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回想/少年編
2.ご主人様は優しい悪魔
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半年が過ぎ、俺は六歳を迎えた。
なのに誰も迎えに来ない。
真夏に――年間を通して気温の低い国だが、その日は少し温かった覚えがある――俺は売りに出されることになった。
全て嘘だった。気が狂っていて作り出した虚像だったのかと毎日疑って、疑って。
以前とは違い地下室で育てられ、何ヶ月かぶりに外に出ることが許された。
それも今日限りだったからなのだろう。
とぼとぼと歩いていた俺は、頭から水を浴びせかけられた。
「おーい! 大丈夫ッスかー!?」
呆然とする俺に駆け寄ってきたのは、くすんだ黄土色の長い髪の男児だった。
全身泥で汚れていたから、一目で奴隷だって分かったな。
「あー、随分濡れちまったッスね、お前さん。ま、夏だからすぐ乾くッスよ」
ごしごしと荒く顔を拭かれた。寄ると、つんと汗の匂いが鼻をつく。
「あ! もしかしてお前、今日の大目玉ッスか!?」
「う、うんっ。多分」
「うわーっ、さっすが! 僕らとは違うッスね!」
僕も今日売りに出されるんスよと、なにが楽しいのか笑っているソイツ。
ソイツに、俺は子どもの時にどう思ったんだったか。
そうだ、「そうなのっ!? いっしょだね!」なんて思って、手を握ったんだったな。
「どうせ安くたたかれるッスよ」
前歯の欠けた口で笑って、みすぼらしい。なのに楽しそうだ。
「でも僕、奴隷に収まるつもりないッスから。絶対、偉くなってやるッス! 奴隷なんかで人生終わらせてやらないッスよ!」
子どもの拳が空に向かって突き出される。
夢物語、あの頃の俺には考え付かないような言葉だ。
「僕はジェネアス! お前は?」
「エ、エディス……!」
拳は俺にも突き出されて、それに恐る恐る合わせると「また生きて会おうッス!」なんて言ってきた。
到底現実になるとは思えなかった。
だけど、俺にとっては初めて果たされた約束だったな。
ソイツが走って行ってしまって、馬鹿だった俺はびしょ濡れになった自分の服を握って立ち尽くしたまま。何分も、何十分も。
「大丈夫? 寒いでしょ」
そう言って、着ていた上着をかけられるまでそこにいた。
見上げたら笑われて恥ずかしくなる。
あの女以外とロクに話さなかったせいで声が言葉にならない。
「だ、駄目だよっ。これ……」
客だ。慌てて上着を返そうとしても受け取ってもらえなかった。
「着ててよ。こっちが寒くなるから。見ててさ、辛いんだよね」
濡れている俺を抱きしめてくるその人の体も、上着も温かくて。言葉も身に染みわたるようだった。
「ねえ。君、今日売りに出される子?」
「え? う、うんっ」
体を離して見上げると、また笑われる。
「だったら、俺と一緒に来ない?」
差し出された手を取りたかった。きっと”主人”として俺に良くしてくれると確信できる。
だが、その手を取ったらエディスさんとも父親とも会うことはできない。
「あの……ご」
「ねえ。俺寂しいんだ」
綺麗な服が汚れるのも気にせず俺の前にしゃがむこの人は、俺に『家族』になってほしいと言った。
「新しい家族はいらない?」
首を少し傾けて見つめられた俺は「家族」と言葉を繰り返す。
家族は変えられるものなのか、金で買うものなのか。
エディスさんは幻影か本物か。誰も迎えに来ない、捨てられた子ども。
「ほしい……ほしい、よ!」
本当の家族にとって俺が不要なら、この人には必要だというのならば。
「あなたの、家族になりたい……」
本当の名前なんていらない、家族もいらない。今抱きしめてくれるこの腕がいいと思った。
「うん。じゃあ、おいでよ。絶対にお父様に勝ち取ってもらうから!」
