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入隊編
3.俺、乙女の血より価値があります
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雲の隙間から覗く月が美しい夜だった。
「あー、まだかなり冷えんなー」
結局、いつも通り書類仕事を手伝ってほしいと言うミシアに丸め込まれて休みはなくなった。
レウは戦闘訓練まで参加したエディスに呆れていたが、最後まで付き合ってくれたところを見ると悪いやつではないのだろう。
その後、気まぐれに二人で軍の宿舎の屋上に上がってきた。
びゅうびゅうと強い風が吹き荒れる中、乱れる髪もそのままに空を見上げる。
「掛けてろよ」と言われて後ろを見ると、レウが上着を脱ごうとしていた。
エディスは断ったが、問答無用で肩にかけられて唇を尖らせる。
隣に並んできたレウを横目で見ていたエディスは、手すりを掴んだまま背を後ろに倒す。
「アンタはなんで軍に入隊したんだ」
なにか目的でもあったのかと聞かれると、「面接かよ」と吐き捨てた。
手に力を入れて体を引き戻し、手すりに頬杖をつく。
「ねえよ、んなもん。この年でも一人で生活できるくらいの給料を貰えるのがここだけだったんだ」
そう言ってエディスは辺りを見渡す。
このW.M.A黒杯の軍、中央司令塔は5つの棟から成っている。
北に、アンドロイドや銃火器を作ることを主としている軍兵器開発部。
東に戦闘科。
戦闘科は2つの部署に分かれている。
魔物退治や盗賊退治などを主としている治安維持部と、王族や貴族の護衛を主としている近衛部に。
エディスは入隊後、この戦闘科治安維持部に所属の希望を出して無事採用された。
南東に病人の治療や看護を主としている医療部。
南西に魔物のデータ管理や報告書の整理を主としている事務部。
そして、西にあるのが現在エディスが寝そべっている寮だ。
星の形をしている黒杯の軍の真ん中に、もう1つ施設がある。
W.M.Aのもう一つの顔、人々を祈りの力で癒し、退魔の力で異端魔術師を裁く、聖杯の軍。
その活動拠点である、ティーンス大聖堂が守られている。
窓ガラス以外が全て黒い外観の黒杯の軍の施設、その中に気高く建つ白の女王だ。
「う~~……やっぱ寒ぃ。早く中に入りたいな」
ぶるりと震えたエディスは手袋をつけた手を擦り合わせる。
だが、その耳にバサッ、バサッと大きな翼ではばたく音が入ってくると嬉々として顔を上げた。
「うわっ!?」
飛来してきた黒い物に向かって、魔物で作った雷撃を浴びせる。
いきなり眩しい光を間近で見たレウは「言えよ」とエディスを小突いた。
だが彼は謝らず、額に手を当てて空を見上げる。
暗い世界にぼんやりと浮かぶ金の目に、僅かに開かれた口から覗く白い犬歯。
周りに従えるは蝙蝠。背中には黒い翼と、まさにといった風貌である。
「ミシア大佐からの情報通り。赤のヴァンパイアだな」
「軍の真上を飛ぶ馬鹿がいるとは思わなかったぜ」
エディスはレウの上着を彼の胸に押し付ける。
拳を手のひらで押して指の関節を慣らし、足首を回す。
「癒しのヴァンパイアじゃないなら、討伐しちまっていいな」
魔物の赤く染まった口の端が上がった。
真一文字にエディスの懐まで潜り込んできて、自分の腕を掴もうとした魔物の手を払う。
だが、長い髪の毛を引っ張られて、痛みに顔を顰める。
「美しい瞳だ……」
下卑た笑みを浮かべた顔を近づけてきた魔物の向う脛を、エディスは蹴った。
右の眼球に湿った感触がして、顔を引き攣らせる。
目を舐められ、おまけに演技がかった動きと声に嫌悪感を抱いたエディスはうえぇと舌を出した。
「乙女の血を、と思い出てきたが、これが手に入るのならばもういらないな」
今度は首を舐められ、ゲエッと喉を引きつらせる。
だが、魔物の腕が肩から吹っ飛ぶ。
剣を持ったレウに腕を引っ張られ、彼の後ろまで行かされる。
「随分と気持ちの悪い魔物だな……!」
レウが顎を蹴り飛ばすと、ヴァンパイアは空中で一回転して体勢を整えた。
悠々と空を飛ぶ魔物に、エディスはレウの後ろで魔法を展開させる。
「アンタ、ヴァンパイア用のまたたびでも塗ってんのか」
「そんなもん聞いたこともねえよ」
あからさまにエディスを狙っている。
そのことに気がついたレウが視線を寄越すが、首を横に振った。
「ソイツは我らヴァンパイア族にとって、最上級の代物だ」
だが、魔物はそう言ってマントを腕ではらう。
