トマトジュースは弟の味

ななな

文字の大きさ
3 / 11

3. わかるよな?

しおりを挟む
「朝のうちに買い物へ行くんだけど…二人はどう?一緒に来る?」

 朝食を食べていると、母さんがそんなことを尋ねてきた。
 まだ宿題が残ってるから…とオレが断ったら、兄さんも行かないと答えた。父さんは仕事だそう。

「じゃあカヌ、チャユのことをお願いね。昼までには戻ってくるから」
 その言葉の通り、兄さんはオレの勉強に付きっ切りになってくれた。「さすがチャユ、のみ込みが早いな。これならあっという間に終わっちゃうぞ」なんて調子だ。

 よく言うよ、とオレは心の中でひっそりと毒突く。兄さんに比べたら、ねぇ…
 だからって、羨ましいとは口が裂けても言えなかった。兄さんはオレの身代わりになってくれている。父さんの期待を一身に背負っているんだ。
 いつからだっけ……あの怪獣と同じ、濁った目になったのは。

「兄さん、ごめんな。オレがもっとしっかりしてりゃ、父さんもあんなにカリカリしてなかったのに…」
 堪らず吐き出した言葉に、「ん?どうした、いきなり」と兄さんは笑う。
「チャユはよくやってるじゃないか。父さんはな、何やったって父さんだよ…あの人はああいう人なんだ。それに、俺は優しい母さんと可愛いチャユがいるから平気さ」

 オレの疑念は募っていく一方だった。本気で…そんなことを思っているのだろうか。
 オレが兄さんなら、どうにかして父さんをこの家から追い出していると思う。あんなに頭が固くて、レールを引きたがる人は知らない。
 
「兄さん…オレに出来ることがあれば、なんでも言って?その…力になりたいんだ」

 なんだか兄さんの顔をまともに見られず、ちらちらと様子をうかがう。兄さんは驚いたような、嬉しそうな顔をしているようだった。
「ははは…チャユがそんなことを言うなんて…雪でも降るのか?」とか言ってからかってくる。「今日はぽっかぽかだ!」とオレはむきになった。

「そうか。んー…本当になんでもいいのか」

「おう、男に二言はないぜ」

 か、かっこいい……一度は言ってみたかったんだ、このセリフを。
 兄さんの方もますます顔を綻ばせ、喜んでいるようだった。何もしていないのに、良いことをしたような清々しさで心が満たされてゆく。なんでもどんとこいだ。



「じゃあチャユ、兄ちゃんとえっちしてくれるか」



 なんでもどんと…こい、だ。


「チャユも大きくなったろ。兄ちゃんの言ってる意味、わかるよな?」


 わかるって……


 何が。


 何が…わかるわけ?



「冗談きついよ、兄さん…」

 そうだ。本当に笑えないくらい、きつい冗談。兄さんは昔から時々、本当に時々、おかしなことを言う。


「チャユ、まだ駄目なのか?俺はいつまで待てばいいんだ」

 じわりと、額に汗がにじむ。その濁った目が、オレのことをジッと捕らえて離さない。

「お前のことを心の底から愛している。だから、なぁ?」

 …勉強のしすぎで、頭が馬鹿になっているんだ。そんなになるまで、追い詰められていたなんて。

「兄さん…オレ、え…えっちなんてしたことないから…わかんないよ」
 震える唇をやっとの思いで動かし、許しを請う。けれど兄さんは、「それなら心配いらない。お前はただ、俺に身を任せていたらいいんだ」と。

 なんで、あんなことを言ってしまったんだろう。そう後悔するものの、遅かれ早かれこんな結末は変わらないような気がして。

「それは…オレじゃないと駄目なわけ?」
「当たり前だろ。チャユ以外となんかまっぴらごめんだ」

「母さんは…知ってんの」
「知ってるわけないさ。言えば、俺とチャユを引き離すに決まってる」

「悪いと分かってて、こんなことをすんの?」
「悪いだなんて思ってない。好きな人と愛し合うことの何が悪いんだ。ただ、心配するといけないから黙っていようっていう話さ」