堂々と宣言するその人に頼もしさすら感じて、今から家族になるのだと誇らしくなる。
「俺はドゥルース。君は?」
「僕の……僕の名前は、えっと……エディス!」
なのに口の中に苦みが走る。酷い気持ちになって、吐きそうだ。
*** *** *** *** ***
大金を叩いて俺を買ってくれた、ドゥルースの親父さん。
俺は、この国の貴族の一員――フィンティア家に厄介になることになった。
ドゥルースは俺に優しくて、どれだけ甘えても抱きしめてくれる。
なのに、俺は家族に捨てられたことを思い出しては泣いた。
可哀想に思ったドゥルースは奴隷の俺に部屋や服をくれて、ベッドまで用立ててくれた。
夢にうなされた夜も、雷が怖くてもぐりこんだ夜も抱きしめて一緒のベッドで寝てくれて。
気持ち悪いオッサンに連れて行かれそうになった時だって助けてくれた。
俺とドゥルースは金だけで繋がった、主人と奴隷の関係でしかない。
なのに、家族以上に家族だと信じられた。
*** *** *** *** ***
だけど、屋敷に来て半年――身の凍るような雪が降る頃、それが始まった。
四十度を越える熱を出して俺は寝込んだ。
うなされながらも何度も「ドゥー」と呼んだ。
俺はドゥーにとっては家族だったけれど、それ以外の人にとっては奴隷だった。
奴隷に薬は与えられない決まりだったので、俺は当然ながら死ぬしかない。
当主の息子付きになった俺は他の奴隷からも嫌われていたから、そちらから用立ててもらうことすら期待できない。
そもそも一緒に住んでいなかった。
不要だと思われるくらいなら早々に死んでしまいたかった。
ドゥルースに病が移るくらいなら息絶えてしまいたかった。
奴隷部屋で見る夢に出てくる女の名前を呼んで、ベッドの上を芋虫のように蠢いて。
こんな時ですら、遠くに行ったあの女のことを想った。
「だめ、もう、いない!」
逃げるように体を跳ねるとベッドから落ちた。
奴隷用にしては大きく柔らかいベッドだったが、それ以上に暴れすぎたんだ。
床に体を打ち付けて息が苦しくなった。
胸からせり上がってきたソレを口から吐き出す。視界が赤く染まってくる、これはなにか。
「エディスさん」
その先にあの人の姿を見た気がして、手を伸ばしても空を切る。
「死にたい、死にたいよ……ドゥー」
*** *** *** *** ***
そう願ったのに起きたら、さっきと似たような色が視界に入ってきた。
「エディー、起きた?」
「ドゥー」
棒みたいに貧相な腕を取られて、弱々しくドゥルースが微笑みかけてくる。
手を握ってくる彼はいつもよりも優しい目をしていた。
どこから訊ねると「俺の部屋だからゆっくり寝て」と頭を撫でられる。
彼に看取ってもらえるのだと子ども心に安堵した。だから気が緩んだんだろう。
名前を呼んだ俺に用を訊ねた彼に、「エ、ディ……って」と欲が漏れた。
「エディって」
「エディー?」
呆けた顔をするドゥルースに、俺は「ううん、なんでもないの」と返したんだ。
本名によく似た名前で呼ばれるのが余計に辛くて、なのに自分が吐いた嘘のせいで言うことも出来ず。
甘えたいのだと思ったんだろう、ドゥルースに抱きしめられて目を閉じる。
「エディスは、俺が守るから」
「うん……うんっ!」
大好き。大好き。大好き。だけど、怖い。苦しい。辛い。寂しい。
彼を思い出すと、感情で胸がはちきれそうになる。
死んでしまえ、早く死んでしまえと胸を押さえてがなり立てそうになった。
「うん。分かった」
ドゥルースのオレンジ色の髪が日に照らされて輝く。優しい夕日の色に満たされる。
思えば、死ななくて良かったと考えてしまうのだから人間とは都合のいい生き物だ。
*** *** *** *** ***
【いでよアリィード!
極寒の地に住まう氷狼よ!
