【第2部完結】悪役王女の跡継ぎはバッドエンドですか?

結月てでぃ

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胡蝶編

5.友好の扇子

「トリエランディア殿が王太子の儀で向かう時に、私も中央へ連れて行ってもらったのだ」

「ヒョウもあそこにいたのか」

「いや、危ないと言うのでな。武官と近くで待たされていた」

 私はとりと行きたかったのだがと唇を尖らせる飛踊に、トリエランディアは駄目だよとやんわりと断る。
 この通りだと辟易する飛踊を見て、エディスは我がことのように大変だよなあと共感の意を覚えた。

「しかし……大聖堂の傍にも寄ったが、あれはいかんな」

 エディスはレウと目を合わせてから、どうのか問う。
 すると、飛踊はやはり分からぬのかと落胆して肩を落とす。

「あそこにいたのは祟り神だ」

「祟り神……?」

「禍神、荒神。呼び名は多々あるが」

 祟るとはどういうことかと訊くと、飛踊はしばし悩んだ。

「端的に言うと、人に害なすものだな」

 逡巡してから言った言葉に、エディスは魔物とはなにが違うのかと問うた。
 飛踊は首を振って「全くもって違う」と答える。

「彼奴らは天災のようなものだ。気まぐれで人に災禍を与える」

「そのことだが、俺は神を下すつもりだ」

 この国の神は生贄を求めると伝えると、僅かにトリエランディアの顎が引けた。
 飛踊はたじろぐことなく、エディスの視線を受け止める。

「神座から下ろすか。だが、神いなくば国は亡ぶぞ」

 愚かだとでも言いたげに。飛踊は嘆息して、息を呑むようなことを口にした。

「ただでさえ、この国の発展は遅れているというに」

「――え?」とエディスの喉を音が通り抜ける。

「失礼ながら旧時代にも劣っているのだ、この国の機械技術は」

 古めかしい話し方をしている少年にこのようなことを言われるとは。
 呆けた顔になっていたエディスは、どの辺りを見てそう思うのか問う。

「どの辺りと言われても困るのだが、そうだな……全てだ」

 全てが古臭いと言われ、エディスは唖然とした。

「この国は千々に割れた国の一部が集まったのだと、人を見れば分かる。故に歴史が消え、信仰もない」

 古くはなんという国のどういう人種だったか。
 エディスたちは己が祖先のルーツを知らない、歴史も風化し忘れ去られた。
 魔人に教えを乞えばいつかは知っている者と出会えるかもしれないが、彼らは気まぐれだ。

