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逃亡編
4.誰のための専用車両
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「待てって、おい!」
小声で注意を促され、腕を引かれて罠なのかと問いた。だが、どちらも応えに窮するのでそうではないのだろう。だが、近づいていくとエディスにもその理由が分かった。
どう見ても、他と違うのだ。外装は他と変わらないが、磨かれて黒光りする車体の滑らかな美しさは圧倒される程。鷹を模した金の飾りが牽引する機関車の側面についているのがまた、その荘厳さが増している。
小豆色の客車も内装が豪華で、対面式のソファーシートはゆったりとしていて数が少ない。天井は深い緑と黒に塗られており、ランプなどの調度品も骨董品が使われている。
「本当に入るのか、これに……」
たった三両だけの客車なので、貴族の専用車なのだろう。これだけの混乱の中でも、身分が明らかになっていたら発車も可能なはずだ。
これは無理だ、諦めようと落胆しかけたエディスだったが、にわかに賑やかになってきた。軍人の姿が見え、エディスは気付かれたのかと思って「やっぱり入ろう!」と二人の腕を引く。
「怒られたら謝ればいい。とにかく、一旦移動できなくても……隠してもらおう」
幸い車内に人影はないのだからと躊躇う二人を連れて入っていく。すると、すぐに人がホームに滝のように流れ込んできた。少しでも遅ければ即座に見つかっていたに違いない。
エディスはミシアから渡された袋の中に神官服とともに入っていた鏡で窓の外を映した。軍人だけではなく、立派なコートやスーツを着た貴族までいる。シュウを探しに来たのではなく、エディスを攫おうとしている連中の方だろう。
レウが鏡をシュウに渡し、エディスを抱えて庇う。胸に当てた耳から、彼の心音が早まるのを感じ取れる。どちらかといえばエディスにとっては味方になる陣営ではあるが、連れ去られた後でどういう扱いになるのかは分からない。
王子として丁重に扱われればいいが、傀儡にされたり、下手したらブラッド家に売られることだってある。最悪、父と同じように薬漬けにされる可能性だって――
「大丈夫だ」
握った手を鼻筋に押し付けていると、レウもまた、祈るように呟いた。
それを聞いて、エディスはそうだと床を睨む。そうだ、これくらいで怖気づいてどうする。いざとなったら全員魔法で気絶させてしまえばいい。この機関車の持ち主には悪いが、機関士を脅して出発してしまおうと迷いを振り切る。
床に手をついて上体を起こそうとしたエディスの耳に、「なんの用」という声が入ってきた。
「お前たちには、列車に付けている家紋が見えないの?」
弾かれるように首を動かしたエディスたちの目が合う。
この列車の主が戻ってきたのだ――だが、それにしては声が高い。少年独特の声音に、不安が生じてきた。
なにごとか言い争った後、次第に車外の声が萎んでいく。
「去れ」という冷淡な声が一喝すると、著しく靴音と共に遠ざかっていった。
静まり返った車外を、シュウが鏡で確認するが誰一人としていない。レウも窓から顔を覗かせて確認して首を振る。
安堵に顔を綻ばせた一同だったが、硬い靴音が立てる音に出入り口となっている扉に体を向ける。
レウがエディスを抱いてくる腕の力が強まる。緊張で喉が渇き、エディスは唾を飲みこんだ。
「あの不敬な者どもは追い払ったから、もういいよ」
出ておいで。声色は貴族連中に放ったのとは違って、柔らかさを含んでいた。
恐る恐る顔を出すと、そこには獲物を狙う鷹の如き鋭さを持つ、冴え冴えとした顔つきの少年が立っていた。明かりの光を照らし返す髪の色は、金。瞳の色は空を思わすような青だ。
まだ子どもの柔らかさは持つものの、大人へと成長を遂げ始めた細長い手足を光沢のある質の良いコートや青みがかったシャツに灰色のベストとスラックスに隠している。
首を傾げると、金属が放つ高い音がした。肩よりも長い金髪を一つに結わえている髪飾りが立てたのだろう。
――間違いない、この少年は。
「エンパイア公子か……?」