我の呼びかけに答え
悲水の凍る嘆きを奏でたまえ!】
ドゥルースを中心として、ほのかに薄水色に光る。
【氷狼の王者の嘆き】
最後の呪文を唱え終わると、ポンッという音と一緒に一匹の薄水色の狼が出てきた。
それを腕に抱えてドゥルースが俺のいる木陰まで歩いてくる。
「はい!」と差し出されたアリィードは、きゅーんと可愛らしい声を出した。
狼の王者と称されていても、子どものうちはまるで子犬のようだ。
「あ、ありがとうっ」
極寒の地・アイフリードで暮らすアリィードはひんやりと冷たい。
あの日から俺は格段に体力が落ち、顔色も常に悪くなっていた。
夏の少しばかり、暑い日も上着を肩に掛けていないと倒れる俺のために、ドゥルースはアリィードを呼び出してくれた。
もふもふの腹に頬を擦り寄せて、「ありがとう」ともう一度言葉にする。
ドゥルースも俺が笑うと喜ぶ。
俺の、あの人に似た顔が好かれているのだとここに来てすぐ気が付いた。
身よりも友もいない俺は、まさしく彼しか頼る人がいない。
そして、彼もまた一人だった。
家族にも家来にも好かれていない。
それは、彼の赤紫の目が原因だった。
魔力異常者――人の倍程に魔力がある者をそう呼ぶのだという。
ドゥルースはさらに、闇系統の魔力しか持たずに生まれてきた。
貴族の子どもとして、決定的な欠損なんだそうだ。
だから俺は他の人と違って、ドゥルースの味方でいたかった。
なのに、病状は良くならない。
それどころか、彼の傍にいると咳き込む、熱が出る、吐血する。
俺のせいでドゥルースが悪魔だ、人を殺すって言われてるのにだ。
その日も激しく咳き込んで、いつものように「大丈夫」と「心配しないで」を繰り返す。
指の間から血が滴って地面を汚す。
ドゥルースは住んでいる塔から週に一回以外は出るなと父親に命じられていて、それが今日なのに。
これじゃ来週は出してもらえない、と俺は自分を恨んだ。
「誰か、医者を!」
ドゥルースが周りにいる大人に叫んでも、皆に冷ややかな目で見られて「何故だ! なんで、誰も!!」とドゥルースが叫ぶ。
「エディス、生きて! 死なないで!」
ドゥルースの背におぶられて、何度も呼びかけられる。
彼は俺を守るんだと叫んで、泣く。
「大好きだよ。一番、大好きなんだっ!! だから、死なないで!!」
それにもなにも返してあげられなかった。俺も彼が好きだった。
置いていってほしいのに離してあげられなくて、それでも見えた門の外の世界は怖くて。
大人に黙って、勝手に出たドゥルースが許してもらえるのかって考えて――貧弱な体が先に限界を迎えて視界が落ちていく。
なのに誰も迎えに来ない。
真夏に――年間を通して気温の低い国だが、その日は少し温かった覚えがある――俺は売りに出されることになった。
全て嘘だった。気が狂っていて作り出した虚像だったのかと毎日疑って、疑って。
以前とは違い地下室で育てられ、何ヶ月かぶりに外に出ることが許された。
それも今日限りだったからなのだろう。
とぼとぼと歩いていた俺は、頭から水を浴びせかけられた。
「おーい! 大丈夫ッスかー!?」
呆然とする俺に駆け寄ってきたのは、くすんだ黄土色の長い髪の男児だった。
全身泥で汚れていたから、一目で奴隷だって分かったな。
「あー、随分濡れちまったッスね、お前さん。ま、夏だからすぐ乾くッスよ」
ごしごしと荒く顔を拭かれた。寄ると、つんと汗の匂いが鼻をつく。
「あ! もしかしてお前、今日の大目玉ッスか!?」
「う、うんっ。多分」
「うわーっ、さっすが! 僕らとは違うッスね!」
僕も今日売りに出されるんスよと、なにが楽しいのか笑っているソイツ。
ソイツに、俺は子どもの時にどう思ったんだったか。
そうだ、「そうなのっ!? いっしょだね!」なんて思って、手を握ったんだったな。
「どうせ安くたたかれるッスよ」
前歯の欠けた口で笑って、みすぼらしい。なのに楽しそうだ。
「でも僕、奴隷に収まるつもりないッスから。絶対、偉くなってやるッス! 奴隷なんかで人生終わらせてやらないッスよ!」
子どもの拳が空に向かって突き出される。
夢物語、あの頃の俺には考え付かないような言葉だ。
「僕はジェネアス! お前は?」
「エ、エディス……!」
