16 / 21
16
しおりを挟む
ヴィーザル殿下の予想は的中していた。
東側からはセンブリア軍。南からは敵国の合同軍が迫っている。一度引いて態勢を立て直し、立ち向かうことを殿下は決断した。
北に逃げるには迷いの森を抜けなければならない。
西は崖が広がっていて急いで動くには危険だが比較的安全な道だ。迷いの森は罠が張ってある可能性もある。霧が立ち込める、しかも罠が張られているかもしれない迷いの森に向かうわけにはいかない。
崖のある西に一度引き返す。
そう判断したヴィーザル殿下は隊の皆を集めた。
「西の崖に一度引き下がる。奈落の崖は古くからの私たちの占有領地。地図は皆の頭の中にも入っているだろう。隊が離散した場合でも各々で動くことができるはずだ。罠が張られているであろう迷いの森に逃げるより勝算がある」
南からの敵の進軍の話を聞き兵士達に動揺が広がる。皆を落ち着かせ移動の準備を始めなければならない。
しかし、隊がまとまって逃げるなら動くのに時間がかかる。誰かが囮で残らなければ逃げ切ることはできない。
「殿下…殿は誰がするのですか?」
兵士から質問が上がる。
殿に指名されるということは死んでも敵を食い止めろと言われているのと同じだ。皆が目線を下げる。
「…殿など作らず皆で逃げる。誰一人見捨てない」
誰も切り捨てず助けたい。優しい殿下の判断は皆の命を落とす最悪の判断だ。殿を作らず逃げるなど敵を前にして全員背中を見せるということ。
皆で死ぬという選択。
「殿下、殿は必要です。そして、殿は強いものにしか務まりません。皆が逃げ切るために敵を食い止めなければいけないのです。弱いものに殿を務めさせれば時間を稼ぐことができず隊は全滅します。今の殿下ならこの中で誰が殿を務めるべきなのか判断できるはずです」
あれほど真剣に軍事を学んできた彼が殿を置かないということがどういう意味か知らずに間違った判断をするとは思えない。殿が必要だと分かっているが誰も切り捨てられないのだ。
「しかし!ほかに方法があるはずだ!誰かが犠牲になっていいなんて事があってはいけない!!」
確かに全員が生き残れるのが一番だ。しかしお互い命をかけた争いをしている。理想ばかり描いていては全滅する。
判断に時間をかければかけるほど追い詰められてしまう。素早く最善の道を見つけなければいけない。
「殿下。分かっているはずです」
「嫌だ…。」
「貴方はこれから先、多くの命を預かる皇帝という地位に付くのでしょう?苦しい選択に迫られる事もたくさんあるはずです。その時、いかに多くの命が救えるかを考えなければいけません。そして多くを助けるために切り捨てなければいけない命もあります。命に重いも軽いもありません。どんな命も1つです。その人にとって家族、友人にとって大切な命です。…1人でも多くの命を救うための選択をしてください」
ヴィーザルの俺を見つめる瞳が揺れる。
自分から殿を務めると言えば簡単だ。しかしこれから先も彼が戦を指揮する事があれば多くの判断を迫られる時がある。その時に正しい判断が出来る様にこの経験が糧になるものにしたい。
「…ジーク。皆が退避する時間を…作ってくれ」
静まり返った中で殿下の声が小さく響く。
周りの騎士達も何も言えず立ち尽くしている。
まだ成人したばかりの彼にこんな事を言わせてしまった自分たちの不甲斐なさを皆が感じている。
「ジークフリード。お前に殿を命ずる」
「謹んで拝命します」
声を震わせたヴィーザル殿下の前に片膝をつき頭を下げる。顔を上げ殿下を見上げると眉を下げ今にも泣きそうな青年が目の前にいた。
経験のためと若い彼にとんでもない責任を負わせてしまった。
「大丈夫ですよ殿下。私は簡単に死にません。私は英雄騎士ジークフリードです。あの奈落の死の淵からも生きて残ってきたのです」
彼にこの選択を後悔させないためにも俺は死ぬわけにはいかない。
退避の準備と並行して罠を仕掛けていく。
ここにいるのが一人ではないと思わせなければならない。
できるだけ皆が遠くに逃げられる時間を稼ぐための罠。
「大丈夫です殿下。態勢を立て直し、戻ってきてくださると信じて待っています」
「必ず…必ず戻ってくるから絶対に生きて…待ってろ!」
騎士達と馬に乗り移動する殿下を見送る。
