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御曹司編
1.不完全でワガママな御曹司
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「はいっ、どいたどいたあぁーっ!!」
どすどすと足音を立てて金髪の少女が猛然と駆けて行く。それに、前を歩いていた男性軍人はヒッと悲鳴を上げて壁に齧りついた。
「おいっ、人にぶつかんなよ!」
戦闘科員ではなく事務科に配属されたというシルクに仕上げた書類を運ぶ仕事を命じたら、両脇に書類を抱え上げて走り出していった。
慌てて追いかけていって、部屋から頭を出した。叫んではみたが、聞こえているかどうかも分からない。
王宮はあれをどういう風にして育てたんだと呆れて息を吐きだす。
戻ろうと頭をひっこめかけたが、壁にしがみついたままの先程の軍人と目が合った。すまん、と手を動かすことで伝えると、軍人は眉を下げて頭を横に振った。
それからやっと部屋に戻ると、今度はニヤニヤとした薄気味悪い笑みを浮かべているミシアと目が合った。
「俺、今日はもう帰るから」
「えー、手伝ってくれないのーう?」
「自分でやれ! 後もう少しだろ!」
ミシアは決して仕事をサボったりするわけじゃない。簡単すぎて面倒な書類をエディスに押し付けることはあるが、大体のことは自分でする。だから、元々手伝う必要性はないのだ。
シルクが帰ってくる前にと、エディスは手早く荷物をまとめる。
「じゃあ、シルクが帰ってきたら今日はもういいって言っといてくれ!」
「はいはい」
鞄と書類を手に持って部屋を出、足早に寮へと向かっていくと後ろからミシアがついてきて「なんだよ」と振り返り見た。
「いいや、なんでも? 俺もそろそろ寮に行こうかと」
「なんでだよ、アンタ自宅通いだろうが」
でっかい屋敷があるんだろと言うエディスの後ろからついてくるミシアに、(なにか企んでやがるな……)と不気味がる。口をひん曲げたエディスは勝手にしろとばかりに、両ポケットに手を突っ込んで歩いていく。
「あ、エディス!お帰りッスー」
「ただいま。仕事上がりか?」
寮の玄関扉が内側から開かれて、向こう側から出てきたジェネアスはエディスの後ろを見ると片眉を下げた。そうなるのも当然だろうに、口を三角形に歪めたものの言葉を押し込めて視線を戻す。
「部屋に忘れ物して。夜どっか食べに行かないッスか」
「いいな、何時?」
「今日はどうも上手くいかないんで、早く上がるつもりッス」
七時はどうッスかと手で指し示すジェネアスにいいぞと頷くと、ミシアに待ったを掛けられる。
それに「なんだよ」と返すと、今日は無理だと首を振るわれた。
エディスたちは顔を見合わせてから理由を問うと、「入ったら分かる」と玄関口を指差す。軍部に戻るはずだったジェネアスも興味本位からか後ろからついてきた。
エントランスを潜ったエディスは、そこにある人影に気付くと目線を左側に流す。 斜め後ろにいるミシアの様子を伺うためだ。
「おい、一般人入れんなよ」
険のある指摘に、ミシアは大笑いをする。どうにも面白くないという顔をするジェネアスの後頭部を軽く叩いて、その人物に寄って行って肩に手を置いた。
「コイツは一般人じゃねえ」
眉間に深い皺を作り口を歪ませたその青年は、エディスよりも余程嫌そうな顔をしている。そんな彼の背中を押して前に出させたミシアは努めて明るい声を出した。
「体験入隊をしに来た勇気ある若人だ。よろしくしてやれよ!」
ああと息のような声を出したエディスは、子どものお遊びなと言いかけた。だが、ミシアが手を前に突き出したことで引き留められ、「なんだよ」と首を竦める。
「コイツはお前が面倒を看ろ」
エディスの喉から絞り出すような声が出た。
「なんだって?」
「だから、今日からコイツはお前と一緒の部屋で暮らすことになった」
エディスは動揺のあまりジェネアスの方を振り向き、腕を掴む。
「……俺、一人部屋だったよな」
「今日から二人部屋だ」
はあぁ!? と大声を出したエディスを気の毒そうな顔で見たジェネアスだったが、ん? と目線を上げる。
「一人部屋と共同部屋って賃料違うんスけど」
「その分、安くなるな。いいだろ、今物入りなんだから」
