田舎娘は後宮妃になりました。

ゆきむらさり

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後宮妃・二の妃と林家編②

37.招かれざる客と対峙する宝玉

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 〈温宮〉で迎える清々しい朝。

 宝玉と宮女・美玉は、いつものように畑仕事に繰り出す。

 季節に応じた野菜を植えつつ、土壌に優しい宿根野菜も増え、今日も余分な雑草を抜いては水撒きをし、丹精込めて育てている。

 宝玉と宮女・美玉は日除けのための斗笠とがさ(※藺草いぐさや竹などを編んで作られる円錐形の帽子)をかぶり、二人仲良く並んでは、おしゃべりにも花を咲かせる。

 こうした何気ない日常が楽しく、心が癒される。

 顔や手に泥や土が付いても、一向に気にしない二人は、互いの汚れた顔を見ては「あはははっ!」と大笑い。


 ◇


 こう見えても、一人は、かつては「後宮の三妃」とまで言われた元後宮妃・美玉。

 煌びやかで取り澄ました後宮妃の時よりも、今の方がよっぽど生き生きと輝いて見える彼女。薄く化粧をしてはいるが、ほぼ素顔をさらし、ありのままの自然体の美しさを誇っている。

「うわぁ……やっぱり可愛いよ、美玉さん!」

 皇帝・王炫の図らいで宦官のふりをしては、こっそりと〈温宮〉の警護にあたる近衛の李暁明。

 図らずも、宮女・美玉に魅せられっぱなしの彼は、意外と純朴青年で女性経験がなかったりするから、人は見かけによらない。

 そしてもう一人は、自ら望んで後宮妃になった田舎娘・宝玉。

 いまだに動きやすい侍女服姿のせいで、誰がどう見ても後宮妃には見えない彼女。それでも皇帝・王炫の“秘匿の寵妃”だから、人を見かけで判断してはいけない。

 誰が見ても、今は侍女にしか見えない二人。

 おかげで閉ざされた〈後宮〉の中にいながらも、比較的自由に行動できる二人は、他の後宮妃に比べ、案外幸せかもしれない。


 ◇


「美玉ちゃん……改めておはようございます。今日も気持ちの良い朝で心が躍んでおります」

「こちらこそ……改めておはようございます、宝玉様。今日も清々しい朝ですね」

 寝台で共に眠る二人は、起き抜けも挨拶を交わすが、畑仕事をする前にも互いにぺこりと挨拶を交わす。

「宝玉様……朝の空気は新鮮で心地よいですね。今日の分の務めが終われば、香草茶でもお淹れしますね。ここはたくさんの野草や熊笹もあるので、日々のお茶には困りませんね」

「香草茶は体にも良いし……それにお茶の一杯を味わうぐらいのゆとりも大事だと思います。心のゆとりが平穏をもたらすものだと思っています。それに美玉ちゃんの淹れるお茶はとても美味しいので大好きです。私には格別です」

 えへへっ、うふふっ……と楽しそうな二人は、ほぼ座り込んだ状態で土いじり。

 その穏やかな空気が突然の暴挙で破られる。


 ◇


 ドカッ!!

 突如、二人の視界に映り込んだのは誰かの足。しかも、その足が堂々と踏みつけているのは、宝玉たちが丹精込めて作っている葉野菜たち。

「「……っ?!」」

 唖然と声を失う二人。

 見上げれば、見かけない侍女が平然と野菜を踏みつけたまま立っていた。

「ああっ、宝玉様! せっかくのお野菜がー!」

 宮女・美玉が悲鳴を上げる。

 宝玉は無言で酷い行為をした侍女を見上げる。だが、その視線が向くのは侍女ではなく、その後方に立つ人影。

 頭から外衣を目深にかぶるお忍び姿の女性とおぼしき貴人。

 田舎娘の宝玉とはいえ、〈後宮〉に暮らすようになり、後宮妃・麗香に仕える今では、相手の身に付ける衣装が「上物であるのか、そうでないのか」ぐらいは見当が付く。

 ——上質な外衣からして後宮妃の一人に違いない。わざわざ〈温宮〉にまで出向いてくる後宮妃がいるとしたら、それは……。

 宝玉は理解する。

 ——“二の妃”様に違いない。

 意外と感が鋭い宝玉は、実は「いずれは来るだろう……」と思っていたのだ。

 義妹・美玉をけしかけ、貶めようとした義姉・“二の妃”だけに、〈温宮〉暮らしを満喫している義妹の今の現状を許すはずがない。

 宝玉の隣の宮女・美玉も、視線の先に貴人女性の姿を捉える。

 それが誰であるか……を醸し出される雰囲気から察した。

 ーーまさか、お義姉様?!

 嫌な予感は大概当たる。


 ◇


 元より、義妹・美玉を快く思わない義姉・氷翠だけに、急に〈後宮〉から消えた義妹・美玉を黙って見過ごすはずがない。

 嫌な空気が流れる中、侍女が不敵に言い放った。

「あらあらっ、泥だらけで“三の妃”様も落ちたものですわね。まぁ、汚らしい!」

 だが、宝玉は侍女の言葉にはあえて応えず、無言のままゆっくりと立ち上がる。

「……宝玉様?」

 宮女・美玉の不安げな声。

「大丈夫です、美玉ちゃん」

 宮女・美玉には安心させるように笑みを向けた宝玉。

 だが、愚かな行為へと及んだ侍女には、これ以上ないほどの冷めた眼差しを向けた。

 うっ! とたじろぐ侍女。

 次に宝玉が向かったのは、視界に映るお忍び姿の貴人女性。彼女の目の前で止まる宝玉は一応の拝礼はし、卑屈にならない為にも礼儀は重んじる。


『相手が誰であれ、礼儀を尽くすことで余計な諍いを回避することもあるのよ。いついかなる時でも礼節を重んじ、自分の行動には誇りを持ってね』

 後宮妃・麗香の教えが効いている。

 
 相手の思惑に乗せられない為にも自分を律する宝玉。そこにいるのは田舎娘の宝玉ではなく、まるで威厳ある貴婦人のよう。

 後宮妃・宝玉が顔を出す。

「お尋ねしてもよろしいでしょうか? 貴女様が愚かな行為に及んだ侍女の主人とお見受けいたしますが……」

「……もし、そうだと告げたらどうだというの? あなたのような泥臭い小娘が、後宮妃である私を咎めようとでも言うの?」

 それこそあり得ないわ……と小馬鹿にしたような口調で宝玉へと言い放つ。

「侍女の愚かな行為は主人の責任です。貴女様が責任を取るべきです。食べ物を粗末にするような方は誰であれ許せません。それが、たとえ“二の妃”様であろうとも変わりません」

「私が誰だかわかっていながら、そのような口を聞くとは生意気な小娘だこと。たかが侍女の分際で……一体どのような手口で公主様に取り入ったのか? 何せよ、皇帝陛下の〈後宮〉で勝手な真似は許さないわ」

「それはこちらもです」

 宝玉、激怒。

 人生、生まれて初めての激しい憤りを感じる宝玉がいる。

 




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