてすみません」

 その上深々と頭を下げられ、困惑する。
 どう考えても、迷惑を掛けているのはわたしだ。
 まだ二十歳にもなってない息子さんとの突然の結婚。
 その息子さんを結婚した当日から――本人の意思もあるとはいえ――朝早くから夜遅くまで通わせ泊まらせ、わたしの世話をしてもらって早数日。
 その間、挨拶に伺うことなど全く考えていなかった薄情者が、急に我に返って挨拶がしたいと申し出た翌日に――先に連絡をしていたとはいえ――突然訪問。
 しかもその無礼者は元担任。
 そもそも『教師』ならば結婚なんてするべきではなかったし、『教師』ならばどんな結果を出すにしろ、きちんと筋を通すべきだった。
 その場の感情に流されず、本人の望みと今後の将来のことをきちんと聞いたうえで、ご家族とも相談して説明をして、結論を出すべきだった。
 なにもしなかった自分は『教師』失格。
 世に認められる『教師』という立場といえば『模範的な大人』であることだ。
 つまり、『大人失格』。
 同年代にもかかわらず、とても立派な大人である郁真くんのお父さんに対して顔を向けるのも辛いほど恥ずかしく申し訳ない。こんな常識のない『大人失格』のわたしに子供を預けてしまっていたと、『教師』という存在そのものに傷を付け泥を塗り失望させてしまっただろう。
 この上更に、金銭面での負担も掛けてしまっているという事実までもがある。
 どう考えても、多方面に多大なる迷惑を掛けているのはわたしだ。

「あ、あの、郁真くんのお父さん。わたしは感謝されるようなことなんて、なにもしてません。それに、謝られるようなことも……むしろ謝るのはわた」
「祥子さん、さっきからどうして謝るなんて言っているんですか?」

 なにかとんでもない誤解があるのかもしれない。
 そう思っての発言は言い切る前に郁真くんによって止められた。

「まだ三分経ってないだろう、黙っていなさい郁真」
「チッ。早急に解決すべき問題だと思うので、父さんこそ黙っててください」

 突然聞こえた舌打ちは郁真くんから発せられたように聞こえたけれど、気のせいかしら?
 驚いていると、ソファーの一部がぐっと沈んだ。

「それで祥子さん、さっきからどういった積もりで謝るなんて言っているんですか?」

 郁真くんが手を着いたせいなのはわかるが、わからない。
 ソファーに座ったまま上体を捻り、郁真くんが舌打ちなど似合わないキリリとした真面目な顔で、驚くわたしと目を合わせてくる。

「えっ、あの、ちょっと郁真くん?」 

 更に隣からぐっと身を寄せて、顔を近付けてきた郁真くんに対して反射的に仰け反るような体勢になる。

「郁真、落ち着きなさい郁真っ」
「俺から望んだ結婚で、祥子さんが頷いてくれて実った婚姻ですよ?どうして謝るんですか?どこに謝る必要があって、なにに罪悪感を感じているんですか?」
「いっ、郁真くん、ちょっと待って、」

 声を掛けるが、郁真くんは更に圧を掛けるかのように接近してくるので、逆にわたしは一定の距離を保ちながら逃げるように徐々に傾いていく。

「そんな無用のストレスを感じていたと言うなら、なんで俺に言ってくれなかったんですか?……俺が頼りにならないからですか?」

 ふと、眉を下げて悲しそうな顔を見せた郁真くんはしかし、いつの間にやらソファーの上に片膝立てて、わたしを見下ろすような位置にいながらもなお近付いて圧を掛けてくる。

「ちょ、ちょっと離れ、てっ!」
「郁真!?」

 ついに座っていられず、どさっとソファーに転がってしまう。
 なんてみっともない真似をしてしまったのだと急いで起き上がりたいのに、座り直したいのに、わたしは無様な格好のまま「ひっ」と思わず息を呑んだ。
 梶塚くんの手がわたしの顔の真横のソファーに凹みを作り、わたしの体に、顔に、影を作ったからだ。

「祥子さん、逃げないで、答えてください」
「……っ!」

 顔に血が一瞬で集まり、叫び声を上げたい衝動が襲ってくるのをぐっと堪える。
 不思議なことに、なんなら倒れこむ前よりも腕一本分の距離は確実に離れているのにも関わらず、近付かれるよりも梶塚くんと天井が見えるこの体勢の方が信じられないほど恐ろしく心臓に悪く恥ずかしい。

「ああああああのかじつかくっ」
「このバカ息子がっ!」

 梶塚くんのお父さんの怒声と共に、わたしに掛かっていた影は消え、彼が引きずられる様にソファーから移動させられる。

「ちょっと、なんですか父さん。離してください」
「お前は!人様のお嬢さんになんてことをしているんだ!」

 お嬢さんって、同年代なのに!?
 不満げな梶塚くんに怒鳴る梶塚くんのお父さんの発言に地味にショックを受けたわたしはしかし、よろよろと座り直し、火照った頬に、顔を隠すよう手を当てることしかできなかった。

「人様のってなんですか。俺の奥さんです」
「だからと言って何でも許されると思うな!祥子さんだって困っていただろう!」
「……、まぁ……そうでしたけど……」
「約束が違う!」
「チッ」

 再び聞こえた舌打ちに、梶塚くんって舌打ちするのねと妙な関心を向けるのはきっと、バクバクと鳴る心臓が落ち着きをいつ取り戻してくれるのかわからず、深呼吸も思考もままならないせいだ。

「あの、祥子さん。兄さんがすみません……大丈夫ですか?」

 そんなわたしに幸音さんがそっと気遣い声を掛けてくれた。
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