「オレの気持ちは?オレの気持ちはどうなるんだよ」
「チャユだって、兄ちゃんのこと好きだろ?」

「好きって…兄さんとはそんなことはしたくないっ!」

 バンッと立ち上がり、泣きそうになるのを必死に堪える。どうしよう、兄さんがおかしくなっちゃった。とんでもないことになったぞ。

「チャユ、男に二言はないって嘘だったのか」という言葉には構わず、ドアノブめがけて走って行った。そうして勢いよく回したけれど、ガチャリと音を立てるだけで、開くことはなかった。

「あぁそれ、鍵をかけられるんだ。俺が持っている鍵を使わないと開けられない」

 お前が小さい時、熱が出ているのに外へ遊びに行ったりしないか心配だからって、母さんに頼み込んで作ってもらっていたんだよ。でも、お前は良い子だからそんな悪さはしなかった。
 今回だって、きっとそうだと思っていたんだけど…まいったな。

 冷たい汗が背中を静かに流れてゆく。震えは全身へ広がり、「に、兄さん…お願い、母さん達には絶対に言ったりしないから、だから、やめて、そ、そんなことしたくない」と首を振りながら、へたりと座り込んだ。

「…チャユ、なぜそこまで嫌がる。気持ちいいんだぞ?すごく。それに俺達は…もっと仲良くなれる」


 昔から兄さんは、何かとオレを気にかけてくれる。今日からまた、一緒に暮らせるんだ…って、そう思っていたのに。

 兄さんは穏やかな笑みを浮かべていた。オレはただ、受け入れ難い現実を見つめることしかできなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お兄ちゃんができた!!

くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。 お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。 「悠くんはえらい子だね。」 「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」 「ふふ、かわいいね。」 律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡ 「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」 ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。

創作BL短編集

さるやま
BL
短編まとめました。 美形×平凡、ヤンデレ、執着・溺愛攻め多め

ヤリチン伯爵令息は年下わんこに囚われ首輪をつけられる

桃瀬さら
BL
「僕のモノになってください」 首輪を持った少年はレオンに首輪をつけた。 レオンは人に誇れるような人生を送ってはこなかった。だからといって、誰かに狙われるようないわれもない。 ストーカーに悩まされていたレある日、ローブを着た不審な人物に出会う。 逃げるローブの人物を追いかけていると、レオンは気絶させられ誘拐されてしまう。 マルセルと名乗った少年はレオンを閉じ込め、痛めつけるでもなくただ日々を過ごすだけ。 そんな毎日にいつしかレオンは安らぎを覚え、純粋なマルセルに毒されていく。 近づいては離れる猫のようなマルセル×囚われるレオン

俺がこんなにモテるのはおかしいだろ!? 〜魔法と弟を愛でたいだけなのに、なぜそんなに執着してくるんだ!!!〜

小屋瀬
BL
「兄さんは僕に守られてればいい。ずっと、僕の側にいたらいい。」 魔法高等学校入学式。自覚ありのブラコン、レイ−クレシスは、今日入学してくる大好きな弟との再会に心を踊らせていた。“これからは毎日弟を愛でながら、大好きな魔法制作に明け暮れる日々を過ごせる”そう思っていたレイに待ち受けていたのは、波乱万丈な毎日で――― 義弟からの激しい束縛、王子からの謎の執着、親友からの重い愛⋯俺はただ、普通に過ごしたいだけなのにーーー!!!

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

BL短編

水無月
BL
兄弟や幼馴染物に偏りがちです。

余命半年の俺を、手酷く振ったはずの元カレ二人が手を組んで逃がしてくれません

ユッキー
BL
半年以内に俺は一人寂しく死ぬ。そんな未来を視た。きっと誰も悲しむ人は居ないだろう。そう思っていたから何も怖くなかった。なのにそんな俺の元に過去手酷く振り、今では世界的スターとなった元カレ二人がやってきた。彼らは全てを知っていた。俺がどうして彼らを振ったのか、そして俺の余命も。 全てを諦めた主人公と、主人公を諦めきれないイケメンサッカー選手とシンガーソングライターの再会が導く未来は?

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

処理中です...