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クラウン王国の秘話と後日譚
21.育まれる想いと情愛・後
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ほんのりと心に灯った娘ジュルースの切ない恋情。
だが、敢えて口にはしない。
心優しい奥ゆかしい娘だからこそ、自身の立場も身分も弁えている。これまでの人生においても我儘の1つさえ言ったこともない。
娘ジュルースには自分の気持ちだけを一方的に押し付けることは出来ない。相手を気遣えない人にはなりたくない。
ーーーそっと見守るだけの愛情があっても良い。
娘ジュルースの切ない想い。
一方的に想いを告げてしまえば、今の関係性も崩れてしまう可能性もある。
今だに亡き王妃アリーヤへの想いを抱く国王カルロスを深く知っている娘ジュルースだからこそ、その想いを尊重し気遣う。
亡き王妃アリーヤを一途に想う国王カルロスは、娘ジュルースには尊い存在。
もしくは永遠に報われることのない相手。
◇
娘ジュルースは一定の距離を保ちながら、国王カルロス父子にそっと寄り添う日々を送り続ける。
長くもあり、短くもある歳月。
穏やかながらも切ない日々。
気が付けば嫡太子カールが〈成人の儀〉を迎えるまでになり、娘ジュルースも娘というよりは成熟した妙齢の女性へと時を刻む。
今では『母ジュルース』として讃えられている。
嫡太子カールが〈成人の儀〉を迎え、〈黄金宮殿〉の大広間での〈祝いの舞踏会〉が催されている最中。
玉座には国王カルロスと嫡太子カールが並び、一歩控えた後方には母ジュルースが控える。
普段であれば、正式に王家に迎えられていない母ジュルースが堂々と表舞台に立つことはない。身の程を弁えているからだ。
ーーー愛するカールの母ではあっても、ただの薬師のジュルースには変わりはない。
不意に淋しさが込み上げる母ジュルース。
時折ひっそりと涙を零す。
◇
舞踏会の美しい旋律が大広間へと響き渡る。
嫡太子カールの祝いの場に集う貴公子たちは、艶やかな装いの令嬢たちを伴い、大広間の中央へと歩み寄る。
互いの手を取り合い、自然と見つめ合う紳士淑女らは、柔らかに奏でられる旋律に合わせて優雅に舞踏を愉しむ。
美しい衣装の裾を華麗に翻しながら、相手の手を取り舞踏を愉しむ淑女たちの姿に感嘆する母ジュルース。
「……美しいわ。とても素敵ね……」
優しげな眼差しの中には羨望が混じる。
声を掛けたのは嫡太子カール。
「母上も踊られたらいかがですか? 日頃から舞踏の練習をしていたのです。その成果を見せるなら僕の祝いの場である今日こそ相応しい」
「カール……練習していたとはいっても皆様方のような力量はないわ。私の舞踏などは粗末なものよ」
「僕にとっては母上の踊りが一番ですよ。それに今日の母上はいつにも増してお美しい。純白に金糸が混じる絹の衣装も良くお似合いです。父上が母上の為に新調したのですよ」
「……っ?! 国王陛下が!」
嫡太子カールの不意打ちの告白に母ジュルースは驚きを隠せない。
これまで国王カルロスから衣装や装飾品を贈られたことはない。全てが王家所有の装身具で賄われている。
「陛下が私なんかの為に……」
その心遣いが沁みる母ジュルース。
例え些細な物であって国王カルロスからの贈り物となれば、それは至高の贈り物。
愛する人からの贈り物は宝物と同じ。
嬉しい……と涙が溢れる。
心に温かな喜びが溢れる。
今日の為に用意されていた美しい衣装を改めて見つめるジュルース。〈王色〉とも云える金糸が縫い込まれた気品漂う衣装に自然と花笑えみが溢れる。
「父上が母上の為に用意するのは当然です」
したり顔で言い切る嫡太子カール。
「せっかくですから舞踏会を愉しみましょう」
