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本編・宰相の隠謀編
3.愚か者と皇帝の再婚話
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愚かな臣下という者は、どこにでも存在する。
ほとんどの臣下は、皇帝シリルが亡き皇后エヴァリーナを深く情愛していることを知っている為、本心では「新たな皇后を……」と望んでいたとしても声高には叫ばない。
その後の報復が怖いからだ。
◇
過去に例がある。
余計な事を言って役職を解かれた者がいる。
「おまえは俺を舐めているのか? この俺に側妃を勧めるとはいい度胸ではないか? どうやら『帝国の宝』とまで謳われる俺の皇后エヴァリーナだけでは物足りないとみえる?」
皇帝シリルの怒りを買った。
その臣下は欲をかき、自分の娘を側妃に召し上げてもらおうとしたのだ。
そう、空気の読めない愚か者はどこにでもいるのだ。
さて、その愚か者がどうなったかと言えば、即刻役職を解かれ、〈皇城〉への出入りは禁止。
禁止となれば職がない。
職がなければ食うに困る。
家の存続が危ぶまれる。
「いくら皇帝陛下といえども横暴過ぎる!」
――いやいや、空気を読めない貴公が悪い。
――皇帝陛下は亡き皇后陛下しか見ておられない。
――それに、亡き皇后陛下への寵愛は海よりも深い。
他の臣下は同情はするものの呆れ顔。
その愚かな元臣下も、そこで引けば良かったのだ。市井にでもくだり、職を見つけるなど命があれば何とでもなる。
だが、そこは生粋の貴族。プライドが許さない。
挙げ句の果て、その愚かな元臣下は、狩りに出かけた皇帝シリルの命を狙ったのだ。だが、皇帝シリルには最強の専属護衛騎士ルースが共に侍る。
それでどうなったか?
「偉大な皇帝陛下のお命を狙う不届者……ああっ、間違えました。愚かな獲物がおりましたので一撃で仕留めておきました」
事もなげに報告する専属護衛騎士ルース。
「ルース、おまえの容赦のなさには感心するよ」
「恐れ入ります。皇帝陛下のお役に立つことができ、ルースは幸せでございます」
晴れ晴れとした爽やかな顔で告げる専属護衛騎士ルース。
オチは、皇帝シリルを狩るはずが自分が狩られたという。
おまけに側妃の地位を望んだ娘は路頭に迷うのを嫌い、母娘ともに娼館へと駆け込み、意外と人気の娼妓になったとか。
ゆえに、滅多なことでは、誰も皇帝シリルに皇后も側妃も勧めないという暗黙の了解。
「まさに口は災いの元と言いましょうか……」
そこらここらから嘆息混じりのぼやきが聞こえる。
ただ、今回ばかりは違ったようだ。
皇帝シリルに堂々と進言した者がいるのだ。
皆は驚嘆。ただ、彼の地位を思えば口を噤む。
この帝国の若き宰相ベンジャミンだ。
彼は父親から宰相位を引き継ぎ、この地位にいる。おかげで自尊心が高いのが玉に疵。
皇帝シリルを前にしても臆することなく、公然と再婚話を提案してみせたのだ。
皮肉にも、これが皇女エヴリンには良い方向へと働くことになる。
◇
余談。
サイラス大帝国を治めるだけあり、普段の皇帝シリルは決して弱みを見せない。弱音も吐かない。
怜悧な仮面を外すことは決してない。
「どなたも皇帝陛下に進言しないのですか? 皇后陛下が身罷られてから随分と経ちます。もうそろそろ新しい皇后となられる方をお迎えになられても良いのでは?」
若き宰相ベンジャミンは平然と告げる。
「宰相閣下……それはさすがに言えるわけがありません」
「そうですよ。余計なことを進言すれば、それこそ己の首を絞めることにもなりかねません」
声を潜めては口々に言い合う臣下たち。
そう、皇帝シリルを侮れば痛い目をみるからだ。
◇
いつかの朝議でのことだ。
皇帝シリルは玉座に深く腰掛け、常に肘をついている。
冷たさの宿る蒼い瞳は閉じられ、まるで眠っているかのように見える。しっかりと瞼が閉じられているせいだ。
これが彼の朝議中でのいつもの姿。
だが、皇帝シリルは臣下たちの話を一言一句聞き漏らすことなく、しっかりと聞いているから侮られない。
彼は感情を表に出さないだけのこと。
臣下たちの前では決して笑みを見せないどころか、常に蒼い眼差しは冷たく無表情。余計なことでも言おうものなら、睨み一つで相手を射殺せるほどに性質は恐ろしい。
挙句、常に忍ばせる暗器さえ飛ばす皇帝シリルがいる。傍らには、朝議中でも帯刀を許されている専属護衛騎士ルースも控えているのだ。
いつ、首が飛ぶとも限らない。
常に緊張感漂うのが皇帝シリルとの朝議だ。
それを踏みとどまらせていたのが、皇后エヴァリーナだ。ストッパーともいうべき存在を失った皇帝シリルなだけに、本当は新たなストッパーとなるべき皇后がいた方が、良いに越したことはない。
実際、若さ溢れる美貌の皇帝であるだけに、その寵愛を授かりたいと思う貴婦人や令嬢は多い。
「どなたかの令嬢のうち、誰か一人でも良いので気に入っていただけたら幸いなのですが……」
後継ぎもいない皇帝シリル。
