ブサイク・アラフォー・猛犬注意! ~三重苦賢者と、降ってきた弟子~

Merle

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10-2.

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 【混沌の森】は広大で、平地から入って二時間ほど歩いてもまだ外周だ。そのは外周の一部を切り拓いて作られていた。
 村の周囲には柵が張り巡らされている。門が開いているのは、櫓の上で見張りをしていた男がクダンを見つけていたからだ。
 門を潜ると見えてくるのは、十数個ほどの小さな木造家屋と、その奥に広がる畑だ。畑のほうでは種蒔きの準備が始まっているようで、数名の男手が鍬を振ったりしているのが遠目に見える。その手前、門を入ってすぐの正面広場には女たちが集まって、毛皮の鞣しや膠の煮詰め、骨の加工などに従事していた。

「クダン殿、ようこそいらっしゃいました」

 櫓から下りて門を開けてくれていた中年男性が、心からの笑顔でクダンを出迎えた。

「おう。いつも突然で悪いな」

 気安く答えたクダンは自作の仮面を被っている。木彫りのお手製で、底の浅いお椀に両目と鼻、口の穴を四つ開けただけの簡素なものだ。
 村の櫓が見えてくる手前でクダンがその仮面を被ったとき、カガチは相当に気味悪いと思ったし、素顔のほうがいい、と言ったのだけど、クダンは「俺の素顔より百倍増しだ。おまえの美的感覚は当てにならん」と言い張って仮面を外そうとしなかった。
 門番をしている男は、無骨な仮面を被っている来訪者に何の疑問も持っていないようだった。その反応は、クダンがこの村を訪うときは常に仮面を着用していることを物語っていた。

「いえいえ。クダン殿の来訪であれば、我々一同いつだって大歓迎ですとも。ただ……ご覧の通り、いまは作業中でして、歓待の用意は――」
「要らん、要らん。そのまま続けてくれ……というか、歓待の用意をするつもりなんて最初からないよな。俺が断るって前提で言ったよな」
「はははっ、やはりクダン殿には敵いませんな」
「笑って誤魔化せるとでも?」
「はっはっはっ……おっと、仕事に戻らねば。では、失礼いたします」

 男はわざとらしく畏まると、奥に見える畑のほうへと駆けていった。門番が仕事ではなかったのかというと、村の男衆は野良仕事の休憩時間に持ちまわりで門番をしているのだ。つまり男は、クダンが滞在しているのであれば門番は必要ないということで休憩を終わらせて、本来の仕事場である畑へと向かったのだった。

 男が去ったところで選手交代とばかりに、広場で作業中だった女たちが笑顔で近づいてきた。クダンと男が気安いやり取りをしている最中から、挨拶の機を窺っていたらしい。

「いらっしゃいませ、クダン様」
「ようこそいらっしゃいました」
「今日のお土産はなんですかぁ?」
「こらっ、はしたないこと言わない!」
「なら、あんたはお土産、要らないのねぇ」
「要るに決まってんでしょ!」
「あんたら、どっちもはしたないよ!」
「あっ……くっ! あんたのせいで怒れたじゃない!」
「自業自得でしょお」

 女三人寄れば姦しいと言うけれど、挨拶もそこそこにドツキ漫才を始められては、クダンも苦笑するしかなかった。もっとも、四つの穴が開いただけの仮面を被っているのでは、村人たちからは、泰然自若としている、というように見えていたかもしれないが。

「ところで、クダン様。こちらの子は……クダン様のお子さんですか?」

 女の一人が、クダンの背中に身体を半分隠して人見知りしているカガチを見やって言った。

「馬鹿を言うな。拾ったんだよ」
「あら……と言いますと、あたしたちと似たような境遇で?」

 女の一人がクダンに問い返すと、他の女もカガチを見ながら次々に尋ねてくる。

「その子、この集落で引き取るので?」
「人里に返すのでは……ああ、ここを見せたということは、そのつもりはないということでしょうか」
「ここで引き取るのはいいとして、ここで暮らすための規則はどこまで話してあります?」
「ああ――おまえら、待て。話が飛びすぎだ」

 クダンは片手を突き出す仕草でもって、姦しいのを止めさせた。
 ぴたりと口を噤んだ女たち。でも、目は口ほどにものを言っていて、カガチに興味津々だ。
 クダンはカガチの頭にぽんと手を載せる。

「……まず、名前だな。こいつはカガチ。詳しい経緯は追々話すが、いまは俺の弟子だ。ほれ、カガチ。自分で挨拶しとけ」
「あっ……は、はいっ」

 カガチは、弟子だ、と言われて少し緩んでいた口元を引き締めると、自分を見つめている女たちに向かって、顔を緊張で赤らめながら自己紹介した。

「か、かっ……カガチと、い、言いますっ……、……よ、よろしく、おねっ、お願いしまっ……す!」

 たったそれだけの自己紹介だったけれど、言い終わったカガチは涙目だった。

 ――噛み噛みだった……。

 クダンとスースがまったく気にしないから、カガチ自身も自分がなのだということを殊更に意識することがなくなっていた。でも、それはどもり症が治ったというわけではない。むしろ、治す努力をしてこなかったということだ。
 初対面の相手に挨拶ひとつまともにできなかったことが――申し訳なかった。
 自分のことだけなら悔しいとも思わなかっただろう。でも、「俺の弟子だ」と言ってくれた師匠の顔に泥を塗ってしまったと思うと、申し訳なさで目尻が熱くなってきてしまうのだった。
 カガチのそんな内心が伝わったのか、クダンはカガチの頭をぽんぽんと撫でる。

「あぅ……」

 その手つきが妙に嬉しくて、カガチはクダンの服をきゅっと握った。
 そこに投げかけられる、黄色い悲鳴の花束。

「かっ……可愛い!」
「やだちょっと、この森ってこんな子が拾えるの!?」
「探したら、もっと落ちてたりしないかしら……」
「っていうか、クダン様はこの子と同棲してるわけで?」
「師弟愛がいつしか男女の愛に!?」
「きゃー!」

 どんどん勝手に盛り上がっていく女性陣に、カガチの涙も引っ込んだ。

「……お、お師様……」
「なんだ?」
「こ、このひとたち……い、いつも、こう?」
「ああ……姦しいっつうか逞しい連中だよ、本当に」

 クダンの顔は仮面の下だけど、カガチにはクダンが苦笑などではなしに、もっと柔らかく笑っているように見えた。
 自分とは正反対の陽気な女たちにそんな顔をしてみせていることが少しだけ妬ましくて、だけど同時に、そんな顔をしてしまうほど胸襟を開いている相手に自分を引き合わせてくれたことが嬉しくて――カガチの唇は尖るのと緩むのを行ったり来たりするのだった。
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