首を横に振る母ジュルース。
「その心遣いだけで充分よ。第一……私には踊る相手がいないわ」
「それならば心配いりません。敬愛なる母上の初の舞踏となれば僕がお相手します。お美しい母上、お手をどうぞ」
嫡太子カールは、さりげなく父王カルロスへと視線は滑らせる。まるで何かを促すかのよう。
軽く頷く国王カルロスは、おもむろに玉座から立ち上がる。
「すまないがカール……この場は父へと譲れ。大切なジュルースの最初の舞踏の相手は余が相手をする。おまえは引け……」
「もちろんですよ、父上。是非ともそうして下さい。大切な母上をお譲り致します」
まるで申し合わせたかの如く、父王カルロスへと母ジュルースの相手を譲る嫡太子カール。嬉しそうだ。
国王カルロスが手を差し出せば、少し戸惑いながらも手を差し出すジュルース。重なり合う互いの手。
「参ろう、ジュルース」
有無を言わさず、ジュルースの華奢な手を引き、玉座からの階段を降りる国王カルロス。
ぴたりと止まる音色に静まり返る大広間。道を譲るように紳士淑女らの踊りの輪が捌けていく。
今、大広間の中央を占めるのは国王カルロスとジュルースの2人だけ。
「曲を奏でろ!」
国王カルロスの言葉が響く。
「いよいよ国王陛下が……!」
皆の好奇と願いがこもる視線が渦中の2人へと注がれる。
2人の初の舞踏が始まる。
◇
〈成人の儀〉より前。
実は、以前より微妙な関係を保ったまま煮え切らない父王カルロスと母ジュルースを案じていた嫡太子カール。
思い切った行動に出る。
父王カルロスの執務室へ。
「父上、いい加減にして下さい! そろそろ母上のお気持ちを汲んで差し上げたらいかがですか!」
「カール、いきなり来て何事かと思えば……」
「父上、この際ですからはっきりと言わせて頂きます」
嫡太子カールは声高に言い放つ。
「父上を支え続けた母上を娶るか解放するか……どちらかに決めて下さい!」
溢れ出す想いは止まらない。
「母上は皆からも敬愛されているとは云え、やはり身分は平民です。いつまで経っても微妙な立場の母上には誰しもが心を痛めております」
深く溜息をつく。
「心優しくお美しい母上をどうすることもしないで、このまま枯らしてしまわれるのですか? 花の命は短い。母上も確実に老いていく。父上……僕も辛いのです。だから、どうか……」
国王カルロスにも我が子カールの言いたい事はわかっている。わかり過ぎるくらいに。
だが、一歩が踏み出せない。何より。
『余が心の底から愛した王妃アリーヤを裏切ることになるのではないのか……』
その想いが後ろ髪を引く。
押し黙る国王カルロス。
「では、お聞きしますが……もし母上が父上ではなく他の誰かの元へと輿入れしても……」
「それはならん!」
はぁー……っと溜息が尽きない嫡太子カール。
父王カルロスが実は母ジュルースを尊重し、慈しんでいることを知っている。
「父上……もう亡き王妃様から解放されても良い頃だと僕は思います。亡くなられた方よりも生きている者にこそ敬意を払い、救いの手を差し伸べるべきだと僕は思います」
迷うことなく嫡太子カールは言い放つ。
「無理に亡き王妃様を忘れろとは言いません。ただ、今この時にも側にいる女性にこそ目を向けて欲しいのです。父上に寄り添い、ひたすらに支えてきたのは母上です。誰よりも父上のことを想い続けている母上を大切にしてあげてください。そうでなければ、母上があまりにも報われない……」
惜しみない無償の愛情を注いでくれる優しい母ジュルース。
嫡太子カールの愛してやまない大切な母。
ーーー幸せになって欲しい。
そう切に望む。
最後は絞り出すように零す。
「母上の想いを無下にしないで下さい。母上を幸せに出来るのは父上だけなのです。どうか……それを忘れないで下さい」
嫡太子カールの蒼い瞳が涙で揺らぐ。
