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回想/少年編
7.年齢制限しておりません。
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「ハイデちゃん、お久しぶりね」
ふわふわとした、薄い金髪に澄んだ黒の瞳。
可愛らしいデザインのツーピースに、すらりと細くて長い足には花柄のタイツ。
笑顔が可愛い、十六歳くらいの女の子だった。
「ローラ様、いきなり呼び出したりして…すみません」
「いいわよ。一段落したところだから」
嘘か誠か元王子であるハイデをちゃん付けにし、様呼びをさせる人。
「あら?」
廊下から顔だけ出して覗き見ていたら、その人と目が合った。
「まあぁっ、とおっても可愛いわ!」
「えっ? うわあ!」
目が合ったと気が付いた途端、柔らかいものが顔面にぶつかってきた。
何事かと思ったが、遠くにいたはずの人が目の前にいて、抱きしめられているだけだった。
だけど、その"だけ"が子どもには恐ろしい。
「ハイデちゃん、この子可愛いわね」
「あげたくないんですよ」
その人は声を上げて笑って、「えー。いいのかしら?」と目を細めた。
背はハイデの方が高いのに、確かに見下しているのだと感じる声音と目つきだった。
「あなたのことはなんと呼べばいいのかしら? エドワード?」
なんと呼ばれたいのか。
単純に考えるならエドワードだ。
だけど、エディスさんの話が本当であるかどうかの確証はないし、俺が息子でなかった場合不敬罪になってしまう。
「エディス」
考えてから偽名を選ぶと、その人はあらと手を口に当てた。
「それ女の子の名前だけど大丈夫? いいの?」
指摘されて初めて、俺はそうなのかと思った。なら好都合だとも。
男につけない名前なら余計に目印になりやすい。
「そう。なら、エディスちゃん。私とちょっとお話をしましょう」
促されて応接間のソファーに腰掛ける。
一人だけいた爺やが紅茶の入ったカップを勧めてきたので、一口だけ喉に通す。
「私が聞くことに、正直に答えてね。私、嘘つきは嫌いなの」
正面に座った女性は、膝の上に手を置いてから俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。
「軍に入りたい?」
その質問に、その時の俺もやっぱりなと思ったはずだ。
この人といると、優しそうな顔をしているのに隙がないというか、まるで体の内側まで覗かれているような気分になる。
はいと答えると、すかさず「どうして?」と突っ込まれる。
それに「給料です」と率直に言うと、女性は目を瞬かせた。
「お給料?」
「はい。国に準ずる職業ですから、士官にならなくてもそこそこの給料が貰えますよね」
子どもを雇ってくれるような所よりは高いと思うんですけどと言うと、面食らったように口を開けた女性は小さく頷く。
「そう、ね……そうだと思うわ」
「自分で生きていけるようになりたくて。勿論、軍に入るまでに準備はします」
出世払いで講師をつけてもらいますと頭を下げると、女性は困惑したようにハイデを振り返り見た。
「講師って、魔法の?」
「はい。それに剣も」
もう一度見ると、ハイデは「どちらも筋がいいと」言う。
女性は姿勢を正すと、笑い始めた。
「どうも、私には貴方の思いを止められないようね。もっと違う意味でこう言うことになるはずだったけれど、予想の範疇を超えてしまったわ」
今のその気持ちをどうか忘れないで。そう言われ、頷いた。
「私の名前はローラ。あなたが入隊を希望しているW.M.A、黒杯の軍の元帥です」
まるっきり少女にしか見えないこの人の地位に、俺は呆然とした。
軍の上層部どころではないのに、「うふふ」と頬に手を当てて笑う顔は軍人だとも思えない。
「そろそろ中堅層を厚くしたくて。新しい若手を求めていたの」
私、もうすぐ死ぬから。そう告げられ、俺は意味を理解できなくなってくる。
「私は近い将来に殺される。その猶予は一年もないと思うのよね」
そっと、ローラ様が自分の胸に手を置き、瞳を曇らせた。
「原因は……犯人の見当はついていないんですか」
「こんなお婆さんだから、嫌がる人はたくさんいるわ」
