【第2部完結】悪役王女の跡継ぎはバッドエンドですか?

結月てでぃ

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本の蟲編

5.謎解きは金の公爵の手の内で

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 イーザックに連れていかれたのは、敷地の最北端にある三角屋根の細長い建物だった。
 建物自体に防御魔法が張り巡らされているが、それもそのはず。焼け焦げ、今にも朽ちて崩れ落ちそうな有様なのだ。魔法がなければ雨で水没していたかもしれない。

 今まで一度も入室を許されなかった建物に入ると、あまりの惨状にエディスたちは圧倒されて声を上げた。

「これ全部、魔法書か……!?」

 おびただしい数の古めかしい本。
 魔法でだろうか、ただただ本をうず高く積んだだけという印象だ。見上げる程高い本棚に無理矢理詰め込まれ、折れ曲がっている本がいくつも見える。歩く隙間もないくらい、地べたに本が放置されていた。

「なんだこの、無造作な」

 エディスが「こんなに本を雑に扱うなんて」と苦言を呈すと、イーザックは眉を下げる。これでも大分整理したんですよと言い、両手を挙げて「見てください」と誇らしげに笑う。

「これねえ、禁止書物なんです。ぜぇんぶ、主人の家庭教師が燃やそうとして」

 ふふと意味ありげに笑ったイーザックが「それを体を張ってできたのが、この背中の火傷なんですよう!」と背中を向けて両手の親指を指し示す。

「なんで燃やそうとしたんだ?」

「あ~……どうやら、禁止魔法なんて使うと体に魔物が宿る。なんて思考の持ち主だったようで」

 田舎の迷信みたいな感じですねと肩が小刻みに揺れ、背が丸まる。主人とその本を庇うなんて忠誠心をこの男が持ち合わせているように見えないが、意外と主人がいれば様変わりするのかもしれない。こんな冬の時期に一人で屋敷を管理しようとするくらいだ。

「それですねぇ。主人に手紙で訊いてみたら、この部屋のどこかに十六魔人の魔法書があるっていうんです」

「ここに!? 凄い数の本だぞ」

「見つけるのに何日……いや、何ヵ月かかるんだ」

 無理だろと呟きながら、塔のように立ち並ぶ本棚を体を回しながら見る。ゆうに千冊は越えているだろう。収集癖があると言っても程がある。

「君が欲しいと言ってたとも言ってみたんですけどね。そしたら、なんと! あげてもいいんですって」

 よかったですね~ぱちぱちぱちと言いながらイーザックが手を叩く。乾いた音が書庫に響き、エディスは「本当にくれるんだろうな」と彼を半眼になって見つめた。すると「はい、もちろん。主人は嘘を吐きませんので」と力強く頷かれる。

「何日掛かってもいいので、見つけたら持ってきてください。僕はぁ、ここで本の点検をしてますので」

 そう言ってイーザックは梯子を魔法で浮かせて本棚に掛ける。それに上って腰を落ち着けた彼に、エディスは頭が痛くなりそうな心地だった。意地悪をされているのと変わりがない。

 ここに魔法書がないか、在り処を知っていて話を持ち掛けているのだ。
 今までの魔法書は全て強力な魔力で防護されていた。中に魔人が入っているので、破られたり放置されて古びてしまうことから守るために掛けられている。だから――

「レウ。念のため、防御魔法を張ってくれ。お前にだけでいい」

 遠くにいるイーザックに聞こえない程度の小声で注意を促すと、レウは怪訝な顔をしつつも微弱なシールドを自分の周りに作りだした。

「なにをする気だ。壊すなよ」

「やらねえって」

 自分の魔力を体外に放出し、部屋中に充満させていく。そこそこ純度が高い魔力を感じるものはあったが、今までのと比べると弱い。動き回ってみて調べる範囲を広くしていくと、レウはエディスの意図に気が付いたのか「あー……」と腕を擦った。

「大丈夫か? 気持ち悪いなら外出てていいぞ」

 他人の魔力に体を包まれる経験なんてないだろうし、あまり長時間いると体調に異変があるかもしれない。強がったレウも、結局数分後に根負けして出ていった。

「随分面白いことをしているようですが、それで見つけられます?」

 だが、笑って本を棚に戻しているイーザックに、エディスは眉を寄せる。どうしてコイツは平気な顔をしていられるんだ? 疑問が頭を過った。

「わっ……! なんですかぁ、もう」

 子どもなんですからと体をくねくねと捩じらせているが、レウとは違いなにも感じていないようだった。余程鈍いか魔力が低いか……強いかのどれかだ。

 最も濃い密度の魔力を発している物を掴んで、軽く引くとイーザックが「ぐえっ」と足で胸を潰した時に出るような声を出す。彼が着ているシャツが破れそうな程に山の形になって引っ張られていた。

「おやおや、これは……正解です」

 ふふ、とイーザックが人差し指で唇を差す。首を下げた彼の重たげな前髪が横に流れる。
 背を丸めた彼がシャツの前を開けると、首に提げたチェーンが零れ落ちてきた。首から外すと、手に掴んでぶら下げてこちらに見せてくる。

 その先についているものは到底”魔法書”とは言い難い代物だった。

「これは先々代の国王陛下から頂いた代物だそうです。名前は月季ゲッキの滴」

 魔法書を仕舞うことができるんですと、薄い唇が動く。骨ばった指に突かれて揺れるのは、薔薇を象った赤い宝石。

「しかし、数分で当てられるとは思いませんでしたよ。しかも、こんな強引に!」

 イーザックの明るい声が上がったが、彼はなんだかんだ常に退屈そうなどこか冷めた目をしていることが多い。だから、今回もそうなのだろうと決めつけて見ると、実に彼らしくない晴れやかな笑顔がそこにあった。

「凄いよ、君は」

 潤んでいるようにさえ見える瞳が瞬くと、どういう訳か薄らんで見えて顔を近づけた。彼の額に当てた手で髪を上げてまじまじと見つめると、短い睫毛がついた目が閉じては開く。それは毎日毎日合わせたイーザックの顔となんら変わらない。

「……どうしたんですかぁ?」

 見間違えたのだと息を吐いて「なんでもねえよ」と言って、体を引いて窓辺に歩いていく。

「ありがとう、エディス」

 エディスが窓の外に顔を向けると、空が白じんできていた。

「礼を言うようなことじゃないだろ」

 ここに来てから、この奇妙な青年と何度朝を迎えただろう。書庫を任されるに相応しい知識を持っていた彼と夜通し語るのが楽しくて、レウに毛布を持ってきてもらって三人並んで本に挟まれるようにして眠った。

「魔法に愛された者にしか解けない謎だよ」

 声を掛けられ、振り向いたエディスの視界に黄金が散る。雪のように降る金の欠片を追って、見つけた。
 本棚に掛けられた梯子に座る、雲隠れの月を。

 甘い紅茶にミルクが溶けていくような、優しい目。たっぷりと布を使った深緑のコートに、襟にレースがついた白いシャツと黒のズボン。
 背を覆う金の髪は御者が言っていた通り星雲のようで、星降る夜から会いに来たと言われても納得しそうになる。

 ――光の公子、だったなとエディスは歯を見せて笑った。
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