霞月の里

そゆ

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第二任務 寂池村

相互作用

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 大紀だいきは自然豊かな山の中を軽快に駆け抜けた。赤く染まり始めた山は美しく、穏やかな日差しと涼しくなり始めた軟らかな風が体を通り抜ける。楽し気に木々に飛び移りながら林を抜けると、その先には透き通った美しい小川があった。

 大紀が木の上から見下ろすと、太陽光を反射してキラキラと輝く水面に足を浸した少年が見えた。咄嗟に身をひそめて相手の動きを見逃すまいと目で追いかけると、上半身を屈めていた少年が体を起こして背中を伸ばすように上を向き、その美しい顔を太陽に晒した。
 それに吸い寄せられるように大紀が身を乗り出した。バランスを崩した足が木から滑り落ちる。体から遠ざかる木を掴もうと慌てて腕を振り回したが、努力の甲斐なく茂みの上に大きな物音を立てて落下してしまった。

 反射的に瞑っていた目を開くと、いつの間にこちらへ来たのか、見惚れていた美しい顔が目の前にある。
 彼の瞳は吸い込まれそうなほどの美しさで輝きを放っていた。

「きれー……」

 大紀は頭に浮かんだままの言葉を発した。その声を聞いた少年――元晴もとはるの表情に困惑の色が浮かぶ。

「なぜ動ける?」

 独り言のように呟いた。
 人を操る力で生き延びた元晴は、力が通じない相手を初めて前にして恐怖よりも焦りの感情を大きくした。
 この村で起こったことを知られては自分たちの静かな生活を奪われかねない。
 そう思ったからだ。
 その一心で腰に携えていた狩猟用の短刀を咄嗟に取り出した。戦う技術を持たない元晴は短刀を大きく持ち上げ、大紀目掛けて振り下ろす。

「あっぶない!」

 声を上げて大紀が転がった。
 木から落ちた衝撃でめまいがあったが、一般人と比べたら今の状態でも身体能力は上だ。


 元晴が大紀をキッと睨んで短刀を握り直し、振り回す。
 ここでようやく大紀は嗣己しきに言われたことを思い出した。

「さっそく約束破っちゃったかも……」

 苦笑しながら呟くと、護身術の構えを取った。

 短刀を振り上げた元晴が大紀の頭目掛けて振り下ろす。元晴の横へ入り込むように体を捌きながら短刀を握った小指側を手のひらで受けると元晴の肩を後ろへ回してその中をくぐり抜ける。腕を引き下げ、相手がバランスを崩したところで体をうつぶせに寝かせ、短刀を奪って腕を捻り上げた。

 穏平やすひらの指導を受け続けた半年間、大紀は新しい能力を開花させることはなかった。とはいえその半年を無駄に過ごしたわけではない。
 なぜなら彼の身体能力は敵地の潜入や偵察に向いている。戦闘能力が未熟だからという理由だけで霞月かげつがその能力を使わないはずがなかった。
 それを危惧した穏平は大紀を生きて帰らせるため、身を護るための体術を徹底的に叩きこんでいたのだ。

 それにしてもこんなに上手くいくとは。

 大紀は元晴を制圧しながらも、自分の能力が信じられないといった表情を見せた。


「お前何者だ! なんで俺の力が効かない!」

 自由を奪われながらも元晴の瞳は光を失わなかった。固定された腕を解こうと抵抗するが、それはいたずらに体力を消耗するだけだ。
 自分と元晴の力の差を感じた大紀は自分が悪いことをしているような気がして表情を曇らせた。

「うーん。キミが暴れないなら解いてあげてもいいんだけど」

 困ったようにそう言うと、元晴はしばしの間を置いてから体の力を抜いた。

「……分かった。約束する」

 その言葉に安堵の笑みを零した大紀は力を緩め、あっさりと元晴を解放した。
 安心しきっている大紀の動きを見て立ち上がった元晴は、制止を振り切って一目散に走り出した。

 早く清光きよみつに侵入者の事を伝えなければ。

 頭の中はその事でいっぱいだ。


「清光……!」

「清光って子がいるの?」

「あぁ!?」

 元晴は目の前の木の枝にぶら下がる大紀に目を見開いた。急ブレーキをかけた足がもつれてバランスを崩すとその場に尻もちをついて倒れ込む。
 大紀は木から降りると元晴を覗き込み、眉尻を下げて微笑んだ。