これでもう七十歳なのよと笑われ、冗談だろうと思った。
全て冗談で、どこかの学生でも連れてきたんだと。
「エディー、能力者って知らないの?」
ため息を吐くと、ハイデがそう訊いてきた。
知らないと言うと、「ふぅん……じゃあ」と何事か言おうとして、俺が見つめているのに気が付いたハイデは笑って誤魔化そうとする。
言及しようと立ち上がりかけた俺をローラ様が手で制す。
「いずれ分かることよ、焦らなくてもいいわ」
ただ一つだけと手招きされ、体を前に傾けてローラ様に近寄る。
口の傍に手を当てたローラ様は「私はいくばくかの未来を知ることができる」と囁いた。
驚いて見ると、目線を合わせて笑ったローラ様は離れていく。
「あなたは必ずこちら側に来れる」
胸に手を当てて目を閉じたローラ様に、俺はどういうことだと口にしそうになった。
「あなたが入隊する時、私はいない。だけど、待っているわ」
未来ある若者に託せるのは嬉しいことねと、今度は心の内を明かされる。
「あまり仕事ばかりしてはいけないわよ。恋も、遊びも楽しんでね」
これは、軍に入るのを許されたということか。
まだ訓練を始めたばかりだし、入隊試験は当分先なんだが。
期待を込めて見つめると、ローラ様に「試験に合格するといいわね」と言われたので半笑いで「はい」と返してしまう。
そうだよな、そう簡単にいくはずがないよな。
「それじゃあハイデちゃん。私は帰るわね」
「ローラ様……止めてくださらないとは。残念です」
「あら、年齢制限してないもの。断る必要がないわ」
ハイデの苦言にものらりくらりと避けるローラ様の前に歩いていく。
「ありがとうございました」
にこやかに笑うローラ様に頭を下げると、ローラ様は「はぁい」と返した。
頭を撫でていたかと思うと、俺の耳元に顔を寄せて「彼は敵」と吹き込んでくる。
「南に行くといいわ。そうね、旅行で」
きっといい出会いがあると言って、俺のポケットに手を入れた。
軽やかに歩いていく彼女を玄関まで見送りに行こうとすると、笑顔でドアの前に突っ立っていたハイデに「なに言われたの」と問われる。
「なんでもないよ。応援してもらっただけ」
笑いかけると、本当? と後頭部に手を当てられた。
「うん。自慢の弟だって言ってもらえるように、頑張るな」
顔を覗き込んで言うと、ハイデの目が和らぐ。
ふわふわとした、薄い金髪に澄んだ黒の瞳。
可愛らしいデザインのツーピースに、すらりと細くて長い足には花柄のタイツ。
笑顔が可愛い、十六歳くらいの女の子だった。
「ローラ様、いきなり呼び出したりして…すみません」
「いいわよ。一段落したところだから」
嘘か誠か元王子であるハイデをちゃん付けにし、様呼びをさせる人。
「あら?」
廊下から顔だけ出して覗き見ていたら、その人と目が合った。
「まあぁっ、とおっても可愛いわ!」
「えっ? うわあ!」
目が合ったと気が付いた途端、柔らかいものが顔面にぶつかってきた。
何事かと思ったが、遠くにいたはずの人が目の前にいて、抱きしめられているだけだった。
だけど、その"だけ"が子どもには恐ろしい。
「ハイデちゃん、この子可愛いわね」
「あげたくないんですよ」
その人は声を上げて笑って、「えー。いいのかしら?」と目を細めた。
背はハイデの方が高いのに、確かに見下しているのだと感じる声音と目つきだった。
「あなたのことはなんと呼べばいいのかしら? エドワード?」
なんと呼ばれたいのか。
単純に考えるならエドワードだ。
だけど、エディスさんの話が本当であるかどうかの確証はないし、俺が息子でなかった場合不敬罪になってしまう。
「エディス」
考えてから偽名を選ぶと、その人はあらと手を口に当てた。
「それ女の子の名前だけど大丈夫? いいの?」
指摘されて初めて、俺はそうなのかと思った。なら好都合だとも。
男につけない名前なら余計に目印になりやすい。
「そう。なら、エディスちゃん。私とちょっとお話をしましょう」
促されて応接間のソファーに腰掛ける。
一人だけいた爺やが紅茶の入ったカップを勧めてきたので、一口だけ喉に通す。
「私が聞くことに、正直に答えてね。私、嘘つきは嫌いなの」
正面に座った女性は、膝の上に手を置いてから俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。
