トマトジュースは弟の味

ななな

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10. 同じ穴のムジナ

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 ベッドの上でオレは、何度も寝返りを打っていた。苦痛だ、昼寝のし過ぎで眠れない。羊を数えてみようにも百匹くらいで飽きてしまい、どうしたもんかとため息が漏れ出る。

 そうこうしているうちに、誰かが階段を上ってくる音が聞こえてきた。なんだろう、オレの様子を見に来たのかな。
 けれど、何かがおかしかった。この足音は…母さんじゃない。母さんはもっと軽い足取りで、トトトって感じのはずだ。じゃあ、父さん?オレに何の用だろう。寝る前に話なんてますます寝られなくなる。

 オレは布団を頭まですっぽり被り、ぎゅっと目をつむると息を潜めた。すると足音は戸の前で止まって、コンコンとノックの音が響く。寝てる、寝てまーす。だから入って来ないで!
 怪獣の抱き枕が恋しくなり、サッと布団の中へ連れ込んで、これでもかってくらいしがみつく。あんなことがあったけど、兄さんにそっくりな目をした怪獣に罪はないからと捨てられなかったのだ。そういえば、久しぶりに会った兄さんってどんな目をしていたっけ。

 そうしているうちに、父さんらしき人がキィーと戸を開けて、ゆっくりと入ってきた。ドクドクと心臓が高鳴ってちょっぴりうるさい。足音はこちらへと近づいて来る。何、何の用?明日にしてよ、もう。


「チャユ。お前、俺がそっけないから悔しかったんだろう」


 聞き間違い、そうだと思った。だから恐る恐る、ゆっくりとではあるが、布団から顔を出したのだ。すると、開けっ放しの戸から入りこんできた明かりで、その人の表情が伺えた。

「『あれだけそばにいてくれって、すがってきたくせに…オレは用無しなのか?』そんなところだろ」

 信じられない、なんで…兄さんが。もしかして、病院を抜け出てきたのか?
 いや、それよりも……


 チャユ、自覚したらどうだ?お前は俺に求められることに、喜びを感じているんだ。同じ穴のムジナじゃないか……







 頭が重い、くらくらする。けれど、階段を下りていくにつれ広がる匂いに、酷くホッとする。母さんが夕飯を作っているようだ。

 オレは散歩しに行くと言って、外へ抜け出ることにした。空はまだ明るく、そのことがオレの背中を押したのだ。
 車の窓から眺める景色を思い出しながら、とぼとぼと歩く。あんな気味の悪い夢…初めて見た。

 辿り着いたのは、朝にも足を運んだ建物。女の人と少し話をし、重い足取りで階段を上っていく。エレベーターは使わなかった。その方がいいと思ったからだ。

 コンコンとノックをして部屋に入ると、その人はベッドの上で身体を起こして本を読んでいた。オレを見て驚いた顔をしたけど、すぐにほほえみ、ありふれた言葉を投げかけてきた。そうだよな、そりゃそうだ。

 オレは戸を閉め、そこで突っ立ったまま返事をした。喉がカラカラだ。だからその人のそばにある机の上に、飲みかけの冷たそうなジュースがポンと置かれていることに、ちょっとだけイラッとした。「飲むか?」そう尋ねてきたけど、いらないとだけ答えた。そうして、「帰る、じゃあ」とドアノブに手をかけようとした時だった。

「チャユ、そばに来てくれないか。少しでいいから、お前と話がしたいんだ」

 兄さんが…そう言うなら。オレはのそりのそりと近づいていき、ベッドのそばにある椅子を少し動かすことにした。それにゆっくりと座り込んで、喉が渇いた…何か飲みたいと思う。

 せわしなく床と冷蔵庫を交互に見ていると、兄さんはよっ と手を伸ばし、その扉を開ける。中から缶ジュースを取り出して、「はい、トマトジュース。こんなのが好きって、お前変わってるよなぁ」と渡してくれた。
 オレはそれをあっという間に飲み干してしまった。世界一美味い。だからまた、冷蔵庫をちらっと見たわけだ。そうしたら兄さんは、小さく笑いながらまた渡してくれた。


「チャユ、俺…退院したらさ、どこか遠いところへ行こうと思っているんだ」

 カランッ、そんな音が部屋にこだまし、足元には血の海が広がっていった。オレはただ、呆然と見つめることしかできなかった。

「おいチャユっ、気をつけろっ。ほら…あそこに雑巾があるから拭け」
 兄さんが部屋の隅の方を指さすが、オレは動かなかった。それにイライラしたのか、「あぁ もう!なにやってんだよ」とぷりぷり怒りながら雑巾を取りに行く。そうして、ボサッとしているオレの足元を手際よく綺麗にしていった。そういえば、オレがお漏らしした時もよくこんな風にしてくれたっけ。

「兄さん、平気なの」

「あぁ?何がだよ」

 こちらには見向きもせず、床ばかりを気にかけるのだ。オレは堪らず、「兄さんはっ、オレがっ、オレがいなくても平気なのっ…!?」と喚き上げる。

「そんなわけないだろ…お前のことを考えない日なんてない。俺のたった一人の大切な弟だぞ?」
 兄さんは優しく抱きしめてくれたが、「違うっ、違うっ、オレが欲しいのはそんな言葉じゃないっ!」とすがりつくオレは、まるで小さな子供だった。
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