「私の話し方をどう思われるか」

「どうって……、失礼ですが、爺さんよりも年上と話しているようです」

「であろうな」と飛踊は再び嘆息し、やれやれと首を横に振った。

「だが、これが今の世界共通言語だ。この国の言葉は、独自の発展を遂げている。若者言葉とも言えるが」

「独自の……」

「意志を取ろうと四苦八苦し、色んな訛りや言語が混じった結果なのであろうな」

 なにやら一人納得しているような、わざとこちらに聞かせようとしているような。
 呟く飛踊に、エディスは口の中が苦くなってくるような感覚になる。

 どうにもこの少年、考えが読めない。
 大将をくれとは言うが、結局は惚れた腫れたのお互いの問題であるし、エディスは惚気に付き合わされただけのようなもの。

「この国では神と思わしき存在が希薄だ。私もどこにいるのか分からない」

 その真意はなにか。

「ヒョウさんの国ではどんなところに住んでいるものなんだ」

「ここと変わらないぞ。神殿が家で、そこに部屋がある」

「神様の家と部屋か」

 おかしなことを言うものだ。
 いや、これもこちらの感覚が世界の理から外れているのだけだろうか。

「どんな部屋を用意するんだ」

 そう問うと、飛踊は目を丸める。
 口が開き――「おかしいな。エディス殿は知らなかったのか」と笑った。

「知らなくてを取り出すとは、もはや才能だな」

 神官になっては如何かと囁かれると、隣のレウが動こうとしたので手を握って止める。
 だが、膝を枕にしていたジェネアスの方がさらに素早く、そして予想外だった。

「魔物の核ッスよね。アンタ、それが目的だろ!!」

 テーブルに足を乗り上げて胸ぐらを掴んだジェネアスの剣幕に、エディスは大口を開けて固まる。

「一体だけじゃなくてもい~んスよねえ、神様ってのは」

「その通りだ」

 どくどくと、胸が早鳴る。沸騰したように血が熱く感じられた。

「アンタは国を取り戻すために、この国の神を奪おうとしている」

「違う」

 否定する飛踊の目は鋭く、まるで獲物を目の前にした狩猟動物のようだ。

「あの石を集めた物が神の住処。それを私たちは神像――ロッディリア・ジュリーンと呼ぶ」

 不可思議で、上手く口が回らない単語だ。
 聞き覚えも、 どこかの書物で見たことすらない。

「神がいても、それだけでは足りない。神像だけあってもただの石くれだ」

 飛踊の目がこちらを見る。
 赫の瞳はエディスを確りと捉えていた。

「神、神像、そして神に見初められた人間。その三つ全てが必要なのだ。どれが欠けても機能すまい」

 腰が浮く。逃げようとしたエディスは、だが胆力で耐えた。
 尻を床に下し、飛踊と対峙する。
 これで傍らのトリエランディアが剣でも抜こうものなら一目散に逃げてしまっていただろうが。

「俺が行けば侵略者になってしまいますよ」

 言い返せば、飛踊は呆気に取られたような顔つきになった。
 そして、ふっと笑う。

「国際問題の出来上がりだな」

 それはいけないなと、ふっと彼の雰囲気が和らいで、 両手を挙げる。
 ジェネアスに対して、彼にはなにもしないので勘弁してくれという意思表示だろう。

「クソ野郎ッスね、アンタ」

 俺の嫌いな為政者って奴ッスよと言い切る。
 また自分の膝を枕に寝ころんだジェネアスに、エディスはおいおい……と苦笑いになる。
 仮にも自分の父親代わりになる人が選んだ相手だというのに。

 怒らないのかとトリエランディアを見ると、視線が合って肩が跳ねる。

「面白い子たちでしょう。見ていると昔を思い出して元気が出るんだよね」

 なんて朗らかに笑うものだから、エディスは肩の力が抜けた。

 とんでもない人だ。
 いや、そうでなければ軍の大将なんてしていられないだろうし、破天荒だった自分の両親にも付き合ってくれなかったに違いない。

「俺も軍もあなたの国には行けない。でも、出来る限りの資金援助はさせてもらおう」

 これからの冬支度に向けての予算や、飛踊がいつ奪還に向けて動くかなど、議論しなければいけないことが山積みだ。

「故郷に帰る手伝いをさせてくれ」

 誰にでも故郷はある。そこへ帰りたいと望んでいるなら、力になってやりたい。
 そう思って手を差し出すと、 飛踊は力強く頷いた。

「感謝する。それを約束してくれるのならば、私はあなたの協力者となろう」

 他国の王になる者として、と言った飛踊は手を握ってきた。

「交渉成立だな」

 二人が確信を持って視線を交わした時、繋いだ手から光が灯った。

【第二の協力者――雀鷂つみ 飛踊ひよう

 声が頭に響き、光が収まると、飛踊の手に見慣れぬ物が残っていた。

「ふむ。扇子か」

 飛踊がそれを振るって開くと、純白の紙に赤い蝶が鮮やかに舞う。

「有効に使わせてもらおう」

 木で出来た骨を指でなぞった飛踊は、にっこりと笑んだ。

(食えない笑い方する奴だなー……)

 癖の強い面子ばかり集めた自覚はあるが、その中でも一際曲者かもしれない。
 運があるのかないのか、悩みどころだとエディスは嘆息した。
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