【第2部完結】悪役王女の跡継ぎはバッドエンドですか?

結月てでぃ

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学園要塞ー中編ー

1.報われない愛を永遠に演じて

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 高窓から暁日が差し込む聖堂で、三つ揃えのスーツを身に纏った男が片膝をついている。
 握った手を鼻筋に押し抱いて目を閉じる姿は静謐で、清らかさに包まれて見えた。

 だが、グレイッシュな薄青の目が開かれ、彼は立ち上がる。

「俺が昨夜のことを許しているとでも思ったのかい!」

 緩慢に開かれた戸口にそう叫ぶと、くすんだ金髪の男が入ってきた。
 常は美しく梳かれた金髪も乱れ、着ているシャツやスラックスもくたびれ、汚れている。

「ギジアくん……君、警備ドーリーと一晩中鬼ごっこを続けていたのかい。休めばいいものを、随分と苦労したね」

 腰に手を当ててやれやれと呆れると、その男が悪鬼の形相で睨んでくるのでわざとらしく鼻から息を吐き出す。

「お前が領主だろう……!」

「そんな誰にでも分かりきったことしか言えないのかい? 非常に残念だ」

 黒煙が体から滲み出すギジアは、頬を親指で押さえて見ていた。だが、男が手を離すと口元に笑みを浮かべていたのを見て、怪訝な顔つきになる。

「なにが可笑しい」

 問うと、じっくり時間を掛けて瞬きをした男は「いいや、ただ……」と喉を震わせる。

「彼を困らせた魔法が、単なる魔獣を喚び出すだけのものだとは思っていなかったもので」

 拍子抜けだと手を返した男を、ギジアは目を見開き愕然とした表情で見つめた。

「……これがなんの魔法か、分かるのか」

「かつて東部を荒らした伝説の魔物"バンドゥア"を従僕化する魔法だろう。視れば分かるじゃないか。そもそも詠唱なんかしたりして、相手にヒントを与えているようなものだと思わなかったのかい?」