よくねえよ! と叫んだエディスの手を取って「もう荷物は運び入れてるから」と新しい部屋の鍵を握らせたミシアはわっはっはと高笑いを残して去っていく。
「仲良くなー」
片手を振っていたミシアの姿が扉の向こうに消えていくまで呆然と立っていたいたエディスだったが、ジェネアスに揺さぶられて正気を取り戻した。こうはしていられないと鍵の番号で階数を確認すると、青年の横を通り抜けて隣にある階段を上ろうとする。
「待たないか、君!」
だが、その手を青年が掴んで引っ張った。すでに階段に足を掛けていたエディスは踏みとどまり、「なんだよ」と不機嫌も露わに顔だけを向ける。
「なんだよ、ではない! 先程大佐から聞いただろう。私は」
「どこの生まれか知らねえが、俺がアンタの面倒を看てやる義理はない」
エディスが腕を引っ張り返すと、青年はよろめいて肩にぶつかってきた。間近で見て、一体どこに体験入隊するつもりなんだと眉間の皺が深くなっていく。
「い、一体君は! 君はなんだ!?」
青年がうろたえるのにも構わず、エディスは勝手にしろと階段を駆け上がっていく。三階へ上がる途中、青年が足を滑らせて転げるまでは。
「なにっするんですか、アンタ馬鹿ですか! 脳みそまで筋肉でできてるんですか!?」
「うるっせえ、そんな体力で訓練についてこれると思うなよ」
「のん気ですか!」
打った鼻と足を押さえる青年に、エディスは息を吐き出して「しゃーねえなあ」と髪を掻き乱した。階段を下りていって、手を差し出す。それを見た青年が目を丸めて、エディスの顔と手を交互に見やる。
「なんです?」
「手ぇ貸してやっから、立ち上がりな」
青年はエディスを見上げてから不安げに首を横に振ったので、なんだ頑張れるのかとエディスは手を引っ込めかけた。
「立ち上がれるわけないでしょう、こっちはアンタのせいで足を痛めたんですよ!」
それを聞いていた、階上のジェネアスがぶふっと息を吹き出して笑う。なにがツボにハマったのかは分からないが、笑いが止まらなくなったのか口と腹に手を当てて笑い続けるジェネアスに「なにが面白いんだよ」と投げかける。
「いやあ、お坊ちゃんはなあんも出来ないんだなあって思っただけッスよ」
それを聞いたエディスは慌てて青年を見た。そして、小さく声を上げて口元に手を持っていく。
「……おぶってください」
だが、次の言葉でエディスは手を握り締めて「甘えるな!」と怒鳴って、青年の頭を拳で殴った。
どすどすと足音を立てて金髪の少女が猛然と駆けて行く。それに、前を歩いていた男性軍人はヒッと悲鳴を上げて壁に齧りついた。
「おいっ、人にぶつかんなよ!」
戦闘科員ではなく事務科に配属されたというシルクに仕上げた書類を運ぶ仕事を命じたら、両脇に書類を抱え上げて走り出していった。
慌てて追いかけていって、部屋から頭を出した。叫んではみたが、聞こえているかどうかも分からない。
王宮はあれをどういう風にして育てたんだと呆れて息を吐きだす。
戻ろうと頭をひっこめかけたが、壁にしがみついたままの先程の軍人と目が合った。すまん、と手を動かすことで伝えると、軍人は眉を下げて頭を横に振った。
それからやっと部屋に戻ると、今度はニヤニヤとした薄気味悪い笑みを浮かべているミシアと目が合った。
「俺、今日はもう帰るから」
「えー、手伝ってくれないのーう?」
「自分でやれ! 後もう少しだろ!」
ミシアは決して仕事をサボったりするわけじゃない。簡単すぎて面倒な書類をエディスに押し付けることはあるが、大体のことは自分でする。だから、元々手伝う必要性はないのだ。
シルクが帰ってくる前にと、エディスは手早く荷物をまとめる。
「じゃあ、シルクが帰ってきたら今日はもういいって言っといてくれ!」
「はいはい」
鞄と書類を手に持って部屋を出、足早に寮へと向かっていくと後ろからミシアがついてきて「なんだよ」と振り返り見た。
「いいや、なんでも? 俺もそろそろ寮に行こうかと」
「なんでだよ、アンタ自宅通いだろうが」
でっかい屋敷があるんだろと言うエディスの後ろからついてくるミシアに、(なにか企んでやがるな……)と不気味がる。口をひん曲げたエディスは勝手にしろとばかりに、両ポケットに手を突っ込んで歩いていく。
「あ、エディス!お帰りッスー」
「ただいま。仕事上がりか?」
寮の玄関扉が内側から開かれて、向こう側から出てきたジェネアスはエディスの後ろを見ると片眉を下げた。そうなるのも当然だろうに、口を三角形に歪めたものの言葉を押し込めて視線を戻す。
