【第2部完結】悪役王女の跡継ぎはバッドエンドですか?

結月てでぃ

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幸せの鳥編

7.俺の青い鳥は

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「おかえりなさいませ」

 レウの腕に抱き上げられているエディスを見たメイド長の目つきが鋭くなり、二・三の嫌味や説教を言おうと口が開こうとする。だが、その前にレウが「なにか」と冷淡な視線を浴びせかけると、些か眉を顰めながらも控えた。

「一切の身支度は俺がするから、殿下の部屋には誰も入れるな。ああ、医者は別としてだ」

 軍医を呼んでおいたから彼だけ通してくれと言うと、メイド長は何故と詰問してくる。王宮にいる医師は信用がならないのですかと責めてくる彼女に、無慈悲に「そうだ」と返してレウは部屋の扉を開けた。

「何人たりとも信用ならない。お前ですらな」

 キシウの毒手が王宮に蜘蛛のように張られているのを重々承知しているからこそ、警戒心を解いてはいけない。

「こうなると、アンタを王宮に迎え入れたのも怪しいな」

 飲み水でさえ気を付けなければいけない程で、エディスは「ごめん」と肩を落とす。暁の舞台に上がった日以来、必要以上にレウに緊張状態と負担を強いてしまっている。

「気にするな、これが俺の仕事だ」

 そう言って、毒針が仕掛けられていないか確認してからソファーに下ろす。エディスは魔力で危険がないか探知していると、足元にしゃがんだレウに「靴を脱がせるぞ」と言われ、頼むと頷く。

 靴を脱いでスラックスの裾を捲り上げられると、真っ赤に腫れあがった足首が見えてきた。痛ましそうに眉を寄せるレウに、「この足は」と訊ねられる。

「それに、魔法が使えないとも言ってたよな。一体任地でなにがあったんだ」

「ああ、これは……」

 情景がフラッシュバックしてきて、エディスは両手で顔を覆った。背を丸めて、嗚咽を堪える。

「一般市民を使った作戦だったんだ。ろ、うじんとか、子どもを抱えた母親とかもいて。それで、押し出されてきた子どもを……助けようとした、ら」

 胸にナイフを刺した幼い少年――乗せられた首切り台、当てられた刃の冷たさ。涙が混じり、喉を引き攣らせながら話すと、背に手を当てられて抱きしめられる。

「頑張ったな」

 背や腰の辺りを撫でられながら降ってきた言葉に涙腺が決壊しそうになり、エディスはぐっと奥歯を噛みしめた。

「あ。いや、なんか違うか……?」

 一人で頑張らせて悪い、か? いやこれもと視線を外して考え込むレウに、エディスは小さく息を吐き出して笑った。背を震わせていると、なんで笑ってんだよと頭を小突かれる。

「それにしても、革命軍の奴ら。一般市民どころか子どもまで利用するなんてな」

 対策を考えるかと難しい顔をするレウに手を伸ばし、癖づいてしまいそうな眉間の皺を指で撫でて伸ばす。なんだという顔で見上げてくる彼を見て、「やっぱり、レウを連れていけば良かったな」と本音が零れだした。

「首を落とされそうになった時、怖いと思ったんだ。いつもレウが傍で守ってくれてたし」

 今日、何度も名前を口に出しそうになった。それに自分の脆弱性を知らしめられたのだと伝えると、レウの目に涙が滲んでくる。彼は隠すように、振り切るようにと顔を俯けた。

 折れているだろう赤く腫れあがった足首、擦り切れ破れて血が付着した服を辿って視線を上げていく。白い手袋の指先が赤くなっていて、時間を掛けて抜き取る。

「うわっ……アンタ、よく我慢してられるな」

 レウが顔を顰める。左手の人差し指の爪が剥がれてしまっていたのだ。

 見られたエディスは目を細めて「ん?」と微笑むが、その頬や顎にも擦り傷ができているし額は擦れてほんのりと赤くなっている。笑みを形どる唇も切れて血が滲んだままだ。

 朝は美しく整えられていた髪も乱れ、切れたのか千切れられたのかは分からないが、長さが違う束もあった。乾いた血がこべりついている左耳には、明日からピアスが飾られるのだろう。

 じっくりとした視線を受けて、エディスは穴が空きそうだなと苦笑いを浮かべてしまいそうになる。

「そんなに痛くないから大丈夫だぞ」

 頭を撫でると、レウはそんな問題ではないと首を振った。

「……これからはどこだろうと、俺を連れていってください」

 床に膝をついて、レウは上体を倒していく。足の甲に口づけを落とされ、素肌に触れる唇の感触にエディスは涙を一粒零した。時に慰めは心を優しく苛んでくる。

「最悪な誕生日になっちまったな」

 こちらの悲しみに共鳴するかのように寄り添ってくる気質の男だ。

(レウを落胆させた)

 本日の自分の行いを振り返るとこうだ。
 任務に失敗して減点、会ってくれるなと言っていた男と密会で零点、更には簡単に傷が治らなくなったのに足まで折って――塞がらない傷までこさえた。

(マイナス何点だ? これ)

 顎に手を当てて考え込んでしまう。
 だけど自業自得だと己を嘲っていると、レウに顎に当てた手を取られ、引っ張ってくる。

「あ? どうした……」

 いつの間にか立ってこちらを見下ろしてきていたレウは両肩を掴んできた。腰を曲げて額に口づけてきた彼に「アンタの誕生日はまだ始まってさえいないだろ」と言われ、額を指で弾かれる。

「今は何時なんだろうな」

 するりと腕から逃げるように姿勢を正したレウはクローゼットまで歩いていって、中からエディスの夜着や下着などを取り出す。それを手に戻ってきた彼は、患部くらい洗っておくかと顎に手をやった。

「あ~……適当に洗うよ」

「歩けないだろうが。それに、そろそろ軍医が来るから手早くやっておきたい」

 エディスはひくりと口の端を動かし、低い声を出す。

「誰も入れないって……」

 思わず拗ねたようなことを言ってしまうが、許してほしい。さっきまでの甘い雰囲気はどこに霧散してしまったのか、レウはなに言ってんだと突っぱねた。

「ここまで怪我してなきゃ、俺も言わないんだけどな」

 これは見過ごせないだろと長い指が下を指差す。それを追った先にある足に、エディスはソファーの背もたれに背を預ける。

「……まあ、折れてるよな」

「動けてたのが不思議なくらいだ。医者に診せたらもう寝ろよ」

 分かったと言いながら、深くため息を吐く。

「そう残念がらないでくださいよ。いつでも仕切り直せるんだから」

 さらりと銀の髪をレウの指が撫でていって、エディスは名残惜しそうに追いかける。それを笑われ、尖らせた口に吸いつかれた。やっぱり血の味がすると抱き締めてくる男の背に、手を回して抱きしめ返す。

「アンタも俺も寝相はいいから、同じベッドで寝るくらいならできるだろ」

 自由のまま、愛してくれる実直さに恋をしている。
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