ごめんなさい!太郎くん

まめだだ

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楠野尚人。元フリーター、現在無職。

むかしから行き当たりばったりで生きてきた。
10代までは親の脛をかじって、それからは女のヒモになったり、バイクや車のパーツを売ってみたり、パチンコパチスロに通って日銭を稼いだり。
いまはひとりの男に抱かれてお金をもらってる。

その相手――太郎くんは、一回り年上の既婚者だ。
薬指の指輪を隠すこともなく、それどころかオレとエッチしながら、高校生になる一人娘の誕生日プレゼントについて相談してきたりする。
太郎くんもなかなかだと思うが文句は言わない。彼が何をしている人かはよく知らないけど、大柄で筋肉質な逞しい身体は安定感があって気に入っている。気前よくお金をくれるところも大好きだ。


けれど、いくらオレでもこんな生活がずっと続くわけないってわかっている。

太郎くんが『悪いことしないでちゃんとまじめに働きなさい』と言うから、近所のコンビニで昼間だけバイトしていたが、それも先日辞めてしまった。
だって夕方や夜にもシフト入れてほしいとか言うから。太郎くんと会う時間がなくなっちゃうじゃないか――というのは言い訳で、だらだら昼過ぎまで寝ていたいじゃん。働かなくていいなら働きたくないじゃん。

それからまたちょろちょろパチンコに通うようになって、そこで昔の知り合いとばったり会った。「最近何してる?」から「金ほしいよな」までの会話の流れはお馴染みのもので、「そうだ、いい話があるんだよ」なんてもうお約束だ。


「なんだよ?変なことはしないぞ?」

「変なことじゃないって。ちゃんと分け前は弾むからさ!」



***
「てめえら、どこの金に手ぇつけたかわかってんのか!」


大きな声で恫喝されて、オレたちは「ひええ!」と青褪めて団子になる。

知り合いの知り合いが夜の街の女と懇意になり、店の金を持ち出して逃げる計画を立てたらしい。オレは逃走時の運転手役を頼まれ、知り合いは見張り役となった。ところが女とその相手含め、オレたちはあっさり捕まってしまった。店の奥の部屋に連れていかれて、ここの黒服たちの態度といったら明らかにその筋の人で。


「まじか、変なことにはならないって言ったじゃんかぁ!」

「こんなにすぐ見つかるとは思わなかったんだよ…!」

「おいそこ、なにぐちゃぐちゃ言ってんだ!立場わかってんのか!!」

「「はいいいい!」」


知り合いに泣きついていたらすぐさま怒鳴られ、二人で慌てて正座する。ごめんなさいごめんなさい。
ヤバイときは素直に従順になった方がいい。捕まえられたときもオレはすぐに白旗を上げたが、他は抵抗したことで容赦なく殴られていた。女でも関係ない。けれど勝手にすっ転んで肘を擦りむいて、地味に痛い。お気に入りの服もどろどろだ。もう最悪。


外から複数の足音が聞こえてきて反射的に背筋を伸ばした。


「オーナーが来る」


黒服のひとりがそう言った次の瞬間、がちゃりと音を立てて扉が開く。
店の人間らしい複数の男たちの中にとびきり上等な男がいた。彼を見てオレは驚く。向こうもオレに気付いてわずかに目を見開いた。


「こいつらで全員です。他に協力者はいないようで」

「そうか」


男は何事もなかったかのように部屋に置かれたソファーに腰を下ろした。尊大な態度と強者の気配に誰もが息をつめる。


「話は聞いた。店の金に手をつけたんだってな。左から順にもう一度締めろ」


鈍い音と同時に「ぎゃあ」と濁った悲鳴がして、一番右端にいたオレはぎゅっと目を瞑ってがたがた震えた。
結局金は持ち出せなかったんだからそこまでしなくていいじゃないか。オレはクズだけど日和見主義だからあんまり荒事には慣れていないんだ。

隣で殴り飛ばされる気配がしてオレの上に影が落ちる。もうやだ、ちびりそう。


「――だから悪いことすんなって言っただろ」


頭上から落ちてきた声にぱっと顔を上げる。
その姿を認めた途端、ぼろぼろぼろっと涙が溢れた。


「うううっ、太郎くんごめんなさいいぃ!!」


ぎゅうとその腰に抱きつけば周囲がぎょっとしたのがわかった。けれども男――太郎くんは受け入れるようにぽんぽんとオレの肩を叩く。

でも。


「一度ちゃんと躾けないとわからねぇみたいだな?――なあ、尚人」


見下ろしてきた顔はぎらぎら目が光ってて、めっちゃ怖かったです。はい。
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