拳は俺にも突き出されて、それに恐る恐る合わせると「また生きて会おうッス!」なんて言ってきた。
到底現実になるとは思えなかった。
だけど、俺にとっては初めて果たされた約束だったな。
ソイツが走って行ってしまって、馬鹿だった俺はびしょ濡れになった自分の服を握って立ち尽くしたまま。何分も、何十分も。
「大丈夫? 寒いでしょ」
そう言って、着ていた上着をかけられるまでそこにいた。
見上げたら笑われて恥ずかしくなる。
あの女以外とロクに話さなかったせいで声が言葉にならない。
「だ、駄目だよっ。これ……」
客だ。慌てて上着を返そうとしても受け取ってもらえなかった。
「着ててよ。こっちが寒くなるから。見ててさ、辛いんだよね」
濡れている俺を抱きしめてくるその人の体も、上着も温かくて。言葉も身に染みわたるようだった。
「ねえ。君、今日売りに出される子?」
「え? う、うんっ」
体を離して見上げると、また笑われる。
「だったら、俺と一緒に来ない?」
差し出された手を取りたかった。きっと”主人”として俺に良くしてくれると確信できる。
だが、その手を取ったらエディスさんとも父親とも会うことはできない。
「あの……ご」
「ねえ。俺寂しいんだ」
綺麗な服が汚れるのも気にせず俺の前にしゃがむこの人は、俺に『家族』になってほしいと言った。
「新しい家族はいらない?」
首を少し傾けて見つめられた俺は「家族」と言葉を繰り返す。
家族は変えられるものなのか、金で買うものなのか。
エディスさんは幻影か本物か。誰も迎えに来ない、捨てられた子ども。
「ほしい……ほしい、よ!」
本当の家族にとって俺が不要なら、この人には必要だというのならば。
「あなたの、家族になりたい……」
本当の名前なんていらない、家族もいらない。今抱きしめてくれるこの腕がいいと思った。
「うん。じゃあ、おいでよ。絶対にお父様に勝ち取ってもらうから!」
堂々と宣言するその人に頼もしさすら感じて、今から家族になるのだと誇らしくなる。
「俺はドゥルース。君は?」
「僕の……僕の名前は、えっと……エディス!」
なのに口の中に苦みが走る。酷い気持ちになって、吐きそうだ。
*** *** *** *** ***
大金を叩いて俺を買ってくれた、ドゥルースの親父さん。
俺は、この国の貴族の一員――フィンティア家に厄介になることになった。
ドゥルースは俺に優しくて、どれだけ甘えても抱きしめてくれる。
なのに、俺は家族に捨てられたことを思い出しては泣いた。
可哀想に思ったドゥルースは奴隷の俺に部屋や服をくれて、ベッドまで用立ててくれた。
夢にうなされた夜も、雷が怖くてもぐりこんだ夜も抱きしめて一緒のベッドで寝てくれて。
気持ち悪いオッサンに連れて行かれそうになった時だって助けてくれた。
俺とドゥルースは金だけで繋がった、主人と奴隷の関係でしかない。
なのに、家族以上に家族だと信じられた。
*** *** *** *** ***
だけど、屋敷に来て半年――身の凍るような雪が降る頃、それが始まった。
四十度を越える熱を出して俺は寝込んだ。
うなされながらも何度も「ドゥー」と呼んだ。
俺はドゥーにとっては家族だったけれど、それ以外の人にとっては奴隷だった。
奴隷に薬は与えられない決まりだったので、俺は当然ながら死ぬしかない。
当主の息子付きになった俺は他の奴隷からも嫌われていたから、そちらから用立ててもらうことすら期待できない。
そもそも一緒に住んでいなかった。
不要だと思われるくらいなら早々に死んでしまいたかった。
ドゥルースに病が移るくらいなら息絶えてしまいたかった。
奴隷部屋で見る夢に出てくる女の名前を呼んで、ベッドの上を芋虫のように蠢いて。
こんな時ですら、遠くに行ったあの女のことを想った。
「だめ、もう、いない!」
逃げるように体を跳ねるとベッドから落ちた。
奴隷用にしては大きく柔らかいベッドだったが、それ以上に暴れすぎたんだ。
床に体を打ち付けて息が苦しくなった。
胸からせり上がってきたソレを口から吐き出す。視界が赤く染まってくる、これはなにか。
「エディスさん」
その先にあの人の姿を見た気がして、手を伸ばしても空を切る。
「死にたい、死にたいよ……ドゥー」
