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◆一章 ◆ 始まりの場所
清兵衛。
しおりを挟む夢から覚めた理功は、パッと時計を確認すると午前4時になろうとしていた。
夢と現実が曖昧な感じでぼんやり布団のなかで過ごしていたが、ハッと思い出した。
『アッ!今日は仕事だ!!そうだよ…スマホ…トホホ…今から起きて取りに行くかぁ……うん!そうしよう!涼しい内に行動だ! 』
理功は、そろりと部家を出ると、既に廊下には味噌汁のいい匂いが…。
『おばさん起きてるんだ…一応声かけて出よう… 』
そう思うと、理功は台所の叔母に小声で声をかけた。
「おばさん…僕、もう行くね!色々ありがとう!また近々遊びに来るよ! 婆ちゃんと、叔父さんにもよろしく伝えて下さい! 」
叔母は嬉しそうに理功の方を向くと、その手に弁当を持たせた。
「もう、行くのね…じゃあコレ持っていって!お腹空いたら食べなさいね!仕事には遅れちゃぁダメよ! 」
「はい!ありがとう… お弁当まで… 」
「さぁ!気を付けて行ってらっしゃい! 」
理功は大きく頷き、元気に玄関を出た。振り向くと叔母は見えなくなるまで手を振っていた。
「おばさん…ありがとう…母さんが生きてたらあんな風だったんだよな… 」
ちょっとセンチメンタルな気分になったが、開き直り『母さんが居ないなら、母さんにし損ねた分回りを大切にしよう!! 』そう考え直すと、何だか元気に成り足早に山を登り始めた理功なのだった。
それから、山の中腹辺りに差し掛かると、辺りはすっかり明るく成り、朝露がキラキラと若葉から滴り落ちる。
その様は童話に出てきそうな雰囲気が漂っていた。
その時だった。
『ガサガサッ…! 』
「ヒッ!? 」
理功は息を飲んだ。
「な……何?…獣?…鳥?……ヒャッ!? 」
物音の方を見ると、何かに当たったのか木が揺れていたが、何も見当たらない。仕方ないので前を向くと、前方を何かが素早く通り抜け思わず声を上げた。
しかしその影らしき気配は、理功が少し進む度に現れた。それはまるで理功を急かすかのように。
そして、恐々先へ進むと優月の滝にたどり着いた。
「ふぅ…何なんだあの影みたいなの…超怖いんだけどさ…でも、昨日より早く着いたぞ!!んッ!? 」
すると、祠の場所からピカピカッと光が反射した。
「アッ!スマホ!! 」
見付けたぞ!と言わんばかりに理功は走り出す。バシャバシャと水辺もお構いなしに念願のスマホを見付けたのだ。
「やったぁー!!あった!!ご先祖様ありがとうございました! 」
そう言うと祠に手を合わせたその時だった。
『ガサガサッ… 』
「ヒイィィィィーッ!!? 」
祠の裏に人影が現れ、理功は全身の血の気が引いた。
「だ…だだだ………だ………だれ……誰ですか!? 」
その人影は日の当たる所まで出てきた。その姿は髪は延び放題伸び、顔には髭を蓄え、ボロボロの着物の様な物を着ている。そして腰には刀の様な物を提げこちらにゆっくり近付いてきた。
「ややや……や……やめ……やめて……やめて下さい!!僕…お金…持ってません!! 」
理功は必死にその男?に抵抗した。
あまりの恐怖に後退りすると足元の石に踵が引っ掛かり尻餅を着いてしまい、ガタガタ怯えているとその影は理功の膝の上に乗り顔を近付ける。
「イーイーヤーァー!? 」
理功は両手で頭をガードしながら悲鳴を上げると、影はゆっくり立ち上がり理功を見下ろす。
そっと両手の間から上を見ると毛むくじゃらの男?は悲しそうに声を出した。
「そんなに……嫌がらなくても…良いではないか… 」
「!?あ……あ…なたは?… 」
恐る恐る、聞いてみるとその人物は背中を向け答え始める。
「私は鷹美 清兵衛と言う者…訳あってこの地を護っておる。して、お主は?何故か懐かしいにおいがする 」
理功は呆気に取られた。鷹美清兵衛はご先祖様で700年ほど昔に亡くなっているはずだと…。しかし当の本人は真剣な顔で淡々と答えた。
「もう何百と年月は流れた…私が支えたあの方が私を呼んだ…して、主は陰陽師の末裔か? 」
もう、何を言っているのかわからない理功は、清兵衛に今の現状を伝えた。
