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王の騎士編
1.渡らないツバメを囚えて
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「レウ……ッ、無事で良かったわ」
淡い白金の女性がレウに駆け寄ってくる。かがんでやればいいのにレウは常の素っ気なさで硬い胸板で受け止めた。
今日は、ギジアがバスターグロス夫妻を屋敷に招いてくれた。
レウはエディスには見せない恐縮しきった様子で断っていたが、そういうわけにはいかないだろうというギジアの頑固さに負けていたのを覚えている。
「はじめまして。レウに世話になっています」
息子を巻き込んですみませんと頭を下げると、夫妻は目元を和ませて「いいんです」と微笑みかけてくれた。
「本当に……エディス殿下に瓜二つ」
「目の色は陛下と同じだ」
ほうと息を吐いた二人に、レウが先日行った実験の結果を話すと「そうでしょうとも。お前の審美眼を信じていたからな」と頷く。それを見たエディスは偽物でなくて良かったと胸を撫で下ろした。
中にどうぞとギジアがそれとなく促してくれ、仕事があるからと早々に退出していく。積もる話があるだろうとエディスも出ていこうとしたが、レウに手を握られて出ていく機会を失ってしまった。
「王子、愚息がご迷惑をお掛けしてませんでしょうか」
「えっ……いやあ、俺の方が掛けてるくらいだから」
気にしないでくれと握られているのと反対の手を振り、ついでにどうせ本人は言いそうにない戦闘任務の武勇伝も伝えると二人は非常に喜んでくれた。
「ねえっ、エディス様! 息子を青い鳥にしてくださらない?」
「……青い鳥?」
突拍子もなく言われた言葉がなにを差すのか分からずにレウを見上げる。すると、彼は憮然としたように口を引き結んで両親を見ていた。
エディスが腕を引いて青い鳥がなにを表すのかともう一度訊ねると、彼は「あ"ぁ!?」と濁った声を出して睨んでくる。
「アンタ、そんなことも……知らないよな、十七なんだし」
寄れと肩を掴んで引き寄せられ、耳をレウの手で覆われる。
斜めに視線を上げると、目を伏せて近づいてきたレウの低い声が「愛妾のことだ」と囁きかけてきた。息を吹きこまれて熱くなった耳を手で塞ぎながら身を離すと、くっくと声を立てて笑われる。
「ばっ……ふ、夫人もなにを……!」
レウは三男といえど貴族の一員だ。政治の交渉に使えるだろうにと考えたところで、だから自分にあげると言っているのかと拳を握ったまま固まる。
今回のことで随分とバスターグロス家の立場を悪くしてしまった。北部では盤石だろうが、三男坊のレウを中央に戻そうとするとなると難しいかもしれない。なにせ、これでブラッド家が彼らの敵になってしまった。
「責任は取ります。巻き込んだのは俺だから」
そう言うと、レウの両親は安堵したように視線を交わし合い、微笑んだ。だが、レウは「滅多なことを言うな」とエディスを一喝し、久しぶりに会った自分の親に対してふざけたことを言うなと睨み付けた。
「あの人みたいなこと言いやがって。どいつもこいつも、人の気を知らないで」
会わせただろと無理に立たせたレウの肩に手を置き、俺が出ていくからと言うとさらに目が吊り上がる。制止を促すも両親も末の息子で甘やかせて育ててしまった、小さな頃はお気に入りのおもちゃを取られると怒ったなどと笑いながら話す。
なのでレウの怒りが頂点に達してしまい、遂にはもう帰れと追い立てていってしまった。
送ってくると言い残され、ぽつんと部屋にひとりでいること十数分。
ようやく帰ってきたレウが長いため息を吐きながら扉を閉める。入ってくるなり睨んでくるので、エディスは「なに怒ってんだよ。元気そうで良かったじゃん」と口を尖らせた。レウは毛を逆立てる猫のように「そうじゃねえよ」と怒鳴る。
「あんな安請け合いして、アンタ馬鹿かよ」
親父たち信じちまったぞと言うレウに、エディスはいいよと返す。
「お前、そんなだと結婚できないかもしれないし」
くす、と笑い声が漏れた唇に人差し指を当てたエディスに、レウが眉を上げる。