我が子カールに背を押された国王カルロス。
ようやく迷いを捨て、心を決める。
だが、敢えて口にはしない。
心優しい奥ゆかしい娘だからこそ、自身の立場も身分も弁えている。これまでの人生においても我儘の1つさえ言ったこともない。
娘ジュルースには自分の気持ちだけを一方的に押し付けることは出来ない。相手を気遣えない人にはなりたくない。
ーーーそっと見守るだけの愛情があっても良い。
娘ジュルースの切ない想い。
一方的に想いを告げてしまえば、今の関係性も崩れてしまう可能性もある。
今だに亡き王妃アリーヤへの想いを抱く国王カルロスを深く知っている娘ジュルースだからこそ、その想いを尊重し気遣う。
亡き王妃アリーヤを一途に想う国王カルロスは、娘ジュルースには尊い存在。
もしくは永遠に報われることのない相手。
◇
娘ジュルースは一定の距離を保ちながら、国王カルロス父子にそっと寄り添う日々を送り続ける。
長くもあり、短くもある歳月。
穏やかながらも切ない日々。
気が付けば嫡太子カールが〈成人の儀〉を迎えるまでになり、娘ジュルースも娘というよりは成熟した妙齢の女性へと時を刻む。
今では『母ジュルース』として讃えられている。
嫡太子カールが〈成人の儀〉を迎え、〈黄金宮殿〉の大広間での〈祝いの舞踏会〉が催されている最中。
玉座には国王カルロスと嫡太子カールが並び、一歩控えた後方には母ジュルースが控える。
普段であれば、正式に王家に迎えられていない母ジュルースが堂々と表舞台に立つことはない。身の程を弁えているからだ。
ーーー愛するカールの母ではあっても、ただの薬師のジュルースには変わりはない。
不意に淋しさが込み上げる母ジュルース。
時折ひっそりと涙を零す。
◇
舞踏会の美しい旋律が大広間へと響き渡る。
嫡太子カールの祝いの場に集う貴公子たちは、艶やかな装いの令嬢たちを伴い、大広間の中央へと歩み寄る。
互いの手を取り合い、自然と見つめ合う紳士淑女らは、柔らかに奏でられる旋律に合わせて優雅に舞踏を愉しむ。
美しい衣装の裾を華麗に翻しながら、相手の手を取り舞踏を愉しむ淑女たちの姿に感嘆する母ジュルース。
「……美しいわ。とても素敵ね……」
優しげな眼差しの中には羨望が混じる。
声を掛けたのは嫡太子カール。
「母上も踊られたらいかがですか? 日頃から舞踏の練習をしていたのです。その成果を見せるなら僕の祝いの場である今日こそ相応しい」
「カール……練習していたとはいっても皆様方のような力量はないわ。私の舞踏などは粗末なものよ」
「僕にとっては母上の踊りが一番ですよ。それに今日の母上はいつにも増してお美しい。純白に金糸が混じる絹の衣装も良くお似合いです。父上が母上の為に新調したのですよ」
「……っ?! 国王陛下が!」
嫡太子カールの不意打ちの告白に母ジュルースは驚きを隠せない。
これまで国王カルロスから衣装や装飾品を贈られたことはない。全てが王家所有の装身具で賄われている。
「陛下が私なんかの為に……」
その心遣いが沁みる母ジュルース。
例え些細な物であって国王カルロスからの贈り物となれば、それは至高の贈り物。
愛する人からの贈り物は宝物と同じ。
嬉しい……と涙が溢れる。
心に温かな喜びが溢れる。
今日の為に用意されていた美しい衣装を改めて見つめるジュルース。〈王色〉とも云える金糸が縫い込まれた気品漂う衣装に自然と花笑えみが溢れる。
「父上が母上の為に用意するのは当然です」
したり顔で言い切る嫡太子カール。
「せっかくですから舞踏会を愉しみましょう」
首を横に振る母ジュルース。
「その心遣いだけで充分よ。第一……私には踊る相手がいないわ」
「それならば心配いりません。敬愛なる母上の初の舞踏となれば僕がお相手します。お美しい母上、お手をどうぞ」
