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幸せの鳥編
5.愛を嘆く者
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【遠に笑む 号砲を鳴らせ】
ふ、と息がひとつ落ちる。
視界に入った黒に、エディスは腕を床について体を起こす。
黒の手袋をはめた手が制すように差し出された。さらに顎を上向けると、黒衣を纏った男が、金の眼を細めて静かに微笑う。
立ち上がった彼は、掌を顔の方に向けて手袋を下に引っ張った。
【愛を嘆く者、起動します】
囁くように、なのに不思議と耳に響く声。ほとんど僅差で繰り出された魔法と能力。
展開されていく神の雷と称された雷撃や蝙蝠のような形をした暗雲に、男が喚び出した黒い物質が食らいついていく。いや、溶かしていくんだったかとエディスは一度きりしか見たことがない物を呆けて見る。
瞬く間に魔法が解けていく様子に、「化け物だ」という声が上がる。
ああ、そうだ――正にそうなのだろう。エディスは瞬きをした。
前例がある、と記憶の中のシルベリアが指を立てて誇らしげに笑う。
軍の為に戦死した、功績も勲章も全て他の士官に奪われた化け物。長い前髪で表情の見えない写真、ミシアは友人だと苦い笑みを浮かべた。
己の考えが正解として出てきたことを、エディスは苦く思った。
「……はあ、少しは面白いんもいるんやな」
食われてしもたわと退屈そうに見下ろした少年は、男が放った黒い溶解玉を避ける。
ドゥルースに呼びかけ、「遊ぶのはおしまいや」と指を差す。目を凝らすと、フェリオネルが乗ったドラゴンが近づいてきていた。
二人掛けの鞍の後部にはもう一人騎乗しているようで、エディスは片眉を下げる。鎧に身を包んだ騎士を率いているところを見ると、恐らくはエドワードなのだろう。
「公爵家の騎士か。それは少し分が悪いな」
俺に使ったような手段が取れないからかと言うと、ドゥルースは作戦は部下に任せているからねと涼し気な顔で返す。
なにをしたのと言いたげな顔を向けていたリスティーが瓦礫を足の甲にのせ、蹴り飛ばした。狙い撃たれたドゥルースはうわと叫んで避け、「怖いな」と呟く。
「また機会はいくらでもあるし、今回はこれくらいで」
そう言ったドゥルースは狼の王者――アリィードを召喚して飛び乗る。
「行くよ、ルシリア」
他の部下が溶解玉に襲われても如何を問わないくせに、禁魔術を使う少年だけは随伴するのか。呼ばれた少年が背に飛び乗ると、走らせた。
「ドゥルース……」
あの時、道が分かたれなければ。今アリィードの背に乗っていたのは、あの少年ではなく自分だったのかもしれない。寂しさに、背が丸まってしまいそうになる。
「エディー、迎えが来てしまったみたいだね」
その言葉に、エディスはどうしてと見つめる。眉を下げて笑った男は、「ほら、あの子が」とフェリオネルの方を指差す。
どうしてエドワードが迎えだというのか。迷宮入りになりそうだった疑問を素直に口にすると、家族だからと答えた。
「……家族」
その途端、彼を少し理解した気になって胸に手を当てる。
その下で鼓動していた、彼が譲ってくれた命はもう心臓にはない。
逃げ惑い、命からがら去っていく群れを見る男の横顔は寂し気で。それは最初に見た彼の印象と違わず、エディスは床に拳を突いて足に力をこめる。
声を掛けると、金が驚きに満ち溢れた。支える為に差し出された手を通り過ぎ、腕を掴んで声を発する。
「アンタ、名前は」
目が丸くなり、ああ意外と顔つきは幼げなんだなとエディスはまじまじと見つめた。すると、相手は少し照れたように目を伏せる。
「……ギール」
口にすると、ほんの少し首を傾いで頬を緩めた。小さな花が咲いたかのような、飾り気のない笑顔はこのような場に似合わない。
そんな顔をするくらいなら、と想いが喉を震わす。
驚き、制止を促す周囲を振り切って彼を掴んだ。
幸せと安寧を欲する、孤独者を。
「そんなに見たけりゃ、お前が俺について来い!」
最大限に努力をして、世界で一番幸せだって顔で笑ってやる。
宣言したエディスを、彼は嬉しいなと言って抱き締めようと手を広げてきた。だが、レウが間に入って防ぐ。その背に抱き付いて擦り寄ると、レウは「まだ警戒を解かないでほしいんですが?」と睨んできた。
「レウ、足痛いから運んでくれ」
「我儘言い放題だな」
どういう状況か理解してます? と言いながらも自分を危険視するレウに、ギールも冷ややかな顔つきになる。
喧嘩しそうになる二人に、リスティーが諫めようか? という顔で指を鳴らしながら近づいてきた。やらなくていいと首を振ったエディスは、あのなと口を開く。
「お前はよくて協力者だろ。でもレウは愛人だ。俺が触っていいって許可出すのはコイツだけなんだよ」