「そんなに急いだら危ないよ」

「お前……何なんだよ」



 大紀を撒くのを諦めた元晴は小川に戻ると着物や体を洗いはじめた。
 どうやらこいつは清光の存在を知らないようだ。ずいぶんと呑気な性格だし、ご希望通りに自分が引き留めた方が清光も安全だろう。
 そう思った元晴は、近くの岩場に座って自分を眺める大紀を追い払うこともしなかった。

「ねー、さっき言ってた清光って誰?」

 うんともすんとも言わない元晴を気にするそぶりも見せず大紀が続ける。

「血は繋がってないけど、僕にも春瑠はるっていう大事な子がいるよ」

 春瑠を思い浮かべる大紀の笑顔は幸せそうだ。

「……仲はいいのか?」

 その表情を見た元晴はつい、返事をしてしまった。

「うん。色々あったけど、今は一緒に暮らしてる。春瑠の笑顔を見るとほっとするん
 だ」

 元晴は大紀をしばし見つめると

「双子だ」

 と言った。

「そうなんだ! じゃあ元晴みたいに綺麗な子なんだね」

 しつこく聞いてようやく教えてもらえた名前を待ちわびたように呼び、笑顔を輝かせる大紀に元晴は顔を顰めた。

「おまえさぁ、俺に綺麗綺麗言うのやめろよ。きもちわりいよ」

「いいじゃん。事実でしょ?」

 何がいけないのか、と大紀は首を傾げた。

「元晴の目がキラキラするのも綺麗で好きだよ」

 うっとりとした視線を向ける大紀の言葉に、元晴は複雑な思いを抱いた。
 この瞳を綺麗だと思った事なんてなかった。能力自体が人間離れしているのに、目に見える体の一部まで異常な動きをするのは不気味で気持ちが悪いとさえ思っていた。

「俺はあんまり好きじゃない」

「そうなの? じゃあ……元晴の分も僕が大切にするね」

 困惑した元晴が視線を向けると、大紀は穏やかな笑顔を返した。



「お前どこからきたんだ? 服も綺麗だし迷い込んだ訳じゃないんだろ」

 話題を変えようと元晴が問うと、大紀は

「あー……」

 と、気まずそうに目を泳がせて嗣己しきの顔を思い浮かべた。
 さすがにこの質問に答えるのはまずいかもしれない。
 そう判断した大紀が視線を戻すと、いつのまにか目の前に現れた元晴が顔をグッと近づけて疑いの視線を向けていた。

「何考えてた?」

「えっいや……」

 深紅の瞳にまっすぐ見つめられて、大紀がわかりやすく動揺する。
 その隙を見て元晴が大紀の脇腹に手を回した。

「あっ! ちょ、何するの!?」

 体を這う元晴の指が大紀の身を捩らせた。

「オラッ、何しにきたか言え!」

「ひっやめ、て! やはははひぃっやめっ、はは、ヒィイ」

 予想のつかない動きをする指に翻弄されて大紀の笑いが止まらなくなる。元晴も楽しそうに笑うと今度は大紀の腕が伸びて、お返しと言わんばかりにくすぐられる。
 体を捩ってじゃれ合う二人は年相応の無邪気さを取り戻していた。


 ひとしきりじゃれ合うと、笑いとくすぐりに疲れた二人が横並びで寝ころんだ。

「こんなに笑ったの久しぶりかも」

 空を見上げながらぽつりと呟いた元晴に、大紀は村の様子を思い出した。
 元晴に一体何があったのか?
 明継あきつぐたちに春瑠を助けてもらった時のように、今度は自分が元晴の役に立ちたい。
 その思いが強くなっていく。

「元晴、僕……」

 大紀が元晴を見つめてそこまで言ったところで、何かに反応するように元晴が勢いよく起き上がった。そして唐突に走り出す。

「どうしたの!?」

 慌てて追いかけた大紀が聞くと、元晴が声を張り上げた。

「清光が力を使ってる!」
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