嫡太子カールは、さりげなく父王カルロスへと視線は滑らせる。まるで何かを促すかのよう。
軽く頷く国王カルロスは、おもむろに玉座から立ち上がる。
「すまないがカール……この場は父へと譲れ。大切なジュルースの最初の舞踏の相手は余が相手をする。おまえは引け……」
「もちろんですよ、父上。是非ともそうして下さい。大切な母上をお譲り致します」
まるで申し合わせたかの如く、父王カルロスへと母ジュルースの相手を譲る嫡太子カール。嬉しそうだ。
国王カルロスが手を差し出せば、少し戸惑いながらも手を差し出すジュルース。重なり合う互いの手。
「参ろう、ジュルース」
有無を言わさず、ジュルースの華奢な手を引き、玉座からの階段を降りる国王カルロス。
ぴたりと止まる音色に静まり返る大広間。道を譲るように紳士淑女らの踊りの輪が捌けていく。
今、大広間の中央を占めるのは国王カルロスとジュルースの2人だけ。
「曲を奏でろ!」
国王カルロスの言葉が響く。
「いよいよ国王陛下が……!」
皆の好奇と願いがこもる視線が渦中の2人へと注がれる。
2人の初の舞踏が始まる。
◇
〈成人の儀〉より前。
実は、以前より微妙な関係を保ったまま煮え切らない父王カルロスと母ジュルースを案じていた嫡太子カール。
思い切った行動に出る。
父王カルロスの執務室へ。
「父上、いい加減にして下さい! そろそろ母上のお気持ちを汲んで差し上げたらいかがですか!」
「カール、いきなり来て何事かと思えば……」
「父上、この際ですからはっきりと言わせて頂きます」
嫡太子カールは声高に言い放つ。
「父上を支え続けた母上を娶るか解放するか……どちらかに決めて下さい!」
溢れ出す想いは止まらない。
「母上は皆からも敬愛されているとは云え、やはり身分は平民です。いつまで経っても微妙な立場の母上には誰しもが心を痛めております」
深く溜息をつく。
「心優しくお美しい母上をどうすることもしないで、このまま枯らしてしまわれるのですか? 花の命は短い。母上も確実に老いていく。父上……僕も辛いのです。だから、どうか……」
国王カルロスにも我が子カールの言いたい事はわかっている。わかり過ぎるくらいに。
だが、一歩が踏み出せない。何より。
『余が心の底から愛した王妃アリーヤを裏切ることになるのではないのか……』
その想いが後ろ髪を引く。
押し黙る国王カルロス。
「では、お聞きしますが……もし母上が父上ではなく他の誰かの元へと輿入れしても……」
「それはならん!」
はぁー……っと溜息が尽きない嫡太子カール。
父王カルロスが実は母ジュルースを尊重し、慈しんでいることを知っている。
「父上……もう亡き王妃様から解放されても良い頃だと僕は思います。亡くなられた方よりも生きている者にこそ敬意を払い、救いの手を差し伸べるべきだと僕は思います」
迷うことなく嫡太子カールは言い放つ。
「無理に亡き王妃様を忘れろとは言いません。ただ、今この時にも側にいる女性にこそ目を向けて欲しいのです。父上に寄り添い、ひたすらに支えてきたのは母上です。誰よりも父上のことを想い続けている母上を大切にしてあげてください。そうでなければ、母上があまりにも報われない……」
惜しみない無償の愛情を注いでくれる優しい母ジュルース。
嫡太子カールの愛してやまない大切な母。
ーーー幸せになって欲しい。
そう切に望む。
最後は絞り出すように零す。
「母上の想いを無下にしないで下さい。母上を幸せに出来るのは父上だけなのです。どうか……それを忘れないで下さい」
嫡太子カールの蒼い瞳が涙で揺らぐ。
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ようやく迷いを捨て、心を決める。
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