*** *** *** *** ***
そう願ったのに起きたら、さっきと似たような色が視界に入ってきた。
「エディー、起きた?」
「ドゥー」
棒みたいに貧相な腕を取られて、弱々しくドゥルースが微笑みかけてくる。
手を握ってくる彼はいつもよりも優しい目をしていた。
どこから訊ねると「俺の部屋だからゆっくり寝て」と頭を撫でられる。
彼に看取ってもらえるのだと子ども心に安堵した。だから気が緩んだんだろう。
名前を呼んだ俺に用を訊ねた彼に、「エ、ディ……って」と欲が漏れた。
「エディって」
「エディー?」
呆けた顔をするドゥルースに、俺は「ううん、なんでもないの」と返したんだ。
本名によく似た名前で呼ばれるのが余計に辛くて、なのに自分が吐いた嘘のせいで言うことも出来ず。
甘えたいのだと思ったんだろう、ドゥルースに抱きしめられて目を閉じる。
「エディスは、俺が守るから」
「うん……うんっ!」
大好き。大好き。大好き。だけど、怖い。苦しい。辛い。寂しい。
彼を思い出すと、感情で胸がはちきれそうになる。
死んでしまえ、早く死んでしまえと胸を押さえてがなり立てそうになった。
「うん。分かった」
ドゥルースのオレンジ色の髪が日に照らされて輝く。優しい夕日の色に満たされる。
思えば、死ななくて良かったと考えてしまうのだから人間とは都合のいい生き物だ。
*** *** *** *** ***
【いでよアリィード!
極寒の地に住まう氷狼よ!
我の呼びかけに答え
悲水の凍る嘆きを奏でたまえ!】
ドゥルースを中心として、ほのかに薄水色に光る。
【氷狼の王者の嘆き】
最後の呪文を唱え終わると、ポンッという音と一緒に一匹の薄水色の狼が出てきた。
それを腕に抱えてドゥルースが俺のいる木陰まで歩いてくる。
「はい!」と差し出されたアリィードは、きゅーんと可愛らしい声を出した。
狼の王者と称されていても、子どものうちはまるで子犬のようだ。
「あ、ありがとうっ」
極寒の地・アイフリードで暮らすアリィードはひんやりと冷たい。
あの日から俺は格段に体力が落ち、顔色も常に悪くなっていた。
夏の少しばかり、暑い日も上着を肩に掛けていないと倒れる俺のために、ドゥルースはアリィードを呼び出してくれた。
もふもふの腹に頬を擦り寄せて、「ありがとう」ともう一度言葉にする。
ドゥルースも俺が笑うと喜ぶ。
俺の、あの人に似た顔が好かれているのだとここに来てすぐ気が付いた。
身よりも友もいない俺は、まさしく彼しか頼る人がいない。
そして、彼もまた一人だった。
家族にも家来にも好かれていない。
それは、彼の赤紫の目が原因だった。
魔力異常者――人の倍程に魔力がある者をそう呼ぶのだという。
ドゥルースはさらに、闇系統の魔力しか持たずに生まれてきた。
貴族の子どもとして、決定的な欠損なんだそうだ。
だから俺は他の人と違って、ドゥルースの味方でいたかった。
なのに、病状は良くならない。
それどころか、彼の傍にいると咳き込む、熱が出る、吐血する。
俺のせいでドゥルースが悪魔だ、人を殺すって言われてるのにだ。
その日も激しく咳き込んで、いつものように「大丈夫」と「心配しないで」を繰り返す。
指の間から血が滴って地面を汚す。
ドゥルースは住んでいる塔から週に一回以外は出るなと父親に命じられていて、それが今日なのに。
これじゃ来週は出してもらえない、と俺は自分を恨んだ。
「誰か、医者を!」
ドゥルースが周りにいる大人に叫んでも、皆に冷ややかな目で見られて「何故だ! なんで、誰も!!」とドゥルースが叫ぶ。
「エディス、生きて! 死なないで!」
ドゥルースの背におぶられて、何度も呼びかけられる。
彼は俺を守るんだと叫んで、泣く。
「大好きだよ。一番、大好きなんだっ!! だから、死なないで!!」
それにもなにも返してあげられなかった。俺も彼が好きだった。
置いていってほしいのに離してあげられなくて、それでも見えた門の外の世界は怖くて。
大人に黙って、勝手に出たドゥルースが許してもらえるのかって考えて――貧弱な体が先に限界を迎えて視界が落ちていく。
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