その向こう側から現れた、金の光を優しく地に降り注ぐ月――それを見たエディスは、眉を寄せる。
「……は? アンタ、まさか半ヴァンパイアなのか!?」
噛まれたことがあるのかとレウに聞かれて、エディスは「違うけど」と嘘をついた。
「誤魔化しても無駄だ、私には分かるのだ。お前の中に、私と同じ血が入っているのがな」
「ああ言ってるけど」とヴァンパイアを指差すレウに、エディスは腕を組んでしばし悩む。
そして「小さい頃に、ちょっと」と小さな声で呟いた。
「~~っ、ちょっとって問題じゃねえだろ!? 一応、アンタ討伐対象……じゃねえけど」
「半ヴァンパイアは猫や犬と同じ扱い、だもんな」
ヴァンパイアには、三つの種類がある。
一つ目の種類は、人の生き血を飲み、生気を吸い殺す“赤のヴァンパイア”。
これは軍の討伐対象に指定されている。
二つ目の種類は、人の生き血を飲む代わりに生命を与えることが可能な“癒しのヴァンパイア”。
死者をも生き返らせると言われているが、狩られすぎて今では滅多に発見されることがない。
その癒しのヴァンパイアによって生命を与えられた、通称”半ヴァンパイア”が3つ目の種類だ。
狼男と同じように満月を見ると、両の目のどちらかが宝石のように美しい色に変わる。
その為、愛玩動物として魔物収集家や金持ちの中で高値で取引をされているのだ。
「でも魔物ではあるだろ……なのに、なんで軍で働いてんだよ」
「だから給料の為だって。半分でも人間だからな、働かないと生きていけねえの」
人間からも魔物からも追われる身って辛い、と胸に手を当てたエディスは切なげな顔をした。
それを見ていたレウは口を開けて唖然とする。
だが、魔物が三度エディスを襲う為に突進してくるのを見て、魔法で防御壁を作った。
弾き飛ばされたヴァンパイアは旋回し、二人の背後にある給水塔に突っ込んでいく。
突き破られた給水塔から水が噴出してエディスたちを濡らした。
目を閉じ、顔を腕で庇ったエディスを魔物が掻っ攫う。
「おいっ……!」
体が浮き、足が宙を掻く。
風が圧し掛かってくる感覚がした瞬間、エディスは魔物の頭に手を伸ばした。
手のひらから放出した魔力が魔物のこめかみを貫通すると、体が解放された。
体重に任せ、下へと落下していく。
視界は悪いが、地上への距離を測るためにエディスは目を開いた。
しかしーーそこに映ったのは、とぼけた顔をした見知らぬ青年の姿だった。
「あー、まだかなり冷えんなー」
結局、いつも通り書類仕事を手伝ってほしいと言うミシアに丸め込まれて休みはなくなった。
レウは戦闘訓練まで参加したエディスに呆れていたが、最後まで付き合ってくれたところを見ると悪いやつではないのだろう。
その後、気まぐれに二人で軍の宿舎の屋上に上がってきた。
びゅうびゅうと強い風が吹き荒れる中、乱れる髪もそのままに空を見上げる。
「掛けてろよ」と言われて後ろを見ると、レウが上着を脱ごうとしていた。
エディスは断ったが、問答無用で肩にかけられて唇を尖らせる。
隣に並んできたレウを横目で見ていたエディスは、手すりを掴んだまま背を後ろに倒す。
「アンタはなんで軍に入隊したんだ」
なにか目的でもあったのかと聞かれると、「面接かよ」と吐き捨てた。
手に力を入れて体を引き戻し、手すりに頬杖をつく。
「ねえよ、んなもん。この年でも一人で生活できるくらいの給料を貰えるのがここだけだったんだ」
そう言ってエディスは辺りを見渡す。
このW.M.A黒杯の軍、中央司令塔は5つの棟から成っている。
北に、アンドロイドや銃火器を作ることを主としている軍兵器開発部。
東に戦闘科。
戦闘科は2つの部署に分かれている。
魔物退治や盗賊退治などを主としている治安維持部と、王族や貴族の護衛を主としている近衛部に。
エディスは入隊後、この戦闘科治安維持部に所属の希望を出して無事採用された。
南東に病人の治療や看護を主としている医療部。
南西に魔物のデータ管理や報告書の整理を主としている事務部。
そして、西にあるのが現在エディスが寝そべっている寮だ。
星の形をしている黒杯の軍の真ん中に、もう1つ施設がある。
W.M.Aのもう一つの顔、人々を祈りの力で癒し、退魔の力で異端魔術師を裁く、聖杯の軍。
その活動拠点である、ティーンス大聖堂が守られている。
窓ガラス以外が全て黒い外観の黒杯の軍の施設、その中に気高く建つ白の女王だ。
「う~~……やっぱ寒ぃ。早く中に入りたいな」
ぶるりと震えたエディスは手袋をつけた手を擦り合わせる。
