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南部編ー後半ー
4.陰気な魔物
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「まあまあ二人とも。とりあえずコーヒーでも飲むッスよ」
ジェネアスがエディスの隣に腰かけ、コーヒーカップを手渡してくる。
「奥さんの料理美味かったッス!」
白いソファーの前に設置された長テーブルを挟んで、反対側にいるドールの前にもコーヒーを置く。
「ガムシロップとミルクはいるッスか?」
中央では見かけることがなかった水状の砂糖を勧められ、ドールは「いるわ~苦いの好きじゃねえんだわ」と言って手を差し出す。
ドールの手に一つ落としたジェネアスにどうかと訊かれ、首を振って断る。すると笑いながら「ブラックコーヒー飲めるようになったんスね」と耳打ちしてきたので、肘で突いて押しやった。
「ミシアは昔も元気だったんだな」
「お。さっすが部下。よく知ってる」
ぴゅうと口笛を吹かれ、「そっちはどういう関係だったんだ」と突っ込んで訊いてやる。すると、歯を見せて嫌味な笑みを浮かべ「同僚だ」と言ってきた。
ソファーの背もたれに手をついて上半身を曲げた状態で話すドールの頭を、やって来たリスティーが手で押し返す。
「エディス、軍時代のことは聞かないでよ。すぐ武勇伝みたいに話し始めるんだから」
「お前は聞き飽きてるんだけどなあ、俺は知らねえんだよ」
なにがヒントになるか分からないのだ。聞いておくに越したことはないと話を塞ごうとしてくるリスティーを睨むと、彼女は唇を尖らせて「ハイハイ、お好きにどーぞ」と手を返す。
「アイツを中央に置きっぱなしにしちまったのは、俺たちの責任だ」
よっこらせと言いながら立ち上がったドールが、ジェネアスとエディスの間に無理矢理割り込んで座ってきた。ドールはふいーっと息を大げさに吐き出しながら、背もたれに腕をかける。
「俺たちは皆、一人の魔物に魅入られちまったのよ」
「なんスかソレ」
その大袈裟っぷりに、ジェネアスはすでに片眉を上げてうんざりした様子だ。
眼を閉じて自分の世界に入ってしまったドールの様子にエディスは「はあ。一人の魔物」と興味を示したが、実の娘であるリスティーは余程嫌気がさしているのか両耳を手で押さえる。伏せて長い長い溜息を吐いたかと思うと、またどこかへ行ってしまった。
「背が高いだけの、薄暗い目と青白い顔をした陰気な奴だったよ。初めは周りも不気味がったし、ソイツも誰かと話をしようとしなかった」
健康的な肌色をした陽気な吸血鬼がいたら見てみたいとエディスは言おうとして口に手を当てる。この話を茶化したり塞いではいけないような気がしたのだ。
「だけどな、ソイツの力は俺たち軍人にとっては魅力的だったんだ」
冷製を保とうとして膝の上に置いた手を握り締める。何故こうも気になるのか、思い当たる理由が脳裏をかすめていく。
「親父さん。ソイツ……なんの魔物だったんだ?」
胸が鼓動を打つ。エディスの手が自然と上がり、唇を指でなぞっていく。
「あ? 癒しのヴァンパイアだよ」
あの日受けた熱が再び宿る。耳に吹き込まれた言葉が胸まで落ちてきて、内側から痺れるような感覚が芽生える。
彼なのだろうか。そう問いかけが出ようとする。
「癒しの能力を使わせようとしたのか?」
「いいや、違う」
ならば何故かと訊こうとしたエディスの頭を撫で、親父さんは曖昧に微笑む。
「これは知らない方がいい。君は軍人だ」
ぽりと頭を申し訳なさそうに頬を掻き、「とにかく、ソイツは凄かったんだ」とだけ言う。それにエディスは話にならない! と苛立ちを感じたが、話の続きを促した。
