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紡ぎ編
4.あなたのお役目
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「今回の目的を覚えてない奴がいるみたいだから復習しておくぞ」
食堂車から元の談話室を兼ねた客車に戻って、各々好きな所に腰を落ち着けさせた。
険しい顔つきのエディスが腕を組んでそう言うと、ギールは「確かめただけじゃないか」と笑った。悪気もなく、謝罪の意思も見えない薄っぺらい言葉遣いにエディスは眉間の皺を深くさせる。
「アンビトン・ネージュと対立するつもりはない。むしろ友好的だと感じてもらわないと困る。要塞内でなにかあっても奴の手の者とは戦うな」
当然だと言うレウ、ごくりと唾を飲み込んだロイ。その二人は理解している。だが、超然とした様子のギールだけは上手く飲み込んではくれないようだった。
「ギール、お前を雇う時に言ったよな。尊重しない奴は雇わない、って」
覚えてるかと訊ねると、ギールはそうだねと肯定する。
「それは俺に対してだけじゃない。俺が大切に扱ってほしいと思うものすべてに対してなんだ」
目の前にいる男が読めない。
あんなに離れていた時は慈しまれ、守られ、こちらを真綿に包むように優しかったというのに。
それとも俺が頑なにさせてしまったのかとエディスは俯く。
すると、ギールがエディスの足元に膝をついた。両手を握られ、こちらを見あげてくるギールに眉を寄せる。
「お前は俺に嫌われたいのか? 違うだろ。憎く思われたり意思がなくても閉じ込めたいのか、そうじゃないんだろ」
なら誠意を見せてくれと伝えると、ようやくギールは息を吐いた。
君の言うとおりだと認めてくれ、空気が和らぐ。
「善処するよ」
「……いい子だ」
格段に年上だが、中身はまるで子どもだ。
犬のように膝に上半身を乗り上げ、擦り寄ってくるギールの頭を撫でようとした手を横から掴まれる。
驚いて顔を上げると、冷え冷えとした目付きになったレウが立っていた。
「離れろ、ヴァンパイア」
剣呑な声にロイが「えっ」と体を引く。
味方に怯えられるのは不都合があるとエディスは警戒し、大丈夫だからとロイと目を合わせながら伝える。
それからレウの手を握って「どうした?」と首を傾げた。
「魔物がよくやる手だろ」
人の同情を買って油断させて殺したり、餌場に引きずり込んだりは人型の魔物の常とう手段だ。
軍部からの計らいかミシアが配慮してくれたかで、エディスの隊は今のところ人型の魔物の討伐依頼を受けることは少ない。
だが、酷い目にあった隊もいて、上官との話題でも頻出するから例としてはよく知っている。
「コイツのこれは人への罠とか人心掌握術とかじゃないと思うぞ」
「そう、ただの恋心」
遅すぎる初恋だよとギールに手を取られ、掌や指に口づけられる。
「俺は引っかからない。いてっ、」
かぷりと指を噛まれ、滲んできた血を吸ってくるギールを見下ろしたエディスは手を上げながら「おい噛むな」と眉間に皺を作った。
「いや王子捕食されてんじゃん!? えっ、マッジで魔物?」
立ち上がったロイは腰に帯びたロザリオに手を触れる。
「でも、気配がな~……ちょっと怪しいんだよなあ」
ギールの体の輪郭を上から下まで見つめて、体を傾げた。
「ギールは癒しのヴァンパイアだけど、能力者でもあるんだ」
「あ……そう言われると分かるかも」
混ざると魔力ってこうなるんだと難しい顔をするロイに、ギールは自分の腕を見下ろして嘆息した。
「これでも神官には見破られちゃうのか」
「わっ、あ、や、やめて~~これ以上変えられたら分かんなくなる!」
頭を抱えるロイはそのまま固まり、そっかと呟く。
なにに納得したのかとエディスはレウと顔を見合わせ、ロイになにがだと訊ねた。
「ほら、なんでボステルクに行くのかって話してた時に、ギールさんの妹? って人のこと言ってたっしょ」
そういえば、その時に魔物だとか言ってなーってと人差し指を立てたロイに、ギールは肯く。
「妹……シュアラロも癒しのヴァンパイアの生き残りだよ。ほとんど絶滅危惧種だからね、俺たちは」