「軍に入りたい?」
その質問に、その時の俺もやっぱりなと思ったはずだ。
この人といると、優しそうな顔をしているのに隙がないというか、まるで体の内側まで覗かれているような気分になる。
はいと答えると、すかさず「どうして?」と突っ込まれる。
それに「給料です」と率直に言うと、女性は目を瞬かせた。
「お給料?」
「はい。国に準ずる職業ですから、士官にならなくてもそこそこの給料が貰えますよね」
子どもを雇ってくれるような所よりは高いと思うんですけどと言うと、面食らったように口を開けた女性は小さく頷く。
「そう、ね……そうだと思うわ」
「自分で生きていけるようになりたくて。勿論、軍に入るまでに準備はします」
出世払いで講師をつけてもらいますと頭を下げると、女性は困惑したようにハイデを振り返り見た。
「講師って、魔法の?」
「はい。それに剣も」
もう一度見ると、ハイデは「どちらも筋がいいと」言う。
女性は姿勢を正すと、笑い始めた。
「どうも、私には貴方の思いを止められないようね。もっと違う意味でこう言うことになるはずだったけれど、予想の範疇を超えてしまったわ」
今のその気持ちをどうか忘れないで。そう言われ、頷いた。
「私の名前はローラ。あなたが入隊を希望しているW.M.A、黒杯の軍の元帥です」
まるっきり少女にしか見えないこの人の地位に、俺は呆然とした。
軍の上層部どころではないのに、「うふふ」と頬に手を当てて笑う顔は軍人だとも思えない。
「そろそろ中堅層を厚くしたくて。新しい若手を求めていたの」
私、もうすぐ死ぬから。そう告げられ、俺は意味を理解できなくなってくる。
「私は近い将来に殺される。その猶予は一年もないと思うのよね」
そっと、ローラ様が自分の胸に手を置き、瞳を曇らせた。
「原因は……犯人の見当はついていないんですか」
「こんなお婆さんだから、嫌がる人はたくさんいるわ」
これでもう七十歳なのよと笑われ、冗談だろうと思った。
全て冗談で、どこかの学生でも連れてきたんだと。
「エディー、能力者って知らないの?」
ため息を吐くと、ハイデがそう訊いてきた。
知らないと言うと、「ふぅん……じゃあ」と何事か言おうとして、俺が見つめているのに気が付いたハイデは笑って誤魔化そうとする。
言及しようと立ち上がりかけた俺をローラ様が手で制す。
「いずれ分かることよ、焦らなくてもいいわ」
ただ一つだけと手招きされ、体を前に傾けてローラ様に近寄る。
口の傍に手を当てたローラ様は「私はいくばくかの未来を知ることができる」と囁いた。
驚いて見ると、目線を合わせて笑ったローラ様は離れていく。
「あなたは必ずこちら側に来れる」
胸に手を当てて目を閉じたローラ様に、俺はどういうことだと口にしそうになった。
「あなたが入隊する時、私はいない。だけど、待っているわ」
未来ある若者に託せるのは嬉しいことねと、今度は心の内を明かされる。
「あまり仕事ばかりしてはいけないわよ。恋も、遊びも楽しんでね」
これは、軍に入るのを許されたということか。
まだ訓練を始めたばかりだし、入隊試験は当分先なんだが。
期待を込めて見つめると、ローラ様に「試験に合格するといいわね」と言われたので半笑いで「はい」と返してしまう。
そうだよな、そう簡単にいくはずがないよな。
「それじゃあハイデちゃん。私は帰るわね」
「ローラ様……止めてくださらないとは。残念です」
「あら、年齢制限してないもの。断る必要がないわ」
ハイデの苦言にものらりくらりと避けるローラ様の前に歩いていく。
「ありがとうございました」
にこやかに笑うローラ様に頭を下げると、ローラ様は「はぁい」と返した。
頭を撫でていたかと思うと、俺の耳元に顔を寄せて「彼は敵」と吹き込んでくる。
「南に行くといいわ。そうね、旅行で」
きっといい出会いがあると言って、俺のポケットに手を入れた。
軽やかに歩いていく彼女を玄関まで見送りに行こうとすると、笑顔でドアの前に突っ立っていたハイデに「なに言われたの」と問われる。
「なんでもないよ。応援してもらっただけ」
笑いかけると、本当? と後頭部に手を当てられた。
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