「それでまあ、ソイツがいれさえすれば人間なんていらない、なんて馬鹿げたことを言う奴も出てきてな。軍が荒れ始めたのはその頃からだ」
何か分からないが、凄い能力を持った魔物。そんな危険な生物を考えなしに近くに置くのか。
半分ヴァンパイアの魔力が混ざった自分が志願することが異端だとハイデは言っていた。なのに本物の魔物が殺害されずに重用されていた? 馬鹿げたことが昔の軍部では許されていたのか。
「……失踪中の女王が懇意にしていたのはソイツなのか」
「え? あー、そうだ」
やはりかと呟いたエディスに、ドールは「敏いな」と片眉を下げる。
「それならアンタじゃなくてミシアから話を聞き出せれば……いや、分かった。でも、可能なのか? そんなこと」
女王が懇意にしていた魔物、海の魔女の兄、軍が管理しているモノ――それを合わせると、自ずと答えは出てきた。けれど、不可能に近い。
「能力者だったんだろ、ソイツ」
「ああ、そういうことッスか」
納得した様子だったジェネアスも、すぐにあれ? と首を傾げた。
そうだ、間にいるこの男が知っているかは分からないが、魔物と能力者とでは内部を構成するものが違う。その両方をあの男が持っているとすれば、軍が――誰が、放っておきたくなかったんだ。
「あの、」
ジェネアスが問おうと口を開いた時、エディスは視線を感じて立ち上がった。窓の向こうを睨んで、
【護り神 此処に!】
唱えた瞬間、壁一面が吹き飛ぶ。微塵に弾けた木端が魔法で作ったシールドに跳ね返る。エディスは背にジェネアスとドールを庇いながら、土煙の先に目を凝らし――
「どうして……」
呆然と呟き、よろめいてソファーに座り込んだ。その肩を支えるジェネアスに誰かと問われ、震える手で口元を覆うとする。
煙が晴れ、まず見えてきたのは風に靡く夕焼け。黒衣に身を包んだ、伸びやかな四肢を持つ美しい体はすっかり大人びていた。
「――よくも俺を裏切ってくれたな」
赤紫の目がこちらを見下ろす。怒りに震える唇が己の名を呼んだ。目を見張ったエディスは、追憶の中にあるかつての主の名を口にした。
ジェネアスがエディスの隣に腰かけ、コーヒーカップを手渡してくる。
「奥さんの料理美味かったッス!」
白いソファーの前に設置された長テーブルを挟んで、反対側にいるドールの前にもコーヒーを置く。
「ガムシロップとミルクはいるッスか?」
中央では見かけることがなかった水状の砂糖を勧められ、ドールは「いるわ~苦いの好きじゃねえんだわ」と言って手を差し出す。
ドールの手に一つ落としたジェネアスにどうかと訊かれ、首を振って断る。すると笑いながら「ブラックコーヒー飲めるようになったんスね」と耳打ちしてきたので、肘で突いて押しやった。
「ミシアは昔も元気だったんだな」
「お。さっすが部下。よく知ってる」
ぴゅうと口笛を吹かれ、「そっちはどういう関係だったんだ」と突っ込んで訊いてやる。すると、歯を見せて嫌味な笑みを浮かべ「同僚だ」と言ってきた。
ソファーの背もたれに手をついて上半身を曲げた状態で話すドールの頭を、やって来たリスティーが手で押し返す。
「エディス、軍時代のことは聞かないでよ。すぐ武勇伝みたいに話し始めるんだから」
「お前は聞き飽きてるんだけどなあ、俺は知らねえんだよ」
なにがヒントになるか分からないのだ。聞いておくに越したことはないと話を塞ごうとしてくるリスティーを睨むと、彼女は唇を尖らせて「ハイハイ、お好きにどーぞ」と手を返す。
「アイツを中央に置きっぱなしにしちまったのは、俺たちの責任だ」
よっこらせと言いながら立ち上がったドールが、ジェネアスとエディスの間に無理矢理割り込んで座ってきた。ドールはふいーっと息を大げさに吐き出しながら、背もたれに腕をかける。