それを見て(……ヤべ、怒らせたかも)と思ったエディスは早々に逃げようと席を立つ。茶でも持ってこようと部屋を出ていこうとしたが、「……いいのか、」という声が聞こえてきて振り返る。
ソファーに長い足を軽く開いて腰かけ、膝の上に手を置いているレウがこちらを見てきた。凛々しい翠眼に射止められ、エディスは縛り付けられたかのように身動きが取れなくなる。
「本気にするぞ」
「え? うん。お前が結婚できなかったら俺のせいだし、バスターグロス家としてもいいだろ」
レウは外見だけ見れば優良物件だが、態度や口の悪さで主から不興を買う恐れがある。彼が己のことを嫌っていたとしても、年増や変態に飼われるよりはマシなはずだ。
「アンタ、王に受け継がれる魔法についても知らないんだろ」
「え? ――うん」
「後継者じゃない奴は、継承魔法の劣化版もしくはそれに近しい魔法が使えるんだ」
俺が使う篭手の魔法がそうだと言って「キシウ・ティーンスは惑わせの魔法を使うだろ」と僅かに眉を顰めた。握り締められた手が震えている気がして、エディスは寒いのかと問いかけようとする。
「自分を見た奴を、強制的に好きにさせる魔法」
だが、レウはそう言ってエディスの手を離してしまった。
何故ギジアがあの時話を遮るようにしたのか。知っていたからこそ、あえてした行動だったのだろう。レウの気持ちも、エディスのこの先も守ろうとして。
「……だから北部の奴らは俺のブロマイドを買い漁って、エドやギジアは優しくしてくれたって?」
誰も彼もが優しくしてくれたわけじゃない。
エディスに対する同輩の動向を見ていたのだから、レウだって分かっているはずだ。
だけど、それでも彼が自分を慕う気持ちを失くしてしまいたいと思っているとすれば、手を離すことも――自分にはできやしない。
「それが本当でも、俺はお前を貰っていく」
手を解いて、今度は腕相撲でもするように強く握り合わせる。
「最期まで俺についてこい、レウ・バスターグロス」
最初の命だと告げると、彼は息を漏らして諦めたように首を項垂れた。そして「すげえ嫌な上官」と口元に嫌味な笑みを浮かべる。
「有り難く頂戴してやるよ、横暴王」
淡い白金の女性がレウに駆け寄ってくる。かがんでやればいいのにレウは常の素っ気なさで硬い胸板で受け止めた。
今日は、ギジアがバスターグロス夫妻を屋敷に招いてくれた。
レウはエディスには見せない恐縮しきった様子で断っていたが、そういうわけにはいかないだろうというギジアの頑固さに負けていたのを覚えている。
「はじめまして。レウに世話になっています」
息子を巻き込んですみませんと頭を下げると、夫妻は目元を和ませて「いいんです」と微笑みかけてくれた。
「本当に……エディス殿下に瓜二つ」
「目の色は陛下と同じだ」
ほうと息を吐いた二人に、レウが先日行った実験の結果を話すと「そうでしょうとも。お前の審美眼を信じていたからな」と頷く。それを見たエディスは偽物でなくて良かったと胸を撫で下ろした。
中にどうぞとギジアがそれとなく促してくれ、仕事があるからと早々に退出していく。積もる話があるだろうとエディスも出ていこうとしたが、レウに手を握られて出ていく機会を失ってしまった。
「王子、愚息がご迷惑をお掛けしてませんでしょうか」
「えっ……いやあ、俺の方が掛けてるくらいだから」
気にしないでくれと握られているのと反対の手を振り、ついでにどうせ本人は言いそうにない戦闘任務の武勇伝も伝えると二人は非常に喜んでくれた。
「ねえっ、エディス様! 息子を青い鳥にしてくださらない?」
「……青い鳥?」
突拍子もなく言われた言葉がなにを差すのか分からずにレウを見上げる。すると、彼は憮然としたように口を引き結んで両親を見ていた。
エディスが腕を引いて青い鳥がなにを表すのかともう一度訊ねると、彼は「あ"ぁ!?」と濁った声を出して睨んでくる。
「アンタ、そんなことも……知らないよな、十七なんだし」
寄れと肩を掴んで引き寄せられ、耳をレウの手で覆われる。
斜めに視線を上げると、目を伏せて近づいてきたレウの低い声が「愛妾のことだ」と囁きかけてきた。息を吹きこまれて熱くなった耳を手で塞ぎながら身を離すと、くっくと声を立てて笑われる。