臣下たちには〈離宮〉に捨て置かれた皇女エブリンのことは頭にないのだ。だからこそ新たな皇后を迎え、正統な後継ぎ皇子をもうけて欲しいのが、臣下の本音だったりする。
ほとんどの臣下は、皇帝シリルが亡き皇后エヴァリーナを深く情愛していることを知っている為、本心では「新たな皇后を……」と望んでいたとしても声高には叫ばない。
その後の報復が怖いからだ。
◇
過去に例がある。
余計な事を言って役職を解かれた者がいる。
「おまえは俺を舐めているのか? この俺に側妃を勧めるとはいい度胸ではないか? どうやら『帝国の宝』とまで謳われる俺の皇后エヴァリーナだけでは物足りないとみえる?」
皇帝シリルの怒りを買った。
その臣下は欲をかき、自分の娘を側妃に召し上げてもらおうとしたのだ。
そう、空気の読めない愚か者はどこにでもいるのだ。
さて、その愚か者がどうなったかと言えば、即刻役職を解かれ、〈皇城〉への出入りは禁止。
禁止となれば職がない。
職がなければ食うに困る。
家の存続が危ぶまれる。
「いくら皇帝陛下といえども横暴過ぎる!」
――いやいや、空気を読めない貴公が悪い。
――皇帝陛下は亡き皇后陛下しか見ておられない。
――それに、亡き皇后陛下への寵愛は海よりも深い。
他の臣下は同情はするものの呆れ顔。
その愚かな元臣下も、そこで引けば良かったのだ。市井にでもくだり、職を見つけるなど命があれば何とでもなる。
だが、そこは生粋の貴族。プライドが許さない。
挙げ句の果て、その愚かな元臣下は、狩りに出かけた皇帝シリルの命を狙ったのだ。だが、皇帝シリルには最強の専属護衛騎士ルースが共に侍る。
それでどうなったか?
「偉大な皇帝陛下のお命を狙う不届者……ああっ、間違えました。愚かな獲物がおりましたので一撃で仕留めておきました」
事もなげに報告する専属護衛騎士ルース。
「ルース、おまえの容赦のなさには感心するよ」
「恐れ入ります。皇帝陛下のお役に立つことができ、ルースは幸せでございます」
晴れ晴れとした爽やかな顔で告げる専属護衛騎士ルース。
オチは、皇帝シリルを狩るはずが自分が狩られたという。
おまけに側妃の地位を望んだ娘は路頭に迷うのを嫌い、母娘ともに娼館へと駆け込み、意外と人気の娼妓になったとか。
ゆえに、滅多なことでは、誰も皇帝シリルに皇后も側妃も勧めないという暗黙の了解。
「まさに口は災いの元と言いましょうか……」
そこらここらから嘆息混じりのぼやきが聞こえる。
ただ、今回ばかりは違ったようだ。
皇帝シリルに堂々と進言した者がいるのだ。
皆は驚嘆。ただ、彼の地位を思えば口を噤む。
この帝国の若き宰相ベンジャミンだ。
彼は父親から宰相位を引き継ぎ、この地位にいる。おかげで自尊心が高いのが玉に疵。
皇帝シリルを前にしても臆することなく、公然と再婚話を提案してみせたのだ。
皮肉にも、これが皇女エヴリンには良い方向へと働くことになる。
◇
余談。
サイラス大帝国を治めるだけあり、普段の皇帝シリルは決して弱みを見せない。弱音も吐かない。
怜悧な仮面を外すことは決してない。
「どなたも皇帝陛下に進言しないのですか? 皇后陛下が身罷られてから随分と経ちます。もうそろそろ新しい皇后となられる方をお迎えになられても良いのでは?」
若き宰相ベンジャミンは平然と告げる。
「宰相閣下……それはさすがに言えるわけがありません」
「そうですよ。余計なことを進言すれば、それこそ己の首を絞めることにもなりかねません」
声を潜めては口々に言い合う臣下たち。
そう、皇帝シリルを侮れば痛い目をみるからだ。
◇
いつかの朝議でのことだ。
皇帝シリルは玉座に深く腰掛け、常に肘をついている。
冷たさの宿る蒼い瞳は閉じられ、まるで眠っているかのように見える。しっかりと瞼が閉じられているせいだ。
これが彼の朝議中でのいつもの姿。
だが、皇帝シリルは臣下たちの話を一言一句聞き漏らすことなく、しっかりと聞いているから侮られない。
彼は感情を表に出さないだけのこと。
臣下たちの前では決して笑みを見せないどころか、常に蒼い眼差しは冷たく無表情。余計なことでも言おうものなら、睨み一つで相手を射殺せるほどに性質は恐ろしい。
挙句、常に忍ばせる暗器さえ飛ばす皇帝シリルがいる。傍らには、朝議中でも帯刀を許されている専属護衛騎士ルースも控えているのだ。
いつ、首が飛ぶとも限らない。
常に緊張感漂うのが皇帝シリルとの朝議だ。
それを踏みとどまらせていたのが、皇后エヴァリーナだ。ストッパーともいうべき存在を失った皇帝シリルなだけに、本当は新たなストッパーとなるべき皇后がいた方が、良いに越したことはない。
実際、若さ溢れる美貌の皇帝であるだけに、その寵愛を授かりたいと思う貴婦人や令嬢は多い。
「どなたかの令嬢のうち、誰か一人でも良いので気に入っていただけたら幸いなのですが……」
後継ぎもいない皇帝シリル。
臣下たちには〈離宮〉に捨て置かれた皇女エブリンのことは頭にないのだ。だからこそ新たな皇后を迎え、正統な後継ぎ皇子をもうけて欲しいのが、臣下の本音だったりする。
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