エディスがそう口にすると、クマなのか下瞼がうっすらと紫色を帯びている少年の唇が笑んだ。
小声で注意を促され、腕を引かれて罠なのかと問いた。だが、どちらも応えに窮するのでそうではないのだろう。だが、近づいていくとエディスにもその理由が分かった。
どう見ても、他と違うのだ。外装は他と変わらないが、磨かれて黒光りする車体の滑らかな美しさは圧倒される程。鷹を模した金の飾りが牽引する機関車の側面についているのがまた、その荘厳さが増している。
小豆色の客車も内装が豪華で、対面式のソファーシートはゆったりとしていて数が少ない。天井は深い緑と黒に塗られており、ランプなどの調度品も骨董品が使われている。
「本当に入るのか、これに……」
たった三両だけの客車なので、貴族の専用車なのだろう。これだけの混乱の中でも、身分が明らかになっていたら発車も可能なはずだ。
これは無理だ、諦めようと落胆しかけたエディスだったが、にわかに賑やかになってきた。軍人の姿が見え、エディスは気付かれたのかと思って「やっぱり入ろう!」と二人の腕を引く。
「怒られたら謝ればいい。とにかく、一旦移動できなくても……隠してもらおう」
幸い車内に人影はないのだからと躊躇う二人を連れて入っていく。すると、すぐに人がホームに滝のように流れ込んできた。少しでも遅ければ即座に見つかっていたに違いない。
エディスはミシアから渡された袋の中に神官服とともに入っていた鏡で窓の外を映した。軍人だけではなく、立派なコートやスーツを着た貴族までいる。シュウを探しに来たのではなく、エディスを攫おうとしている連中の方だろう。
レウが鏡をシュウに渡し、エディスを抱えて庇う。胸に当てた耳から、彼の心音が早まるのを感じ取れる。どちらかといえばエディスにとっては味方になる陣営ではあるが、連れ去られた後でどういう扱いになるのかは分からない。
王子として丁重に扱われればいいが、傀儡にされたり、下手したらブラッド家に売られることだってある。最悪、父と同じように薬漬けにされる可能性だって――
「大丈夫だ」
握った手を鼻筋に押し付けていると、レウもまた、祈るように呟いた。
それを聞いて、エディスはそうだと床を睨む。そうだ、これくらいで怖気づいてどうする。いざとなったら全員魔法で気絶させてしまえばいい。この機関車の持ち主には悪いが、機関士を脅して出発してしまおうと迷いを振り切る。
床に手をついて上体を起こそうとしたエディスの耳に、「なんの用」という声が入ってきた。
「お前たちには、列車に付けている家紋が見えないの?」
弾かれるように首を動かしたエディスたちの目が合う。
この列車の主が戻ってきたのだ――だが、それにしては声が高い。少年独特の声音に、不安が生じてきた。
なにごとか言い争った後、次第に車外の声が萎んでいく。
「去れ」という冷淡な声が一喝すると、著しく靴音と共に遠ざかっていった。
静まり返った車外を、シュウが鏡で確認するが誰一人としていない。レウも窓から顔を覗かせて確認して首を振る。
安堵に顔を綻ばせた一同だったが、硬い靴音が立てる音に出入り口となっている扉に体を向ける。
レウがエディスを抱いてくる腕の力が強まる。緊張で喉が渇き、エディスは唾を飲みこんだ。
「あの不敬な者どもは追い払ったから、もういいよ」
出ておいで。声色は貴族連中に放ったのとは違って、柔らかさを含んでいた。
恐る恐る顔を出すと、そこには獲物を狙う鷹の如き鋭さを持つ、冴え冴えとした顔つきの少年が立っていた。明かりの光を照らし返す髪の色は、金。瞳の色は空を思わすような青だ。
まだ子どもの柔らかさは持つものの、大人へと成長を遂げ始めた細長い手足を光沢のある質の良いコートや青みがかったシャツに灰色のベストとスラックスに隠している。
首を傾げると、金属が放つ高い音がした。肩よりも長い金髪を一つに結わえている髪飾りが立てたのだろう。
――間違いない、この少年は。
「エンパイア公子か……?」
エディスがそう口にすると、クマなのか下瞼がうっすらと紫色を帯びている少年の唇が笑んだ。
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