誰もいない天幕が並ぶ中、俺は深呼吸すると近くの高台まで移動する。
敵はまだこちらが移動したことに気づいてない。殿下が早く気づいてくれたおかげで奇襲をかけられずに済んだ。
相手の攻撃が始まるまでの間、少しでも相手を足止めするための罠を設置していく。
「大丈夫…。何とかなる。俺はアレクのところに戻らないといけないんだ。声をかけずに来たから、きっとまた寂しがってる」
星が広がる空を見上げると大きな竜に包まれて見えた空を思い出す。
アレクが一緒の時はこの星空に何も感じないが、一人で見上げると一人で取り残された孤独に苛まれる。
どこからか声がして、お前は1人だ…と。このまま1人で死んでいくんだと…。これはお前の罪だ…。頭の中で繰り返される。
違う。
大丈夫…必ずみんなの所に戻る。
俺は一人じゃない…。
自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
東側からはセンブリア軍。南からは敵国の合同軍が迫っている。一度引いて態勢を立て直し、立ち向かうことを殿下は決断した。
北に逃げるには迷いの森を抜けなければならない。
西は崖が広がっていて急いで動くには危険だが比較的安全な道だ。迷いの森は罠が張ってある可能性もある。霧が立ち込める、しかも罠が張られているかもしれない迷いの森に向かうわけにはいかない。
崖のある西に一度引き返す。
そう判断したヴィーザル殿下は隊の皆を集めた。
「西の崖に一度引き下がる。奈落の崖は古くからの私たちの占有領地。地図は皆の頭の中にも入っているだろう。隊が離散した場合でも各々で動くことができるはずだ。罠が張られているであろう迷いの森に逃げるより勝算がある」
南からの敵の進軍の話を聞き兵士達に動揺が広がる。皆を落ち着かせ移動の準備を始めなければならない。
しかし、隊がまとまって逃げるなら動くのに時間がかかる。誰かが囮で残らなければ逃げ切ることはできない。
「殿下…殿は誰がするのですか?」
兵士から質問が上がる。
殿に指名されるということは死んでも敵を食い止めろと言われているのと同じだ。皆が目線を下げる。
「…殿など作らず皆で逃げる。誰一人見捨てない」
誰も切り捨てず助けたい。優しい殿下の判断は皆の命を落とす最悪の判断だ。殿を作らず逃げるなど敵を前にして全員背中を見せるということ。
皆で死ぬという選択。
「殿下、殿は必要です。そして、殿は強いものにしか務まりません。皆が逃げ切るために敵を食い止めなければいけないのです。弱いものに殿を務めさせれば時間を稼ぐことができず隊は全滅します。今の殿下ならこの中で誰が殿を務めるべきなのか判断できるはずです」
あれほど真剣に軍事を学んできた彼が殿を置かないということがどういう意味か知らずに間違った判断をするとは思えない。殿が必要だと分かっているが誰も切り捨てられないのだ。
「しかし!ほかに方法があるはずだ!誰かが犠牲になっていいなんて事があってはいけない!!」
確かに全員が生き残れるのが一番だ。しかしお互い命をかけた争いをしている。理想ばかり描いていては全滅する。
判断に時間をかければかけるほど追い詰められてしまう。素早く最善の道を見つけなければいけない。
「殿下。分かっているはずです」
「嫌だ…。」
「貴方はこれから先、多くの命を預かる皇帝という地位に付くのでしょう?苦しい選択に迫られる事もたくさんあるはずです。その時、いかに多くの命が救えるかを考えなければいけません。そして多くを助けるために切り捨てなければいけない命もあります。命に重いも軽いもありません。どんな命も1つです。その人にとって家族、友人にとって大切な命です。…1人でも多くの命を救うための選択をしてください」
ヴィーザルの俺を見つめる瞳が揺れる。
自分から殿を務めると言えば簡単だ。しかしこれから先も彼が戦を指揮する事があれば多くの判断を迫られる時がある。その時に正しい判断が出来る様にこの経験が糧になるものにしたい。
「…ジーク。皆が退避する時間を…作ってくれ」
静まり返った中で殿下の声が小さく響く。
周りの騎士達も何も言えず立ち尽くしている。
まだ成人したばかりの彼にこんな事を言わせてしまった自分たちの不甲斐なさを皆が感じている。
「ジークフリード。お前に殿を命ずる」
「謹んで拝命します」
