トマトジュースは弟の味

ななな

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5. どうにかしないと

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「この前のチャユは…すごく可愛かったよ。またああいうことがしたいなぁ」

 気持ち悪い、手の平が急速に汗ばんでいく。右手はどうしたってふりほどけそうもない。
 急に目の前が真っ暗になり、今にも倒れてしまいそうだった。
 
「チャユ、友達とこんな時間まで遊ぶくらいなんだから…元気いっぱいのはずだよな?」

 顔をのぞきこまれ、思わず足がすくむ。"はい、そうです" 以外は許されない雰囲気だ。
 何か返答をしなくてはと口をもごもごさせるのだが、あんまり恐ろしくてかどうにも言葉が出てこない。あの優しかった兄は、一体どこへ行ってしまったのだろう。


 この前のおぞましい一件は、オレの全てを崩壊させた。オレの身体をまさぐり、恍惚とした表情を浮かべる兄さんは、気が触れているとしか思えなかった。狂気そのもの。
 この人を殺してオレも死のう……本気でそう誓ったものだ。

 やがて母さんが帰って来て、「チャユ、このことは母さん達には内緒だぞ?」と兄さんは言う。オレが弱々しく頷けば、「ありがとう、俺がずっと守ってあげるからな」と唇を押し当ててきた。それ以降はどう過ごしたのか記憶がない。ただ、何事もなかったかのように、夜には一緒に並んで寝て、また朝を迎えたような気がする。
 どうにかしないと…でも、どうやって?

 そんなことを思い出しながら、やっとの思いで家に辿り着いた。兄さんの手は、名残惜しそうにオレの元から離れてゆく。
 相変わらずなんでもない顔をして隣にいるので、ご飯は喉を通らなかった。そのうえ母さんが、「今からちょっと、おばあちゃんのところへ行ってくるわね。大丈夫、すぐ帰ってくるわ」と言うので、いよいよ吐きそうになった。

 食べ終えると兄さんが、「父さんも仕事でいない。やっと二人きりだな」とそっと耳打ちをしてきた。オレの肩を掴み楽しそうに押してきて、オレは処刑台へと向かっている気分だった。
 階段を登っている途中、このまま足を踏み外した方が幸せなんじゃないかと思ったけど、意気地なしだからそんなことは出来なかった。


「チャユ、優しくされるのと酷くされるの、どっちがいい?」

 にこにこと、人の良さそうな顔でとんでもないことを兄さんは尋ねてきた。ついさっき、死ぬような思いで押し込んだ晩ご飯が、再び戻ってきそうになった。

「や、優しいので」
 ボソボソと力のない声で答える。「そうか、酷くされたいのか」と裸で覆い被さられ、顔の血がどこかへ一目散に逃げていってしまった。

「ちっ違う、優しいのがいいっ!」

「ふぅん…なぁチャユ、俺のこと好き?」

「すきっ、すきっ、大好きっ!大好きだからお願い、酷くしないで…!」

 どうにか機嫌を取ろうと、必死で兄さんにすがりつく。そんな自分が情けなくて、目からは涙が溢れた。

「じゃあ、兄ちゃんとこれからもずっと一緒にいてくれるか?」

「うっうん、いるっ、一緒にいるっ」

「俺以外と結婚なんかしちゃいけないぞ?浮気だって駄目だ」

「わ、分かった、分かったから…お願い…うっうっ…優しい兄さんに戻ってよぉ…!」

 溢れる涙で視界が滲み、何がなんだか分からなかった。もうこのまま、何もかもが流れていってしまえばいい。肩を震わせ、怖くて堪らない相手に預けた手をギュッと握りしめた。

「チャユ…あぁ あぁごめんな、よしよし…泣くことないからな。チャユは兄ちゃんに甘やかされるのがいいんだな、そうかそうか」

 そうだけど、そうじゃない。そんな悲痛な思いは兄さんには届かないようだ。

 オレは後悔をしている。予兆は確かにあった ーー もっと早く、それに気づくべきだったのだ。気のせいだろうとこれまで見ないようにしていた、兄さんの "おかしな言動" に。
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