英雄様は愛されたい

結人

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ヴィーザル殿下の予想は的中していた。


東側からはセンブリア軍。南からは敵国の合同軍が迫っている。一度引いて態勢を立て直し、立ち向かうことを殿下は決断した。
北に逃げるには迷いの森を抜けなければならない。
西は崖が広がっていて急いで動くには危険だが比較的安全な道だ。迷いの森は罠が張ってある可能性もある。霧が立ち込める、しかも罠が張られているかもしれない迷いの森に向かうわけにはいかない。

崖のある西に一度引き返す。
そう判断したヴィーザル殿下は隊の皆を集めた。

「西の崖に一度引き下がる。奈落の崖は古くからの私たちの占有領地。地図は皆の頭の中にも入っているだろう。隊が離散した場合でも各々で動くことができるはずだ。罠が張られているであろう迷いの森に逃げるより勝算がある」

南からの敵の進軍の話を聞き兵士達に動揺が広がる。皆を落ち着かせ移動の準備を始めなければならない。
しかし、隊がまとまって逃げるなら動くのに時間がかかる。誰かが囮で残らなければ逃げ切ることはできない。

「殿下…殿は誰がするのですか?」

兵士から質問が上がる。
殿に指名されるということは死んでも敵を食い止めろと言われているのと同じだ。皆が目線を下げる。

「…殿など作らず皆で逃げる。誰一人見捨てない」

誰も切り捨てず助けたい。優しい殿下の判断は皆の命を落とす最悪の判断だ。殿を作らず逃げるなど敵を前にして全員背中を見せるということ。

皆で死ぬという選択。

「殿下、殿は必要です。そして、殿は強いものにしか務まりません。皆が逃げ切るために敵を食い止めなければいけないのです。弱いものに殿を務めさせれば時間を稼ぐことができず隊は全滅します。今の殿下ならこの中で誰が殿を務めるべきなのか判断できるはずです」

あれほど真剣に軍事を学んできた彼が殿を置かないということがどういう意味か知らずに間違った判断をするとは思えない。殿が必要だと分かっているが誰も切り捨てられないのだ。

「しかし!ほかに方法があるはずだ!誰かが犠牲になっていいなんて事があってはいけない!!」

確かに全員が生き残れるのが一番だ。しかしお互い命をかけた争いをしている。理想ばかり描いていては全滅する。
判断に時間をかければかけるほど追い詰められてしまう。素早く最善の道を見つけなければいけない。

「殿下。分かっているはずです」

「嫌だ…。」

「貴方はこれから先、多くの命を預かる皇帝という地位に付くのでしょう?苦しい選択に迫られる事もたくさんあるはずです。その時、いかに多くの命が救えるかを考えなければいけません。そして多くを助けるために切り捨てなければいけない命もあります。命に重いも軽いもありません。どんな命も1つです。その人にとって家族、友人にとって大切な命です。…1人でも多くの命を救うための選択をしてください」


ヴィーザルの俺を見つめる瞳が揺れる。
自分から殿を務めると言えば簡単だ。しかしこれから先も彼が戦を指揮する事があれば多くの判断を迫られる時がある。その時に正しい判断が出来る様にこの経験が糧になるものにしたい。

「…ジーク。皆が退避する時間を…作ってくれ」

静まり返った中で殿下の声が小さく響く。
周りの騎士達も何も言えず立ち尽くしている。
まだ成人したばかりの彼にこんな事を言わせてしまった自分たちの不甲斐なさを皆が感じている。

「ジークフリード。お前に殿を命ずる」

「謹んで拝命します」

声を震わせたヴィーザル殿下の前に片膝をつき頭を下げる。顔を上げ殿下を見上げると眉を下げ今にも泣きそうな青年が目の前にいた。

経験のためと若い彼にとんでもない責任を負わせてしまった。

「大丈夫ですよ殿下。私は簡単に死にません。私は英雄騎士ジークフリードです。あの奈落の死の淵からも生きて残ってきたのです」

彼にこの選択を後悔させないためにも俺は死ぬわけにはいかない。






退避の準備と並行して罠を仕掛けていく。
ここにいるのが一人ではないと思わせなければならない。
できるだけ皆が遠くに逃げられる時間を稼ぐための罠。

「大丈夫です殿下。態勢を立て直し、戻ってきてくださると信じて待っています」
「必ず…必ず戻ってくるから絶対に生きて…待ってろ!」

騎士達と馬に乗り移動する殿下を見送る。
誰もいない天幕が並ぶ中、俺は深呼吸すると近くの高台まで移動する。

敵はまだこちらが移動したことに気づいてない。殿下が早く気づいてくれたおかげで奇襲をかけられずに済んだ。
相手の攻撃が始まるまでの間、少しでも相手を足止めするための罠を設置していく。

「大丈夫…。何とかなる。俺はアレクのところに戻らないといけないんだ。声をかけずに来たから、きっとまた寂しがってる」

星が広がる空を見上げると大きな竜に包まれて見えた空を思い出す。
アレクが一緒の時はこの星空に何も感じないが、一人で見上げると一人で取り残された孤独に苛まれる。
どこからか声がして、お前は1人だ…と。このまま1人で死んでいくんだと…。これはお前の罪だ…。頭の中で繰り返される。


違う。

大丈夫…必ずみんなの所に戻る。
俺は一人じゃない…。

自分に言い聞かせるようにつぶやいた。



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