「部屋に忘れ物して。夜どっか食べに行かないッスか」
「いいな、何時?」
「今日はどうも上手くいかないんで、早く上がるつもりッス」
七時はどうッスかと手で指し示すジェネアスにいいぞと頷くと、ミシアに待ったを掛けられる。
それに「なんだよ」と返すと、今日は無理だと首を振るわれた。
エディスたちは顔を見合わせてから理由を問うと、「入ったら分かる」と玄関口を指差す。軍部に戻るはずだったジェネアスも興味本位からか後ろからついてきた。
エントランスを潜ったエディスは、そこにある人影に気付くと目線を左側に流す。 斜め後ろにいるミシアの様子を伺うためだ。
「おい、一般人入れんなよ」
険のある指摘に、ミシアは大笑いをする。どうにも面白くないという顔をするジェネアスの後頭部を軽く叩いて、その人物に寄って行って肩に手を置いた。
「コイツは一般人じゃねえ」
眉間に深い皺を作り口を歪ませたその青年は、エディスよりも余程嫌そうな顔をしている。そんな彼の背中を押して前に出させたミシアは努めて明るい声を出した。
「体験入隊をしに来た勇気ある若人だ。よろしくしてやれよ!」
ああと息のような声を出したエディスは、子どものお遊びなと言いかけた。だが、ミシアが手を前に突き出したことで引き留められ、「なんだよ」と首を竦める。
「コイツはお前が面倒を看ろ」
エディスの喉から絞り出すような声が出た。
「なんだって?」
「だから、今日からコイツはお前と一緒の部屋で暮らすことになった」
エディスは動揺のあまりジェネアスの方を振り向き、腕を掴む。
「……俺、一人部屋だったよな」
「今日から二人部屋だ」
はあぁ!? と大声を出したエディスを気の毒そうな顔で見たジェネアスだったが、ん? と目線を上げる。
「一人部屋と共同部屋って賃料違うんスけど」
「その分、安くなるな。いいだろ、今物入りなんだから」
よくねえよ! と叫んだエディスの手を取って「もう荷物は運び入れてるから」と新しい部屋の鍵を握らせたミシアはわっはっはと高笑いを残して去っていく。
「仲良くなー」
片手を振っていたミシアの姿が扉の向こうに消えていくまで呆然と立っていたいたエディスだったが、ジェネアスに揺さぶられて正気を取り戻した。こうはしていられないと鍵の番号で階数を確認すると、青年の横を通り抜けて隣にある階段を上ろうとする。
「待たないか、君!」
だが、その手を青年が掴んで引っ張った。すでに階段に足を掛けていたエディスは踏みとどまり、「なんだよ」と不機嫌も露わに顔だけを向ける。
「なんだよ、ではない! 先程大佐から聞いただろう。私は」
「どこの生まれか知らねえが、俺がアンタの面倒を看てやる義理はない」
エディスが腕を引っ張り返すと、青年はよろめいて肩にぶつかってきた。間近で見て、一体どこに体験入隊するつもりなんだと眉間の皺が深くなっていく。
「い、一体君は! 君はなんだ!?」
青年がうろたえるのにも構わず、エディスは勝手にしろと階段を駆け上がっていく。三階へ上がる途中、青年が足を滑らせて転げるまでは。
「なにっするんですか、アンタ馬鹿ですか! 脳みそまで筋肉でできてるんですか!?」
「うるっせえ、そんな体力で訓練についてこれると思うなよ」
「のん気ですか!」
打った鼻と足を押さえる青年に、エディスは息を吐き出して「しゃーねえなあ」と髪を掻き乱した。階段を下りていって、手を差し出す。それを見た青年が目を丸めて、エディスの顔と手を交互に見やる。
「なんです?」
「手ぇ貸してやっから、立ち上がりな」
青年はエディスを見上げてから不安げに首を横に振ったので、なんだ頑張れるのかとエディスは手を引っ込めかけた。
「立ち上がれるわけないでしょう、こっちはアンタのせいで足を痛めたんですよ!」
それを聞いていた、階上のジェネアスがぶふっと息を吹き出して笑う。なにがツボにハマったのかは分からないが、笑いが止まらなくなったのか口と腹に手を当てて笑い続けるジェネアスに「なにが面白いんだよ」と投げかける。
「いやあ、お坊ちゃんはなあんも出来ないんだなあって思っただけッスよ」
それを聞いたエディスは慌てて青年を見た。そして、小さく声を上げて口元に手を持っていく。
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