声を震わせたヴィーザル殿下の前に片膝をつき頭を下げる。顔を上げ殿下を見上げると眉を下げ今にも泣きそうな青年が目の前にいた。
経験のためと若い彼にとんでもない責任を負わせてしまった。
「大丈夫ですよ殿下。私は簡単に死にません。私は英雄騎士ジークフリードです。あの奈落の死の淵からも生きて残ってきたのです」
彼にこの選択を後悔させないためにも俺は死ぬわけにはいかない。
退避の準備と並行して罠を仕掛けていく。
ここにいるのが一人ではないと思わせなければならない。
できるだけ皆が遠くに逃げられる時間を稼ぐための罠。
「大丈夫です殿下。態勢を立て直し、戻ってきてくださると信じて待っています」
「必ず…必ず戻ってくるから絶対に生きて…待ってろ!」
騎士達と馬に乗り移動する殿下を見送る。
誰もいない天幕が並ぶ中、俺は深呼吸すると近くの高台まで移動する。
敵はまだこちらが移動したことに気づいてない。殿下が早く気づいてくれたおかげで奇襲をかけられずに済んだ。
相手の攻撃が始まるまでの間、少しでも相手を足止めするための罠を設置していく。
「大丈夫…。何とかなる。俺はアレクのところに戻らないといけないんだ。声をかけずに来たから、きっとまた寂しがってる」
星が広がる空を見上げると大きな竜に包まれて見えた空を思い出す。
アレクが一緒の時はこの星空に何も感じないが、一人で見上げると一人で取り残された孤独に苛まれる。
どこからか声がして、お前は1人だ…と。このまま1人で死んでいくんだと…。これはお前の罪だ…。頭の中で繰り返される。
違う。
大丈夫…必ずみんなの所に戻る。
俺は一人じゃない…。
自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
22
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【完結】冷酷騎士団長を助けたら口移しでしか薬を飲まなくなりました
ざっしゅ
BL
異世界に転移してから一年、透(トオル)は、ゲームの知識を活かし、薬師としてのんびり暮らしていた。ある日、突然現れた洞窟を覗いてみると、そこにいたのは冷酷と噂される騎士団長・グレイド。毒に侵された彼を透は助けたが、その毒は、キスをしたり体を重ねないと完全に解毒できないらしい。
タイトルに※印がついている話はR描写が含まれています。
「大人扱いしていい?」〜純情当主、執務室で策士な従兄の『相性確認』にハメられる〜
中山(ほ)
BL
「ルイン、少し口開けてみて」
仕事終わりの静かな執務室。
差し入れの食事と、ポーションの瓶。
信頼していた従兄のトロンに誘われるまま、
ルインは「大人の相性確認」を始めることになる。
【完結】《BL》溺愛しないで下さい!僕はあなたの弟殿下ではありません!
白雨 音
BL
早くに両親を亡くし、孤児院で育ったテオは、勉強が好きだった為、修道院に入った。
現在二十歳、修道士となり、修道院で静かに暮らしていたが、
ある時、強制的に、第三王子クリストフの影武者にされてしまう。
クリストフは、テオに全てを丸投げし、「世界を見て来る!」と旅に出てしまった。
正体がバレたら、処刑されるかもしれない…必死でクリストフを演じるテオ。
そんなテオに、何かと構って来る、兄殿下の王太子ランベール。
どうやら、兄殿下と弟殿下は、密な関係の様で…??
BL異世界恋愛:短編(全24話) ※魔法要素ありません。※一部18禁(☆印です)
《完結しました》
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
天上の果実
曙なつき
BL
大きな果実の実が頭に当たったことにより、記憶を失った婚約者のルシス。
目を覚ました彼に、私はこう言った。
「愛しい人。あなたと私は愛し合っていました。来年には式を挙げる予定なのですよ」
それは少しの真実と多くの嘘を織り交ぜた言葉だった。
ルシスは私を嫌い、厭うていた。
記憶を無くした少年と、彼を囲いこむ王子の物語です。
※なお、ルシスの兄と弟の物語も併せて掲載します。完結まで予約済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる