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王城編
12.対峙する皇帝と女官長
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皇帝・王炫により、今なお抱きかかえられている宝玉。チラリと高貴な貴人……もとい、皇帝・王炫を見上げる。
彼の素顔の半分を隠す長い髪がふわりと靡けば、金色に近い琥珀色の両眼が顔を出す。おかげで視線が交わる。
「どうした宝玉?」
「本当に炫様は皇帝陛下なんですか?」
「なんだ? 疑っているのか?」
「そういうわけではありませんが……」
「何か気になることがあるなら言ってみろ」
「どうして炫様は……あっ?! 皇帝陛下でした」
「今さらだ。炫で良い」
「それはなりません、皇帝陛下!」
やはり、口を挟んだのは女官長。
「畏れ多くも皇帝陛下の偉大な真名を後宮妃が口にすることは憚られます。許される行為ではありません。そのような事を軽々しく仰るべきではありません」
頭を垂れながらもハッキリと進言する女官長がいる。
◇
皇帝・王炫を前にしても一歩も引かない女官長。〈後宮〉を束ねる立場からすれば、皇帝・王炫への「真名呼び」を見過ごすわけにはいかない。他の後宮妃にも示しがつかない。
宝玉も立場上は“後宮妃”。それ以上でも以下でもない。他の後宮妃とは同列となる。
公平さを保つ為にも「一人だけを特別扱いしない」のが、この女官長の優れたところ。
ゆえに、皇帝・王炫からの信頼も厚い。
何より、彼女は皇帝・王炫の実父帝・景耀に仕えていた後宮妃の一人。優れた才を見出され、今の地位にいる。
ーー皇帝陛下が真名まで呼ばせ、しかもあの居室をあてがう。その事には意味があるはずでしょうが、新参者がそのような厚遇を受ければ、余計な諍いを生みかねない。
女官長には彼女なりの信条があり、考えがある。
◇
やはり、先に言葉を口にするのは女官長。
「皇帝陛下……もはや日も暮れております。このような時間に入宮する事自体がすでに異例なこと。私が責任を持って新たな後宮妃様をお預かりしますので今はお引きください」
「女官長……余は皇帝だ。余が許したことに口を挟む方が不敬ではないのか? これは余の“大切な宝”だ。いずれは国の母ともなる可能性を秘めている……と言えばわかるな?」
「皇帝陛下……だからこそでございます。“大切な宝”であるなら、なおさら壊されないようにお護りしなければなりませぬ。皇帝陛下のお心を慮り、気を配ることも私の務めと心得ております」
はっはっはっ!
突如、笑い声を上げる皇帝・王炫。
「よくわかった。女官長……そなたになら余の宝を安心して託せる。明日の夜には召し上げる。あとは任せるとしよう」
女官長に観念したのか、あるいは「彼女の本意と忠誠を試した」ともいえる皇帝・王炫は抱きかかえる宝玉を手渡すことにする。
その刹那、ヒョイッと自ら降りる宝玉。大自然が育てた田舎娘は身が軽い。
「皇帝陛下……」
真名で呼ぶのをやめた宝玉が畏まる。それも少し「淋しい」と感じる皇帝・王炫。
「おまえに皇帝陛下と言われるのは……」
そして女官長へと視線を移し、言い放つ。
「女官長……宝玉と二人だけの時は真名で呼ばせることを大目にみろ。余は皇帝だが神ではない。所詮は人の子……」
「そのようなことを仰られないでくださいませ。世の中を平安に導いた皇帝陛下は偉大なお方でございます」
「偉大な皇帝と思ってくれるのであれば多少の我儘は許せ。やはり皇帝も人の子だ」
小さく吐息をつく女官長の眼差しは宝玉を捉える。互いに視線が交われば、恥ずかしそうに微笑む宝玉。
ーー他の後宮妃のような貪欲さがない。愛らしいこと。
不覚にも、そう感じる女官長。
宝玉の黒曜石の瞳を見つめれば、そこに賢明な輝きを見る。
ーー田舎育ちの平民でありながら、不思議なほどに美しい容姿をしている。それに端正な容貌。この娘は本当に平民なのであろうか?
ふいに疑念が生じる。
女官長のその疑念が、あながち間違いではないことを知るのは、もう少し後。
ーーこの純朴で小さな花は、どうやら皇帝陛下の心の拠り所のようだ。陛下が心を許しておられるなら、たかが女官長の私ごときがとやかく言うべきことではない。
女官長の気持ちの変化を感じ取ったのか、見守る近臣の長武偉が微笑する。
「それほどに心を許す“大切な宝”であるなら、皇帝陛下のお好きなようになさいませ」
「礼を言う、女官長。宝玉……他の妃がいない時は、これまで通り“炫”で良い。二人きりの時なら尚さらだ。おまえの口から呼ばれる真名ほど心地良い響きはない」
「炫様がそう言うなら……」
「ふふっ……やはり良い」
「皇帝陛下……惚気は後にしてください。宝玉様が何か言いたそうですよ」
近臣の張武偉が告げる。
「宝玉……先程に言いかけたことか?」
「……はい。どうして皇帝陛下が後宮妃の選別に田舎の村まで来るのかなぁ……と不思議に思いまして……」
「己れの妃となる女だ。自分で求めて何が悪い? それにおまえは忘れているが余は覚えている。おまえは争乱の世の中で、余が唯一見つけた“珠玉の玉”。あのまま埋もれさせてよい花ではない。そして……見事に生き抜いた」
「炫様は……いったい何の話をされているのですか?」
皇帝・王炫の言葉に的を射ない宝玉。
彼女はわかっていないのだ。
目の前の人物に過去に会っているとは思わない。あの時の武人だとは気付いていない。
それに田舎娘には考えも及ばない。
あの時の親切な武人が、今では皇帝位につき、この世の栄華を誇っているなど誰が想像できる。
「まぁ、良い。宝玉……追々わかる」
「……おいおい?」
すると皇帝・王炫は宝玉の首に掛かる首飾りを手に取り、それを嬉しそうに見つめる。
「宝玉……これは大事な指輪だろう?」
「そうですが……あれっ、これが大事な指輪だとどうして知っているのですか? これは私の恩人の方からいただいた大切な指輪です。一生の宝物なんです」
不遜な笑みを湛えるだけの皇帝・王炫は、敢えて応えない。
「そういう鈍いところもおまえらしい。これは大事に持っていろ。おまえという存在が誰のものであるのかを知らしめる。宝玉……明日の夜に会いに行く。余の為に美しく装い、訪れを待つがいい」
はぁ……と頷く宝玉。
刹那、頬へと口付けを落とされる宝玉の耳には、皇帝・王炫の温かな吐息がかかる。
「宝玉……余はおまえが欲しい……」
甘い声音。
「……っ?!」
皇帝・王炫からの不意打ちの行為。特に意識したわけでもないのに、何故か顔が赤らむ宝玉は狼狽える。
満足を覚える皇帝・王炫。
「……可愛いやつ……」
最後は頭をポンポンと撫でられる。
近臣の張武偉を伴い、もはや去って行く皇帝・王炫を見送る宝玉の顔は熱を帯びたまま。
同時に、皇帝・王炫と道中ずっと一緒だったせいか、急な別れには淋しさが募る。
ーー炫様が行ってしまった。
珍しく、シュンっとする宝玉。それを察する女官長からは労わる言葉がかけられる。
「宝玉様……明日にはお会いできます。今は……参りましょう」
女官長に誘われ、いざ〈後宮〉の門をくぐる宝玉。
案内された部屋は……。
彼の素顔の半分を隠す長い髪がふわりと靡けば、金色に近い琥珀色の両眼が顔を出す。おかげで視線が交わる。
「どうした宝玉?」
「本当に炫様は皇帝陛下なんですか?」
「なんだ? 疑っているのか?」
「そういうわけではありませんが……」
「何か気になることがあるなら言ってみろ」
「どうして炫様は……あっ?! 皇帝陛下でした」
「今さらだ。炫で良い」
「それはなりません、皇帝陛下!」
やはり、口を挟んだのは女官長。
「畏れ多くも皇帝陛下の偉大な真名を後宮妃が口にすることは憚られます。許される行為ではありません。そのような事を軽々しく仰るべきではありません」
頭を垂れながらもハッキリと進言する女官長がいる。
◇
皇帝・王炫を前にしても一歩も引かない女官長。〈後宮〉を束ねる立場からすれば、皇帝・王炫への「真名呼び」を見過ごすわけにはいかない。他の後宮妃にも示しがつかない。
宝玉も立場上は“後宮妃”。それ以上でも以下でもない。他の後宮妃とは同列となる。
公平さを保つ為にも「一人だけを特別扱いしない」のが、この女官長の優れたところ。
ゆえに、皇帝・王炫からの信頼も厚い。
何より、彼女は皇帝・王炫の実父帝・景耀に仕えていた後宮妃の一人。優れた才を見出され、今の地位にいる。
ーー皇帝陛下が真名まで呼ばせ、しかもあの居室をあてがう。その事には意味があるはずでしょうが、新参者がそのような厚遇を受ければ、余計な諍いを生みかねない。
女官長には彼女なりの信条があり、考えがある。
◇
やはり、先に言葉を口にするのは女官長。
「皇帝陛下……もはや日も暮れております。このような時間に入宮する事自体がすでに異例なこと。私が責任を持って新たな後宮妃様をお預かりしますので今はお引きください」
「女官長……余は皇帝だ。余が許したことに口を挟む方が不敬ではないのか? これは余の“大切な宝”だ。いずれは国の母ともなる可能性を秘めている……と言えばわかるな?」
「皇帝陛下……だからこそでございます。“大切な宝”であるなら、なおさら壊されないようにお護りしなければなりませぬ。皇帝陛下のお心を慮り、気を配ることも私の務めと心得ております」
はっはっはっ!
突如、笑い声を上げる皇帝・王炫。
「よくわかった。女官長……そなたになら余の宝を安心して託せる。明日の夜には召し上げる。あとは任せるとしよう」
女官長に観念したのか、あるいは「彼女の本意と忠誠を試した」ともいえる皇帝・王炫は抱きかかえる宝玉を手渡すことにする。
その刹那、ヒョイッと自ら降りる宝玉。大自然が育てた田舎娘は身が軽い。
「皇帝陛下……」
真名で呼ぶのをやめた宝玉が畏まる。それも少し「淋しい」と感じる皇帝・王炫。
「おまえに皇帝陛下と言われるのは……」
そして女官長へと視線を移し、言い放つ。
「女官長……宝玉と二人だけの時は真名で呼ばせることを大目にみろ。余は皇帝だが神ではない。所詮は人の子……」
「そのようなことを仰られないでくださいませ。世の中を平安に導いた皇帝陛下は偉大なお方でございます」
「偉大な皇帝と思ってくれるのであれば多少の我儘は許せ。やはり皇帝も人の子だ」
小さく吐息をつく女官長の眼差しは宝玉を捉える。互いに視線が交われば、恥ずかしそうに微笑む宝玉。
ーー他の後宮妃のような貪欲さがない。愛らしいこと。
不覚にも、そう感じる女官長。
宝玉の黒曜石の瞳を見つめれば、そこに賢明な輝きを見る。
ーー田舎育ちの平民でありながら、不思議なほどに美しい容姿をしている。それに端正な容貌。この娘は本当に平民なのであろうか?
ふいに疑念が生じる。
女官長のその疑念が、あながち間違いではないことを知るのは、もう少し後。
ーーこの純朴で小さな花は、どうやら皇帝陛下の心の拠り所のようだ。陛下が心を許しておられるなら、たかが女官長の私ごときがとやかく言うべきことではない。
女官長の気持ちの変化を感じ取ったのか、見守る近臣の長武偉が微笑する。
「それほどに心を許す“大切な宝”であるなら、皇帝陛下のお好きなようになさいませ」
「礼を言う、女官長。宝玉……他の妃がいない時は、これまで通り“炫”で良い。二人きりの時なら尚さらだ。おまえの口から呼ばれる真名ほど心地良い響きはない」
「炫様がそう言うなら……」
「ふふっ……やはり良い」
「皇帝陛下……惚気は後にしてください。宝玉様が何か言いたそうですよ」
近臣の張武偉が告げる。
「宝玉……先程に言いかけたことか?」
「……はい。どうして皇帝陛下が後宮妃の選別に田舎の村まで来るのかなぁ……と不思議に思いまして……」
「己れの妃となる女だ。自分で求めて何が悪い? それにおまえは忘れているが余は覚えている。おまえは争乱の世の中で、余が唯一見つけた“珠玉の玉”。あのまま埋もれさせてよい花ではない。そして……見事に生き抜いた」
「炫様は……いったい何の話をされているのですか?」
皇帝・王炫の言葉に的を射ない宝玉。
彼女はわかっていないのだ。
目の前の人物に過去に会っているとは思わない。あの時の武人だとは気付いていない。
それに田舎娘には考えも及ばない。
あの時の親切な武人が、今では皇帝位につき、この世の栄華を誇っているなど誰が想像できる。
「まぁ、良い。宝玉……追々わかる」
「……おいおい?」
すると皇帝・王炫は宝玉の首に掛かる首飾りを手に取り、それを嬉しそうに見つめる。
「宝玉……これは大事な指輪だろう?」
「そうですが……あれっ、これが大事な指輪だとどうして知っているのですか? これは私の恩人の方からいただいた大切な指輪です。一生の宝物なんです」
不遜な笑みを湛えるだけの皇帝・王炫は、敢えて応えない。
「そういう鈍いところもおまえらしい。これは大事に持っていろ。おまえという存在が誰のものであるのかを知らしめる。宝玉……明日の夜に会いに行く。余の為に美しく装い、訪れを待つがいい」
はぁ……と頷く宝玉。
刹那、頬へと口付けを落とされる宝玉の耳には、皇帝・王炫の温かな吐息がかかる。
「宝玉……余はおまえが欲しい……」
甘い声音。
「……っ?!」
皇帝・王炫からの不意打ちの行為。特に意識したわけでもないのに、何故か顔が赤らむ宝玉は狼狽える。
満足を覚える皇帝・王炫。
「……可愛いやつ……」
最後は頭をポンポンと撫でられる。
近臣の張武偉を伴い、もはや去って行く皇帝・王炫を見送る宝玉の顔は熱を帯びたまま。
同時に、皇帝・王炫と道中ずっと一緒だったせいか、急な別れには淋しさが募る。
ーー炫様が行ってしまった。
珍しく、シュンっとする宝玉。それを察する女官長からは労わる言葉がかけられる。
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案内された部屋は……。
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