首に片腕を回してそう言い、早くと睨む。レウは「人使いの荒い……」と呆れ果てながらも腕に抱き上げる。よろしいと頷いたエディスは、ふうと息を吐いて凭れかかった。
ふ、と息がひとつ落ちる。
視界に入った黒に、エディスは腕を床について体を起こす。
黒の手袋をはめた手が制すように差し出された。さらに顎を上向けると、黒衣を纏った男が、金の眼を細めて静かに微笑う。
立ち上がった彼は、掌を顔の方に向けて手袋を下に引っ張った。
【愛を嘆く者、起動します】
囁くように、なのに不思議と耳に響く声。ほとんど僅差で繰り出された魔法と能力。
展開されていく神の雷と称された雷撃や蝙蝠のような形をした暗雲に、男が喚び出した黒い物質が食らいついていく。いや、溶かしていくんだったかとエディスは一度きりしか見たことがない物を呆けて見る。
瞬く間に魔法が解けていく様子に、「化け物だ」という声が上がる。
ああ、そうだ――正にそうなのだろう。エディスは瞬きをした。
前例がある、と記憶の中のシルベリアが指を立てて誇らしげに笑う。
軍の為に戦死した、功績も勲章も全て他の士官に奪われた化け物。長い前髪で表情の見えない写真、ミシアは友人だと苦い笑みを浮かべた。
己の考えが正解として出てきたことを、エディスは苦く思った。
「……はあ、少しは面白いんもいるんやな」
食われてしもたわと退屈そうに見下ろした少年は、男が放った黒い溶解玉を避ける。
ドゥルースに呼びかけ、「遊ぶのはおしまいや」と指を差す。目を凝らすと、フェリオネルが乗ったドラゴンが近づいてきていた。
二人掛けの鞍の後部にはもう一人騎乗しているようで、エディスは片眉を下げる。鎧に身を包んだ騎士を率いているところを見ると、恐らくはエドワードなのだろう。
「公爵家の騎士か。それは少し分が悪いな」
俺に使ったような手段が取れないからかと言うと、ドゥルースは作戦は部下に任せているからねと涼し気な顔で返す。
なにをしたのと言いたげな顔を向けていたリスティーが瓦礫を足の甲にのせ、蹴り飛ばした。狙い撃たれたドゥルースはうわと叫んで避け、「怖いな」と呟く。
「また機会はいくらでもあるし、今回はこれくらいで」
そう言ったドゥルースは狼の王者――アリィードを召喚して飛び乗る。
「行くよ、ルシリア」
他の部下が溶解玉に襲われても如何を問わないくせに、禁魔術を使う少年だけは随伴するのか。呼ばれた少年が背に飛び乗ると、走らせた。
「ドゥルース……」
あの時、道が分かたれなければ。今アリィードの背に乗っていたのは、あの少年ではなく自分だったのかもしれない。寂しさに、背が丸まってしまいそうになる。
「エディー、迎えが来てしまったみたいだね」
その言葉に、エディスはどうしてと見つめる。眉を下げて笑った男は、「ほら、あの子が」とフェリオネルの方を指差す。
どうしてエドワードが迎えだというのか。迷宮入りになりそうだった疑問を素直に口にすると、家族だからと答えた。
「……家族」
その途端、彼を少し理解した気になって胸に手を当てる。
その下で鼓動していた、彼が譲ってくれた命はもう心臓にはない。
逃げ惑い、命からがら去っていく群れを見る男の横顔は寂し気で。それは最初に見た彼の印象と違わず、エディスは床に拳を突いて足に力をこめる。
声を掛けると、金が驚きに満ち溢れた。支える為に差し出された手を通り過ぎ、腕を掴んで声を発する。
「アンタ、名前は」
目が丸くなり、ああ意外と顔つきは幼げなんだなとエディスはまじまじと見つめた。すると、相手は少し照れたように目を伏せる。
「……ギール」
口にすると、ほんの少し首を傾いで頬を緩めた。小さな花が咲いたかのような、飾り気のない笑顔はこのような場に似合わない。
そんな顔をするくらいなら、と想いが喉を震わす。
驚き、制止を促す周囲を振り切って彼を掴んだ。
幸せと安寧を欲する、孤独者を。
「そんなに見たけりゃ、お前が俺について来い!」
最大限に努力をして、世界で一番幸せだって顔で笑ってやる。
宣言したエディスを、彼は嬉しいなと言って抱き締めようと手を広げてきた。だが、レウが間に入って防ぐ。その背に抱き付いて擦り寄ると、レウは「まだ警戒を解かないでほしいんですが?」と睨んできた。
「レウ、足痛いから運んでくれ」
「我儘言い放題だな」
どういう状況か理解してます? と言いながらも自分を危険視するレウに、ギールも冷ややかな顔つきになる。
喧嘩しそうになる二人に、リスティーが諫めようか? という顔で指を鳴らしながら近づいてきた。やらなくていいと首を振ったエディスは、あのなと口を開く。
「お前はよくて協力者だろ。でもレウは愛人だ。俺が触っていいって許可出すのはコイツだけなんだよ」
首に片腕を回してそう言い、早くと睨む。レウは「人使いの荒い……」と呆れ果てながらも腕に抱き上げる。よろしいと頷いたエディスは、ふうと息を吐いて凭れかかった。
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