「ばっ……ふ、夫人もなにを……!」
レウは三男といえど貴族の一員だ。政治の交渉に使えるだろうにと考えたところで、だから自分にあげると言っているのかと拳を握ったまま固まる。
今回のことで随分とバスターグロス家の立場を悪くしてしまった。北部では盤石だろうが、三男坊のレウを中央に戻そうとするとなると難しいかもしれない。なにせ、これでブラッド家が彼らの敵になってしまった。
「責任は取ります。巻き込んだのは俺だから」
そう言うと、レウの両親は安堵したように視線を交わし合い、微笑んだ。だが、レウは「滅多なことを言うな」とエディスを一喝し、久しぶりに会った自分の親に対してふざけたことを言うなと睨み付けた。
「あの人みたいなこと言いやがって。どいつもこいつも、人の気を知らないで」
会わせただろと無理に立たせたレウの肩に手を置き、俺が出ていくからと言うとさらに目が吊り上がる。制止を促すも両親も末の息子で甘やかせて育ててしまった、小さな頃はお気に入りのおもちゃを取られると怒ったなどと笑いながら話す。
なのでレウの怒りが頂点に達してしまい、遂にはもう帰れと追い立てていってしまった。
送ってくると言い残され、ぽつんと部屋にひとりでいること十数分。
ようやく帰ってきたレウが長いため息を吐きながら扉を閉める。入ってくるなり睨んでくるので、エディスは「なに怒ってんだよ。元気そうで良かったじゃん」と口を尖らせた。レウは毛を逆立てる猫のように「そうじゃねえよ」と怒鳴る。
「あんな安請け合いして、アンタ馬鹿かよ」
親父たち信じちまったぞと言うレウに、エディスはいいよと返す。
「お前、そんなだと結婚できないかもしれないし」
くす、と笑い声が漏れた唇に人差し指を当てたエディスに、レウが眉を上げる。
それを見て(……ヤべ、怒らせたかも)と思ったエディスは早々に逃げようと席を立つ。茶でも持ってこようと部屋を出ていこうとしたが、「……いいのか、」という声が聞こえてきて振り返る。
ソファーに長い足を軽く開いて腰かけ、膝の上に手を置いているレウがこちらを見てきた。凛々しい翠眼に射止められ、エディスは縛り付けられたかのように身動きが取れなくなる。
「本気にするぞ」
「え? うん。お前が結婚できなかったら俺のせいだし、バスターグロス家としてもいいだろ」
レウは外見だけ見れば優良物件だが、態度や口の悪さで主から不興を買う恐れがある。彼が己のことを嫌っていたとしても、年増や変態に飼われるよりはマシなはずだ。
「アンタ、王に受け継がれる魔法についても知らないんだろ」
「え? ――うん」
「後継者じゃない奴は、継承魔法の劣化版もしくはそれに近しい魔法が使えるんだ」
俺が使う篭手の魔法がそうだと言って「キシウ・ティーンスは惑わせの魔法を使うだろ」と僅かに眉を顰めた。握り締められた手が震えている気がして、エディスは寒いのかと問いかけようとする。
「自分を見た奴を、強制的に好きにさせる魔法」
だが、レウはそう言ってエディスの手を離してしまった。
何故ギジアがあの時話を遮るようにしたのか。知っていたからこそ、あえてした行動だったのだろう。レウの気持ちも、エディスのこの先も守ろうとして。
「……だから北部の奴らは俺のブロマイドを買い漁って、エドやギジアは優しくしてくれたって?」
誰も彼もが優しくしてくれたわけじゃない。
エディスに対する同輩の動向を見ていたのだから、レウだって分かっているはずだ。
だけど、それでも彼が自分を慕う気持ちを失くしてしまいたいと思っているとすれば、手を離すことも――自分にはできやしない。
「それが本当でも、俺はお前を貰っていく」
手を解いて、今度は腕相撲でもするように強く握り合わせる。
「最期まで俺についてこい、レウ・バスターグロス」
最初の命だと告げると、彼は息を漏らして諦めたように首を項垂れた。そして「すげえ嫌な上官」と口元に嫌味な笑みを浮かべる。
「有り難く頂戴してやるよ、横暴王」
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