そう冗談めかして言ったギールに、ロイはその使い方合ってんのかな~~と額に拳を押し当てる。
「ええっと、一応確認なんだけど。ギールさんは王子の味方ってことで……?」
「合ってるよ」
俺はエディーさえ幸せに生きていてくれればそれだけでいい魔物。
そう言って、指を伝って落ちそうになっていた血を舌で舐め取ったギールの顔を、レウが平手打ちにした。
「んん~、ちょっと納得すんのに時間掛かりそうだけど。それは我慢してほしいな」
「我慢もなにも。俺は聖水やロザリオが効かないし、好きにすればいいよ」
鼻を手で押さえて睨むギールとレウの間に挟まれる形になったエディスは、ギールを指差す。
「先に許可を取らなかったお前が悪い」
冷ややかに言って、ハンカチで手を拭う。
「ギール、それにレウも。そろそろ作戦を伝えるから離れろ」
椅子に座れと指を差された二人は渋々元いた所へと戻っていく。
座ったのを見て、エディスは息を吐いて足を組む。一瞬目を閉じてから瞼を持ち上げた。
「ボステルクでの作戦を簡単にだが、話しておく。それぞれの役割もな」
エディスが手を組んでそう告げると、ロイが姿勢を正す。
一人一人の顔を見渡してから、椅子に逆向きに座っているロイに手を差し出した。
「まずロイだが、俺と来てくれ」
「俺ですか!?」
自分の顔を指差して驚くロイにそうだと首肯して、今度はギールの方に体ごと向ける。
「ギールは行ったらすぐに潜伏してほしい。できるんだよな」
「ボステルクの警備は厳重なんだけどね。まあ、できないことはないよ」
ギールはなんでもないことだと安心させるように笑いかけてきた。
ならばと、エディスは胸元のポケットに入れていた小さな箱を取り出した。深緑のビロード地の箱を開け、中に入れていた三日月の飾りが付いたピアスを見せる。
「今回はこれを使用する。俺の指示に従って要塞内を探れ」
「俺のプレゼント使ってくれるんだ、嬉しい」
似合ってたから早くつけてほしいなと言うギールに、レウはしかめっ面になる。
「俺はなにをすればいいんですか」
護衛を兼ねている従騎士を連れていかないとはどういうことだと。
不機嫌を隠そうとしないレウに、エディスはとっておきを用意していると悪どい笑顔を向けた。
食堂車から元の談話室を兼ねた客車に戻って、各々好きな所に腰を落ち着けさせた。
険しい顔つきのエディスが腕を組んでそう言うと、ギールは「確かめただけじゃないか」と笑った。悪気もなく、謝罪の意思も見えない薄っぺらい言葉遣いにエディスは眉間の皺を深くさせる。
「アンビトン・ネージュと対立するつもりはない。むしろ友好的だと感じてもらわないと困る。要塞内でなにかあっても奴の手の者とは戦うな」
当然だと言うレウ、ごくりと唾を飲み込んだロイ。その二人は理解している。だが、超然とした様子のギールだけは上手く飲み込んではくれないようだった。
「ギール、お前を雇う時に言ったよな。尊重しない奴は雇わない、って」
覚えてるかと訊ねると、ギールはそうだねと肯定する。
「それは俺に対してだけじゃない。俺が大切に扱ってほしいと思うものすべてに対してなんだ」
目の前にいる男が読めない。
あんなに離れていた時は慈しまれ、守られ、こちらを真綿に包むように優しかったというのに。
それとも俺が頑なにさせてしまったのかとエディスは俯く。
すると、ギールがエディスの足元に膝をついた。両手を握られ、こちらを見あげてくるギールに眉を寄せる。
「お前は俺に嫌われたいのか? 違うだろ。憎く思われたり意思がなくても閉じ込めたいのか、そうじゃないんだろ」
なら誠意を見せてくれと伝えると、ようやくギールは息を吐いた。
君の言うとおりだと認めてくれ、空気が和らぐ。
「善処するよ」
「……いい子だ」
格段に年上だが、中身はまるで子どもだ。
犬のように膝に上半身を乗り上げ、擦り寄ってくるギールの頭を撫でようとした手を横から掴まれる。
驚いて顔を上げると、冷え冷えとした目付きになったレウが立っていた。
「離れろ、ヴァンパイア」
剣呑な声にロイが「えっ」と体を引く。