だが、その耳にバサッ、バサッと大きな翼ではばたく音が入ってくると嬉々として顔を上げた。
「うわっ!?」
飛来してきた黒い物に向かって、魔物で作った雷撃を浴びせる。
いきなり眩しい光を間近で見たレウは「言えよ」とエディスを小突いた。
だが彼は謝らず、額に手を当てて空を見上げる。
暗い世界にぼんやりと浮かぶ金の目に、僅かに開かれた口から覗く白い犬歯。
周りに従えるは蝙蝠。背中には黒い翼と、まさにといった風貌である。
「ミシア大佐からの情報通り。赤のヴァンパイアだな」
「軍の真上を飛ぶ馬鹿がいるとは思わなかったぜ」
エディスはレウの上着を彼の胸に押し付ける。
拳を手のひらで押して指の関節を慣らし、足首を回す。
「癒しのヴァンパイアじゃないなら、討伐しちまっていいな」
魔物の赤く染まった口の端が上がった。
真一文字にエディスの懐まで潜り込んできて、自分の腕を掴もうとした魔物の手を払う。
だが、長い髪の毛を引っ張られて、痛みに顔を顰める。
「美しい瞳だ……」
下卑た笑みを浮かべた顔を近づけてきた魔物の向う脛を、エディスは蹴った。
右の眼球に湿った感触がして、顔を引き攣らせる。
目を舐められ、おまけに演技がかった動きと声に嫌悪感を抱いたエディスはうえぇと舌を出した。
「乙女の血を、と思い出てきたが、これが手に入るのならばもういらないな」
今度は首を舐められ、ゲエッと喉を引きつらせる。
だが、魔物の腕が肩から吹っ飛ぶ。
剣を持ったレウに腕を引っ張られ、彼の後ろまで行かされる。
「随分と気持ちの悪い魔物だな……!」
レウが顎を蹴り飛ばすと、ヴァンパイアは空中で一回転して体勢を整えた。
悠々と空を飛ぶ魔物に、エディスはレウの後ろで魔法を展開させる。
「アンタ、ヴァンパイア用のまたたびでも塗ってんのか」
「そんなもん聞いたこともねえよ」
あからさまにエディスを狙っている。
そのことに気がついたレウが視線を寄越すが、首を横に振った。
「ソイツは我らヴァンパイア族にとって、最上級の代物だ」
だが、魔物はそう言ってマントを腕ではらう。
その向こう側から現れた、金の光を優しく地に降り注ぐ月――それを見たエディスは、眉を寄せる。
「……は? アンタ、まさか半ヴァンパイアなのか!?」
噛まれたことがあるのかとレウに聞かれて、エディスは「違うけど」と嘘をついた。
「誤魔化しても無駄だ、私には分かるのだ。お前の中に、私と同じ血が入っているのがな」
「ああ言ってるけど」とヴァンパイアを指差すレウに、エディスは腕を組んでしばし悩む。
そして「小さい頃に、ちょっと」と小さな声で呟いた。
「~~っ、ちょっとって問題じゃねえだろ!? 一応、アンタ討伐対象……じゃねえけど」
「半ヴァンパイアは猫や犬と同じ扱い、だもんな」
ヴァンパイアには、三つの種類がある。
一つ目の種類は、人の生き血を飲み、生気を吸い殺す“赤のヴァンパイア”。
これは軍の討伐対象に指定されている。
二つ目の種類は、人の生き血を飲む代わりに生命を与えることが可能な“癒しのヴァンパイア”。
死者をも生き返らせると言われているが、狩られすぎて今では滅多に発見されることがない。
その癒しのヴァンパイアによって生命を与えられた、通称”半ヴァンパイア”が3つ目の種類だ。
狼男と同じように満月を見ると、両の目のどちらかが宝石のように美しい色に変わる。
その為、愛玩動物として魔物収集家や金持ちの中で高値で取引をされているのだ。
「でも魔物ではあるだろ……なのに、なんで軍で働いてんだよ」
「だから給料の為だって。半分でも人間だからな、働かないと生きていけねえの」
人間からも魔物からも追われる身って辛い、と胸に手を当てたエディスは切なげな顔をした。
それを見ていたレウは口を開けて唖然とする。
だが、魔物が三度エディスを襲う為に突進してくるのを見て、魔法で防御壁を作った。
弾き飛ばされたヴァンパイアは旋回し、二人の背後にある給水塔に突っ込んでいく。
突き破られた給水塔から水が噴出してエディスたちを濡らした。
目を閉じ、顔を腕で庇ったエディスを魔物が掻っ攫う。
「おいっ……!」
体が浮き、足が宙を掻く。
風が圧し掛かってくる感覚がした瞬間、エディスは魔物の頭に手を伸ばした。
手のひらから放出した魔力が魔物のこめかみを貫通すると、体が解放された。
体重に任せ、下へと落下していく。
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