「俺たちは皆、一人の魔物に魅入られちまったのよ」
「なんスかソレ」
その大袈裟っぷりに、ジェネアスはすでに片眉を上げてうんざりした様子だ。
眼を閉じて自分の世界に入ってしまったドールの様子にエディスは「はあ。一人の魔物」と興味を示したが、実の娘であるリスティーは余程嫌気がさしているのか両耳を手で押さえる。伏せて長い長い溜息を吐いたかと思うと、またどこかへ行ってしまった。
「背が高いだけの、薄暗い目と青白い顔をした陰気な奴だったよ。初めは周りも不気味がったし、ソイツも誰かと話をしようとしなかった」
健康的な肌色をした陽気な吸血鬼がいたら見てみたいとエディスは言おうとして口に手を当てる。この話を茶化したり塞いではいけないような気がしたのだ。
「だけどな、ソイツの力は俺たち軍人にとっては魅力的だったんだ」
冷製を保とうとして膝の上に置いた手を握り締める。何故こうも気になるのか、思い当たる理由が脳裏をかすめていく。
「親父さん。ソイツ……なんの魔物だったんだ?」
胸が鼓動を打つ。エディスの手が自然と上がり、唇を指でなぞっていく。
「あ? 癒しのヴァンパイアだよ」
あの日受けた熱が再び宿る。耳に吹き込まれた言葉が胸まで落ちてきて、内側から痺れるような感覚が芽生える。
彼なのだろうか。そう問いかけが出ようとする。
「癒しの能力を使わせようとしたのか?」
「いいや、違う」
ならば何故かと訊こうとしたエディスの頭を撫で、親父さんは曖昧に微笑む。
「これは知らない方がいい。君は軍人だ」
ぽりと頭を申し訳なさそうに頬を掻き、「とにかく、ソイツは凄かったんだ」とだけ言う。それにエディスは話にならない! と苛立ちを感じたが、話の続きを促した。
「それでまあ、ソイツがいれさえすれば人間なんていらない、なんて馬鹿げたことを言う奴も出てきてな。軍が荒れ始めたのはその頃からだ」
何か分からないが、凄い能力を持った魔物。そんな危険な生物を考えなしに近くに置くのか。
半分ヴァンパイアの魔力が混ざった自分が志願することが異端だとハイデは言っていた。なのに本物の魔物が殺害されずに重用されていた? 馬鹿げたことが昔の軍部では許されていたのか。
「……失踪中の女王が懇意にしていたのはソイツなのか」
「え? あー、そうだ」
やはりかと呟いたエディスに、ドールは「敏いな」と片眉を下げる。
「それならアンタじゃなくてミシアから話を聞き出せれば……いや、分かった。でも、可能なのか? そんなこと」
女王が懇意にしていた魔物、海の魔女の兄、軍が管理しているモノ――それを合わせると、自ずと答えは出てきた。けれど、不可能に近い。
「能力者だったんだろ、ソイツ」
「ああ、そういうことッスか」
納得した様子だったジェネアスも、すぐにあれ? と首を傾げた。
そうだ、間にいるこの男が知っているかは分からないが、魔物と能力者とでは内部を構成するものが違う。その両方をあの男が持っているとすれば、軍が――誰が、放っておきたくなかったんだ。
「あの、」
ジェネアスが問おうと口を開いた時、エディスは視線を感じて立ち上がった。窓の向こうを睨んで、
【護り神 此処に!】
唱えた瞬間、壁一面が吹き飛ぶ。微塵に弾けた木端が魔法で作ったシールドに跳ね返る。エディスは背にジェネアスとドールを庇いながら、土煙の先に目を凝らし――
「どうして……」
呆然と呟き、よろめいてソファーに座り込んだ。その肩を支えるジェネアスに誰かと問われ、震える手で口元を覆うとする。
煙が晴れ、まず見えてきたのは風に靡く夕焼け。黒衣に身を包んだ、伸びやかな四肢を持つ美しい体はすっかり大人びていた。
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