 他になにがあるんだいと訊かれたギジアは困惑を隠せず、額に手を当てる。
 嘘だろうと呟くと、男は嘘じゃないさと微笑み掛けた。

「そんなに正確に覚えている人間などいない。いや、待て……お前は、人間なのか?」

「おや、俺がアンビトン・ネージュだとでも? それこそ面白いジョークだ」

 君はセンスがあるなと口だけで笑う男を前に、ギジアは数年掛けて飼い馴らした魔法の詠唱を終える。

【……ッ、バンドゥア!】

 まるで地獄の壁を這い上ってきたように地面から黒き腕を伸ばした魔獣に向かって、男は手を突き出した。
 すると、凶暴な魔獣の形が頭から崩れ落ちていく。

「な……ぜ、バンドゥアが」

「何故? 簡単な質問だね。君たちは禁魔術を過信しすぎているんだ。バンドゥアだって長い間使われていれば消耗してくる」

 敵意をもろともせずに歩いていった男は、折角眠っていたのに悪戯に喚び出したら可哀想だろうとギジアの頭に手をのせる。

「だが、君のは子どもの人形遊びと変わらなかったな」

「お前は……おまえの、目は……なん、だ」

「おや、そこまでは分かったのか」

 おめでとうと笑んだ男は、手を叩いて称える。
 その相貌を間近から見たギジアが「その顔、」と言いかけると顔の下半分を掴んだ。

「困ったな、俺のこの顔はそんなに似ているのかい」

 だから表には出たくないんだと表情を消した男を、ギジアが睨み上げる。

「元からグルだったんだな」

「おや、なんのことだい」

「別に学園要塞都市の領主が王子と共謀したって非難されないんじゃないか。偽の王子様の母親だって協力者を集めるのに必死だからな」

 己の主人に対しても軽蔑しているような素振りに、男は眉を顰めた。

「悪あがきを」

「はあ、まあ君が王子を嫌っていることはとてもよく分かったよ。覚えておこう」

 嗤うギジアに対し、男はため息をつく。

「だが、これは俺に厭われるようなことをする君たち自身の問題さ」

 ボステルクを守るのが俺の仕事だと言った男は、手を丸めてなにかを掴む素振りをしてみせた。

「あまり朝から騒ぐと授業の妨げになってしまうからね。そろそろお帰りいただこうか」

 手を引くと、白に輝く大きな扉がその場に出現する。開いた扉の向こう側は白く霧がかっていて、一体どこに繋がっているか窺い知れない。

「ああ、それと。君たちの卒業資格は取り消すことにした」

「なに……っ!?」

「金輪際ネージュさんと会うことがないよう祈っておくよ」

 胡散臭い微笑を浮かべた男の背後から、無数の白い腕が伸びてくる。

「安心してくれ、別にこの先は天国だなんて言うつもりはない」

 どこに繋がっているかは扉の機嫌次第だと撫でる男に、ギジアは侮蔑の言葉を吐いた。
 それを聞いた男はほんの少し目を丸くさせ――視線を横に逸らす。

「俺も、君に期待をしていたんだがな」

 その言葉の真意を問う前に、腕に絡み取られたギジアの体がぐんと引かれていき、扉の向こうへと放り投げられた。
 問答無用で扉を閉めた男は背伸びをし、目尻に浮かんだ涙を指で拭う。

「はぁ……全く、厄介事ばかり増えるな」

 流石に疲れたと眉間に拳を押し当てた男は深くため息を吐き出した。

*** *** *** *** ***

 カーテンが引かれた、仄明るい部屋に足を踏み入れる。
 ベッドの中で大きな山を作っている人はまだ眠っているようで、規則正しい寝息が聞こえてきた。

 いきなりカーテンを開けて光を取り入れ、ブランケットを取り上げるなんてことはしない。
 ベッドへ近づいていき、そっとブランケットを捲って豊かな髪を手で梳く。

「おはよう」と額に口づけると、夢の中を漂っていた魔法使いが目を開けた。

 ベッドに腰かけて頭を撫でると、もそりと体を起こす。かと思えば体勢を変えただけで、人の膝の上に頭をのせて腹に腕を回してくる。

「そろそろ起きてほしいな」

 願うと顔がこちらを向いてきて、薄目を開けて見てくる。

「遅くなってしまってすまない。許してもらえるかな?」

 頭を撫でながら言うと、物言いたげな視線がちくちくと突き刺さってきて笑ってしまう。

「なんだい、言ってくれないと分からないよ」

 どうして分かってくれないんだという顔があまりに可愛らしくて、意地悪をしてしまう。
 彼は自分よりも随分と年上だというのに甘えたがりだ。

「……君が、口づけてくれるならば」

「そんな子どものようなことを言って……俺を困らせるのが楽しいのかい」

 くすくす笑って身を屈め、頬にキスをする。

「俺の大きなお姫様。これで満足かな?」

 離れようとすると、首の後ろを押さえられて唇同士が触れあう。
 ――これは単なる小さな刺激だと、深く心に刻み付ける。

「最近あまり時間が取れなかったが、今日は朝食を作ったんだ。一緒に食べてくれるだろう?」

 解放された口を開けて饒舌に話すと、彼は目をほんの僅か和らげた。

「ああ、喜んで」

「なら起きてくれ。それとも抱き起した方がいいのかな」

 これでは本当にお姫様のようだと言うと、眉間に皺が寄って目が細まる。
 のっそりと起きてクローゼットに向かう背中を見送ってベッドから腰を上げた。

「それじゃあ、サンルームで待っているよ」

 部屋を出ていき、キッチンに向かっている最中にドーリーから話しかけられる。

「俺の印鑑が必要なのか。……分かった、君はここで待っていてくれ。すぐに押してくる」

 書斎に寄るだけならそう時間も掛からないだろうと、下がってきた階段をまた戻っていく。寝室の一つ上の階まで上がり、自分の書斎のドアを開ける。
 大きな書机の引き出しを開け、中に入っている印鑑を取り出そうとし――顎下に怖気を感じて体を引こうとした。

「やっと捕まえたぞ」

 だが、書机から伸びてきた腕に絡め取られる。
 紫みを帯びた粘液状になった男、クレマの顔が現れてもがく。だが腕に、体にクレマが取りついていて剥がせず、どんどん下に引きずられていく。

 書机の表面が水面のように揺れ、その中へと捕らわれた男の体は消えていった――……。
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