味方に怯えられるのは不都合があるとエディスは警戒し、大丈夫だからとロイと目を合わせながら伝える。
それからレウの手を握って「どうした?」と首を傾げた。
「魔物がよくやる手だろ」
人の同情を買って油断させて殺したり、餌場に引きずり込んだりは人型の魔物の常とう手段だ。
軍部からの計らいかミシアが配慮してくれたかで、エディスの隊は今のところ人型の魔物の討伐依頼を受けることは少ない。
だが、酷い目にあった隊もいて、上官との話題でも頻出するから例としてはよく知っている。
「コイツのこれは人への罠とか人心掌握術とかじゃないと思うぞ」
「そう、ただの恋心」
遅すぎる初恋だよとギールに手を取られ、掌や指に口づけられる。
「俺は引っかからない。いてっ、」
かぷりと指を噛まれ、滲んできた血を吸ってくるギールを見下ろしたエディスは手を上げながら「おい噛むな」と眉間に皺を作った。
「いや王子捕食されてんじゃん!? えっ、マッジで魔物?」
立ち上がったロイは腰に帯びたロザリオに手を触れる。
「でも、気配がな~……ちょっと怪しいんだよなあ」
ギールの体の輪郭を上から下まで見つめて、体を傾げた。
「ギールは癒しのヴァンパイアだけど、能力者でもあるんだ」
「あ……そう言われると分かるかも」
混ざると魔力ってこうなるんだと難しい顔をするロイに、ギールは自分の腕を見下ろして嘆息した。
「これでも神官には見破られちゃうのか」
「わっ、あ、や、やめて~~これ以上変えられたら分かんなくなる!」
頭を抱えるロイはそのまま固まり、そっかと呟く。
なにに納得したのかとエディスはレウと顔を見合わせ、ロイになにがだと訊ねた。
「ほら、なんでボステルクに行くのかって話してた時に、ギールさんの妹? って人のこと言ってたっしょ」
そういえば、その時に魔物だとか言ってなーってと人差し指を立てたロイに、ギールは肯く。
「妹……シュアラロも癒しのヴァンパイアの生き残りだよ。ほとんど絶滅危惧種だからね、俺たちは」
そう冗談めかして言ったギールに、ロイはその使い方合ってんのかな~~と額に拳を押し当てる。
「ええっと、一応確認なんだけど。ギールさんは王子の味方ってことで……?」
「合ってるよ」
俺はエディーさえ幸せに生きていてくれればそれだけでいい魔物。
そう言って、指を伝って落ちそうになっていた血を舌で舐め取ったギールの顔を、レウが平手打ちにした。
「んん~、ちょっと納得すんのに時間掛かりそうだけど。それは我慢してほしいな」
「我慢もなにも。俺は聖水やロザリオが効かないし、好きにすればいいよ」
鼻を手で押さえて睨むギールとレウの間に挟まれる形になったエディスは、ギールを指差す。
「先に許可を取らなかったお前が悪い」
冷ややかに言って、ハンカチで手を拭う。
「ギール、それにレウも。そろそろ作戦を伝えるから離れろ」
椅子に座れと指を差された二人は渋々元いた所へと戻っていく。
座ったのを見て、エディスは息を吐いて足を組む。一瞬目を閉じてから瞼を持ち上げた。
「ボステルクでの作戦を簡単にだが、話しておく。それぞれの役割もな」
エディスが手を組んでそう告げると、ロイが姿勢を正す。
一人一人の顔を見渡してから、椅子に逆向きに座っているロイに手を差し出した。
「まずロイだが、俺と来てくれ」
「俺ですか!?」
自分の顔を指差して驚くロイにそうだと首肯して、今度はギールの方に体ごと向ける。
「ギールは行ったらすぐに潜伏してほしい。できるんだよな」
「ボステルクの警備は厳重なんだけどね。まあ、できないことはないよ」
ギールはなんでもないことだと安心させるように笑いかけてきた。
ならばと、エディスは胸元のポケットに入れていた小さな箱を取り出した。深緑のビロード地の箱を開け、中に入れていた三日月の飾りが付いたピアスを見せる。
「今回はこれを使用する。俺の指示に従って要塞内を探れ」
「俺のプレゼント使ってくれるんだ、嬉しい」
似合ってたから早くつけてほしいなと言うギールに、レウはしかめっ面になる。
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