自分は鷹美 理功と言い、鷹美 清兵衛の子孫で、ここの祠を綺麗に掃除してきちんと祀れと言われた事、そしてスマホを忘れたので取りに来た事、全て話し終えると今度は清兵衛はポカンとして「す…ま…ほ? 」と一言呟いて頭を整理し始めた。
二人は取り敢えずその場に座り込んだ。
そして黙ったまま叔母に貰ったお握りを一つ清兵衛に渡すと無言で食べた。
しばらくすると、清兵衛は米粒の付いた指を舐めながら口をひらいた。
「して、理功…と言ったな…お主には……私が見えるのか? 」
理功はまた呆気に取られ一拍開けて答えた。
「えっ?見えるも何も……? 」
「私はとうに死んでいる身ゆえ、この体は普通の人間には見えんのじゃぞ! 」
それを聞くや理功は清兵衛を見返し、食べたおにぎりが、形のまま清兵衛のお尻の辺りに落ちているのを見ると意識が遠退きパタンとそのまま後ろに倒れた。
「理功!?おい!?理功殿!! 」
清兵衛はしょうがないので滝壺から水を汲んできて理功の顔にかけた。
『バシャッ!! 』
「ヒッ!?ヒイィィィィー!?ごめんなさい!ごめんなさい!成仏してください!!ごめんなさい! 」
慌てて祠の足にしがみつき小さくなって震えながら清兵衛に言葉を唱えた。
「い…や……そこまで嫌がらなくても……ちょっとしんどいなぁ…取って食ったりはせぬゆえ、こちらを向いてくれんか? 」
理功はブルブル震えながら清兵衛の方を向くと、ヒゲモジャで見えない表情だったが、苦笑いしている様に見え少しずつ落ち着きを取り戻した。
「あ……あ…の、ごめんなさい…そんな、つもりじゃ…では、あなたはその…幽霊って事ですよね? 」
「幽霊?……あぁ…霊体の事か?そうだ。そうなる…それが、私はこの世に未練があったが、死んでしまい手も足も出なんだ。この思いを子孫に繋ごうと思っていたのじゃが、誰も私に気がついてくれんでな…ずっと彷徨っておった所、先日聡子と言う女に出会ったんじゃ 」
「!?母さん!? 」
「そうだ?……主の母君か? 」
「はい!僕は母さんに言われここに来ました… 」
理功は驚いた。母親はこの人に会っていたんだと。
「聡子殿は、頭に病を持っているのが見えた…わざわざここまで謝罪をするためにやって来たと言った… 」
「謝罪…?母が? 」
理功は困惑の表情で清兵衛の顔を見るが、やはり毛むくじゃらのため、彼の表情が見えない 。
「あぁ…わざわざ『ご先祖様!鷹美に嫁いでおきながらこんなに早く死んでしまってごめんなさい 』と言いに来おった!不思議な女だった!だから私は取り敢えず女に生きた人間で力が有る者にここの手入れをしてくれと伝えてくれと頼んだ。そしたら理功が来た。しかし前にも一度その女には会った事があるのを思い出した…それはその女が鷹美に嫁いで間もない日だったか…鷹美の子孫の男と契りの報告に来た時に目があった様な気がした…そして今日に至る… 」
長々と清兵衛が話し終えると、理功は涙が溢れていた。
「どうした!理功!どこか痛むのか? 」
清兵衛は焦ってあたふたしていると、理功は心配は要らないと首を振って話し始めた。
「何だか使命感みたいなのが湧いてきたんです…僕、何でもかんでも中途半端で、今も夢半ばで挫折して…これから何を目標に生きていけばいいのかわからないのに、相談したい母親も死んでしまって…父親や妹にも言えないまま苦しかったんです…だから母親が僕に道を開いてくれたと思うと…嬉しくて…だからご先祖様の力に成りたいと思って… 」
「理功…かたじけない…ここに眠る者達、そしてこの墓の主『優月様』に代わり私からも礼を言おう…そして力を貸して欲しい…頼んだぞ 」
清兵衛は理功の目の前に跪き頭を提げた。すると理功が『優月様? 』と首をかしげると、清兵衛はハッとした。
「もしや、お主、優月様を知らんと申すか? 」
毛むくじゃらでも分かる程大きく目をむいた清兵衛に理功は恥ずかしそうに「はい… 」と答えた。
清兵衛はボリボリと頭を掻きむしり、一つため息をつくと優月様に付いて話し始めた。
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